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最強魔王の推し活【裏】覇業  作者: 団田図


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第25話 相棒

 オリブの全身がビクリと跳ねた。

 即座に、震えるような思念が返ってくる。


(だ、大魔王……! 間違いない! 昨日対峙した時と同じ、底知れぬ闇のオーラ……! おのれ! 出産直後で弱っている我輩に、追い打ちを掛けに来たというのか!)


 恐怖と敵意が混ざった強い拒絶。

 無理もない。彼女にとって俺は、世界の敵であり、我が子を脅かす最大の脅威なのだから。

 俺は努めて冷静に、あくまで威厳たっぷりに返答した。


(まぁ落ち着け。余に戦う意思はない。昨日も言ったであろう? 余はただ、見定めに来ただけだ)


 俺が大魔王だということに気づいたオリブだったが、その混乱は収まるどころか、むしろ疑問が噴き出しているようだ。


(お、お主は本当に大魔王なのか? その禍々しい魔力は本物……しかし、なぜだ? なぜそのような人間の商人の姿に身をやつし、か弱き人間の娘と行動を共にしている?

 貴様は復活した恐怖の王として、この世界を再び暗黒の時代へ戻すつもりではないのか? 一体何のつもりだ!)


 もっともな疑問だ。

 「実はあの子のファンでして、推し活のために正体を隠してます」なんて言ったら、聖獣の威厳にかけて噛み殺されるかもしれない。

 ここは「深遠な理由」があるように装うのが吉だ。


(質問が多いのはわかるが、全てに答えるつもりはない。ただ……先ほど余が口にした言葉に偽りはないぞ。

 この娘――アルミルは、この世界のあり方そのものを変える存在となる)


(世界を変える、だと……? あの、歌うだけの小娘がか?)


(そうだ。力による支配でも、恐怖による統治でもない。もっと根源的で、温かい何かで世界を変える。

 400年前、人間がお主の『嘘』を許し、異形の狼であるお主を信じて受け入れてくれたように……お主もまた、アルミルを信じてみてはどうだ?)


 俺の言葉に、オリブが息を呑む気配が伝わってきた。

 かつて人間たちに救われ、種族の壁を越えた絆を結んだ彼女だ。その言葉の意味を、誰よりも深く理解したのだろう。

 しばらくの沈黙の後、威嚇のためにピンと張り詰めていた太い尾が、力なく地面へと降りた。

 観念したのだ。


(……我輩には、一体何が起こっているのかさっぱりわからぬ。大魔王が人間に肩入れするなど、天地がひっくり返るような話だ。

 だが……お主の言葉に、嘘や邪気はないように見える。それに、あの娘の歌声……あれには確かに、荒ぶる魂を鎮める不思議な力があった)


 オリブがチラリとアルミルの方を見る。

 アルミルは何も知らず、心配そうな顔で俺たちを見守っている。


(わかった。賭けてみよう。お主の言う、その『新しい世界』とやらを見てみたくなってきた。

 この子は……その娘に預けさせてもらう)


(よくぞ聞き入れてくれた。賢明な判断に感謝するぞ、オリブ)


 俺は心底ホッとした。

 これで最悪の事態は回避できた。


(それから、お主は産後でしばらくは動けぬようだな。この地域を受け持つ魔人――カボネだが、奴には余の名において、この村への襲撃は控えるよう厳命しておく。安心して養生せよ)


(なっ……? 大魔王に感謝され、あまつさえ気を使われるとは……。長生きはしてみるものだな)


 オリブが呆れたような、それでいてどこか嬉しそうな思念を送ってくる。

 昨日の敵は今日の友。話せばわかる相手でよかった。


(それから、余が大魔王であることは伏せておけ。あの娘にも、他の人間にもな。よいな、さらばだ)


 俺はそう言い残すと、体内で暴れまわっていた闇の魔力を深層へと沈め、完全に封じ込めた。

 ふうっ。

 一瞬で「ただの商人シュラ」に戻る。冷や汗がどっと吹き出した。


 現実世界に戻ると、オリブはゆっくりと体を起こした。

 そして、自分の背中で眠っていた我が子の首元を甘噛みして掴みあげると、そっとアルミルの方へ差し出した。


「……娘よ。この子を、頼む」


 オリブの声は穏やかだった。


「我輩の手には余る暴れん坊だ。だが、そなたなら……そなたの歌声なら、あるいは導けるかもしれぬ。

 そなたがこの子と共に、この世界に何をもたらすのか……親として、そして聖獣として、ここから見守らせてくれ」


 アルミルは驚きに目を見開いたが、すぐにパァッと表情を輝かせた。

 差し出された銀色の子狼を、全身で受け止めるように抱きしめる。


「はいっ! 任せてください! 責任を持って、立派な子に育て上げますから!」


 子狼も、アルミルの胸の中で安心したように身を預けている。

 村人たちからワッと歓声が上がった。

 ヒノキンさんが鼻をすすり、ポームが「やれやれ」と肩をすくめる。

 こうして、俺たちは新たな仲間(ペット?)を加え、村を後にすることになった。


 ーーー


 帰りの馬車の中。

 行きとは違い、車内は賑やかだった。

 アルミルは膝の上で丸くなる銀色の子狼を、愛おしそうに撫で続けている。


「よしよし~、いい子ね~。うふふ、くすぐったい?」


 じゃれつく子狼。その姿は、獰猛な聖獣の子とは思えないほど愛くるしい。

 揺れる馬車のリズムに合わせ、アルミルが鼻歌交じりに問いかけた。


「ねぇシュラさん。この子、まだ名前がないんですよね?」


「ええ、そうですね。オリブ様も名付ける前に引き渡してくれましたから」


「だったら、私がつけてあげてもいいんでしょうか?」


「もちろんですとも。親代わりになるんですから、アルミルさんが一番いい名前をプレゼントしてあげてください」


「そーですよねー。うーん、何がいいかなぁ……」


 アルミルが子狼の顔を覗き込み、うんうんと唸る。

 その真剣な横顔を見ているだけで、俺は幸せな気分になれる。推しがペットの名付け親になる瞬間。これもまた尊いイベントだ。


「……決めました!」


 アルミルがポンと手を打った。


「君のお名前は……『コナッツオ』! どうかな?」


「コナッツオ、ですか?」


 独特な響きだ。異世界語っぽくもあるが、どこか懐かしさも感じる。


「はい! 昔お世話になった、すごーくカッコいい先輩たちの名前の頭文字をいただいたんです。

 コータさんと、ナータさんと、ツータさん。三人合わせて『コナッツ』……それに男の子だから『オ』をつけて、コナッツオ!」


 ああーッ!!

 俺は心の中で叫んだ。

 コータ、ナータ、ツータ……!

 それは、前世のあの伝説のフェスでバックバンドを務めてくれた大御所ロックバンド、『ビートサンダーキッス』のメンバー3人の名前じゃないか!

 あの強面のロッカーおじさん達から名前を取るとは!


「君もね、その先輩たちみたいに、いつかビッグでロックな存在になるんだよ! 私の聖騎士ナイトちゃん!」


 アルミルが高い高いをする。

 「キャン! ワオン!」

 子狼――コナッツオも、自分の名前が気に入ったのか、嬉しそうに尻尾を振ってはしゃいでいる。

 いい名前だ。ロックの魂を継ぐ聖獣。将来有望すぎる。


「コナッツオですか。響きもいいし、強そうないい名前ですね」


 俺は目を細めて、そのモフモフとした毛並みに視線を移した。

 プラチナシルバーの毛は、最高級のシルクのように艶やかで、触れば指が埋まるほど柔らかそうだ。

 ……触りたい。

 俺もあのもふもふを堪能したい。ファン1号として、推しのペットとも仲良くしておきたい。


「私にも少し、抱かせてください」


 俺は営業スマイル全開で、そっと手を伸ばした。

 よーしよし、おじさんが撫でてあげるからねー。


「ガルルッ……!!」


 バチン!

 俺の手が届く直前、コナッツオが豹変した。

 愛らしい瞳が吊り上がり、鋭い牙を剥き出しにして、喉の奥から低い唸り声を上げる。


「えっ」


 俺が手を引っ込めると、コナッツオは「フンッ」と鼻を鳴らし、再びアルミルにすり寄って甘え始めた。

 そして、チラリと俺の方を見て、勝ち誇ったような目をする。


 ……嫌われている。

 完全に嫌われている。


 何度かトライしてみたが、俺の指先が半径30センチ以内に近づくと、「ガルルッ(殺すぞ)」モードになる。

 なぜだ。なぜ俺だけ。

 やはり、先ほど開放してしまった大魔王の覇気を、この子は敏感に感じ取っているのかもしれない。本能レベルで「コイツはヤバイ奴だ(または敵だ)」と認識されているのだ。

 残念だ。俺もモフモフ天国を味わいたかったのに……。


 俺ががっくりと肩を落としていると、ふと馬車の荷台に積まれた大きな風呂敷包みが目に入った。

 行きの時には無かった荷物だ。大人が一人すっぽり入れるくらいのサイズがある。


「ところでアルミルさん。あの大きな風呂敷は何ですか? 調味料にしては大きすぎますが」


「ああ、あれですか? あれはですね、皮職人のヒノキンさんが『村を救ってくれたお礼に、工房にあるものなら何でも好きなものを持っていっていいぞ!』って言ってくれたので……パインさんへのお土産にいただいちゃいました!」


「ほう、ヒノキンさんの工房の品ですか。それはいいものを貰いましたね」


 ヒノキンさんは腕利きの職人だ。彼の作った革製品なら、王都でも高値で取引されているだろう。

 バッグか、あるいは革のコートか。

 それにしてはずいぶんと大きく、形がいびつだが……まあ、アルミルが選んだものなら、きっとパインさんも喜ぶに違いない。


 ーーー


~王都ファクトリオス 定食屋プトルカン~


 夕暮れ時。

 俺たちは無事に王都へ戻り、定食屋プトルカンへと帰還した。


「ただいまー! 戻りましたー!」


 アルミルが元気よく扉を開ける。

 その声を聞きつけ、店の奥からパインさんが小走りで出てきた。


「おかえり、みんな! おつかいはどうだった? 怪我はないかい?」


「はい! 魚皮の納品は無事おわりました。それから、こちらが頼まれていた調味料です!」


 ポームが荷物を手渡す。パインさんは受け取りながら、ホッと安堵の息をついた。


「ありがとうねぇ。疲れたろう? すぐにご飯にするからね……おや?」


 パインさんの視線が、アルミルの腕の中に釘付けになった。


「なんだい、そのかわいらしい子は? ぬいぐるみ……じゃあないね?」


「はい! この子はコナッツオ君です。村でちょっと事情がありまして……これから私の聖騎士ナイトとして、こちらで一緒にお世話になってもよろしいですか?」


 アルミルが事情を説明する間もなく、コナッツオは「キュ~ン」と愛らしい声を上げ、つぶらな瞳でパインさんを見つめた。

 あざとい。自分の可愛さを完全に理解しているムーブだ。


「あらまぁ~! なんて可愛いんだい! もちろんいいよ。よろしくね、コナちゃん。アタイにも撫でさせておくれ」


 パインさんが手を伸ばすと、コナッツオは尻尾をブンブン振って、自分から頭を擦り付けにいった。


「うふふ、いい子だねぇ。毛並みが良くて気持ちいいわぁ」


 気持ちよさそうに撫でられるコナッツオ。

 パインさんには一瞬で懐いたようだ。

 ……あれ? もしかして、今なら俺もいけるんじゃないか?

 どさくさに紛れて、俺もそっと手を伸ばしてみる。


「ガルルッ~!!」


 バクッ!

 噛みつかれそうになった。寸前で回避したが、明確な殺意を感じた。

 やはりダメだった。この牙城は崩せそうにない。俺の指は一生コナッツオの毛並みを知ることはないのだろうか。


 俺が涙目で指をさすっている横で、アルミルが思い出したようにパインさんに尋ねた。


「ところでパインさん。例のアレ、どうでした?」


「アレ?」


「作詩です! 私たちがいない間、ゆっくり休んで書いてみてくださいってお願いしたじゃないですか。進みましたか?」


 パインさんがハッとして、少し頬を赤らめた。


「ああ、作詩ね。……うん。やってみたよ。進めてくれてありがとうね。

 書き始めたら止まらなくなっちゃってさ。なんだかあれね、自分でも『こんなこと思っていたのか』とか、『こんな言葉が出てくるのか』って、驚いちゃったわ」


「やっぱり! 吐き出すのは大事ですよね!」


 アルミルが身を乗り出す。


「ぜひ、見せてください!」


「ええっ?! い、いやだよ! それはちょっと、恥ずかしいよ! それに、そんな人様に見せるような大したものじゃないし……」


 パインさんがもじもじと身をよじる。

 処女作を他人に見せる恥ずかしさ。わかる。俺も昔、ノートに書いた『最強の魔剣設定』を母ちゃんに見られたときは死にたくなったものだ。


 だが、アルミルは引かない。


「いえ、ぜひお願いします! 自分の気持ちを他人と共有することによって、さらに心の平穏へとつながるのです。それに、パインさんの魂の言葉、私すごく興味があります! ですので、ぜひ!」


 アルミルの真っ直ぐな瞳。

 そこには茶化すような色は一切ない。純粋な興味と、敬意があるだけだ。

 その熱意に負けたのか、パインさんは観念したようにため息をついた。


「……そうかい? アルちゃんがそこまで言うなら……笑わないでおくれよ?」


 パインさんはエプロンのポケットから、四つ折りにされた紙を取り出した。


「それじゃあ、読んでみておくれ。……あ、アタイはその間にご飯の用意をしてくるよ! 恥ずかしくて見てられないからさ!」


 パインさんは紙をアルミルに押し付けると、逃げるように厨房へと駆け込んでいった。


 残された俺たちはテーブルにつき、アルミルがその紙を丁寧に広げた。

 俺とポームも、両脇から覗き込む。

 少し震えるような、でも力強い筆致で書かれた文字。


 アルミルが真剣な顔で読み込み始める。

 俺は、その横でコナッツオ攻略へ向け、指でツンツンと背後からアプローチを試みるが、「ヴゥー……」と低音で唸られ、諦めて手を引っ込める。


 その時。


 トントントン、トントントン、トントントン……。


 店の奥から、包丁でまな板を叩く音が聞こえてきた。

 夕食の仕込みだろう。

 一定のリズム。小刻みで、心地よい音。

 それはまるで、生活の鼓動ビートのようだ。


 トントントン、トントントン……。


 アルミルが顔を上げた。

 その瞳が、何かを捉えたように輝いている。

 彼女は紙に書かれた言葉を目で追いながら、厨房から聞こえる包丁のリズムに、指先で小さく拍子を取り始めた。


 トン、トン、トン。

 言葉と、リズムが、重なっていく。


 しばらくして、女将さんが湯気の立つ大皿を手に、奥から出てきた。


「あいよお待ち! 今日は特製の野菜炒めだよ! コナちゃんの分のお肉もあるよ!」


 パインさんがテーブルに料理を置こうとした、その時だった。


 ガタッ!


 アルミルが勢いよく立ち上がった。

 手には、あの詩が書かれた紙が握りしめられている。


「パインさん!!」


「ひゃっ?! な、なんだい急に!?」


 アルミルがパインさんに詰め寄る。その顔は興奮で紅潮していた。


「この詩……とってもいいです!!」


「えっ……そ、そうかい?」


「はい! なんだかこう、パワーがあって、情熱的で! 日々の鬱憤とか、やり場のない怒りとか、そういうのが全部詰まってて……でも、こう、なんというか、乙女心に響く切なさもあって……すごくいいです!!」


 アルミルは紙を胸に抱きしめた。


「厨房から聞こえるトントントンっていう包丁の音が、この詩の心臓の音みたいに聞こえて……メロディが降ってきました!」


「メ、メロディ?」


 アルミルはパインさんの両手をガシッと握った。


「パインさん! この詩、歌にしましょう! 歌いましょう!」


「はぁぁーー?! う、歌ぁ?!」

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