第41話 急ぎの伝令
アルミルの異世界初ライブの開始時間を、強引かつスムーズに(俺の土下座寸前の懇願により)夜から昼へ変更してもらった、その直後のことだ。
興奮冷めやらぬ店内の熱気から一歩離れ、俺はとある重要事項を思い出した。
「ポーム。ちょっといいか?」
俺はポームを目配せで店の外へと呼び出した。
路地裏の、誰の目にもつかない場所まで移動し、声を潜める。
「呼び出して悪いな。側近でありお前の祖父でもある魔人ビニルからの緊急伝言だ。2日後に魔王城で『魔人サミット』を開くらしい」
「魔人サミット、ですか?」
ポームの顔が強張る。
「ああ。各地に散らばる有力な魔人幹部たちを招集するそうだ。そこにポーム、お前も参加しろとのことだ。おじいちゃんがお孫さんに会いたがっている……というよりは、お前の報告を聞きたがっているようだな」
ビニルの奴、孫娘への溺愛ぶりと魔王軍としての厳格さのバランスが絶妙に狂っている。
「アルミルのことはコナッツオが付いていれば大丈夫だろう。ライブの準備で忙しい時期だが、お前は一時離脱して参加できるか?」
「はっ。承知いたしました」
ポームは即答したが、その表情には深い憂色が浮かんでいた。
「しかし兄上……魔人サミットといえば、世界征服を目指す大魔王様の御前に、世界中から強大な力を持つ魔人が一堂に会し、悪だく……いえ、今後の戦略を練る最高幹部会議。
兄上の方こそ、大丈夫でしょうか?」
「ん? 俺が?」
「その……大変言いにくいのですが、最近は大魔王様としての『残虐な業績』も皆無ですし、人間界への侵攻も遅々として進んでおりません。血の気の多い魔人たちからは不満が噴出していると聞きます。
場合によっては……兄上が吊るし上げにされる可能性もございますが」
ヒェッ。
背筋が凍った。魔人たちだけの会議じゃないのか? 当然、大魔王(俺)も議長として参加するのか?
なんてこった。恐らく俺が大魔王として仕事をサボりまくっている(推し活に勤しんでいる)ことに痺れを切らしたビニルが、外圧を使って俺を焚きつけようと仕掛けた罠だ。
あの好戦的な爺さんめ、余計なことを。
「……ま、まあ、俺の事はいい。なんとでもなるさ(たぶん)。じゃあ、俺は店に戻るぞ」
俺は不安を押し殺し、チラシの修正作業に戻ろうとした。
その時、ポームが真剣な表情で俺の袖を掴んだ。
「兄上! お待ちください。私からも、少しお話しよろしいですか?」
「どうした? 改まって」
ポームは周囲を警戒するように視線を走らせ、さらに路地の奥へと俺を誘導した。
ただならぬ気配だ。まさか、ビニルからの追加の脅迫か?
「あの、実はですね……私、アルミルのチーム『アパアポ』にダンサーとして、4日後のライブへの参加を誘われておりまして」
「ああ、聞いてるよ。いいことじゃないか」
「あの輪に入れるのが、本当に嬉しくて、夢のようで……それを受けたいのですが……」
ポームは俯き、拳を握りしめた。
「ただ、ですね……これ以上、隠し事を持ったまま彼女たちと付き合うのは違うというか、後ろめたいといいますか……」
彼女の声が震えている。
「つまり……私が魔人と人種族とのハーフであるという『正体』を、アル達にカミングアウトしたいと思っておりまして。兄上のご意見をお伺いできればと」
俺は目を見開いた。
そうか。音楽を通じて、彼女たちの間には単なる「店員と客」や「友達」を超えた、魂の共鳴とも呼べる強い絆が生まれている。
まっすぐで、嘘がなく、常に前向きなアルミルの姿を一番近くで見ていたポームが、影響を受けないはずがない。
本当の自分を知ってほしい、偽りの仮面を脱ぎ捨てて、ありのままの自分としてあの輪に入りたい。そう願うのは自然なことだ。
「もちろんOKだよ」
俺はポームの頭に手を置いた。
「偽りのない自分を見てほしいと思えるほど、素敵な人たちと出会えてよかったな。それに、今まで俺の都合で嘘をつかせてしまって、悪かった」
「兄上! どうか謝らないでください! 兄上がここへ連れて来てくださったからこそのご縁です。私は心から感謝しております」
ポームが顔を上げる。その瞳には涙が滲んでいたが、強い光が宿っていた。
「で、だ。俺の正体についてだが……ポームのカミングアウトのついでに『実はコイツが大魔王で~す』なんて言ったら、店ごと吹き飛ぶ騒ぎになる」
「はい、それは重々承知しております」
「俺の設定は、『父親が違う異父兄妹』ってことでどうだ? 俺の両親は人間で、お前には魔族の血が入っている、ということにしよう。俺もいつかは正体を明かしたいが、今はまだその時期ではない」
「わかりました。うまく合わせます」
俺は一つ、念を押した。
「それとな、ポーム。お前の中に半分魔族の血が入っているという事実。アルミルとパインさんは、きっとすんなり受け入れてくれるだろう。あの二人は偏見とは無縁だ。
だが……アスナさんはどうかな」
結界魔法貴族、モークザイン家。代々、魔族の侵入を阻むことを至上命題としてきた家柄だ。彼女自身、魔族に対して強い憎しみとトラウマを持っていた(最近はだいぶ軟化したが)。
理屈では割り切れない拒絶反応が出るかもしれない。
「アスナさんには受け入れ難い可能性があるが、本当にそれでもいいんだな?」
「……覚悟の上です」
ポームはきっぱりと言い切った。
「もしそうなったら、私はここを去ろうと思っております。彼女たちの関係を、これまでの楽しい思い出を、私がいることで壊したくはありませんから」
そこまで思い詰めていたのか。
自分の居場所を失う覚悟をしてでも、誠実でありたいと願うその心。
こいつもまた、アルミルの影響を受けて強くなったんだな。
「わかった。お前の覚悟、見届けさせてもらうよ」
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カランコロン。
店に戻ると、ポームはすぐに行動に移した。
「みんな、ちょっといいかな? 大切な話があるの」
閉店後の店内。一つのテーブルを囲むように、ポーム、アルミル、パインさん、アスナさんの4人が座った。
俺は少し離れたカウンター席で、チラシの修正をするフリをしながら聞き耳を立てた。
「私、みんなと知り合いになれて、本当にうれしい。心から感謝してる」
ポームが静かに切り出す。いつもと違う、張り詰めた空気に気づいたアルミルが、優しく口を挟んだ。
「ポームちゃん、知り合いだなんて他人行儀はよしてよ。『親友』だよ。この先、何があっても絶対ね」
その言葉に、パインさんとアスナさんも深く頷く。
ポームの目が潤む。胸が詰まり、言葉が出なくなる。それでも彼女は深呼吸をし、震える唇を開いた。
「うん……ありがとう。みんなのチームに誘ってくれて、本当にうれしかった。ダンサーとして正式に参加したい。
でもその前に……どうしても話しておきたいことがあるの。私の、生まれについて。
それは……」
その時だった。
バーンッ!!
店の扉が乱暴に開け放たれ、一人の男が転がり込むように入ってきた。
整えられた燕尾服は乱れ、額には玉のような汗が浮かんでいる。
あの、アスナさんの屋敷の執事さんだ!
「お嬢様!! 大変でございます!!」
いつもは氷のように冷静沈着な執事が、取り乱して声を張り上げている。
それも、従者を使わず自らここまで走ってくるなんて、よほどの緊急事態だ。
アスナさんが眉を顰める。
「騒々しい。挨拶も無しに、こんなところまで何用じゃ。今はポームさんの大切な話を聞いておる最中じゃぞ。少し待たれよ」
ポームが首を振った。
「ううん、大丈夫。私は後でいいから。どうぞ、ご用件をおっしゃってください」
執事は荒い息を整え、汗をぬぐいながら、懐から一通の書状を取り出した。
封蝋には、王家の紋章が押されている。
「大切なご懇談中に大変失礼いたしました。お嬢様、つい先ほど王宮から、急ぎの伝令が屋敷へ参られ、王令としてこの書状を託されました」
王令。
その言葉に、店内の空気が一変した。
アスナさんは表情を引き締め、書状を受け取るとすぐに封を切った。
羊皮紙に走る文字を目で追う。彼女の瞳孔が開く。
しばらくの沈黙の後、アスナさんは顔を上げ、信じられないといった声で呟いた。
「……北との戦争が、終わる」
その一言が、店内に重く響いた。
「えっ? それって……パインさんの旦那さんが行ってる戦争の事ですか?」
アルミルが身を乗り出す。
アスナさんがゆっくりと頷くと、その様子を見ていたパインさんが、エプロンで口元を覆い、その場に崩れ落ちそうになった。
「やっと……やっと終わるんだね。帰って来るんだね、あの人が……」
彼女の目から涙が溢れる。何年も何日も、夫の無事を祈り続けてきた日々の重みが、その涙には込められていた。
しかし、俺には一つ疑問があった。
「どうしてアスナさんの所へ、そのような軍事機密に近い書状が届いたのですか?」
アスナさんは書状を握りしめ、苦渋の表情で答えた。
「……我ら結界魔法貴族モークザイン家は、この街の結界を守護する以外にも、古来より『王家の代理人』としての役割を担っておるのじゃ。
他国との外交交渉や、不可侵条約の締結……そういった政治的な活動の矢面に立つのが、我が家の裏の役割」
彼女はため息をついた。
「先日、軍が大魔王の復活を確認したことにより、国家の最優先事項が『領土拡大』から『世界破滅の回避』へとシフトした。人間同士で争っている場合ではないとな。
そこで王家は、現在交戦中である北の軍事国家シルバへ、即時停戦の申し入れを決断した。
つまり……王様からワラワへ、『これより単身で相手国へ赴き、停戦交渉をまとめてまいれ』という勅命が下ったのじゃ」
なんてこった。
アスナさんはただの深窓の令嬢じゃなかったのか。そんな外交の最前線まで任されていたとは。どおりで、あの若さで軍人相手に一歩も引かない度胸があるわけだ。
だが待てよ? 「世界破滅の回避」ってことは、つまり人類は「打倒・大魔王」に向けて結束しようとしているのか?
……まあ、それは今は置いておこう。俺が大人しくしていれば(推し活していれば)破滅なんてしないんだが、向こうはそうも思わないだろうしな。
今はアスナさんの身が心配だ。
「敵国へ乗り込むなんて、危険すぎませんか? 人質にされる可能性だってある」
「今回は王命を帯びた正式な伝令、いわゆる軍使としての役目じゃ。国際法上、軍使を害することは禁じられておるし、何より『大魔王復活』という共通の脅威がある。相手国も馬鹿ではない、すぐに交渉のテーブルには着くじゃろう」
アスナさんは気丈に振る舞うが、表情には陰りがあった。
「しかし問題は……」
「問題は?」
「問題は、距離じゃ。北の国シルバの王都まで、早馬を乗り継いでも片道3日はかかる。往復で6日。交渉を含めれば……」
4日後のライブには、絶対に間に合わない。
その事実に気づいた全員が、言葉を失った。
せっかくチーム名が決まり、ポームが入り、これからだという時に。
沈黙を破ったのは、アルミルだった。
「……待ちます」
彼女の声は力強かった。
「私は絶対に、この4人そろってライブをやりたいです。誰か一人でも欠けたら、それは『アパアポ』じゃありません。
だから、待ちます。ライブの延期なんて、いくらでもできます。いつでもできます。
アスナさんは、とにかく安全に、健康で戻ってきてください。それだけでいいんです」
「アルミル……」
アスナさんが胸を打たれたように瞳を潤ませる。
申し訳なさそうにするアスナさんを励ますように、アルミルは膝の上で丸くなっていたコナッツオを撫でながら、独り言のように呟いた。
「あーあ。コナッツオ君がもう少し大きければなぁ。アスナさんを背中に乗せて、ピューって行って、交渉まとめて、ピューって帰ってこられるのにねぇ」
その時だった。
「……コホンッ」
犬の鳴き声とは思えない、野太い咳払いが聞こえた。
アルミルの膝の上で、気持ちよさそうに撫でられていたコナッツオが、むくりと起き上がり、軽やかに隣のテーブルへと飛び移った。
「拙者、このような愛玩動物の形をしておりますが……本来は、こうでござる!」
ボフンッ!!
白い煙と共に、コナッツオの体が膨張する。
骨格が軋み、筋肉が隆起する。
煙が晴れたそこにいたのは、愛らしい子犬ではない。
親である聖獣オリブを彷彿とさせる、銀色の毛並みを持つ巨大な狼――いや、神々しいまでの巨獣だった。
おっ? おっ? おっ?
でっかくなっちゃった!!
天井に届きそうなほどの巨躯。四肢は丸太のように太く、その瞳には知性が宿っている。
「こちらが拙者本来の容姿でありますれば、馬の3倍、いや4倍の速度で荒野を駆け抜けてみせまする」
その場にいた全員が、顎が外れんばかりに驚いた。
「コ、コナッツオ君!?」
「ええええ!?」
アルミルが目を白黒させながら詰め寄る。
「どうしてコナッツオ君はこのことを黙っていたのかな!? こんな凄い変身ができるなんて!」
コナッツオ(巨大Ver)は、バツが悪そうに視線を逸らした。
「どうしてかと問われましても……聞かれなかったからとしか。それに、拙者はあくまでアルミル様の騎士。ご主人様のお側を離れるわけにはいきませぬゆえ、アスナ様のお力にはなれぬかと思った次第でございます」
忠義ゆえの秘密か。それとも単に、アルミルの膝上が心地よかったからか。
それを聞いたアルミルが、パッと顔を輝かせた。
「なるほど! 私が一緒ならいいってことだよね?
なら、私も行くよ! アスナさんと一緒にコナッツオ君の背中に乗って、ピューって行ってピューって帰って来る! それなら文句ないでしょ?」
「おおっ! さすが我が主! お見事な解決策です! 拙者の背中、どうぞお使いください!」
コナッツオが嬉々として尻尾を振る(その風圧だけで店内のメニューが飛んだ)。
アルミルがアスナさんに向き直る。
「アスナさん! これならすぐに帰ってこられますよ。私も一緒に行っていいですか?」
「あ、ああ……。アルミルがそれでよければ、ワラワとしては願ってもない助太刀じゃが……」
アスナさんは呆気に取られながらも、その提案を受け入れた。
コナッツオの速度なら、往復で1日もかからないかもしれない。万が一何かあっても、アスナさんの魔法と聖獣の戦闘力があれば、アルミルを守り切れるだろう。
しかし、コナッツオめ。本来の姿を隠して「か弱いペット」を演じ、アルミルの寵愛を受けていたとは。抜け目のない奴だ。俺にもその変身能力を分けてくれ。
善は急げとばかりに、アスナさんが立ち上がる。
「では、すぐに出発……する前に、そうだ! ポームさんの話の途中であったな。遮ってしまってすまない。聞かせてくれ」
ポームがハッとする。
そうだ、まだ彼女のカミングアウトは終わっていない。
だが、ポームは首を振った。
「ううん、いいの。私の話なんて、世界の平和に比べたらちっぽけなことだもの。
私の事は、二人が無事に帰って来てからでいいよ。
うん。いってらっしゃい、アスナさん、アル。気を付けてね」
自分のことより、友の使命を優先する。ポームらしい選択だ。
それを聞いたアルミルが、真剣な眼差しでポームを見つめた。
「わかった。帰って来てから、ポームちゃんの話を一番最初に聞きます。そして……」
アルミルが、みんなの前に掌を開いて差し出した。
何も言わなくても、アスナさんとパインさんが右手を出し、その上に重ねる。
ポームだけが、ためらっていた。
自分はまだ、本当のことを言っていない。この輪に入っていいのか。
その迷いを断ち切るように、アルミルがポームの手首をガシッと掴んだ。
強引に引き寄せ、重ねられた手の上にポームの手を乗せる。
温かい。
4人の体温が一つになる。
「そして、4日後に! 必ず4人でライブをやりましょう!!」
「「「「オーーー!!!」」」」
気合の声が重なった。
こうして、チーム「アパアポ」は一時解散し、それぞれの戦場へと向かうことになった。
アルミルとアスナさんは、コナッツオに乗って停戦交渉の旅へ。
俺とポームは、魔王城での魔人サミットへ。
店を出てコナッツオにまたがったアルミルが、一瞬だけ振り返り、俺に向かって叫んだ。
「シュラさん! チラシの修正お願いしますね! あと、配布も!」
「任せてください! 喜んで!」
俺は力強く親指を立てた。
それぞれの戦いが始まる。




