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最強魔王の推し活【裏】覇業  作者: 団田図


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第36話 暗ジメ

~王都ファクトリオス 定食屋プトルカン~


 バンッ!

 俺は勢いよく店の扉を開け放った。


「ポーム! いるかー!」


 店内に俺の怒鳴り声が響く。夕食の仕込みをしていたポームが、目を丸くして顔を出した。


「はいっ。えっ? 兄上、魔王城へ帰られたのでは? それにもうすぐ陽が沈んでしまいますよ!」


「話は後だ! ついて来い!」


 俺は有無を言わせずポームの手を引き、店を飛び出した。

 相手は組織的な盗賊団だ。俺一人(人間の姿)では心許ないが、ポームがいれば百人力だ。彼女の戦闘能力は魔族の中でも上位に入る。相手が多少腕の立つ人間だろうが、彼女なら鼻歌交じりで制圧できるだろう。


 俺は道中、カボネから巻き上げた地図を広げ、ポームに事情を説明しながら地下水路の入り口へと急いだ。


---


~王都ファクトリオス 地下水路~


 重厚な鉄格子をこじ開け、地下へと足を踏み入れる。

 ムッとした湿気と、ドブ特有の腐敗臭が鼻をつく。


 王都の地下水路は、都市伝説に出てくるような迷宮ではなく、驚くほど整備された空間だった。幅広の水路の両脇には石造りの通路が確保されており、メンテナンス用の魔導灯が等間隔に配置されている。

 掘られた穴も縦横整然としており、地図さえあれば迷うことはない。


 しかし、俺の手元にある地図――カボネが盗賊団から奪った地図には、正規の図面にはない「斜めに伸びる横穴」が記されていた。

 明らかに後から付け足された筆跡。

 ここだ。ここから先が、奴らのアジトに違いない。


 俺とポームは、その分岐点まで駆け抜けた。

 そこから先は、これまでの整備された通路とは打って変わり、岩肌がむき出しの悪路となっていた。おそらく、既存の水路を利用しつつ、アジトへ繋げるために違法に掘り進めたのだろう。


 俺は一度足を止め、息を整えながら周囲を警戒した。

 ちなみに今回、アルミルを呼ばなかったのには明確な理由がある。

 危険な場所に連れて行きたくないという「推し」への配慮はもちろんある。だが、最大の理由は別にある。


 地下水路といえば、暗くて、ジメジメした、不衛生な空間。

 そんな場所には、必ずと言っていいほど奴らがいる。

 そう、「G」だ。黒くてカサカサ動く、あの忌まわしき生命体だ。


 万が一、探索中にGと遭遇してしまったらどうなるか。

 俺は間違いなく悲鳴を上げ、情けなく取り乱すだろう。そんなかっこ悪い姿を、アルミルの前で晒すわけにはいかないのだ。

 ここは異世界だ。地球のGとは生態系が違うかもしれない。だが、生理的嫌悪感に国境も次元も関係ない。俺は大魔王デールン・リ・ジュラゴンガだが、元は日本のサラリーマンだ。勇者よりもGが怖い。

 いや、G単体というより、この「暗くてジメジメした空間(暗ジメ)」そのものが、俺の精神を削ってくる。


 そういうわけで、俺はポームを盾……いや、先導役に任命した。


「ポーム。先に行ってくれ」

「はい。それにしても、よくこんな隠し通路を見つけましたね。さすが兄上でございます」


 ポームが感心したように言う。カボネのお手柄だが、俺の手柄ということにしておこう。


 通路の壁には、頼りない光を放つ小さな誘導灯が点々と続いている。それを目印に、慎重に進んでいく。

 ピチャッ、ピチャッという足音だけが響く静寂。

 その時だった。


「キャーー!!」


 俺の数メートル先を歩いていたポームの姿が、唐突に視界から消えた。

 短い悲鳴が響き、それが下の方へと遠のいていく。


 落とし穴だ!


 しまった、油断した。相手は盗賊団だ。アジトへの侵入路にトラップを仕掛けているのは当然の帰結。

 暗闇の中、俺は慌てて駆け寄り、手探りで床の穴を探し当てた。


「おーい! ポーム! 大丈夫かー!?」


 穴の底に向かって叫ぶ。

 数秒の沈黙が、永遠のように長く感じられた。


『……なんとか、無事でーす』


 下から微かな声が返ってきた。生きてはいるようだ。だが、返答にこれだけの時間差があるということは、相当な深さがある。


「登って来られるかー?」


『……ダメでーす! 壁がヌルヌルとして滑ってしまいます!』


 なんていやらしい罠だ。この「暗ジメ」環境を最大限に利用していやがる。

 どうやって引き上げるか思案していた、その時。


 カッ!

 辺りが急に明るくなった。

 誘導灯ではない。何者かが持ち込んだ魔導ランタンの光だ。

 まぶしさに目を細めると、光の向こうから二つの人影が浮かび上がった。


「どちらさんですか~?」


 ニヤニヤとした笑みを浮かべた男。

 見覚えがある。おととい、街中でひったくりを働き、アスナさんの魔法を避けたあの男だ。


 向こうは俺のことなど覚えていないらしい。俺は睨みつけた。

「おととい、街中で女性から指輪を奪っただろ! 返せ!」


 俺の言葉に、男の後ろからもう一人の影――あの時の「被害者役」の女がぬっと顔を出した。

 その指には、見覚えのある銀色の指輪が嵌められている。


「あら、これの事~? それは無理よ~。だってほら、私の指にこんなに馴染んちゃってるもの」


 女は指輪を大事そうに撫で、アスナさんの悔しさを嘲笑うかのような恍惚の笑みを浮かべた。

 胸糞が悪い。


 男が肩をすくめて言う。

「おいらのハニーがこう言ってんだ。返すのは難しいんだわ。……ところで兄ちゃん、どうやってこの場所を見つけたんだい?」


「教えるものか!」


「君、威勢がいいねぇ。そうか分かったぞ。あの指輪、相当値が張りそうな代物だったからな。優秀な探索系の冒険者でも雇ったんだな?」


 男は俺の背後の暗闇に視線を走らせたが、誰もいないことを確認すると、勝ち誇ったように笑った。


「でも、残念だったな。女の子はトラップに掛かって戦闘不能。丸腰の兄ちゃん一人じゃどうしようもない。

 警告しておくけど、もし君が下手なマネしたら、お友達が落ちた穴に水を流し込んで『水攻め』してやるからな。すぐに溺れ死んじまうぞ」


「貴様ら……!」


 なんて卑怯な奴らだ。カボネのような単純な魔人が、いいように利用されたのも頷ける。こいつらの根性は腐りきっている。


「そこでだ。君に大チャンスをあげるよ」


 男が芝居がかった仕草で指を立てた。


「チャンス、だと?」


「あぁそうだ。ハニーが身につけているこの指輪よりも高価な宝飾品を持って来れば、交換で返してあげるよ。

 まっ、そもそも、持ってくるまで人質のお友達ちゃんが生きてる保証はないけどもね。くっくっくっ」


 ゲスな笑い声が地下水路に反響する。

 こいつら、最初から交換なんてする気はない。金をふんだくって、最後は俺たちを始末する気だ。


 穴の中から、会話を聞いていたポームの声が響いた。


『兄上ー! どうせ嘘に決まっています! 私のことは放っておいてもいいので、お帰り下さい!

 それより何より、日が! 日が暮れてしまいます!!』


 ポームの悲痛な叫び。彼女が心配しているのは自分の命ではない。俺の「正体」と「変身」のリスクだ。


「あれ? 君たち兄妹だったの? そりゃあなおさら助けたいよねぇ」


 俺が動かないのを見て、男の顔つきが急変した。

 チンピラの顔から、殺意を帯びた悪党の顔へ。


「おい、チンタラしてんじゃねーぞ!

 お前みたいな貧相な兄ちゃんじゃあ話になんねーんだよ!!

 金を持ってこられる《《上のモン》》連れて来いやー!!」


 女もキーキーと喚き立てる。

「そうよ! 妹がどうなってもいいっていうの?

 さっさと《《上のモン》》呼んで来なさいよ!!」


 穴の底からポームも叫ぶ。

『兄上ー! このままでは間に合わなくなってしまいまーす! どうか、どうかお帰りをー!!』


 三者三様の叫び声が飛び交う中、俺は冷静に手元の地図と、自分の体内時計を確認していた。


 俺が今いるこの場所。

 正規の水路からはみ出し、違法に掘り進められたこの空間。

 王都の地図と照らし合わせれば一目瞭然だ。ここは、王都を取り囲む「結界」の有効範囲から、わずかに外れている。


 つまり、そういうことだな。


 もう何度も経験してきたことだ。地下にいようが、目をつぶっていようが、肌感覚で分かる。


 まさに、今。


 ちょうど日が、


 暮れ、


 た。


 ドクンッ!!


 心臓が早鐘を打ち、血液が沸騰する。

 俺の体が一気に膨れ上がる。

 貧弱な商人の服が弾け飛び、皮膚は鋼のように硬く、浅黒く変色していく。

 視点が上がり、世界が小さくなる。

 溢れ出る魔力が、地下水路の空気をビリビリと震わせ、壁のシミひとつまで恐怖で凍りつかせる。


 ザッツ・大魔王。


 目の前で起きた異常事態に、盗賊団の二人は言葉を失った。

 目を見開き、顎が外れんばかりに口を開け、ガタガタと震え出した。

 ランタンの光が揺れる。いや、持っている手が震えているのだ。


 俺は魔力を全開放した。

 手加減なしの「威圧」。

 生物としての格の違い、魂のレベルでの捕食者としてのオーラを、容赦なく叩きつける。

 相手の恐怖心が限界突破し、発狂寸前になったタイミングを見計らって、俺は地の底から響くような声で告げてやった。


「余が、その、《《上の者》》なんだが!」


 ギロリと睨みをきかせる。

 それだけで十分だった。


「アワ、アワアワアワ……」


 盗賊団の二人は、糸が切れた操り人形のようにその場へ崩れ落ちた。

 腰が抜け、泡を吹き、もはや立つことさえできない。


 俺は女の目の前に立ち、無言で掌を上に向けた。

 言葉はいらない。

 女は涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔で、震える手で指輪を引き抜き、俺の掌に乗せた。


 用は済んだ。

 俺は近くにあった太いロープの端を水路の柱へ括り付け、反対の端をポームがいる穴へと放り込んだ。


「ポーム、上がってこい」


 すると、すぐにロープが張り、ポームが軽々と穴から飛び出してきた。

 彼女は俺の姿――大魔王の巨体を見上げ、すぐに状況を理解した。


「なぜ……あっ、ああ! そういうことだったのですね!」


 ここが結界の外であること。そして、俺がそのタイミングを計っていたこと。

 ポームはすべてを察し、尊敬の眼差しを向けてくる。


 俺は安堵したポームに、取り返した指輪を放って渡した。


「余は帰る。こ奴らの始末は任せた。それから、その指輪もな」


 大魔王の姿で長居は無用だ。それに、後始末の現場をアルミルに見られるわけにはいかないからな。


「はっ! 了解いたしました!」

 ポームがビシッと敬礼する。


 俺は帰り際、縮こまっている盗賊団の二人を見下ろし、最後の釘を刺した。


「いいか、下衆共。よく聞け」


 俺の声に、二人がビクッと跳ね上がる。


「余に人間の結界など効かぬ。

 もし、今日見聞きしたことを他言したならば……

 世界のどこにいようが、監獄だろうと地獄だろうと、貴様らの魂を直接吸いにいってやるからな」


「ヒィィッ! アワアワアワ!」


 二人は高速で首を縦に振り、地面に額をこすりつけた。

 恐怖による絶対服従。これでもう、口を割ることはないだろう。


 俺は満足し、転移魔法の詠唱を始めた。

 空間が歪み、俺の体を包み込む。

 一瞬で魔王城の玉座へと帰還しながら、俺は心の中でガッツポーズをした。

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