第19話 経緯
~山奥の職人村テリシン・広場~
深夜の村に、一触即発の空気が満ちていた。
月光を背負って立つ巨大な銀色の狼、聖獣。
対するは、セクシー衣装でキメた魔人プロピと、不承不承連れてこられた俺、大魔王デールン・リ・ジュラゴンガ。
鋭い眼光。凄まじいプレッシャーだ。
さっき「犬っころ」と挑発してしまったことを早くも後悔し始めた俺だったが、相手はすぐに呆れたように話した。
「そのような『老いぼれ』に何ができる? 見たところ、まだ寝ぼけ眼で状況も把握できておらぬようだが?」
老いぼれ!?
まだピチピチの(中身は)25歳ですが!?
いや、大魔王の肉体的には1000歳オーバーなのかもしれないけど、心外だ。
「笑止! いまここで再度1000年、いや、永遠に眠らせてくれるわ!」
聖獣が前脚を踏み込み、戦闘態勢に入った。
やる気満々だ。どうする、俺。逃げるか? 戦うフリして和解に持ち込むか?
俺が焦って打開策を探していると、聖獣がおもむろに片方の前脚を上げた。
「……そうそう、申し遅れた」
え?
「我輩の名はオリブ。人は皆、畏敬の念を込めて『銀繊懐狼の聖獣オリブ』と呼ぶ。……そもそも、なぜ我輩がこの村に住み着き、聖獣と呼ばれるに至ったか。その数奇な運命を語らねばなるまいな」
聞いてませんけど~?
いきなり自分語りですか?
獣さんなのに、随分と流暢にお話しになられるのですね。
「それは……今から400年前のこと」
オリブが遠い目をした。完全に回想モードに入った。
「当時はまだ名もない一匹狼だった我輩は、腹が減れば狩りをし、自分よりも強そうな魔物が現れれば、持ち前の俊足で逃げ切って悠々自適に暮らしていた。
中でも野鹿は我輩の好物でのう。よく狩りをしたものだ。野鹿というのはあれだ、警戒心が非常に強い動物でのう。その大きな耳で、遠くの足音まで聞き分けることができる」
オリブが身振り手振りを交えながら熱弁する。
「そこで若き日の我輩は考えた。自らの体臭と足音を相手に気づかれないよう、常に風下からアプローチする戦法だ。草むらを匍匐前進し、じりじりと距離を詰め、射程に入って一呼吸置いたのち……相手の首筋を『ガブリ!』といった具合になっ。……どうだ?」
ドヤ顔で問いかけられた。
何が? その狩りのテクニック自慢、今必要?
横にいるプロピも、呆れ果てて口を開けている。
「んで、何の話だっけ? ……ああそうそう、この村に住み着くこととなったいきさつであったな」
思い出してくれたようだ。
「そんなある日、なかなか獲物にありつけず、空腹のまま山中をさ迷っていた時だ。通りかかったこの村の小屋に、丸々と太った家畜の七面鳥を見つけたのだ。我輩はゴクリと喉を鳴らし、それに目を付けた」
オリブの声に熱がこもる。
「近くの草陰に夜中まで身を潜め、村人が寝静まった頃、いつものように風下から忍び寄り、柵を軽々と乗り越え……みごと、ごちそうにありつけたのだ!」
犯罪の告白じゃないか。
「その時、我輩は極限まで腹が減っていたからな、まさに貪るように食ったんだ。今思えば、人が丹精込めて育てあげた家畜を奪い取ってやったという、背徳の高揚感もあったのかもしれない。
とにかく貪った。頭の先から尻尾の先まで、それこそ骨の髄までしゃぶりつくし、むしゃぶりつき、むさぼっ……」
「貪った話はもういいから! その先をどうぞ!」
俺は思わずツッコミを入れた。
描写がリアルすぎてお腹いっぱいだ。
「う、うむ。そう焦るでない。……その後、我輩が満腹になりゲップをしたところで、運悪く見回りに来た村人に気づかれてしまった。『泥棒だー!』という叫び声と共に、鍬や鎌を持った村人たちが殺到してきた。我輩は一目散に逃げた」
オリブが苦笑いする。
「まだ、歯の隙間に七面鳥の筋繊維が挟まっているのを感じながら、とにかく逃げた。しかし、たらふく食ってしまっていたため、体が重く、どうにも動きが鈍い。このままでは捕まり、鍋の具にされてしまう……そう追い詰められた時、我輩はとっさに妙案を思いついたのだ」
妙案?
「我輩の姿は、闇夜のせいで遠目でしか見られていないはず。ならば……七面鳥を襲ったのは『架空の凶悪な魔獣』であったということにすればいいのではないか、と」
えっ?
「つまり、我輩は『たまたま通りすがった無実の野良狼』であり、わしもまた、その『架空の魔獣』に襲われて傷ついた被害者である……という設定を演じることにしたのだ。
我輩は自らの足を岩で傷つけ、血を流してその場で倒れてみせた。
するとどうだ。追ってきた村人たちは『なんと、この狼もあの魔獣にやられたのか。可哀そうに』と、我輩の迫真の演技にまんまと騙されたのだ!」
……こいつ。
聖獣とか名乗ってるけど、根っからの詐欺師気質じゃないか?
オオカミ少年ならぬ、オオカミ狼だ。
「さらにあろうことか、我輩を哀れんだ人間たちは、我輩を村まで運び入れ、傷の手当てをし、寝床まで与えてくれたのだ。
我輩が今まで身を置いていた野生の世界は、常に騙しあいの連続、弱肉強食がルールだった。しかしながら……村人たちが、どこの馬の骨とも知れぬ野良狼にしてくれた無償の親切は、それこそ我輩の冷え切った心の芯に響いたんだ」
オリブの目に、涙のようなものが光った。
「介抱してくれた人間を騙した罪悪感もあったせいか、我輩は改心した。せめてもの罪滅ぼしにと、この村を守る番犬……いや、番狼になる決心をしたのだ。
それからというもの、我輩は村人と共に狩りをし、畑を耕すのを手伝い、子供たちと遊び、共に年を重ねていった。
年に一度の収穫祭の時は、こんな我輩にも特大の七面鳥を振舞ってくれてのう……それはそれは充実した、幸せな日々を過ごした。……どうだ?」
またドヤ顔だ。
いや、いい話だけどさ。
だから、何が? ってか本題はなんだったっけ? 俺たちと戦うんじゃなかったの?
「それから30年ほど経ったある日。……本物の『大型の魔獣』が村を襲いに来おった。それまで数々の武勇伝をあげ、村の守護神と慕われていた我輩も、その時はすでに老境に差し掛かり、お迎えが近い状態だった」
オリブの声が沈む。
「だが、愛する村を蹂躙されてたまるものか。最後に一花咲かせようと、老体に鞭打ってその魔獣と対峙した。
死闘の末、なんとか追い払ったはいいものの、我輩は深手を負い、もう助からないと悟ったよ。薄れゆく意識の中で、村人たちの泣く声が聞こえた。『死なないでくれ、オリブ』とな」
感動的なシーンだ。
不覚にも少しウルっときてしまった。
「我輩が死の淵をさ迷っていた、ちょうどその時だ。偶然にも、聖女オイリーの末裔である『大司教様』が、巡礼の旅の途中にこの村へ立ち寄られたのだ。
村人たちは、土下座をして大司教様に懇願した。『俺たちの家族を、オリブを救ってくれ』と」
「……それで?」
「滅多なことが無い限り獣へ力は使わないと決めていた大司教様であったが、村人たちの必死な姿と、我輩の今までの功績に免じて、特別に『祝福』を施してくださった。
するとどうだ! みるみる傷は癒え、抜けた毛が生え変わり、体が以前より一回りも二回りも大きくなって若返ったではないか!
さらに体毛はプラチナのように光り輝き、ついには……言葉を解し、神聖な力を宿す『聖獣』へと進化してしまったのだ!」
ご都合主義な進化!
大司教様もびっくりだよ。
「これには大司教様も『想定外だ』と腰を抜かして喜ばれた。
我輩が聖獣となり、言葉を話せるようになって、まず初めに何をしたと思う?
長年、相棒として慕ってくれた村長に、30年前の嘘を謝ったのだ。
『実は、あの時七面鳥を盗み食いしたのは我輩で、怪我も自演だったのだ』とな」
「……ほう。それで?」
「すると村長は、笑ってこう言ったんだ。
『知ってたさ。……それに、あの時お前を連れ帰ったのは、食われた七面鳥の代わりに、お前を鍋にして食ってやろうと思ったからさ! でも情が移っちまって、聖獣になっちまったらもう食えないだろ? はっはっはっ!』
『おっおい! 我輩があのまま死んでいたら、食べようとしていたのかい! なんて奴らだ! はっはっはっ!』
……ってなやり取りがあった。で、なんやかんやで400年、この村を守り続けてきたってわけだ」
オリブが満足げに話を締めくくった。
長い。長すぎる。
でも、いい話だった。人間と獣の種族を超えた友情と絆。
俺が目指している「魔族と人間の共存」のヒントがここにある気がする。
この聖獣となら、話し合えばわかり合えるんじゃないか?
そう思った矢先。
「――っだぁぁぁー!! なげぇぇんだよっ!!」
隣で聞いていたプロピがブチ切れた。
「ったく、中身のない自分語りを長々と! 要約すれば『泥棒狼が運よく大司教に祝福を受けて聖獣になった』だけでしょ!? 10秒で終わる話を400年分語ってんじゃないわよっ!」
プロピが地団駄を踏む。
「どうせあんた含めて、この村の住民は今日全滅するの! 歴史を語れるヤツなんて、明日には誰もいなくなってるの! ほんっと無駄な時間だったわ!」
プロピが殺気をみなぎらせ、ボンテージ衣装から無数の棘のような魔力を伸ばした。
「っさ、大魔王様! お待たせしました! 無駄話はこれでおしまい。ちゃっちゃとこの駄犬を始末して、村ごと燃やし尽くしちゃいましょう!」
プロピが俺に合図を送る。
「GOサイン」だ。
オリブも「来るか!」と牙を剥き出しにして唸り声を上げている。
困ったぞ。
非常に困った。
俺としては、こんな人情味あふれる(狼だけど)聖獣を殺したくなんかない。ましてや、彼が400年守り抜いてきた村を滅ぼすなんて論外だ。
でも、ここで「やーめた」と言えば、プロピの機嫌を損ね、最悪の場合、俺の正体(中身がオタク)や「魔王としての資質」を疑われかねない。
俺が手を下さずに、かつプロピの顔も立てつつ、この場を丸く収める方法……。
必死に脳みそをフル回転させるが、何も思いつかない。
プロピのイライラが頂点に達しつつある。
オリブの魔力が臨界点を超えようとしている。




