表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
虚空の鑑  作者: 直江和葉
3/73

【女王の間】


 遠目から見ても玉座に座る女の艶やかさは際立っていた。

漆黒の髪を結い上げ色とりどりの簪を挿し、透けるような肌にふくよかな紅い唇が花びらのよう。目元はぱっちりと、聡明な光が浮かんでいる。着物はすべてが白で、時折、室内の明かりに反射して光を放った。

「ご苦労でした、宰相。この方には私が直接訊きましょう」

壇上から玲瓏と響く声が落ち、長身の男は一礼して一歩さがる。

女王はハナへと視線を移した。

水華蓮すいかれんへようこそ、異界の方。私は国主・玉蓮です。先ほどは近衛兵が手荒な真似をしてしまったようで、お詫びいたします」

「いえ…」

こちらも負けず劣らず手荒でした――とも言えず、ハナは苦笑するに止めた。

「私は矢島ハナと言います。何やら会議中の部屋に放り出されてしまったようで……そのう、お邪魔してすみません」

「……一体、どうしてこのようなことに?」

女王の求めに、ハナはできるだけ簡潔に経緯を説明した。

自宅の玄関口で助けを求める声が聞こえたこと、ドアを開けようとしたとき体が別の空間へ引っ張りこまれたこと……。

どうやらこの美しい女王とだけは会話できるようだ。

他の人々は怪訝そうにこちらを眺めているだけだったし、時おり交わされる囁きの声は聞こえてきても、ハナにはまったく意味をなさない言葉だった。


 一つ一つ確認するように聞いていた女王は、

「では、そなたはその声の主に導かれるようにしてこの国へ来たのですね……」

そう呟いた。

「……そうかもしれませんし、そうじゃないかもしれません。確かに彼は私の名を呼びましたけど、私には誰の声だかわからな……」

ハナはそこで唐突に言葉を切った。

「ハナ……?」

「まさか……」

ハナは額に手をやり、呆然と呟く。

閃光が走るように頭に浮かんだのは、子供の頃 『神隠し』 にあった従弟。

「たっくん…?」

口にのぼせて、まさか、と否定する。いや、しかし――

彼は、どうしたんだっけ…?

あの日……嵐の夜が明けた日、母が呆然としたように言ったのだ 「たっくんが消えた」 と。

「死んだ」ではない。「消えた」のだ。


青嵐にさらわれた――


「たっくん……たつ…、たつき。そう、竜樹だ……」

眉根を寄せてぶつぶつ呟いているハナを怪訝そうに見ていた宰相は、焦れたように声をかけようとして女王に静止される。

「陛下…」

壇上を見上げる男に女王はゆっくりと首を振った。

彼は口を閉ざし、再び異界の女に目を向ける。

苦悶するような表情で額に拳をあてていたハナは、やがて顔を上げた。

「女王様、もしかこの国にタツキという名前の男の子……いや、青年がいませんか。…あるいは、子供の頃、別の世界から来た人とか……」

ここで何かがあったからこそ、この世界の 「会議室」 なんていう妙な場所へ落ちたのではないのか?

そうでなければ自分がここに流されてきた意味がわからない。

だが、女王の返答は 「否」 だった。

「――ただ、私が知っているのは、この王宮の中のことです。騒ぎになれば、必ず私の元に報告が届くでしょう。それがないとすれば、その子はこの国にいないか、あるいは居ても隠されているのか……。タツキという者に間違いないのですか?」

今度はハナが 「否」 という番だった。

正直、確証などない。竜樹であることのほうが確率が低いとさえいえるかもしれない。

(ハナなんてけっこうある名前だし……私がたまたま空間の穴に入り込んでしまっただけかもしれない……)

竜樹がここにいないとなれば、自分がここに居る理由もない。仮に竜樹がいたとして、自分に何かできただろうか? あの声を聞いてから随分経っている。これからどこをどう探して助け出せというのだ。

何より竜樹と最後に会ったのは十年以上も前だ。今では彼の顔もわからない。

(……とても無理だ…というより、無謀すぎる)

ハナは溜息を一つ吐き出した。

あの会議室に連れてってもらって、元の世界に帰ろう。そんで亮兵のとこに行って、この不思議な体験を話そう。あいつはきっと 「アホか」 と言って笑うだろう。

――うん、そうだ。さっさと帰ろう。

「――女王様、あの声は従弟ではないかもしれません。ここにいない以上、私がこの国にいる理由もありません。元の世界に帰ります」



 先ほど、長身の宰相と兵たちに囲まれて通ってきた通路を、今度は女王とたどっている。

無論、女王の周りは近衛兵が警護し、ハナの後ろに長身の宰相がついた。いざという時ハナを取り押さえるためだ。

ハナは初めて景色に目をやった。

欄干が枝を張り巡らすように四方に伸び、途中途中で東屋が設置されて庭の木や花を楽しめるようになっている。

あちらは初冬だったというのに、こちらは汗ばむほどの陽気だった。

見たこともない花々が咲き乱れ、天女のような女性達が東屋の一つで談笑している。

(きれいだ……)

この景色を見て帰るだけでも価値がある。――多少の罪悪感がこの先つきまとうにしても――

こっそりと苦笑を洩らし、ふと前をみると、金色の目と視線がぶつかった。

「………」

女王の襟元から、小さな緑色の生き物がひょっこり顔を覗かせ、異界から来た女を眺めていた。

髪飾りに邪魔されて形はよく見えないが、爬虫類っぽい瞳であることは見て取れた。それにしても、ひどくあどけない顔だ。

(かわいい。こっちの世界のペットってとこかな)

苦笑は微笑に変わり、緑の生き物が女王の襟の中に隠れるまで眺めていた。


 豪奢な彫刻の扉が開かれ、女王は会議室――青海の間にハナを招き入れる。

先ほど大暴れをした形跡は見当たらず、整然と清められていた。

部屋の上空を見ても次元の穴らしいものは見当たらない。

もっとそばへ行って見れば……。

ハナは部屋の中央に設置された巨大な円卓を見つめ、落ちてきたときのことを思い出そうとした。

(……ええと、たしか、あのへんに携帯が落ちてて……)

「ここだ!」

呟いて上を見上げる。だが、おかしなところは何もない。

両手をあげてパタパタしている姿はひどく滑稽に思えたが、それどころではない。

「もっと上なのかな……?」

コートのポケットを探って十円玉を出し、穴のあったあたりを目がけて放ってみた。

コインは美しい半円を描いてチャリーンと床に落ちてきた。

 一方、戸口でハナの様子を見ていた近衛兵の一人が怪訝そうに聞いた。

【女王陛下、あの者は一体なにをしておりますので?】

【入口を探しているのでしょう。宰相、ハナはどのあたりから…?】

【わかりません。私が座っていた後方のようですから…。おそらく、あの場にいた誰もわからぬでしょう。まさか空間から人が落ちてくるとは思っておりませんでしたから】

長身の宰相は無表情に女王に応えた。

【槍でも突っ込んでみてはどうか?】

【おお、それがいい】

兵2人がハナのほうへ歩いていき、身振り手振りで槍を差し出す。女は喜色満面に手鼓を打ち、深々と一礼すると次元の穴を探して槍を上空に突き上げた。

突いてみたり、大きく振ってみたり、見かねた兵が槍を受け取り別の方向から探ってみる。

何だか子供が遊んでいるような、のどかな風景を眺めながら、女王はくすりと笑った。

【不思議なこともあるものですね…。貴方の国にはこのようなことはありましたか、ターガナーダ?】

長身の宰相は首を振って 「否」 と応えた。そして、ふと呟く。

【…非常な手練でございます】

【まあ】

女王の呟きに、別の兵が頷いた。

【宰相閣下の仰せどおりで。二人がかりで押さえ込んでおったものを跳ね返されてしまい、挙句、そのう、宰相閣下を人質にとられてしまいました……】

面目なさげに頭を下げる兵に、宰相は首を振った。

【大の男とて、あの状況から反撃しようなどとは、普通は思うまい】

視線を動かせば、とうとう3人がかりで槍を振り回していた。



 【ううむ、何もなさそうだが…】

【うむ】

さすがにくたびれ果て、床に座り込んだ3人はしばらく肩で息をしていた。

「まさか、穴、消えてないよね…?」

嫌な予感が頭をよぎる。

ハナは立ち上がり、今度は携帯電話を取り出して電源を入れた。

この場で亮兵と電話したのだ。それはつまり、あちらとこちらが繋がっていたということで、アンテナが立っていれば、穴は存在するのだ。

だが――。

「……………。う、うそ……っ!」


 「 圏外 」 の文字が異様に大きく見えた。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ