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最強魔王の推し活【裏】覇業  作者: 団田図


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第8話 謁見

~魔王城・玉座の間~


 ふう、と息をつく間もなかった。

 なんとか、陽が沈む直前に滑り込みセーフだ。


 俺は魔王城の巨大なステンドグラス越しに、地平線へと沈みゆく夕日を眺めた。

 空が紫紺の闇に塗り替えられた、その瞬間。


 バクンッ。


 心臓が早鐘を打ち、全身の細胞が沸騰したかのように暴れだす。

 骨がキシキシと音を立てて伸び、筋肉が鋼鉄のように膨れ上がり、皮膚が紫色へと変色していく。

 額からはねじれた二本の角が天を突き破らんばかりに伸びた。


 商人の青年シュラの姿から、恐怖の象徴、大魔王デールン・リ・ジュラゴンガへ。

 何度やっても慣れることは無いだろう、内側から怪物を吐き出すような感覚だ。


「おかえりなさいませ、大魔王様!」


 間髪入れずに、重い扉が開かれた。側近のビニルだ。

 彼は俺の姿を確認して安堵の息を漏らしたが、すぐさま周囲を見回し、血相を変えた。


「おや? ポームの姿が見当たりませんが……? まさか、人種族どもの卑劣な罠にかかり……? おのれ人種族どもめ、目に入れても痛くない大切な我が孫娘を! 今すぐ報復に参りましょうぞ!! 全軍突撃ぃぃぃ!!」


「ま、待て待て待て! 早まるなビニルよ!」


 いきなり世界大戦を始めようとするな。この爺さん、孫のことになるとIQが3くらいになるぞ。


「ポームは無事だ。あれだ、その……首都偵察の延長のため、潜入調査を続行させておる」


「なんと! ポーム一人でございますか!?」


「うむ。奴の変装スキルと状況判断能力を見込んでの任務だ。いずれはあれだ、結界の謎も解け、内部から首都を陥落させる足がかりとなるであろう」


 もっともらしい嘘をつく。

 まさか「推しアイドルのボディガードとして同棲させてきました」とは口が裂けても言えない。


「さようでございましたか……。ポームの成長を信じての単独任務。さすがは大魔王様、深遠なるお考え。このビニルめも、孫離れせねばなりますまいな……ううっ」


 ビニルがハンカチで目元を拭う。

 よし、騙せた。

 しかし、休む間もなくビニルが巻物を取り出した。


「ところで大魔王様。本日は大魔王様の復活を聞きつけ、各地の有力な魔人が謁見えっけんを希望し、城に詰めかけております。まずは北の地、魔渓谷ニケルの魔人スチレンをお通ししてもよろしいですか?」


 うげっ。面接ラッシュかよ。

 どうせ断れない雰囲気だ。適当に話を合わせて早めに切り上げて、明日のアルミルのレベル上げ計画を練りたいんだが。


「……通せ」


「はっ! 参られよ! 魔人スチレン殿!」


 俺がいる玉座の間は、フットサルコートが数面入るほど広大で、天井は霞むほど高い。

 そんな大空間に、地響きのような足音が轟いた。


 ズシンッ、ズシンッ、ズシンッ。


 扉をくぐって現れたのは、岩山が歩いているかのような巨体だった。

 身長は軽く10メートルを超えているだろう。全身が硬質な甲殻に覆われた、動く要塞だ。

 俺の10倍はあるであろうその巨体が、目の前でゆっくりと片膝をつき、頭を垂れた。


「デールン・リ・ジュラゴンガ大魔王様! 千年の長きにわたる封印から解き放たれましたこと、魔人スチレン、心よりお祝い申し上げます」


 声が低い。ウーハー全開の重低音が腹に響く。


「また、早速の魔物増援をいただきましたこと、感謝申し上げます。つきましては、その増援を用い、早速人種族へ攻め入るべく計画しております」


 まただよ。こいつもか。

 どうしてこうも魔族の皆様は、挨拶代わりに「侵略」を持ち出すのかね。

 「いい天気ですね」くらいのノリで戦争を始めようとするのはやめていただきたい。


「……ひとまず、その計画とやらを聞こう」


「はい。現在、西の国ゴルドーと、北の国シルバが対立しており、人種族同士の醜い戦争が激化。お互いに全戦力をつぎ込み、疲弊しております。そこへ、我ら魔族の部隊が横合いから突入し、混乱した両軍を一網打尽にし、殲滅するという計画にございます」


 スチレンが凶悪な笑みを浮かべる。

 漁夫の利作戦か。卑劣でずる賢いねー。魔族の鑑だねー。

 参ったねー。


 ――待てよ。

 西の国と北の国の戦争?

 それってもしかして、定食屋のパインさんの旦那さんが出兵している戦争のことじゃないか?

 もしスチレンが乱入して両軍を殲滅したら、パインさんの旦那さんも……。


 パインさんが悲しむ。

 パインさんが悲しめば、あのおいしいナメロウ定食が食えなくなるかもしれない。

 いや、それ以上に、恩人であるパインさんが泣けば、優しいアルミルもきっと悲しむだろう。

 推しの笑顔を曇らせる要因は、すべて排除するのがファンの務めだ。


 うん。阻止しよう。


「なあスチレンよ。人種族同士の戦いが終わって、その戦争に勝った国だけを相手にすれば、我ら魔族の被害は少なく済むのではないか?」


 俺はもっともらしい戦略的撤退論を唱えた。

 だが、スチレンの反応は芳しくなかった。


「ん? ……ずいぶんと弱気な事をおっしゃいますね、大魔王様」


 スチレンの巨大な瞳が、値踏みするように俺を睨んだ。


「人種族に恐怖を与えてこその我ら魔族。2つの国を同時に殲滅させれば、それだけ魔族への恐怖心が高まるというもの。なにより、大魔王様は魔物を無限に産み出すクリエイトのお力があるではありませんか。兵隊など使い捨てればよいのです」


 こいつ、怖い。

 単純な武闘派かと思いきや、俺の「魔王としての資質」を疑ってきてやがる。


「あの邪悪で狂気に満ちた、破壊の化身であらせられた大魔王様はどこへいかれたのですかな? まさか、一度封印されたからといって、人間の情などにほだされ、及び腰になれてはおられませぬか?」


 殺気が膨れ上がる。

 まずい。俺が「前の魔王」と中身が違うことに気づかれる。

 ここで舐められたら、そのまま物理的に潰されるかもしれない。


「控えよ! スチレン殿!」


 張り詰めた空気を切り裂いたのは、ビニルの怒声だった。


「いくらそなたが実力者であり、『次期大魔王候補』と噂される身といえど、ご無礼ですぞ! 大魔王様にも深遠なるお考えがあっての事!」


 ナイスフォローですビニル!

 ってか、こいつ次期大魔王候補なの? やっぱりめちゃくちゃ強いんじゃん!


 俺は冷や汗を隠し、背もたれに深く体を預けて、フンと鼻を鳴らした。


「……スチレンよ。貴様には『美学』がわからぬようだな」


「美学、でございますか?」


「一瞬で殺しては、恐怖を味わう暇もないではないか。人間どもが互いに殺し合い、裏切り、希望を失ったその極限状態でこそ、我らが登場する意味がある。……絶望は、熟成させた方が美味いのだぞ?」


 我ながら苦しい中二病セリフだ。

 だが、魔族にはこれが効く。と、思うのだが、


「な、なるほど……! さすがは大魔王様。ただ殺すだけでなく、心の底からの絶望をお求めとは……。浅慮な自分が恥ずかしゅうございます」


 スチレンが深く頭を下げた。チョロいぜ、魔族。


「失礼いたしました大魔王様。では、両国の戦が終わり、勝者が決まったその瞬間、疲弊しきったところを攻め入ることとします」


「ああ、そうしてくれ。(その頃にはまた別の言い訳を考えるから)」


 スチレンは話を終えると、再び地響きを立てて去っていった。

 なんとか時間稼ぎはできた。だが、根本的な解決にはなっていない。

 人種族同士の戦争を止めさせ、スチレンに突撃させない方法を考えねば。

 全てはアルミルの笑顔と、パインさんの家庭の平和、ひいては異世界初ライブ成功のためだ。


 ふう、と一息ついた俺は、ふと重要なことを思い出した。

 そうだ、明日はアルミルのレベル上げを手伝うんだった。


「ところで、ビニルよ」


「はっ」


「我の産み出す魔物……今は何種類くらい登録されておったかのう?」


「ざっと3000種でございます。高レベルから低レベルまで、大魔王様の御心のままに。何を今更……コホン、ご冗談を」


「その中で……『高レベル』でありながら、『弱い』魔物はおるか?」


「ん? 高レベルなのに弱い……? おお! そうですか、私の知識を試すクイズですな? 魔物博士の異名を持つこのビニル、得意ですぞ!」


 クイズじゃない。ガチの相談だ。

 アルミルが倒せて、かつ経験値がたくさんもらえる「ボーナスキャラ」が必要なんだよ。


「そ、そうだ。暇つぶしにな」


「ふーむ。高レベルでありながら弱い魔物……攻撃力も防御力も紙くず同然の……」


 ビニルが腕を組んで思案する。


「『ダッシュ・デス・ラビット』、通称DDラビットではいかがでしょう?

 見た目は愛らしいウサギですが、レベルは高く、倒せば莫大な経験値が得られます。しかし、そのステータスを『素早さ』と『逃走本能』に全振りしているがゆえに、攻撃手段を持たず、ただひたすら逃げるのみ。

 倒されることはほぼ無く、我ら魔族の間でも伝令役として重宝している魔物でございます」


 それだ!

 メタルなスライム的なやつだ!


「せ、正解じゃ。さすが我が側近。して、そのDDラビットを確実に倒す方法はいかに? あ、あいや、弱点はいかに?」


「そうですなぁ……逃げ足さえ封じれば、ただの小動物。『鈍足の呪い』や『拘束魔法』をかけてしまえば、赤子でも倒せるでしょう」


 完璧だ。

 俺が魔法で動きを止めて、アルミルにポカリと叩かせればいい。

 安全かつ効率的なレベリング(パワーレベリング)が可能になる。


「よし。勉強になっ……じゃない、よく正解した。褒めてつかわす」


 これで明日のプランは決まった。

 よし、寝よう。明日は早いんだ。


「今日はもう疲れた。休むとしよう」


「お待ちください大魔王様。次の謁見希望者がすでにお待ちです。お通ししてもよろしいですかな?」


 またー? まだいんの?

 いつまで続くのこのブラック企業みたいなスケジュール。


「……通せ」


「はっ! 参られよ! 魔人カボネ殿!」


 扉が開くと、バサバサという音が響いた。

 体格は人間とさほど変わらないが、背中に漆黒の巨大な翼を生やした魔人が、音もなく滑空してきた。

 カラス天狗のような風貌だ。


 彼は優雅に着地すると、翼をたたみ、恭しく片膝をついた。


「お初にお目にかかります。デールン・リ・ジュラゴンガ大魔王様! 伝説の王にお会いできましたこと、恐悦至極きょうえつしごくにございます」


 キザな野郎だ。声もやたらと甲高い。

 ビニルが嬉しそうに解説を入れる。


「魔人カボネ殿は、70年前に魔人になりたての新人にございますれば、私ビニルが今、最も目をかけている若手有望株にございます」


「痛み入ります、ビニル様。……そう、あれは70年前の大干ばつの時でした」


 あ、語り入っちゃったよ。長くなりそうだぞ、これ。


「当時はまだ魔獣だった私は、あと一歩で魔人になれるところまできておりました。

 台地は枯れ果て、人種族が飢えに飢え、泥水をすすっていた大飢饉のその時。弱り切った村を襲撃し、抵抗できない老人や子供の魂を喰らい尽くすことで……見事、超進化を果たし、魔人になることができたのです」


 カボネが恍惚とした表情で語る。

 こいつも悪い奴だー。

 弱っている人間を襲ってレベルアップとか、一番胸糞悪いタイプだ。


「大魔王様のため、この身を粉にして働かせていただきます。今後ともどうぞよろしくお願い申し上げます」


「……うむ。励めよ」


 俺は感情を押し殺して短く答えた。

 こいつらと話していると、人間側につきたくなる気持ちが加速していく。


「大魔王様は今、王都ファクトリオスの結界を解く調査をされておる。カボネよ、空から偵察し、何か情報があれば持って参れ」


 ビニルが俺の代わりに指令を出した。


「はっ! その役目、この翼にかけて必ずや!」


 カボネは大きな翼をバサリとはためかせ、得意げに飛び去って行った。

 やれやれ、やっと終わったか。


「続きまして、南の湿地帯より……」


「ビニル! 後は明日にせい! 今日はもう疲れたと言っておる!」


 俺は玉座の肘掛けをドンと叩いた。


「しかし大魔王様、彼らも遠路はるばる大魔王様を慕って……」


「ビニルよ」


 俺は低い声で、切り札を切ることにした。


「そういえば……ポームが、去り際にボソッと言っておったぞ」


「はっ、なんと?! ポームが? 私のことを?」


 ビニルが身を乗り出す。


「うむ。『おじいさまは、人の都合を考えず話を押し付ける頑固なところがあるから、少し嫌い』……だとかなんとか」


 ガーン!!


 ビニルの頭上に、マンガのような効果音が見えた気がした。

 彼は白目を剥き、膝から崩れ落ちた。


「な、な、な……なんと! が、頑固……嫌い……嫌い……!?」


 世界が崩壊したかのような絶望顔だ。


「孫にだけは……孫にだけは嫌われたくないぃぃぃ!!」


 ビニルが床を転げまわる。


「大魔王様! 本日はこのへんで終わりにいたします! 私は自室にて、反省とポームへの詫び状を執筆いたしますのでぇぇぇ!!」


 ビニルは泣き叫びながら、謁見希望者たちを追い返しに走っていった。


 ……よしよし。

 残虐な魔族であっても、孫を持つおじいちゃんの心理は人間と同じようだな。

 少し心が痛むが、これでやっと解放された。


 俺は玉座から立ち上がり、大きく伸びをした。

 さあ、明日は「シュラお兄ちゃん」として、アルミルのレベル上げだ。

 DDラビットの捕獲作戦、脳内でシミュレーションしながら寝るとしよう。

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