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最強魔王の推し活【裏】覇業  作者: 団田図


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第18話 厄介者

~大陸西南西西地区・未開の森~


 ヒュンッ。

 ビニルの雑な転移魔法で飛ばされた俺は、冷たい夜風が吹き抜ける森の中に一人佇んでいた。


「……ここ、どこ?」


 現在時刻は深夜。本来ならパジャマに着替えてベッドにダイブし、明日のアルミルとのお出かけに備えて英気を養っているはずの時間だ。

 なのに俺は、部下の機嫌を損ねないためだけに、アポなしの深夜訪問サプライズを強いられている。

 ブラック企業も裸足で逃げ出す勤務実態だ。大魔王って、もっとこう、ふんぞり返っていればいい役職じゃないのか?


 愚痴っても仕方ない。俺はため息を一つつき、目の前にある洞穴へと視線を向けた。

 鬱蒼とした木々の奥、岩肌にぽっかりと開いた穴から、ムーディーなピンク色の明かりが漏れ出ている。

 あそこが魔人プロピの住処か。

 どんな魔人が出てくるのか。ビニル曰く「かまってちゃん」らしいが、気難しい武闘派だったらどうしよう。


 俺は「大魔王モード」のスイッチを入れ、威厳たっぷりに洞穴の中へと足を踏み入れた。


「……ごめんくださー」


「ぎゃぁぁぁーーー!!!」

「うおぉぉぉーーー!!!」


 入った瞬間、鼓膜をつんざくような悲鳴が上がり、つられて俺も絶叫してしまった。

 威厳もへったくれもない。

 心臓をバクバクさせながら相手を見ると、洞窟の入り口すぐにある豪奢なソファに、一人の女性が腰かけていた。


 ネグリジェだ。

 しかも、透け感のある際どいシルクのネグリジェだ。

 ワイングラスを片手にくつろいでいたであろうその女性は、パック中の顔を押さえながら、目を白黒させていた。

 見た目は、妖艶な美魔女マダムといった風情。漂うフェロモンがすごい。


「あー驚いた……! 心臓が止まるかと思ったじゃないさ! 誰かと思ったら、なんだジュラちゃん《《かよ》》」


「こ、こっちこそ驚いたわ! 突然の大声で。……それに、《《かよ》》って」


 なんだその、実家に帰省した息子に対する母親みたいな反応は。

 それに「ジュラちゃん」? デールン・リ・ジュラゴンガのことか?


 マダム風の魔人は、ふぅーっと息を吐いてグラスを置くと、艶めかしく脚を組み替えた。


「何言ってんのよ。『プーやん』『ジュラちゃん』と呼び合ってる、アタイとあんたの仲じゃない。……それともなに? 1000年ばかし眠ってたからって、アタイの事忘れちゃった? やだねぇ、男ってのは。時間が経つとすぐ過去の女を忘れるんだから」


 プーやん。

 誰だその、ゆるキャラみたいなあだ名の魔人は。

 どうやら前任の大魔王とこの魔人プロピは、相当永い付き合いで、しかもかなり親しい(意味深な)関係だったようだ。

 まずい。俺にはその記憶が一切ない。

 だが、ここで「初めまして」なんて言おうものなら、「私のこと忘れたの!?」とヒステリーを起こされかねない。


 俺は必死に脳内会議を開き、アドリブで乗り切ることにした。


「ば、馬鹿を言うな。プーやんの事を忘れるわけがないだろう? だからこそ、こうして会いに来たんじゃないか」


 俺は低い声で囁き、ソファの背もたれに手を置いた(つもりだが、ビビって少し震えた)。


「昨日は悪かったな。せっかく魔王城へ来てくれたのに、会えなくて。言い訳じゃないが、プーやんが来てくれていたことをビニルから聞きそびれていてな。知っていれば、万難を排してでも会ったのだが」


 くさい。我ながらくさいセリフだ。

 だが、マダムにはこれが効いたらしい。


「ふん。……まあ、いいわよ。ジュラちゃんは久々に目覚めたばかりで、やることもたくさんあるんでしょう? アタイみたいな年増のことは後回しってわけね」


 プロピは口を尖らせながらも、まんざらでもなさそうだ。


「それよりも、こっちへ来るならちゃんとアポ取ってから来なさいよ。まったく、乙女の部屋へ突然訪れるなんてデリカシー無いんだから。……まあ、立ち話もなんだし、そこに座んなさいよ。いつもの『紅魔果酒べにまかしゅ』ロックダブルフィンガーでよかったわよね?」


 いつもの、と言われても味も度数もわからない。

 それに、この流れは非常に危険だ。

 「ロックダブルフィンガー」なんて強そうなお酒を飲みながら、「1000年間の寂しさ」という名の愚痴を聞かされるコースだ。

 絶対に朝まで帰れないやつだ。明日のアルミルの「おつかい」に支障が出る!


「あー……すまん。今日はやめておく。まだ戻って片付けねばならぬ書類仕事があってな」


「はぁ? 久々に会ったのに、一杯も付き合えないってのかい? つれないねぇ、ジュラちゃんは。昔は朝まで語り明かした仲じゃないさ」


 プロピが妖しく目を細める。

 冷や汗が背中を伝う。やはり「そういう仲」だったのか。前任者め、手広すぎだろ。


「……仕方ないねぇ。あんたが忙しいのはわかってるよ。王様だもんね」


 意外にも、プロピは素直に引いてくれた。

 どうやら根は悪い奴じゃなさそうだ。ちょっと強引で、距離感がバグっているだけで、話の通じる良い魔人なのかもしれない。


 俺が安堵しかけた、その時だった。

 プロピがねっとりと俺の腕に絡みつき、上目遣いで言った。


「でもぉ、すぐ帰る前にぃ……せっかく来てくれたんだからさぁ、一つお願い聞いてくれない?」


「お、お願い?」


「そこの山の麓にある村をさぁ、一つ『滅ぼして』いっておくれよぉ。ここ最近、変なのが住み着いて、アタイの手下じゃ苦戦してたんだよぉ」


 甘い声で、とんでもないことを言った。

 「コンビニ寄ってって」くらいのノリで、「村を滅ぼして」と言ったぞコイツ。


「……ん? 滅ぼす?」


「そうよぉ。断るわけないよねぇ? 1000年もアタイの事を放っておいたんだからさぁ……そのくらいの罪滅ぼし、してくれてもバチは当たらないんじゃない?」


 プロピの爪が、俺の腕に食い込む。

 目が笑っていない。

 撤回。

 全然「良い魔人」じゃなかった! やっぱり邪悪だった!

 しかも、断れば「じゃあアタイと朝まで飲み明かすのと、村を焼くの、どっちがいい?」という二択を迫られそうだ。


 どうする?

 ここで断れば、「ジュラちゃんは変わってしまった」「腑抜けになった」と噂され、魔王としての威厳に関わる。

 かといって、罪のない村を滅ぼすなんてできない。

 ……そうだ。とりあえず現場に行って、適当に威圧だけして、「今日は気分が乗らない」とか言って誤魔化そう。それがいい。


「……わかった。案内せよ」


「さすがジュラちゃん! 話が早くて助かるわぁ! じゃあ、今、着替えてくるから、外で待っていてちょうだいな」


 プロピはウインクを投げると、奥の部屋へと消えていった。

けぞった。

 さっきのネグリジェ姿とは打って変

 ーーー


 ……長い。

 洞窟の外へ出て、夜風に吹かれながら待つこと小一時間。

 体感時間は三時間くらいに感じる。

 もしかして、俺が待っていることを忘れて寝てしまったのではないか?

 それとも、これも1000年待たされたことへの報復なのか?


 俺がしびれを切らして帰ろうかと思った、その時だった。


「おっまった~! さぁ行きましょ」


 洞窟から出てきたプロピを見て、俺はのわって、露出度の高いボンテージ風のタイトなレザー服に身を包んでいる。

 メイクもバッチリ、髪型も盛りに盛って、香水の匂いがプンプンする。

 これから村を滅ぼしに行くんですよね? 六本木のクラブに繰り出すわけじゃないですよね?


「……気合が入っているな」


「当たり前じゃない。元カレ……じゃなかった、大魔王様とのデートだもの。隣歩くのに恥ずかしい恰好はできないでしょ」


 デートじゃない。虐殺(未遂)ツアーだ。

 と言いたいところだが、また「デリカシーがない」と小言が始まりそうなので、俺は口をつぐんで彼女の後をついていくことにした。


 ーーー


~山奥の職人村テリシン~


 月明かりの下、森を抜けた先に小さな村が見えてきた。

 時刻は深夜。ほとんどの家は明かりが消え、静寂に包まれている。


 村の入り口にあるアーチの手前で、プロピが立ち止まり、くるりと振り返った。


「じゃあ行きますよ。大魔王様」


 突然、敬語になった。

 どうやらここからは「仕事モード」らしい。部下の前では上司を立てる。意外と社会人スキルが高いな、プーやん。


 俺たちは村の中へと足を踏み入れた。

 カツ、カツ、カツ。

 石畳に俺たちの足音が響く。


 たまたま夜遅くまで残業していたのか、工房から出てきた数人の村人が、俺たちの姿を見て凍り付いた。


「ひっ……!?」

「ま、魔物……!? いや、あれは……!」


 彼らの視線は、俺の三メートルの巨体と、ねじれた角、そして全身から立ち上るドス黒いオーラに釘付けになっている。

 次の瞬間。


「で、出たぁぁぁーー!! 悪魔だぁぁぁーー!!」

「逃げろぉぉぉ!!」


 悲鳴が上がり、彼らは一目散に逃げ出した。

 鐘が乱打され、村中に警報が響き渡る。

 眠っていた家々の窓に明かりが灯り、パニックになった住民たちが外の様子を伺い、俺の姿を見るなり絶叫して鍵を閉める。


 ……胸が痛む。

 俺、何もしてないのに。ただ歩いてるだけなのに。

 「ザッツ大魔王」なこの容姿は、存在するだけで精神的テロ行為らしい。

 平凡な幸せを願う村人たちに、こんな恐怖を与えてしまうなんて。早く帰りたい。


 それにしても、プロピはこの村の攻略に手こずっていると言っていた。

 こんな山奥の小さな村、魔人クラスなら単騎で制圧できそうだが、何が問題なんだ?

 住民の逃げ足が速いからか?


 俺が辺りを見渡していると、広場の奥から、ひときわ大きな影が近づいてくるのに気づいた。


 ズシン、ズシン。


 人間じゃない。四本足だ。

 屋根よりも高い位置にある双眸が、月光を受けてギラリと光った。


「……チッ。早速現れたわね。厄介者め!」


 プロピが舌打ちをして身構える。

 その巨大な影は、村の中央にある噴水広場まで来ると、ゆっくりと足を止めた。

 雲が流れ、月の光がその姿を露わにする。


 息を呑んだ。

 美しい、とすら思ってしまった。


 体長は俺の三倍……いや、十メートルはあるだろうか。

 全身が月光を弾くプラチナシルバーの毛並みに覆われた、巨大な狼だ。

 ただの獣ではない。その体躯からは神々しいまでの魔力が立ち上り、知性ある瞳が静かに俺たちを見下ろしている。

 長い尾が、ゆらり、ゆらりと優雅に揺れていた。


 そして、その巨大な狼が、口を開いた。


「……『厄介者』に厄介者扱いされるとはな。ふん、褒められているような気分だ。悪くはない」


 重厚なバリトンボイス。

 ダンディだ。俺の声も魔王化して渋くなったと思っていたが、この狼の声には歴史の重みのような威厳がある。


 プロピの半歩後ろに立つ俺に気づいた狼が、金色の瞳を向けた。


「ほう……。今日はお友達を連れてきたのか? だが無駄なことだ。お主程度の三流魔人が何人集まろうと、我輩の敵ではないわ」


 鼻先で笑われた。

 完全に見下されている。

 プロピが「三流」と言われて額に青筋を浮かべた。


「おやぁ? ……ああ、そうかそうか。お前ごとき田舎の獣は、このお方のお顔を知らないんだわね? そうかそうか、まだ400年ほどしか生きておらぬ若造だからな!」


 プロピが嘲笑うように煽り返す。

 400歳で若造かよ。魔界の年齢感覚はどうなってるんだ。


「今日がお前の命日となるから、冥途の土産によぉーく聞いておきなさい! こちらにおわすお方は……」


 プロピがバッと手を広げ、俺を紹介した。


「1000年に及ぶ永き封印から解き放たれし、我ら魔族の絶対支配者! 冷酷無情、酷薄冷淡、泣く子も黙る破壊の化身でおなじみ! デールン・リ・ジュラゴンガ大魔王様にあらせられるぞ!!」


 ……紹介が大げさすぎる!

 「おなじみ」じゃないよ! キャッチフレーズの盛り方が昭和のプロレス実況なんだよ!

 それに「冷酷無情」とか、今の俺(推し活中)にとって一番言われたくない言葉だ。


「大魔王様の御手にかかって死ねること、光栄に思いなさい! さあジュラちゃん、やっちゃって!」


 プロピが俺の背中をバンと叩いた。

 丸投げかよ!

 俺、まだ戦うとも、コイツを倒すとも一言も言ってないんですけど!?


 巨大な銀狼が、興味深そうに目を細めた。


「ほう……。あの大戦で封印されたという伝説の魔王か。確かに、底知れぬ魔力を感じる。だが……」


 狼の全身から、凄まじい闘気が吹き出した。

 ビリビリと大気が震える。


「我輩は誇り高き『聖獣』。魔王とて、この村に手を出そうとするならば、喉笛を食いちぎってくれるわ!」


 やる気満々だー!

 聖獣って言った? 魔物じゃなくて聖獣? 神聖な生き物じゃん!

 そんなの殺したらバチが当たるどころか、祟られるんじゃないか?


 俺は心の中で頭を抱えた。

 明日はアルミルとのおつかいデート。早起きしなきゃいけない。

 なのに深夜2時に、マダムな元カノ(仮)に唆されて、神聖な巨大ワンコとデスマッチ?

 どうしてこうなった。


 だが、引くに引けない。

 プロピの期待に満ちた目と、聖獣の殺意に満ちた目。

 板挟みになった俺は、とりあえず大魔王らしく、重々しく腕を組んでみせるしかなかった。


「……ふん。威勢だけはいいようだな、犬っころ」


 口から出たのは、死亡フラグのような挑発の言葉だった。

 もう、どうにでもなれ。

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