第6話 決心
カランコロン、とドアベルが鳴る。
俺とポーム、そしてアルミルを連れて店へ戻ると、そこには痛々しい光景があった。
女将さんが、先ほどペイパたちに壊された椅子を抱え、悲しげな顔でさすっていたのだ。
折れた背もたれ、ひしゃげた脚。それは彼女の亡き夫が残した大切な店の一部であり、理不尽な暴力の傷跡だった。
ズキリ、と胸が痛む。
そうだった。俺はさっき、タチの悪い輩に絡まれて困っていたこの人を見捨てて、一度店を出たのだ。
なぜなら、俺は「大魔王」として生きると決めたから。人間ごときのいざこざには介入せず、冷徹な支配者として振る舞うべきだと、自分に言い聞かせたからだ。
なのに――結局、アルミルが絡んだ瞬間にその誓いは脆くも崩れ去り、こうしてのこのこと戻ってきてしまった。
人助けをしておきながら、見捨てた相手の元へ戻る。なんという矛盾。
ブレブレだ。俺の軸はどこにあるんだ。
自己嫌悪で押しつぶされそうになるが、今はそんなことよりもやるべきことがある。
俺は、商人の仮面を被り直し、努めて穏やかな声で女将さんに歩み寄った。
「女将さん。……先ほどは、お力になれず申し訳ありませんでした」
女将さんが顔を上げ、目を丸くする。
「えっ? ああ、さっきお店にいた商人さんじゃないか。いいんだよ、謝ることなんてないさ。逆にごめんね、せっかくの食事中に騒がしくしちゃって」
気丈に振る舞うその笑顔が、余計に俺の罪悪感を刺激する。
俺は「大魔王」である前に、一人の「推し活をする者」だ。推しが輝く世界は、平和で優しくなくてはならない。
俺ができる償いはこれだ。
「あの、その椅子の修理、手伝わせてください」
「えっ? できるのかい? アタイは料理しか取り柄がなくて、大工仕事はさっぱりで困っていたんだ」
「ええ、任せてください。こう見えて手先は器用なんです。(部下のポームが)」
俺は胸を張って請け負った。
「その代わりと言ってはなんですが、修理している間に『日替わり定食』を3つ、追加でお願いできますか?」
女将さんが呆気に取られた顔をした。
「おやまあ。お二人さんは、さっき食べたばかりじゃないか。もうお腹が空いたのかい?」
「ええ、まあ! あまりに美味しかったもので、ついおかわりしたくなってしまって。なぁ、ポーム? 育ちざかりだもんな、俺たち兄妹は! あはは!」
俺は強引にポームの背中をバシバシ叩く。
「は、はい兄上。左様にございます。あの美味なるナメロウ、胃袋がいくつあっても足りぬほどでして……」
ポームが空気を読んで話を合わせてくれた。できる妹だ。
「そうかい? ありがたいねぇ。じゃあ今持ってくるから、ちょっと待ってておくれ」
女将さんは嬉しそうに目尻を下げると、壊れた椅子を俺たちに託し、鼻歌交じりに厨房へと戻っていった。
よし、これで自然な流れでこの場に居座ることができる。
アルミルと食事ができるチャンスを、みすみす逃すわけがない。腹が一杯だろうが、推しと同じ釜の飯を食えるなら、限界まで詰め込むのがファンの流儀だ。
「ポーム。すまんが椅子の修理を頼めるか?」
「はい。たやすい事にございます」
「うむ。頼んだ」
「はい、兄上」
ポームが手慣れた様子で工具箱を開き、椅子の残骸に取り掛かる。
その横で、俺はアルミルに向き直った。彼女もまた、ポームの手元を心配そうに見つめている。
「ところでアルミルさん。先ほど広場で、何か言いかけていたようですが……」
俺の問いかけに、アルミルはハッとしたように顔を上げた。
そして、少し躊躇した後、意を決したように語り始めた。
「ええ。信じられない話かもしれませんが……実は私、ついさっきこの世界に来たばかりなのです」
やはりそうだ。
俺の予想は確信へと変わった。彼女も俺と同じタイミングで、あの事故に巻き込まれ、このファンタジー世界へ転移してしまったのだ。
ただ、俺は魔族の王に転生したが、彼女はそのままの姿で転移したということか?
ここはひとまず、何も知らない一般人のふりをして驚いておくのが正解だ。
「えっ……べ、別の世界からこの世界に? まさか。そんなことがあるのですか?」
「はい。私にもどうしてこんなことになってしまったのかわからないのですが……」
アルミルは遠くを見るような目で、ポツリポツリと話し出した。
「人前での歌唱中に、天井から照明が落ちてきて……私、それを避けられなくて。おそらく、その時に死んでしまったのです」
胸が張り裂けそうになる。
やはり、彼女も命を落としていたのか。俺が突き飛ばして助けた男の子は助かったかもしれないが、彼女自身は……。
「気が付くと、真っ白な空間にいました。そこで『神様』と名乗る声が聞こえて、『前の世界で人々に希望を与え続けた善行への報いとして、来世への転生を認めよう。好きな姿、好きな能力を与えてやる』と言われたんです」
あ、それ俺と一緒のパターンだ。神様マニュアルがあるんだな。
俺はそこで「最強の力が欲しい」なんて願ってしまったが、彼女は何を願ったんだ?
「でも、私は断りました。『他の誰かになんてなりたくない』って」
「えっ?」
「私は神様にお願いしたんです。『生まれ変わっても、また私でいたい。望木彩都として、アルミルとして、また歌いたい。アイドルを続けたいんです!』って」
アルミルが、強く拳を握りしめる。
「そうしたら、神様が『なんと欲のない。よかろう』って笑って……強い光に包まれて、気づいたらこの世界の広場に立っていたんです」
……ああ、なんということだ。
視界が滲んでよく見えない。
俺が「最強の力が欲しい」「ハーレム作りたい」なんて俗物的な願いを口にしていた時、彼女は「自分自身であり続けること」「誰かのために歌い続けること」を選んだのか。
さすがアルミル。この俺が人生を懸けて推していただけのことはある。
「アイドル」という職業に就いているんじゃない。「アイドル」という生き様を貫いているんだ。
俺は彼女から元気をもらい、勇気をもらい、そのお返しに全力で彼女を応援し、推す。それが俺の生きがいだった。生きていた証だった。
そんな俺が死んで。
アルミルも死んで。
けれど、運命のいたずらか神の配慮か、またこの世界で再会した。
そしてアルミルは、この異世界でも「アイドル」をすると言っている。
――結論は、出た。
推すしかないでしょう!
推します! 推せます! 推させてください!!
魔王として悪の権化として生きていく? 前言撤回だ! 知るかそんなもの!
俺は、異世界へ来てもなお、アルミル単推しだ!!
この身に宿る膨大な魔力も、魔王としての権力も、すべては彼女を輝かせるためのサイリウム(燃料)だと思えばいい!
「兄上? 何やらお顔がニヤけておられますが」
「いや、なんでもない。心の迷いが晴れただけだ」
いつの間にか、アルミルもポームの横で椅子のパーツを押さえ、修理を手伝っていた。
トンカチを振るう魔人の少女と、板を押さえる元アイドルの少女。なんて尊い光景だ。
修理を終え、綺麗に直った椅子を見て二人が顔を見合わせて笑う。
ポームが不思議そうにアルミルに尋ねた。
「あの、先ほどから仰っている『あいどる』というのは、一体何なのですか? 吟遊詩人のようなものでしょうか?」
驚いた様子のアルミルが答える。
「えっ? この世界にアイドルはいないのですか? そうですねぇ……アイドルというのはですね」
アルミルは人差し指を立てて、少し得意げに、でも真剣な眼差しで語った。
「ライブという催し物を開いて、歌って踊って、みんなに『元気』と『笑顔』をお届けする生き方なのです! 私の歌を聴いて元気になった方達を見て、私も元気になって、そのパワーが倍々となって循環して……とにかく、すっごくみんなが幸せになれる魔法のような活動なんです!」
「魔法、でございますか」
「はい! 心にかける魔法です!」
うおおおお! 名言きたこれ!
さすがアルミル。「お仕事」とは言わず「生き方」と言い切った。他の量産型アイドルとは覚悟の決まり方が違う。だから俺は推すんだ。
「ただ……私って昔から体力がないし、新しいこの世界でやっていけるか不安なのですが……それでも、アイドルであり続けるというのは決めているんです」
その小さな肩が、わずかに震えているのが見えた。
不安なのだ。当たり前だ。見知らぬ世界に一人放り出され、頼れるものもない。
それでも「歌う」という決意だけは揺らいでいない。
大丈夫だ、アルミル。
お前には、世界最強のTOである俺がついている。陰ながら全力でバックアップしてやるからな。
「お待たせ! 定食3丁、あがったよ!」
タイミングよく、厨房から女将さんがお盆を抱えて出てきた。
湯気の立つナメロウ丼とアラ汁が、テーブルに並べられる。
「じゃあまずは腹ごしらえだね。たんと食べておくれ!」
女将さんはエプロンで手を拭きながら、俺たちの横に立った。どうやら今の話が聞こえていたらしい。
「お嬢さん、強くなりたいのかい? だったら、レベルアップなら街の北側にある『黒影の森』がいいんじゃないかねぇ? あそこは最近、弱いモンスターしか出ないって話だから、あんたみたいな初心者でも安心だよ」
「黒影の森、ですか! ありがとうございます!」
アルミルが目を輝かせる。
俺たちは「いただきます」と手を合わせ、再び定食を食べ始めた。
うん、何度食べても美味い。
アルミルの反応を盗み見ると、彼女は一口食べた瞬間、「んん~っ!」と目を閉じて身悶えし、幸せそうな顔で頬張っている。よかった、口に合ったようだ。
女将さんは俺たちの食べっぷりに満足そうに頷きつつ、声を潜めて続けた。
「ただねぇ……あんたたち、旅の人なら気をつけなよ。ついさっき来た冒険者が言ってたんだけどね」
「何かあったのですか?」
「『魔物の大群が各地へ移動しているのを見た。あれは伝説の大魔王が復活したんじゃないか?』って、不吉なことを言うんだよ」
ブッ!!
俺は思わず味噌汁を吹き出しそうになった。
あはは……。さっき俺がうっかり指先一つで5万体の魔物をクリエイトしちゃった件ですね。もう広まっているのか。情報伝達速度早すぎない?
「嫌だねぇ。1000年ぶりの大魔王だなんて。人間同士で戦争なんかしている場合じゃないよ、これは。古い書物によるとね、大魔王ってのは残虐非道で、街をひとつずつ消し去りながら、人々の生活を脅かすって書いてあったわ。あんたたちも、くれぐれも気をつけなさいね」
女将さんの言葉に、俺は丼に顔を埋めて冷や汗を流した。
すみません。その残虐非道な大魔王、今あなたのおいしい定食をいただいております。しかもおかわり中です。
すると、スプーンを置いたアルミルが、真剣な表情で口を開いた。
「大魔王……ですか」
「ああ、怖いねぇ」
「私、決めました!」
アルミルがドン、とテーブルを叩いて立ち上がった。その瞳には、強い光が宿っている。
「人々の生活を脅かす魔族さん達も、きっと話せばわかってくれます。歌は言葉の壁も、種族の壁も超えるって信じてますから!」
「えっ? お、お嬢さん?」
「私、いずれはその『魔王城』でライブを開きます! そして、その大魔王さんや魔族さん達にも私の歌を聴いてもらって、みんなと仲良くなって……人間も魔族も関係なく、みんなが笑顔になれる平和な世界を築きたいと思っております!」
――時が、止まった。
俺とポーム、そして女将さんは、ポカンと口を開けて彼女を見上げた。
魔王城でライブ?
ラスボスの本拠地を、コンサート会場にするだって?
なんて……なんて壮大で、無謀で、そして最高にロックな夢なんだ!
ぬおぉぉぉーー!! さすがアルミル!
異世界へ来てもなお、アイドルとしてのスタンスを崩さず、さらには「世界平和」という困難なミッションを自らに課すとは!
これぞアイドルの鑑! 推しがいがありすぎる!
俺の心の中で、何かが熱く燃え上がった。
大魔王として人間を滅ぼす? そんなくだらない仕事はキャンセルだ。
俺の新しい使命は決まった。
彼女の夢を叶えることだ。
魔王城でライブがしたいだって?
貸します、貸しますとも!
アルミルのためなら、その箱(魔王城)、オーナー権限でいつでも押さえさせていただきます!
最前列のチケットは、もちろん俺がいただくがな!




