第7話 御意
「魔王城で……ナカヨシライブ、だと?」
アルミルのあまりに突飛な、そして平和ボケとも言える夢の告白に、俺は言葉を失った。
だが、俺以上に反応したのは、魔族としての誇り高き血を引くポームだった。
「クックックッ……あっはっははっ!」
ポームが腹を抱えて笑い出した。普段のクールな仮面が剥がれ落ち、蔑むような、それでいて呆れ果てたような乾いた笑いが店内に響く。
「傑作でございますな。あなたのような、か弱き人種族の小娘が、あろうことかあの魔王城でライブ? 崇高なる闇の聖地で、歌って踊って仲良しこよし? あっはっははっ! ごめんなさい、あまりに滑稽で涙が出てきました」
まずい。ポームの目が完全に「身の程知らずの人間」を見る魔族の目になっている。
アルミルがキョトンとして首を傾げた。
「スウコウ……?」
このままでは、ポームが「魔王城がいかに恐ろしい場所か」を語り始め、俺たちの正体がバレてしまう。
俺は慌てて割り込んだ。
「そ、そうそう! 魔王城は『標高』がね、あれだからね! すっごく高い場所にあるからね! スウコウ(数千)メートルはあるから!」
「は、はい?」
「だから、その、肺活量とか? 声量とか? 酸素薄いし、めちゃくちゃ必要かなーって! ポームはそれを心配して笑っちゃったんだよな? な?」
俺はポームを睨みつけながら、必死に目配せを送る。
空気の読める有能な部下であってくれ、頼む!
「……あッ。失礼いたしました」
何かに気づいた(あるいは諦めた)ポームが、スッと表情を戻して頭を下げた。
「兄上の仰る通り、高地トレーニングが必要だと思いまして。申し訳ございません、アルミルさん」
「いえいえ、いいんです。確かに私って体力がなくて、すごく弱いので……笑われても仕方ありません。でも、目標だけは大きく持っておこうって、いつも決めているんです」
アルミルの言葉には、芯の強さがあった。
自分の弱さを認めつつ、それでも夢をあきらめないその姿勢。
ああ、尊い。俺の推しは異世界でも輝いている。
すると、ポームがアルミルに聞こえないよう、ススッと俺の耳元に顔を寄せた。
「(兄上。まさかとは思いますが……)」
吐息が混じるほどの小声。
「(兄上はもしや、この小娘を『伴侶』にとお考えですか?)」
「ぶふっ!?」
俺は噴き出しそうになるのを、咳払いで誤魔化した。
伴侶? お嫁さん? 俺がアルミルを?
恐れ多い! 推しと結婚したいなんて、そんな大それたこと考えてない! 俺はただ、客席からサイリウムを振って見守れればそれで幸せなんだ!
全力で否定しようと口を開きかけ――ふと、思いとどまる。
待てよ。
俺は大魔王だ。この世界でアルミルの「推し活(護衛や支援)」を堂々と続けるには、それ相応の理由が必要になる。
部下のポームに対して、「ただのファンです」と言っても理解されないだろう。
だが、「惚れた女だ、俺の妻にするつもりだ」と言えば?
ポームの忠誠心からして、未来の王妃としてアルミルを全力で守ってくれるのではないか?
……背に腹は代えられん。
甘んじて受け入れよう、その誤解を!
「(……ポームよ。察しが良いな。その通りだが、まだ誰にも言うでないぞ。今はまだ、彼女自身にも悟られたくないのだ。いいな)」
俺が意味ありげに囁くと、ポームの瞳に理解の色が宿った。
「(なるほど、恋の駆け引きというやつですね。私はハーフ故、人種族への偏見などございませぬ。未来の義姉上となるお方であれば、この命に代えても全力でサポートさせていただきます)」
ポームがニヤリと口角を上げ、小さく呟いた。
「(御意)」
よし、最強のボディーガード契約成立だ。
少し心が痛むが、これもアルミルの安全のためだ。
その時、厨房から戻ってきた女将のパインさんが声を上げた。
「あらっ!? もう直ってるじゃないか!」
彼女は俺たちが修理した椅子を撫で回し、感嘆の声を漏らしている。
「こんなに早く、しかも綺麗に直してくれたのかい? ありがとねぇ……。ここの机と椅子はさ、出兵する前の旦那と二人で、汗水たらして作り上げた大切なものなんだよ。だから、壊されたときは本当に悲しくて……」
パインさんの目が潤んでいる。
やはり、ただの備品じゃなかったんだ。直してよかった。
「お礼に何かできればいいんだけどねぇ……。そうだ、あんたたち旅人だろ? 今夜泊まる宿が決まってないなら、ここの2階を使っていいよ。空いてるからさ」
その提案に、アルミルが弾かれたように顔を上げた。
「えっ、いいんですか?! とてもありがたいです! 私、宿代もなくて野宿を覚悟していたので……ぜひお願いします!」
「ああ、いいとも。あたしの名前はパイン。ここ、定食屋プトルカンの女将だ。よろしくな。お店の手伝いをしてくれたら、まかないも付けてあげるよ!」
「ありがとうございます、パインさん! 私、アルミルと言います。お皿洗いでも掃除でも何でもします!」
異世界に放り出され、衣食住に困窮していたアルミルにとっては渡りに船だ。
ん? 待てよ。
「あんたたち」ってことは、俺にも宿を提供してくれるってことだよな?
ということは、アルミルと同じ屋根の下で、一つ屋根の下で、夜を過ごす?
ぬおぉぉぉー! これってほぼ同棲じゃないか!
推しと同棲イベント発生!?
前世の俺ならショック死しているレベルの幸福だ。
だが――現実は非情だ。
俺はダメだ。なぜなら、「陽が沈むと魔王の姿に戻ってしまう」という呪い(仕様)があるからだ!
なんて身だ!
この役立たずのラスボスボディめ!
いや、しかし冷静になれ。これでいい。
推しに近づきすぎてはいけない。アイドルにもプライベートは必要だ。寝顔を見るなど言語道断。
それに、もし夜中に正体が戻って、巨大な悪魔が隣で寝ていたら、アルミルは心臓麻痺を起こしてしまうだろう。
だとしても、特技が歌と踊りだけのLv.1のアルミルを、治安の悪いこの街に一人残すのは危険すぎる。
どうする?
「兄上、先ほどから表情が万華鏡のように入れ替わっておられますが、大丈夫ですか? 情緒が心配です」
呆れ顔のポームを見て、俺は閃いた。
「ポームよ。俺は……所用があるため、一人ですぐ近くの宿に泊まる。だからお前は、こちらでアルミルさんと一緒に泊まらせてもらいなさい」
「ほう。アルミルの姉御が逃げないように見張るのですね? 外堀から埋める作戦ですか」
「ち、違う違う! 護衛だ! アルミルさんがこの世界で立派に成長できるまでの、あくまで護衛だ!」
「ふふ、どちらも似たようなものですが……承知いたしました。確かに兄上は、陽が沈むと《《アレ》》な姿に戻られますからね。夜這いもできませんし」
「しねーよ!」
ポームが納得してくれたところで、アルミルが首を傾げた。
「アネゴ……?」
しまった。ポームのやつ、さっそく「極道の妻」みたいな呼び方をしやがった。
アルミルが不審がっている。何とか繕わないと!
「あ、あの、あれ! その、アミーゴだよ、アミーゴ! 異国の言葉で『友達』って意味! 人類皆兄妹! 異世界から来たアルミルさんが立派に独り立ちできるまで、俺とポームがお手伝いします、アミーゴ!」
苦しい! 我ながら苦しすぎる言い訳だ!
だが、純粋なアルミルはパァッと顔を輝かせた。
「アミーゴ! 素敵な言葉ですね! いいんですか? ありがとうございます、とてもうれしいです。私、たくさんの人たちに歌を聴いてもらえるよう、一生懸命レベルアップします!」
ピュアだ。疑うことを知らない。
この純真さを、俺たちが守らねばならない。
すると、それを聞いていたパインさんが提案した。
「アルミルちゃんは歌が得意なのかい? だったらさ、ここを会場に使っておくれよ。最近は戦争のせいで客足が遠のいててね、何か起爆剤になるような目玉が欲しいと思っていたんだ」
「えっ……いいんですか?!」
「ああ。うちは定食屋だけど、テーブルを寄せればそれなりの広さになる。あんたの歌で、お客さんを呼んでおくれよ」
アルミルが感極まったように胸の前で手を組んだ。
「ありがとうございます! ぜひ、使わせてください! 私の異世界初ライブは、ここ『定食屋プトルカン』でお願いします!」
なんと。
寝食の確保だけでなく、あっさりとライブ会場まで決まってしまうとは。
さすがアルミル。転生しても尚、人を惹きつけ、運命を切り開く天性の「アイドル力」を持っている。
ここでアルミルが働きながらレベルアップして、歌と踊りがもっと上手くなって、初ライブを開催する。
想像しただけで涙が出そうだ。
楽しみだぜ。記念すべき異世界デビューライブは、俺がかぶりつきで最前列を確保するぞ。
窓の外を見ると、空が茜色に染まり始めていた。
「アルミルちゃん。もうすぐ陽が沈むから、魔物退治でレベルアップするのは明日からにするといいよ。夜の森は危ないからね」
なに?! もうそんな時間か!
浮かれている場合じゃない。日没とともに変身が解けてしまう!
「で、ではポームよ。アルミルさんの事は頼んだぞ! また明日な!」
「はっ、兄上。行ってらっしゃいませ」
「えっ、シュラさんもう行っちゃうんですか? また明日、レベルアップのお手伝いに来てくれるんですか?」
「もちろんですとも! 必ず来ます! では!」
「ありがとうございますシュラさん。さようならです!」
笑顔で手を振るアルミル。
夕陽に照らされたその笑顔は、どんな高価な宝石よりも眩しかった。
名残惜しいが、ここで化け物の姿を見せるわけにはいかない。
俺は店を飛び出し、夕日を背に受けて全速力で走り出した。
闇の魔力が漏れ出さないよう抑制しながら、人気のない路地裏を目指す。
早く、早く誰もいないところへ行って、魔王城へ帰らなければ。
……ん?
帰る?
どうやって?
俺は急ブレーキをかけた。
そうだ、行きはビニルの転移魔法で送ってもらったが、帰りの方法を聞いてなかった!
徒歩? 魔王城まで? 何キロあると思ってるんだ!
しまった!! 忘れてた!!
俺は踵を返し、今来た道を全速力(変身ギリギリの形相)で戻った。
店の裏口からこっそりポームを呼び出す。
「はぁ、はぁ……ポ、ポーム!」
「兄上? いかがなさいました? 忘れ物ですか?」
「ま、魔王城へは……どうやって帰ったらいいんだ?」
ポームがキョトンとした顔をする。
「えっ!? 兄上は、一度訪れたことのある地へ瞬間移動できる、上級転移魔法が使えるはずでは?」
「……えっ」
「魔王様の基本スキルでございますが」
俺にもそんな便利な魔法が使えるのね!
言っといてよビニル! チュートリアル不足だよ!
「そ、そうだった。そうだった。うっかりしてた。……では、改めてアルミルさんを頼んだぞ」
「はいはい。お気をつけて」
ポームが呆れて店に戻ろうとする。
その背中に、俺はどうしても気になっていたことを問いかけた。
「ああ、それからもう一つ。一応聞いておくが……」
「はい?」
「アルミルさんが魔物を倒してレベルアップする件について、ポームはどう思っている? その……同胞である魔物が倒されるのは嫌だとか、抵抗があるんじゃないか?」
これは重要だ。
ポームにとって魔物は仲間だ。いくら命令とはいえ、仲間殺しの片棒を担がせるのは心が痛む。
だが、ポームは涼しい顔で答えた。
「そのようなことは、少しも思いません」
「え、そうなの?」
「魔界は弱肉強食。私自身も鍛錬には下級の魔物を相手にしておりますし、弱い者が狩られるのは世の理。何とも思いません」
ポームは真紅の瞳を細め、ニヤリと笑った。
「むしろ、大魔王様の『奥方様』になられるお方におかれましては、強くあっていただきたい。自らの力で敵を屠る強さを持ってこそ、魔王の伴侶にふさわしいというもの。鍛えていただくのは歓迎と言いますか……必然と言いますか、はい」
なるほど、魔族的なスパルタ思考か。
そして「奥方様」という設定が、良い方向に機能しているようだ。
「そうか、野暮なことを聞いたな。では」
今度こそ安心した。
俺は再び路地裏へと走り、誰にも見られない場所で「転移!」と念じた。
視界が歪み、一瞬にして見慣れた薄暗い玉座の間へと戻る。
明日からは、アルミルのレベル上げだ。
魔王の仕事? そんなものは知らん。俺のスケジュール帳は、当分「推し活」で埋めたのだから。




