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灯りを運ぶ人ー山から海ー  作者: 堺大和
この村の灯り
15/16

台風の頃

台風が接近しているという知らせは

前日の昼には出ていた

進路は豊後水道を突き切る予報

大きく逸れることはなさそうだが 

雨と風は強くなる

夕方 役場では当直体制が組まれた

防災担当 土木 総務 

泊まり込みを前提に

布団と簡易ベットが運び込まれる

「山中さん 今日は残りで」

上司が短く言う

「はい」

私はそれ以上何も言わなかった

当然の判断だ

夜 役場の窓を打つ雨音が強くなる

風が建物を揺らすたび 

古い蛍光灯がかすかに鳴った

地図と雨量計 防災無線の待機表示

電話は 思ったほど鳴らなかった

「昔は こういう夜の方が怖かったな」

誰かがぽつりと言った

「今は 雨量も風速も見えるから」

私はモニターから目を離さずに答えた

「でも見えるから待つしかないですね」

深夜 強風域に入る

役場の中では仮眠と待機を繰り返す


一方自宅待機となった菫は

家の中でラジオをつけていた

雨戸を閉め 最低限の灯りだけを残す

携帯を見るが とくに連絡はない

それが一番いい知らせだ

役場は今頃忙しいのかな

そう思ってから

「何も起きないことが仕事なんだ」と

自分に言い聞かせる


雨も風が急に弱まった

いつの間にか細くなっている

「ピーク越えましたね」

誰かが言う

私は外の様子を確認してから 

記録に一行書き加えた

『特記事項無し』

日が昇る頃 村は無事だった

倒木無し 河川の増水も警戒水位未満

診療所からも異常なしの連絡

「お疲れさまでした」

上司の一言で 泊まり込みは解散となる

泊まり込みをした職員たちは

一度家に戻り休憩なり仮眠をして

昼過ぎ順番に戻って来ることになった

外に出ると 

濡れた道に朝の光が反射していた

村は 何時も通りの顔をしている


その頃 

菫も家の外に出て 空を見上げていた

雲の切れ間から 薄い青がのぞいている

何もなくてよかった

それ以上でも それ以下でもない


台風は過ぎ去り

役場は何時もよりゆっくりとした時間が

流れていた


私も数時間仮眠をとり

昼に役場に戻ってきた


給湯室には 

いつもより濃い珈琲の匂いが漂っていた

「結局 何もなかった」

紙コップを持った職員がいう

「雨は凄かったけどな 

音だけは立派やった」

「屋根 飛ぶかと思ったわ」

笑いながら言うが 声はまだ少し低い

私は机に戻り 昨夜の記録を整理していた

被害報告は 既に『特記事項無し』で

まとめられている

「何もなくてよかったですね」

菫がいう

「…はい」

私は頷く

「でも こういう時って よかった って

言っていいのか ちょっと迷いますね」

「分かります」

菫は椅子に腰かけながら答えた

「準備して 泊まり込んで 

結果が 何も無し だと」

「無駄やった気がする」

別の職員が 冗談めかして言う

「でも それが仕事やろ」

年配の職員が 直ぐに返した

「何もなかったって報告を出す為に

何が起きるかもしれん夜を過ごす」

一瞬 静かになる

「台風来るたびに思うけどな」

その職員は続ける

「評価されない仕事ほど 一番大事や」

誰かが小さく

「せやな」

と言った

私はその言葉をメモに書くでもなく

ただ心の中に留めた

「今日は午後から通常業務戻します」

上司が声をかける

「昨夜泊った人は 無理せんでええから」

机に戻る音

キーボードの打鍵音

役場は もう何時もの顔だ

菫が小さく言う

「台風より 今日の相談の方が大変かも」

私は少しだけ笑った

「それ だいたい いつもですね」

窓の外では雲がゆっくり流れている

村は何事もなかったように 朝を続けていた

それでいいと私は思った



月曜日の午前十時を少し過ぎた頃

村の公民館前の広場に白い軽トラックが

ゆっくり入って来た

車体の横には大きく「移動スーパー」と

書かれている

軽トラックは広場の端で止まり

エンジン音が止まると

直ぐに後ろの扉が開いた

中には小さな棚がぎっしり並んでいる

野菜 豆腐 牛乳 パン 惣菜

町のスーパーなら当たり前に

並んでいるものばかりだった

ただし ここではそれが週に二回だけ

やって来る

「来たでー」

誰かが言った

それを合図にするみたいに

近くの家から出てくる

杖をついた老人

買い物かごをもったおばさん

軽トラックの周りに

ゆっくり人が集まってきた

菫は その様子を少し離れたところから

見ていた

今日は役場の仕事で来ているわけではない

ただ様子を見に来ただけだった

「菫ちゃんやないか」

声をかけてきたのは幸子ばあだった

八十を過ぎているが 腰はまだまっすぐだ

「おはようございます 幸子さん」

「今日は買い物か?」

「いえ ちょっと様子見に」

菫が笑うと 幸子は軽く頷いた

「ありがたいで この車」

そう言って 棚に並んだ牛乳を手に取った

「昔はな 下の町まで行っとったんや」

「車ですか?」

「そや でももう無理や」

幸子は言った

「免許も返したしな」

菫は少し黙った

幸子は続けた

「この車が来んかったら 

どうするんやろなあ」

軽トラックの横では別の老人が店員と

話ししている

「今日はコロッケあるか?」

「ありますよ」

そんなやり取りが

のんびり続いていた

山の風が広場を通り抜ける

遠くで鳥の声がした

菫はふと思った

この光景は どこかの市場みたいだ

ただし屋根はなくて

建物もなくて

軽トラックが一台あるだけ

それでも人は集まる

「菫さん」

後ろから声をかける

私は歩いて行った

「山中さん」

「やっぱり来ていましたか」

私は軽トラックの方を見た

「結構人がいますね」

「今日は多いですね」

二人並んで広場をみた

老人たちが棚を覗き込む

ゆっくり商品を選んでいる

急ぐ人も誰もいない

私が言った

「こういう場所 実は大事なんですよ」

「買い物ですか?」

「それもありますけど」

私は少し考えてから言った

「人が顔を合わせる場所」

菫は軽トラックの周りをみた

確かにみんな少しずつ話をしてる

天気のこと

畑のこと

誰が病院に行ったとか

「スーパーって ただの店じゃないんですよ」

私は言った

「村の広場みたいなものです」

菫は頷いた

「昔 スーパーがありましたよね」

「ありました」

「結局なくなりましたけど」

私は苦笑いした

「人口が足りなかったんでしょうね」

菫は軽トラックを見た

小さな棚

小さな売場

それでもここに人が集まる

その時 幸子ばあが大きな声で言った

「菫ちゃん」

菫が振り向く

「はい?」

「この村 道の駅出来るんやろ?」

広場の空気が少し止まった

数人がこちらを見る

菫は一瞬言葉を探した

「まだ決まってません」

正直に答えた

幸子ばあは少し頷いた

「そうか」

それから 軽く笑った

「でもな」

幸子は言った

「村に人が来るんは ええことや」

そして軽トラックを指した

「この車もな」

菫は黙って聞いていた

幸子は続けた

「昔はスーパーが来た」

「今はこの車が来る」

「そのうち また違うもんが来るんやろ」

菫は軽く息を吐いた

そして少しだけ笑った

「そうですね」

私は静かに言った

「変わるだけかもしれませんね」

菫は軽トラックを見た

白い車の中で 

店員が新しいパンを棚に並べている

その周りで 

老人たちがゆっくり商品を選んでいる

静かな広場だった

それでも 確かに生活が動いている

菫は思った

この村は まだ終わっていない

運転手は言う

「この村だけちゃうで」

「この辺の村 みんな同じや」

菫は聞く

「この村 どう思います?」

運転手は答える

「まだ ええ方や」

「店はなくなったけどな 人はまだおる」


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