冬の勤務表
十二月初旬
朝の海風は もう完全に冬だった
海の駅戸倉の岸壁には
牡蠣筏へ向かう船が並び
早朝からエンジン音が響いている
汐里は荷物を運びながら小さく息を吐いた
忙しい
以前より 明らかに忙しかった
海の駅戸倉も
道の駅奥崎も
両方が少しづつ動き始めている
そんな中で 網野波恵がきた
最初に見た印象は 動きが速い人だった
二十代後半
短くまとめた髪
落ち着いた声
子供を幼稚園に送ってから
そのまま奥崎へ来る
勤務時間は午前九時から十三時
長くは働けない
だが 私にとっては十分にありがたかった
「よろしくお願いします」
初日
波恵は直ぐに店内を見回した
冷蔵庫
レジ
ゴミ箱
客の動線
そして 直ぐに動き始めた
「汐里ちゃん
ホットこっちに寄せた方がとりやすいよ」
「えっ あ はい!」
「ごみ袋は入り口に近い方が交換らくやな」
汐里が少し驚く
波恵は以前 本土側のスーパーで働いていた
レジ
品出し
発注補助
接客
一通り経験している
だから 動きに迷いが無かった
三日目
私は少し離れた場所から2人を見る
もう会話のテンポが出来始めていた
「お茶補充お願いします」
「お願いーこっちレジ入るね」
「ホット減ってます!」
「後ろ出しとく!」
自然だった
以前みたいに
汐里が一人で慌てる場面が減っている
人が一人増えるだけで
現場はこんなにも違うのかと私は思った
昼過ぎ
外から小さなエンジン音が聞こえる
「では お疲れ様でーす」
波恵の三輪バイクだった
軽自動車ほど大きくない
でも普通の原付より実用性がある
白いAPトライクだった
前一輪 後二輪 屋根付き
冬の海風の中でも 少し安心感がある
後部座席には
小さな子供用の赤と青のヘルメットが
掛けられている
今から子供を迎えに行くのだろう
「それ便利そうですね」
汐里が興味深そうに見る
「子供の送り迎えあるからね
軽より楽なんよ」
波恵が笑う
買い物
幼稚園
通勤
全部を回す為の乗り物だった
その頃から 汐里も変わり始めていた
「……免許取ろうかな」
ぽつりと呟いたのは 昼の片づけ中だった
私は振り向く
「原付か?」
「はい 親に送り迎えしてもらうのは
悪いし……」
波恵が頷く
「あると全然違うよ 島はとくに」
その言葉は現実だった
この辺りでは
移動出来る事自体が仕事に直結する
数週間後
十二月の終わり
朝
海沿いの道へ 小さなモーター音が響く
白いEVスクーターだった
汐里が少し緊張した顔で走って来る
まだ運転には慣れていない
だが 自分で通勤している
「おはようございます」
ヘルメットを外す
紙が少し乱れていた
波恵が笑う
「ちゃんと来れたね」
「滅茶苦茶風怖かったです……」
私も少し笑った
冬の海風は強い
橋の横風はとくに
でも汐里は 自分でここまで来た
道の駅奥崎はまだ小さい
人も少ない
利益も大きくない
だが少しずつ
働く場所になり始めていた
朝 誰かが来る
シャッターを開ける
ホットを準備する
人を迎える
その繰り返しが
少しずつこの場所を動かしていた
十二月後半
朝の空気は完全に冬だった
奥崎大橋の上を吹く風は冷たく
網も灰色に近い
道の駅奥崎は相変わらず
平日の十時から十六時までだけ開いている
正式営業とはいいがたい
だが
完全に止まった場所ではなくなっていた
午前十時シャッターが開く
暖房を入れる
ホット飲料を並べる
汐里と波恵が自然に動く
もう最初の頃みたいな慌ただしさは無かった
「おはようございまーす」
配送業者の男性が入って来る
最近週に何度か寄るようになった人だった
缶コーヒーを一本取り 窓際の席に座る
「今日は風弱いですね」
汐里が言う
「昨日が酷すぎたんよ」
男性が笑う
こういう会話が少しずつ増えていた
固定客というほどではない
でも いつもの人が出来始めている
昼前
みかん農家の軽トラが橋を渡っていく
荷台にはコンテナ
年末前の出荷だった
道の駅奥崎の裏手でも
一次的にみかん箱が積まれている
今日ははとくに数が多い
島の小規模農家が
出荷までの一次置き場として少し使っていた
「今年は甘いらしいよ」
波恵がみかん箱を見ながら言う
「夏 暑かったけえな」
私は答える
海の駅戸倉では
牡蠣の出荷がピークだった
早朝から船が動く
発泡スチロール箱
作業灯
冷えた海水
そして奥崎ではみかん
冬の島は静かに忙しい
午後汐里は 窓際から橋を見る
通り過ぎる車
配送バン
工事関係車両
地元の軽トラ
その中何台かが
少しだけ減速して道の駅へ入って来る
「ホット二つください」
「はい!」
以前より声が自然になっていた
汐里はもう
手伝いではなくちゃんと店側に立っている
二十八日
年内最後の営業日
空は低く 風も強かった
だが雪は降らない 瀬戸内の冬だった
「今年最後ですね」
波恵が棚を拭きながら言う
「まだそんな感じせんけどな」
私は苦笑いする
道の駅奥崎は まだ完成していない
人も足りない
売上も大きくない
でも 春頃の完全停止とは
もう違っていた
「お疲れさまでした」
波恵が頭を下げる
外では三輪トライクの後ろに
小さな子供用ヘルメットが揺れていた
幼稚園の迎えがあるのだろう
波恵はそのまま海沿いの道を走っていく
午後三時過ぎ
最後の配送業者が缶コーヒーを買っていく
「まだ来年も開けといてくださいよ」
軽い口調だった
だがその言葉に汐里が少し笑う
「はい 多分開いてます」
まだ たぶん だった
でも それで十分だった
午後四時
シャッターを下ろす
ガラガラという音が静かな駐車場へ響く
汐里がEVスクーターのヘルメットを手にする
「最初の頃より ダイブ慣れましたね」
「そうやな」
私は橋を見る
冷たい海風
白い橋脚
止まらず渡っていく車
その流れの端に 道の駅奥崎はある
大きく儲かる場所ではない
でも今年は少しだけ
必要な場所に近づいた気がしていた




