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虚空の鑑  作者: 直江和葉
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【暗示】

 大地は眩しい緑に覆われ、一面に広がる草原の花々がどこまでも続く。草の陰からぴょこりと顔を覗かせる小さな動物や空の高いところで謳う鳥。吹く風はやさしく、ふんわりと緑と花の香りを運んでくる。

異邦人がこの地を目指して船出した、という書簡を携えた大鷲が戻って来たのはそんな季節だった。


 緑深い森が切れるあたりに賑やかな一団――奇妙な乗り物に乗った二人と、それを見送る人々の姿があった。

「サンダー爺、その鉄の塊はホントに走るのかい?」

見送りの一人が不審げに問い掛けると、乗り物の運転席に座っていたゴーグルの老人がかっと口を開いた。

「当たり前じゃ! 儂の発明品の最高傑作だぞ! 馬より速いわい!」

「ほんとかねえ……」

見送りの人々から失笑が洩れる。

それも無理はなかったろう。この世界での乗り物といえば馬車に決まっている。だが、目の前に現れたのは四つの車輪の上に箱が乗せられた金属の塊だったのだ。車輪は歯車のようにでこぼこで、箱の下に動力部があるらしい。後に突き出た筒から油臭い煙が出ている。ゴーグルの老人・サンダーが腰掛けた椅子の前には、なにやらわけのわからない振り子がたくさん揺れ、ヘンテコな形をした取っ手が彼の手に握られていた。椅子があるのは操縦するサンダーのみで、あとの者は箱の上に座るしかない。

「よっこらしょっと! サンダー、燃料油はこれくらいでよかろ?」

車の上に一抱えもある合金製の筒を二つ乗せ、白髪の老人・ゲオルゲが乗り込んでくる。

「おう、充分じゃ。じゃあ、まあそろそろ出発するか」

サンダーは言って、小さなつまみをちょいと捻った。ぼふん、という大きな音がして動力部が目を覚ます。

白い髭を長々とたらした長老が人々を代表して声をかけた。

「気をつけて行けよ。客人と行き違いにならんようにな」

「うむ。あとはよろしく頼む。……お婆に借りた『盾』を信ずるしかあるまい」

ムラトは頷くと、長老の横に立っている小さな老婆に目を向けた。ちんまりとした老婆はフードの頭を少しだけあお向けて、にこりと笑う。

「王の剣を持つ者は、すなわち 『王』 じゃ。剣と盾は対となるもの。王の剣は盾を呼び、王の盾は剣を呼ぶ。道々、盾の確認を怠るでないぞ、ムラト」

「承知した」

「何としても冬になる前に戻れ」

老婆の言葉に三人はしっかりと頷いた。

雪に閉ざされれば、村に客人を迎えるどころか、都まで戻って春を待たねばならないのだ。なにより、森のお婆が 「冬の前に」 というのならば、必ず夏の間に戻らねばならないのである。

「ではな。行ってくる!」

ムラトが言ったと同時、車は発進し、村人達が驚きの声をあげるのを背にして徐々にスピードをあげ、あっという間に人々の視界から消えていった。

見送っていた村人達は、少しずつ森へと戻っていく。そうして最後まで車の消えたほうを見ていた長老が踵を返したとき、

「エヴァンゲロス。我らは 『入り口』 を固めねばならぬぞ。先ごろ、どこぞの界が大きく乱れたゆえ」

老婆は傍らの長老に向かって恐ろしいことを告げた。

「なんと」

「……白竜の気配はある。だが、ひとところに止まったまま動かぬ。暗黒の気は、ますます色濃い……」

老婆は北に位置する森の、更に奥を見透かすように凝視して、託宣するときの茫洋とした声音で告げた。




 「ん?」

ハナはふと身を起こし、そっと起き上がると甲板へ出た。

水華蓮の海門を出た帆船はやすむことなく、帆柱に張られた帆布が追い風を受けて夜の海上を滑るように進んでいる。甲板には誰もおらず、聞こえるのは、ざざ……という波の音だけ。見上げると針のような三日月と、こぼれ落ちてきそうな星空が広がっていた。

ハナは冷たい潮風に身震いし、マントの前を掻き合わせる。そして、船べりを覗き込んだ。

黒々とした海中に、うすぼんやりと光る帯が船の下にあった。目を凝らすと、気泡が光を受けてきらきらと輝きながら後方へ流れていくのが見える。不思議な現象にしばらくじっと見つめていたのだが、帯の脇から巨大な鰭のようなものが見えるに至って首を傾げた。それからもう一度、船べりから身を乗り出すようにして海中に目を凝らした。

どうやらその鰭のはえた巨大な光の帯は、船にぴったりと寄り添って泳いでいるらしい。ハナは身を起こし、船の反対側へ走ると同じように身を乗り出してみた。

「おい。危ないぞ、王様」

ふいに後ろから声がかかり、ハナは引っ張り戻されてしまった。振り返ると見知った美貌が彼女を見下ろしていた。

「何してるんだ、こんな夜中に」

「見て。なんかついて来てる」

ハナは海中を差す。

光麟はハナの横に並ぶと海を見下ろした。しばらく海中を見つめ、形の良い眉をひそめて呟く。

「…………朝の、アレか……?」

「やっぱりそう思う?」

光の帯――それは、朝、沖に現れた海竜に違いなかった。船の幅を大きく上回る巨大な姿すべてを見ることはかなわなかったが、かれがほんの少しでも波を起こせば、船は葉っぱのようにひっくりかえるだろう。だが、この巨大な生きものは静かに、まるで波そのもののように海中を流れていた。

しばらくその光を眺め、ハナは小さく笑いを洩らした。

「海竜が付き添ってくれるなら、こんなに心強いことはないね」

その呟きに、光麟があきれたようにこちらを向いた。

「……なんでそんな楽観的なものの考え方ができるんだ、あんたは。こいつに食われるとか思わないのか」

ハナは声をたてて笑いそうになって慌てて口を塞いだ。

「思わないよ。それに、こんな大きな身体じゃ、私を喰ったって腹の足しにもならないよ。……陸地なんてたかがしれてるって思わない? こんな大きなものを平気でかかえられる海は、その何百倍もの大きさがあるもんな。私らのような小さな存在がどうあがいたって、こんな巨大なものに太刀打ちできるはずもない。だからさ。降ってきた幸運は、恩恵としてありがたく受け取るのが礼儀ってもんじゃないかと思うんだよね」

「……なるほど」

そうして、二人はそのまま黙って海中の光を眺めていた。

 ハナは船先のほうに目をやり、真っ暗な闇を見つめた。月の光もなく、小さな星の明かりでは、すぐ先に何があるのかさえわからない。それは、まるで自分の未来を暗示しているようで、足元さえおぼつかなくなるような感覚に襲われる。

(……どう考えたって、無謀なんだよね……)

なぜ竜樹を助けに行かなければと思ったのだろう?

彼が十年前に行方不明になった従弟だからか? 彼の呼ぶ声が聞こえたからか? 彼の身に纏わりつく闇を視たからか……? 

それはまちがってはいない。だが、それが本当の理由ではないような気がする。自分でもわからない、奥深いところで行かなければと思ったのだ。それは、自分の役目だと思った。

そして…………


そして……?


「そして、どうするんだ……?」

思わず口から洩れ出た己の言葉に愕然とする。

向かう先は、暗黒世界だ。

その瘴気は宰相ターガナーダの生国を脅かし、かつまた、この世界をも脅かそうとしているのである。

そこに竜樹がいる。だが、居るのは竜樹だけなのか?

瘴気を発するモノは一体、なんなのだ?

ハナは、自分が向かう先が比喩でもなんでもなく、真の闇なのだということを、今更ながらに痛感した。

その、手立てさえわからぬ異界の中を、どうやって竜樹を助け出せばいいのか。

思わず身震いし、剣を握りしめたとたん、

「……あつっ……!」

彼女はびっくりして慌てて手を離した。衡漢王の剣は、白銀の光を発し、熱を帯びていた。

「どうした。なぜ剣が光る? 刺客が紛れ込んでるのか?」

傍らにいた光麟は瞠目し、あたりに目を配る。

ハナは、驚き、その彼の存在を思い出し、そして海中の光を思い出した。

「いや、違う。ごめん、私のせいだ……あ、いや。何でもない。……うん、そうか……。そうだった……」

ハナは呟き、くすくす笑いはじめた。青年は怪訝そうに彼女を見やったが、結局なにも問うことなく黙ったまま海に視線を移した。


ホウライヌの守人の一族を訪ねてみよう。そして、竜樹のために何ができるかを考えよう。


そう、思いなおしたハナの手に、剣はじんわりとした温もりを伝えてきた。

それでいい、というように―――。


 風が吹いて波音が高くなった。船はこゆるぎもせず、光る海竜とともに海上をひた走っていた。






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