第29話 優秀な勘
翌朝。
~定食屋プトルカン~
今日も今日とて、俺は聖地(定食屋)への巡礼(朝食)にやってきた。
目的はもちろん、愛しの推し・アルミルの顔を拝むこと。そして、彼女が目指す異世界初ライブを成功させるため、ファン1号としてあらゆる協力を惜しまないことだ。
その覚悟を胸に、俺は店の扉を勢いよく開けた。
「おはようございます! アルミルさん!」
「あっ! シュラさん! おはようございます!」
店内に響く銀鈴のような声。そこには、朝の光よりも眩しい笑顔があった。
開店前の準備中なのだろう、三角巾にエプロン姿でホウキを手にしている。その姿だけで、俺のHPは全回復し、さらに上限突破した。
おお、アルミルよ。なぜそんなに輝いているのだ。我が最愛の推し! この笑顔のためなら、俺の命(と魔王としての地位)など安いものだ。
「開店前の準備ですか? 精が出ますね」
「はい! でも、シュラさん、ちょうどいいところに来ていただきました! 一緒に探してください! さっきからずっと足元を行ったり来たりしてるんです」
アルミルが大きなホウキを構えながら、テーブルの下や椅子の影をキョロキョロと見回している。
何か、小さなすばしっこい生き物がいるようだ。
……ん? 足元を行ったり来たり? すばしっこい? 黒っぽい?
ま、まさか。
G?
あの、黒光りする悪魔、Gなのか!?
俺の背筋に悪寒が走った。
だとしたら無理だ! 俺は大魔王として人種族を滅ぼす力を持っているかもしれないが、あのGだけはどうしても生理的に受け付けない。近づくことさえできない。
ごめんよアルミル! 俺はここでリタイアだ!
いや、待て。
推しが困っているのだ。ここで逃げて何がファン1号か。
アルミルのためなら、たとえ火の中、水の中、Gの中!
……Gの中?
想像しただけで鳥肌が立った。やっぱ無理だー!! ごめん、俺、帰る!
「もぉ!! コナッツオ君出てきなさい! もうすぐ開店だから追いかけっこで遊ぶのは終わりですよ! あっ!」
アルミルがテーブルの影を指さした。
そこからひょっこりと顔を出したのは、Gではなく、プラチナシルバーの毛並みを持つ愛らしい子狼だった。
「はーい。出てきましたね。おりこうさんですね~」
なんだ、コナッツオか。
俺はその場にへたり込みそうになるのを堪え、大きく息を吐いた。ふぅ。安心したぜ。寿命が縮むかと思った。
アルミルがコナッツオを抱きかかえ、俺の方へ駆け寄ってくる。
その腕の中で、コナッツオはおとなしく抱かれている……ように見えたが、その瞳には理知的な光が宿っていた。
「聞いてくださいシュラさん! コナッツオ君が喋れるようになったんですよ! ねっ!」
アルミルが俺の目の高さにコナッツオを掲げた。
すると、聖獣の子は咳払いを一つして、昨日聞いたあのかわいい声で口を開いた。
「ごほんっ。……拙者、コナッツオである」
おおっ! 昨日の夜よりもさらに流暢になっている!
成長速度が半端ないな。さすが聖獣。
「おおっ! お話ができるようになったか! どれ、そのモフモフな体を俺にも抱っこさせてくれ!」
俺は昨日のリベンジを果たすべく、満面の笑みで手を差し伸べた。
今日こそは。今日こそはその極上の毛並みを堪能させてもらうぞ。
さあ、おいでコナッツオ!
だが、俺の手が触れようとした瞬間、コナッツオの表情が豹変した。
愛らしい瞳が吊り上がり、鋭い牙が剥き出しになる。
「ガルルゥ~!!」
バチンッ!
空気を噛む音がした。
拒否された!? またかよ!
親の聖獣オリブは、俺が大魔王だという正体を知っている。だから畏怖しているのはわかる。
だが、この子はまだ知らないはずだ。俺はあの子の前では、ずっと「優しい商人シュラ」を演じているのだから。
「こ、コナッツオさ~ん。どうして俺にだけは前々から触られたくないのかな~? おじさん、傷ついちゃうな~」
俺が泣き落としにかかると、コナッツオは鼻を鳴らして答えた。
「うむ、拙者にもわからぬが、野生の勘がそうしている。お主だけには隙を見せてはならんと。警戒しろと、全魂が告げているのでござる」
……優秀すぎるだろ、その勘。
間違ってないよ。俺の中身、禍々しい闇の魔力の塊だもんね。
生物としての防衛本能が正常に働いている証拠だ。喜ばしいことだが、俺のモフモフ計画は頓挫した。
気まずい空気が流れる中、店の奥からポームが出てきた。
手には雑巾を持っている。どうやら彼女も店の手伝いをしていたようだ。
「よっ! ポーム! おはよう。アルミルさんの警護は順調か?」
俺は努めて明るく声をかけた。
ポームは俺の顔を見ると、一瞬だけ複雑な表情を浮かべ、すぐにいつもの無表情に戻った。
「おっ、おはようございます。……あっ、はい。順調です、兄上」
声に張りがない。
気のせいだろうか、どこかよそよそしく、元気もないように見える。
その時だった。
バタンッ!!
突然、店の扉が乱暴に開け放たれた。
平和な朝の空気が一変する。
ドカドカと土足で踏み込んできたのは、軍の制服を着た大男たち、計5名。
腰には剣を帯び、威圧的な態度で店内を見回している。
「我々は治安維持部隊である! 店の主人はいるか!?」
怒号のような声。
ただならぬ気配に、厨房から女将のパインさんが布巾を持ったまま飛び出してきた。
「おやまぁ、ご苦労様です。私がここの女将のパインですけど……どうしたんですか、そんなに大勢で。朝っぱらから」
パインさんは気丈に対応するが、男たちの態度は硬化する一方だ。
先頭に立つ隊長らしき男が、鋭い視線で俺たちを値踏みするように見た後、パインさんに向き直った。
「ここに下宿している旅の者はいるか?」
「はぁ。まあいる事にはいますが、どのようなご用件でしょうか?」
「その者たちに、ある容疑がかけられている。直ちに差し出せ!」
容疑?
俺の心臓がドクリと跳ねた。
まさか、俺の正体がバレたのか? 結界に反応したあの時のヤケド跡から足がついたのか?
いや、冷静になれ。まだ確定したわけじゃない。
パインさんが眉をひそめて食い下がる。
「おや。それは困りましたね。ウチの大事なお客さんに容疑ですか。どのような?」
「おまえには関係ない! 隠し立てするとお前も連行するぞ!」
男がパインさんを突き飛ばさんばかりの勢いで威嚇する。
暴力的な空気に、俺は拳を握りしめた。
だが、俺が動くよりも早く、一人の少女が飛び出した。
アルミルだ。
彼女は青ざめた顔で、パインさんをかばうように前に出ると、深々と頭を下げた。
「ご、ごめんなさい! きっと私ですよね! わかっています、私が悪かったんです!」
えっ?
アルミル? 何のことだ?
俺とポームは顔を見合わせた。
アルミルは涙目で、必死に弁解を始めた。
「昨日、お花屋さんでお花を買った時にもらったおつりが、少し多かったからですよね!
で、でもこれって、帰って来てから気が付いたんです! だから、今日お返しに行くつもりだったんです! ネコババするつもりなんてなかったんです! 本当です!」
……はい?
おつりの計算ミス?
「でも結局、それって言い訳ですよね。わかってます。罪は罪です。
お縄をっ! 頂戴しまっすっ!」
アルミルが両手を前に突き出し、手首を揃えた。
まるで時代劇の罪人のような潔さだ。
その悲痛な叫びに同情したのか、コナッツオが足元ですり寄る。
「クゥ~ン」
……いや、違うだろ。絶対に違うだろ。
軍隊が動くレベルの犯罪じゃないよ、それ。
呆気にとられていた軍人が、我に返って怒鳴った。
「えぇい! そんなことでわないわ! 小銭の話などどうでもいい!」
「えっ? 違うんですか?」
アルミルがキョトンとして顔を上げる。
「しかし、お前がここの下宿人か?
おとなしく、、、しているか。とにかく俺たちについて来い! 本部で話を聞く!」
男がアルミルの腕を掴もうとする。
その瞬間、俺の横にいたポームから殺気が漏れた。
「……兄上、いかがいたしますか? 5人程度でしたら、一瞬で制圧できますが」
ポームが小声で囁いてくる。その目は完全に獲物を狙う猛獣のそれだ。
俺は慌てて彼女を制した。
「いや、ここはおとなしくして、俺たちもついていこう。何も悪いことをしていないのに、何の容疑か気になるからな」
ここで暴れたら公務執行妨害だ。それに、俺たちの力が人間離れしていることがバレてしまう。
俺はコナッツオにも視線を向け、首を横に振って「おとなしくしておけ」と合図を送った。
賢い聖獣は、不満そうに鼻を鳴らしながらも、牙を収めた。
俺は一歩前に出て、軍人たちに告げた。
「俺たちに話があるんですね。何も後ろめたいことは無いので、ついていきますよ。抵抗はしません」
そして、心配そうに見つめるパインさんに微笑みかけた。
「女将さん、すぐ戻りますから。大丈夫です。行ってきますね」
こうして俺たちは、朝食のナメロウ定食を食べることもできず、軍の車両に乗せられ連行されることになった。
なんて日だ。
~軍司令本部 尋問室~
通されたのは、窓のない殺風景なコンクリート打ちっぱなしの部屋だった。
中央に置かれた無機質な鉄の机。それを挟んで、俺たちは尋問官と対峙していた。
尋問官は、いかにも神経質そうな細身の男だった。
彼は俺たちをジロジロと眺めた後、机をドン! と叩いて怒鳴った。
「お前たち、魔族と関係あるだろ!」
――ッ!!
俺の心臓が早鐘を打った。
なぜバレたー!!
いや待て、落ち着け。まだ「疑い」の段階だ。証拠はないはずだ。
カマをかけられているだけかもしれない。ここで動揺したら負けだ。
俺はポーカーフェイスを保ち(内心は滝のような冷や汗をかきながら)、驚いたふりをした。
「めっそうもありません。しがない行商人の兄妹と、定食屋の店員さんですよ。なぜ俺たちが魔族と関係があると思われたんですか?」
尋問官は目を細め、手元の資料を読み上げた。
「先日、街の北側にある黒影の森に上級魔人が出没した。その際、お前たちがその現場にいたという目撃情報がある」
魔人カボネの件か!
アスナさんと一緒にいた時だ。
「それに偶然出くわしたようだな。だが……あれは、お前たちが手引きをしたと読んでいる」
「手引き、ですか?」
「そうだ。ここ王都への襲撃を考えておるのだろう。それにお前が証言したとされる、『一民間人が上級魔人を前にして、無傷で逃げおおせた』など、聞いたこともないわ! どうだ! 白状しろ!」
痛いところを突かれた。
確かに、一般人が魔人から逃げ切るなんて無理がある設定だった。
俺の「強運」設定も、軍のプロ相手には通用しなかったか。
「本当に何も知らないんですよ。必死で逃げたら、魔人が勝手にどこかへ行っただけで……。そもそも、人間と魔人が関係を持つってありえるんですか?」
俺は必死に否定した。
だが、尋問官の疑いは晴れない。
「理由は知らんが、窃盗や強盗を繰り返す、とある盗賊団が魔族と手を組んで荒稼ぎしたという情報がある。金目当てか、あるいは何か弱みを握られているのか……ありえんことではない!」
なるほど、そういう前例があるのか。
この世界、意外と人間と魔族の癒着があるらしい。それが今の俺たちには不利に働いている。
「これ以上否定を続けるようなら、少し方法を変えようか」
尋問官が腰の警棒に手をまわし、ガチャリと音をさせた。
その目つきは、「痛い目を見なければ口を割らないなら、そうしてやる」という暴力の気配を孕んでいた。
「ひっ……!」
アルミルが怯えて身をすくめる。
彼女はただの(元)アイドルだ。こんな威圧的な取り調べに耐えられるはずがない。
その時、俺の左右で殺気が膨れ上がった。
ポームが拳を握りしめ、足に力を溜めている。
アルミルの腕の中のコナッツオも、喉の奥で低く唸り、いつでも飛び掛かれるよう牙を剥いている。
二人の目は語っていた。
『兄上(ご主人様)に指一本でも触れてみろ。この部屋ごと消し去ってやる』
まずい。
非常にまずい。
俺たちの周りを取り囲んでいる5人の軍人程度なら、ポーム一人で瞬殺できるだろう。コナッツオが暴れれば、この建物ごと半壊しかねない。
だが、そんなことをすれば、俺たちは「指名手配犯」確定だ。
アルミルの「異世界初ライブ」どころか、逃亡生活が始まってしまう。
かといって、このままでは拷問されかねない。
何か、打開策はないか?
力を使わずに、この疑いを晴らす方法は?
俺は必死に脳を回転させたが、八方塞がりだった。
困ったぞ。
本当に、困ったぞ。




