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灯りを運ぶ人ー山から海ー  作者: 堺大和
続・灯りを運ぶ人
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121/145

春の水

四月

雨実村の桜はまだ咲かない 

この山奥に春が訪れるには時間がかかる

冬の間は雪解け水を集めて勢いを

増やしていた渓流も

ようやく穏やかな流れへ戻り始めている

この日 村内では早朝から数台の公用車が

動きだしていた

村役場環境衛生課の職員 建設課の担当職員

そして県内水質分析会社の技術者たちが

其々採水器具を積み込む 

村内数か所の清流へ向かう

古川村長も現地へ姿を見せた

「今日はよろしくお願いします」

白衣姿の技術者が頭をさげる

「こちらこそ よろしくお願いします」

最初の調査地点は 昔から

『雨実の名水』と呼ばれてきた沢だった

技術者は流れの速さや

周囲の地形を確認しながら

滅菌済みの採水容器へ静かに水をくみ上げる

環境衛生課の職員はその様子を

記録用紙へ丁寧に書き込んでいく

採水時刻

天候

水温

採水地点

一つ一つ確認しながら作業は進んでいった

村長は流れる水へ目を向ける

子供の頃から見慣れた風景

何十年も変わらず流れ続けてきた水だった

「この水が 村の未来を支えてくれるかも

しれませんね」

技術者がそういうと 村長は少し笑った

「まずは 

その可能性を調べるところからですね」


一週間後

分析会社から中間報告が届いた

環境衛生課長 新田 菫 

そして古川村長が会議室へ集まる

担当者が資料を開いた

「現時点の分析結果ですが

どの採水地点も飲料水として非常に

良好な数値です」

資料には並ぶ分析項目

鉄分

マンガン

硬度

一般細菌

いずれも良好な値が記されている

「醸造用としても十分期待できる水質です

ただし 

難関を通した水量や季節変動については

引き続き調査を行う必要があります」

古川村長は静かに頷いた

「ありがとうございます」

「一歩前へ進めそうですね」

菫は資料を見つめながら思った

この村の水が 

本当に新しい仕事を生み出す日が

来るかもしれない



其の頃からだった

週末になると 古川村長は小さな愛車に

資料の入った鞄を積み込み

金曜日の夕方に出発するようになった

翌日には企業や商工団体

クラフトビールメーカー

小規模飲料メーカーを訪ね歩く

行先は決まって京阪神地域

神戸 大阪 京都

何時間も走り

一日に二社 三社と企業を訪ね歩く

「雨実村の水を 

一度見に来ていただけませんか」

それが村長の決まり文句だった

派手な売り込みはしない

『工場を建ててください』 

と頭をさげることもしない

まずは村を知ってもらう

水を知ってもらう

人を知ってもらう

それが古川村長の考えだった

ある日曜日の夕方

役場へ戻った村長を見かけた菫が声をかける

「今週も大阪ですか」

村長は少し疲れたように笑う

「うん」

「今日は二社回ってきた」

「どうでしたか」

「すぐには話はまとまらんよ」

そういいながら鞄から名刺入れを取り出す

新しい名刺が何枚も増えていた

「でも 一社でも『一度村を見てみたい』と

言ってくれたら それで十分じゃ」

菫は其の言葉に 村長らしさを感じた

大きな成果を急がない

人とのつながりを 一つずつ積み重ねていく

それが 古川村長のやり方

役場の窓から見える山々は

新緑に染まり始めていた

雨実村の春は静かに

しかし確かに次の季節へ歩み始めていた


村長は帰宅後 

「また大阪だったの?」

「今日は神戸も行ってきた」

「毎週大変ね」

「でもな 一社だけ

『一度村へ行ってみたい』と

言ってくれた」

「それは よかったじゃない」


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