第43話 絶体絶命 ♪リビドーレイン
~魔王城 円卓の間~
地獄。
まさにこの状況を指す言葉だろう。
世界各地から召集された、一騎当千の魔人たちが集う「魔人サミット」。
プーやんこと魔人プロピの助け舟で一瞬場が和んだのも束の間、俺、大魔王デールン・リ・ジュラゴンガへの風当たりは、再び台風並みの強風となっていた。
円卓を囲む魔人たちの視線が痛い。物理的に痛い。
そして、この状況を煽っているのが、あろうことか俺の側近であるビニルだというのが救えない。
「さて、大魔王様。これだけ各方面から突き上げがありましては、何らかの成果をお示しいただかねば示しがつきませぬなぁ」
ビニルの目が笑っていない。この好戦的な爺さんは、俺が「深い考えがあって動かない」と信じているフリをして、実際には俺の尻を叩いて戦争を起こさせようとしている節がある。進行役がそっち側なのは完全にルール違反だ。不公平だ。
俺は反論する気力もなく、ただ深く玉座に沈み込み、嵐が過ぎ去るのを待つしかなかった。限界だ。胃薬が欲しい。
そんな最悪の空気の中、円卓の中心に鎮座していた巨大な通信用水晶玉が、ブゥンと低い唸りを上げて発光し始めた。
嫌な予感がする。このタイミングでの割り込みなんて、ろくな知らせであるはずがない。
『あー、あー。もしもーし。聞こえてますかー? 映像、行ってますかー?』
水晶玉の向こうから聞こえてきたのは、やけに軽い口調の声だった。
鮮明に映し出された映像には、荒涼とした荒野を背景に、ドアップで映る魔人の顔。
漆黒の翼を持つ魔人カボネだ。
『こちらは魔人カボネにございまーす。本日は現地からのリモート参加ということで、よろしくお願いしまーす』
まるで動画配信者のようなノリだ。
背景に見える景色……あれは、人間の国同士が争っている最前線、ピンカー平野か?
『えー、わたくし今、愚かな人種族どもが戦争をして、同族同士で殺し合っている現場に到着しましたー。実に滑稽ですねー。
というわけで! 本日のサミットの「余興」としまして、わたくしが手なずけた魔物と魔獣の大軍団を引き連れ、不意打ちで参戦! 両軍もろとも全滅させてしまうショーを披露させていただきまーす!』
なっ!?
俺は思わず身を乗り出した。
それって、アスナさんが停戦交渉している戦争のことじゃないか?
それに、定食屋の女将パインさんの旦那さんも、そこに出兵しているはずだ。
なんてこった。カボネの奴、よりにもよって最悪のタイミングで最悪の場所に現れやがった。止めなければ。
すると、俺のちょうど対面に座っていた剛腕の魔人スチレンが、バンッと机を叩いて声を荒げた。
「おい貴様! それは俺様が大魔王様復活の夜に謁見した際、進言した作戦ではないか! あの時、大魔王様に『時期尚早』と止められて控えていたのだぞ!
カボネ、貴様まさか盗み聞きしておったのか? 他人の手柄を横取りするとは、なんて卑怯な奴だ!」
スチレンの怒号が飛ぶ。しかし、水晶玉の中のカボネは涼しい顔で耳に手を当てた。
『あー、あー。申し訳ございませーん。この中継は、こちらからの一方通行となっておりましてー、そちらの音声は聞こえておりませーん。ご注意くださーい』
聞こえてるだろ! 完全に苦情を聞き終えた後の回答のタイミングだったぞ今!
こいつ、確信犯だ。都合の悪い意見はミュートにするタイプだ。
『それでは早速、突撃しちゃいまーす! ヒウィゴー!』
シュババババッ!! ドカーーーン!!
カボネが合図を出そうとした、まさにその瞬間だった。
水晶玉に映る現地の空に、三色のまばゆい光が炸裂した。
白、緑、赤。
大輪の花火のような閃光が、戦場の空を彩る。
『あ? なんだ? 何が起こった? ……まぁいい。演出ご苦労! とにかく突撃だー!!』
カボネは謎の光に一瞬怯んだものの、予定通り攻撃命令を下してしまった。
バカヤロウ! あれは信号弾だ! 誰かが、危険を知らせるために放った合図だ!
映像の中で、無数の魔物たちが雪崩のように人間軍へ襲い掛かる。
だが、様子がおかしい。
カボネが前進するその先にいる人間たちが、こちらを向いている。
敵国同士で殺し合っていたはずの両軍が、剣を収め、背中合わせになり、魔族の襲来を迎え撃つように身構えているのだ。
間に合ったのか!?
さっきの信号弾のおかげで、両軍が停戦し、共闘体制をとったんだ。
すごい。誰がやったのか知らないが、奇跡的な連携だ。
しかし、戦力差は歴然としていた。
カボネは自分では動かず、安全な後方から魔物たちを嗾けている。
対する人間側は、歴戦の兵士とはいえ、連戦の疲労はピークに達しているはずだ。
即席の同盟軍では連携も取れず、統率された魔族軍の波状攻撃に、次第に押され始めていく。
ダメか。このままでは全滅してしまうのか。
俺は何もできずに、ただ水晶玉を握りしめるように見つめることしかできない。
『ファイアントローム!!』
その時だった。
魔族軍の後方、高みの見物を決め込んでいたカボネに向けて、真紅の火炎弾が飛んできた。
あの一撃は……そして、あの凛とした声は!
遠くに映る人影。
アスナさん!?
なぜだ、なぜ戦場にいるんだ?
彼女はシルバ国へ向かっていたはずだ。
しかも、その横には……アルミル!? そしてコナッツオまで!
俺の推しが、最前線にいる!?
心臓が止まるかと思った。
カボネが翼を一振りし、迫りくる炎を軽々と薙ぎ払う。
『こざかしい魔法を使いやがって。ん? どこかで見た顔だな? まぁいい、この俺に炎魔法など通じぬわ!』
『だったら……アイスヒェート!!』
アスナさんが追撃の氷魔法を放つ!
鋭い氷柱がカボネを襲うが、奴の鋼鉄のような皮膚には傷一つつけられない。
『ふんっ! 氷魔法も通じませーん! 残念でしたー!
俺の唯一の弱点は雷魔法だが、こんな雲一つない快晴の荒野で、強力な雷など落とせるはずがない! 条件が揃わなければ貴様の魔法など児戯に等しいわ! ひっひっひっ!』
なんという絶望的な相性。
アスナさんの強力な魔法が全く通じないなんて。カボネの野郎、ムカつくが実力は本物だ。幹部クラスの名は伊達じゃない。
あまりの戦力差に、アスナさんが悔しそうに杖を握りしめる姿がアップになる。
『くっ……雨雲さえあれば……』
万事休すか。
そう思った瞬間、信じられない光景が目に飛び込んできた。
アルミルが、コナッツオに守られながら一歩前へ出たのだ。
そして、凶悪な魔人カボネと真っ向から対峙した。
『聞いてください、魔族さん!』
対話!?
戦場のド真ん中で、アルミルが対話を試みている!
無慈悲であるはずのカボネが、ピタリと動きを止めた。
おそらく、サミットで見ている俺たちへのパフォーマンスのつもりだろう。「命乞いを聞いてから殺す」という、悪役特有の趣味の悪さを披露する気だ。
『んっ? なんだ人間。命乞いか? 最期に言い残すことはあるか?』
『どうして私たちを虐げるのですか? どうして戦うのですか?
言葉が通じるのに。同じ世界に生きているのに。共に手を取り合って、明るい未来へ進む選択はないのですか?』
アルミルの言葉は、真っ直ぐで、純粋だった。
魔族相手に怯むことなく、平和を訴えるその姿は、まさにアイドル。俺の推しは、どんな時でも希望を捨てない。
だが、相手が悪すぎた。
カボネは下卑た笑い声をあげた。
『ひっひっひっ。なぜ戦うかだと? そんなの決まっている。人間をいたぶるのは楽しいからさ!
お前らごときと手を組むなんてまっぴらごめんさ! 弱者は強者の餌となる、それがこの世の理だ!』
分かり合えない。決定的な断絶。
カボネが嘲笑いながらアルミルを見下ろした、その時。
奴の目が、アルミルの首元に釘付けになった。
『……キサマ! なぜそのチョーカーをしている!?』
アルミルの首に巻かれた、朱色と深紅のチョーカー。
それは先日、ポームが盗賊団から押収し、持ち主不明としてアルミルにプレゼントしたものだ。
『それは、この俺が70年前に手に入れたアイテム!
あの忌々しい雨を降らせる術を使う一族を根絶やしにし、その功績で魔人へと超進化した際に手に入れた、俺の記念すべきラッキーアイテムだぞ!!
盗まれたと思ったら、まさか人間風情が身につけているとはな!』
なんだと!?
あれはカボネの所有物だったのか! しかも、雨を降らせる一族を滅ぼした戦利品だと?
因縁が深すぎる。
『まぁいい。この後お前たちを皆殺しにして、再度奪い返してくれるわ!
俺の手にかかって死ねることを有難く思え! キェーー!!』
カボネが激昂し、巨大な翼を羽ばたかせた。
巻き起こる暴風が、かまいたちとなってアルミルを襲う。
まずい! あんなの直撃したら即死だ!
ガキンッ!!
コナッツオが咆哮と共に割って入った。
巨体を盾にして、アルミルの前に立ちはだかる。
無数の斬撃がコナッツオの体を切り裂き、鮮血が舞う。
聖獣の防御をもってしても、カボネの一撃は重い。コナッツオが膝をつく。
アスナさんは魔力が尽きかけ、魔法が効かない絶望感で立ち尽くしている。
周囲の兵士たちも、終わりのない消耗戦に限界を迎えている。
そして、魔族軍が完全包囲を完了し、カボネの最後の一声を待っている。
絶体絶命。
詰みだ。
俺は叫びそうになった。
嫌だ! 嫌だ! アルミルのいない世界なんて!
推しが死ぬなんて認めない!
誰か、誰か助けてくれ! いや、俺が行きたい! 今すぐここから飛び出して、カボネを消し炭にしてやりたい!
だが、ここは魔王城。あそこへは行ったことが無い。つまり転移魔法が使えない。
その時。
アルミルが動いた。
傷ついた体を引きずりながら、ボロボロになったコナッツオの前に出る。
『……どうして、どうしてわかってくれないんですか』
アルミルの瞳から、涙がこぼれ落ちる。
それは恐怖の涙ではない。分かり合えない悲しみ、届かない悔しさの涙だ。
『せっかく言葉が通じるのに。せっかく同じ空の下で生きているのに。
どうして、心だけは通じないのですか。
……一度、冷静になってください。頭を、冷やしてください』
アルミルが胸の前で手を組み、祈るように目を閉じた。
静寂が訪れる。
そして、彼女は歌い出した。
♪リビドーレイン 奈落 堕ちろ自ら
えっ?
この状況で、歌!?
カボネも虚を突かれたように動きを止めた。
『あぁん? なんだ? 死を受け入れて念仏でも唱えだしたか。いいだろう、お望み通り歌い終わったら殺してくれるわ!』
違う。これは念仏なんかじゃない。
俺はこのメロディを知っている。
この独特なイントロ、そして耳を疑うような歌詞!
これは……伝説のボツ曲、『リビドーレイン』だ!!
前世のアイドルグループ「メータルンバ」の歴史において、まことしやかに囁かれていた幻の楽曲。
本来はデビュー曲『林道レイン』の原曲(ベータ版)だったとされるナンバーだ。
しかし、「アイドルにしては歌詞がセンセーショナルすぎる」「刺激的で意味不明」という理由でお蔵入りになりかけたが、メンバーの猛烈な嘆願により、歌詞をマイルドに変更して『林道レイン』としてリリースされたという経緯がある。
つまり、今アルミルが歌っているのは、その封印されし原曲『リビドーレイン』だ!!
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~ リビドーレイン ~
歌:アルミル
リビドーレイン 奈落 堕ちろ自ら
リビドーレイン ライフ あえて削れ
抜け殻 潰され から凛となす
ほら来た 烈烈 流るブラッド
リビドーレイン 泪 枯れるまで
リビドーレイン 絞る 落涙る
しょんぼり くぼまり カラッカラカラ
ドゥンヴァルン デンヴァロン 心 剥く音色
リビドーレイン
リビドーレイン
改悟り 新たな ヒカリ 降る
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なんて……なんていい歌なんだ!
「リビドー」という単語のインパクトに騙されがちだが、その本質は「あえて苦境へ落ちることにより、底から這い上がる過程で本当の幸福や光を知る」という、逆説的かつ哲学的なメッセージソングだ。
「流るブラッド(血)」や「心剥く」といった過激なフレーズも、今の戦場の惨状とリンクして、痛いほど心に刺さる。
それに、今日の巻き舌!
「烈烈」や「落涙る」のラ行の巻き舌が冴えわたっているぜ!
魂の叫びだ。アルミルの歌声には、魔力とかスキルとかを超えた、剥き出しの「想い」が乗っている。
だが……。
感動しているのは俺だけだ。
これで殺戮マシーンと化した魔人カボネが改心するとは思えない。
歌が終われば、無慈悲な攻撃が再開されるだけだ。
……ん?
水晶玉の映像が、暗くなった?
いや、カメラの不調じゃない。
現地の空が、急速に陰っているのだ。
さっきまで雲一つなかった快晴の空が、見る見るうちに分厚い黒雲に覆われていく。
ポツッ。
カメラのレンズに、水滴がついた。
ザァァァァァァァ……!
次の瞬間、画面を埋め尽くすほどの猛烈な豪雨が降り始めた。
『な、なんだ!? なんだこの雨は!?』
カボネが空を見上げて狼狽している。
ただの雨じゃない。視界を奪い、熱を奪い、全てを洗い流すような土砂降りだ。
『バカな……! ありえん! この乾燥した地域で、こんな急激な天候変化など……!
ま、まさか、今の歌か!? あの小娘の歌が、天気を操ったとでもいうのか!?』
カボネの声が震えている。
それは単なる驚きではない。「恐怖」だ。
奴は知っているのだ。かつて自分が滅ぼしたはずの、「雨を降らせる一族」の力を。
そして、自分の唯一の弱点が、「雨天時の雷魔法」であることを。
俺は水晶玉の前で、思わず拳を握りしめた。
行ける!
逆転のピースは揃った!
アルミルの歌声はまだ続いている。
雨音を切り裂き、その歌声はより力強く、戦場全体へ響き渡っていく。
リビドーレイン。
それは渇いた大地を潤し、絶望的な戦況を覆す、恵みの雨だった。




