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最強魔王の推し活【裏】覇業  作者: 団田図


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第17話 提案

~定食屋プトルカン~


「アスナちゃんは帰っちまったのかい。残念だったねぇ」


 厨房から出てきた女将のパインさんは、テーブルに残された手つかずの定食を見て、寂しそうに眉を下げた。

 湯気が消えかけたナメロウ丼。それは、過去の傷に触れられ、逃げるように去っていったアスナさんの心情を表しているかのようだった。


「せっかく作ったのに、もったいないね。……じゃあ、この余った一食はアタイが食べようかね。席、一緒にいいかい?」


「ええ、もちろんですとも。楽しく食べましょう。隠し味なんか教えてくださいよ」


 俺が笑顔で答えると、パインさんは「商売上手だねぇ」と少し照れくさそうに笑い、どっこいしょと空いた席に腰を下ろした。


「「「「いただきます」」」」


 四人の声が重なる。

 俺はスプーンでナメロウと白米をすくい、口へと運んだ。

 モグモグ……うん!

 味噌のコク、薬味の爽やかな香り、そして魚の旨味。いつ食べても女将さんの料理は絶品だ。五臓六腑に染み渡るとはこのことか。


 ふと横を見ると、先ほどまでアスナさんを心配そうに見つめていたアルミルも、口いっぱいに頬張りながら「ん~っ! おいひぃ~!」と幸せそうな顔をしている。

 対面のポームも、不機嫌そうにしていたのが嘘のように、無心でスプーンを動かしている。美味しいものは、種族や立場の壁を越えて心を穏やかにする魔法だ。


 しかし――。

 言い出しっぺの女将さんの箸だけが、あまり進んでいないように見えた。

 表情がどことなく暗い。視線が虚空を彷徨っている。

 やがて、彼女は箸を置き、肺の中の空気をすべて吐き出すような、大きなため息をついた。


「はぁーっ……」


 店内の空気が沈む。

 俺はスプーンを置き、心配そうに尋ねた。


「ん? どうかしました、女将さん?」


「いやさ……ごめんよ、せっかくの食事中に」


 パインさんは湯のみを両手で包み込み、ぽつりとこぼした。


「夫はまだ戦争から帰らないし、手紙も途絶えがちだろ? それに加えて、戦争の影響で食材の入手も困難になってきてる。その上、今日はあんたたちから『街の近くで魔人が出没した』なんて話を聞いちまったもんだからさ……なんだかなーって感じで」


 彼女は自嘲気味に笑った。


「うまく表現できないけど、胸のあたりがモヤモヤしてさ。この先どうなっちまうんだろうって、急に不安になっちまってね。……はは、年甲斐もなく愚痴ってごめんよ」


 いつも明るく気丈に振舞っていた女将さんが、弱音を吐いている。

 無理もない。旦那さんは戦地、店は経営難、外には化け物。この状況で不安にならない方がおかしい。

 そして、その「化け物(魔人)」を世に放ち、不安の種を撒いている元凶の一つが、今こうしてのんきにナメロウを食べている「俺」だという事実。


 ズキリ、と胸が痛む。

 後ろめたい。申し訳ない。

 俺にできることはないだろうか。大魔王として戦争を止めさせるか? いや、それには時間がかかる。今すぐ、目の前の彼女の心を晴らすには……。


 俺が言葉に詰まっていると、アルミルがすっと身を乗り出した。


「パインさん」


 その声は、優しく、けれど芯の通った響きを持っていた。


「そんな時はですね、『詩』を書いてみてはどうでしょう?」


「えっ? ……詩?」


 パインさんが目を丸くする。俺もポームも虚をつかれた。

 ここで詩作のすすめ?


「そうです。今の自分の気持ちを、言葉にして紙に書き残すのです」


 アルミルは胸に手を当てて語りかけた。


「不安や怒り、恐れ、寂しさ……形のないモヤモヤを心の中に溜め込んでいると、どんどん重くなって潰れそうになっちゃいます。だから、その感情を『詩』という形あるものに乗せて、体の外へ吐き出すんです。そうすることによって、不思議と負の気持ちが和らぐことがあるんですよ」


 なるほど……!

 俺は心の中で膝を打った。

 これは、アイドルである彼女ならではの発想だ。

 アルミルは前世でも、多くの作詞を手掛けていた。独特なワードセンスが光る彼女の歌詞は、時に意味不明で、時に哲学のようだと評されたが、あれは彼女自身の「叫び」だったのかもしれない。

 歌に乗せて感情を昇華させる。それが彼女の強さの秘訣なのだ。


「そうなのかい? ……でもアタイ、そういう高尚な趣味は持ってないし、得意じゃないからさ。できるかね?」


「大丈夫です! 作詩というのは、上手い下手は関係ありません!」


 アルミルが力説する。


「誰かに見てもらおうとか、評価されようなんて思わなくていいんです。自分の心と向き合って、今なにを求めているのか、なにをしたいのかを、あるがままに綴っていけばいいのです。殴り書きでもいいんです!」


「あるがままに、綴る……」


 パインさんが呟く。

 少しの間、彼女は自分の掌を見つめていたが、やがて顔を上げた。


「……そうだね。溜め込んでちゃ、体が持たないもんね。じゃあ、挑戦してみようかしら。アルちゃん、教えてくれてありがとうね」


「はい! ぜひ!」


 パインさんの表情に少しだけ光が戻った。

 さすがアルミル。メンタルケアも完璧だ。ファンとして誇らしい。


「よし、早速明日の定休日に書いてみるよ……あっ! いけない!」


 パインさんが急に声を上げて、頭を抱えた。


「ダメだ! 明日は隣町へ仕入れと納品の約束があったんだわ。市場に行かなきゃ店が開けられないし……詩なんて書いてる時間はなさそうだねぇ」


 せっかくやる気になったのに、現実は非情だ。

 肩を落とすパインさんを見て、アルミルが再び手を挙げた。


「それって、私でもできますか?」


「えっ?」


「その『おつかい』だけでしたら、私に行かせてください! 女将さんはその間、ゆっくり休んで詩を書いてください」


「い、いやいや、そんな悪いよ! 隣町までは歩いて半日かかるし、荷物だってあるんだ。あんたみたいな華奢な子に任せられないよ」


「平気です! 私、他の町にも行ってみたいと思っていたし……それに、こう見えてさっき森でたくさんレベルアップしたから、強くなってるんですよ!」


 アルミルが力こぶを作るポーズ(筋肉はない)をしてみせる。

 なんて健気なんだ。恩人のために労力を惜しまない、その奉仕精神。

 これこそが「推し」だ。

 俺が手伝わない理由がない。これはただのお使いじゃない。「推しとの遠征イベント」だ!


「女将さん。ぜひそうしてください」


 俺は身を乗り出して加勢した。


「俺もアルミルさんに同行しますから。商人の俺がいれば、仕入れの目利きも、荷物持ちもバッチリですよ。馬車の手配も任せてください」


「シュラ君まで……」


 すると、黙って聞いていたポームも、ガタッと椅子を引いて立ち上がった。


「これ以上、兄上とアルを二人だけで行かせられません! 道中、また何があるかわかりませんし……必ず私も同行いたします」


 ポームの目が「抜け駆けは許さん」と言っているが、まあ護衛が増えるのはありがたい。


「えぇ……いいのかい? なんだか悪いわねぇ」


「いいんです! 女将さんの美味しいご飯のお礼です!」


 アルミルの満面の笑顔に、パインさんは目頭を押さえ、深く頷いた。


「……ありがとう。じゃあ、せっかくだから甘えさせてもらおうかしらね」


 こうして、俺たちは明日、隣町へおつかいに行く約束をした。

 クエスト発生だ。報酬はパインさんの笑顔と、アルミルとの小旅行。悪くない。

 俺たちは店を後にし、それぞれの夜を迎えるために解散した。


 ーーー


~魔王城・玉座の間~


 路地裏から転移魔法で帰還した俺は、いつものように恐怖の象徴へと変身を遂げていた。

 バクンッ。

 骨がきしみ、筋肉が膨張し、皮膚が紫色に染まる。

 鏡を見なくてもわかる。今の俺は、泣く子も黙る大魔王デールン・リ・ジュラゴンガだ。


 俺は巨大な玉座に深く腰掛け、石壁に穿たれた小窓から外を眺めた。

 紫紺の闇が世界を覆い、遠くの山並みが黒いシルエットとなって浮かび上がる。

 昼間は人間の商人として、推しアイドルの笑顔を守るために奔走し、夜は魔族の王として君臨する。

 この二重生活にも慣れてきたが、ふと我に返ると、この異形こそが「現実」なのだと思い知らされる。


 だが、心までは変わるまい。

 俺の中身は、あくまで一人の「アイドルオタク・富良津築男」だ。その魂だけは、どんな強大な魔力にも染まらない。

 そう再確認し、決意を新たにしたところで――。


「おかえりなさいませ、大魔王様」


 側近のビニルが、音もなく現れて恭しく頭を下げた。


「本日も王都陥落へ向けたご視察、誠にお疲れ様にござりました。して……襲撃の決行日は何時なんどきにいたしましょうか?」


 開口一番それかよ。

 相変わらずビニルは血の気が多い。哀愁に浸る間も与えてくれない。

 仕事熱心なのは結構だが、俺の「推し活」スケジュールと「世界征服」スケジュールの調整が大変なんだよ。


「あ、ああ……。結界の謎はな、なかなか奥が深くてのう。解析にはまだ時間がかかる。いましばらく待たれよ」


 もっともらしい言い訳をする。

 本当は、明日はアルミルと隣町へデート(おつかい)だから、戦争なんてしてる暇はないなんて口が裂けても言えない。

 どこまでこのおとぼけで突き通せるのだろうか。胃が痛い。


「承知いたしました大魔王様。深遠なるお考え、お待ち申し上げます」


 ビニルは素直に引き下がったが、すぐに別の話題を切り出した。


「そういえば先ほど、魔人カボネ殿と回廊ですれ違いましたところ……様子がおかしゅうございました」


「ん? カボネがか?」


「はい。顔面蒼白で、ブツブツと独り言を呟いておりました。『まずい、まずいぞ。大魔王様のご機嫌を損ねてしまった。挽回せねば、挽回せねば』と……。森での偵察中に、何かあったのですかな?」


 ああ、昼間の件か。

 俺(人間体)を殺そうとして、逆に俺(魔王パワー開放)に脅された一件だ。

 あいつ、まだビビってんのか。

 まあ、自分のミスだと捉えて反省しているようだし、余計なことを喋られるよりはマシだ。


「さ、さぁな。……余が少し、教育的指導をしただけだ。放っておけ」


「ははっ。さすがは大魔王様、飴と鞭の使い分けがお見事にございます」


 ビニルが感心したように頷く。勝手に良い方向に解釈してくれるので助かる。

 よし、これで今日の報告は終わりか? 早く寝て明日に備えたいんだが。


「御意。……ところで大魔王様、もう一件ご報告がございます」


 まだあるのか。


「昨日、大魔王様へ謁見したがっておられました魔人の列に、魔人プロピ様がおられたのですが……」


 プロピ? 誰だっけ?

 ああ、昨日俺が「もう疲れた」って言って追い返した連中の一人か。


「大魔王様の急なキャンセルにより謁見が叶わず……どうやらひどく気分を損ねて、領地へ帰ってしまわれたようです」


「はぁ? 気分を損ねただと?」


 俺は玉座の肘掛けを叩いた。

 キャンセルも何も、アポなしで勝手に押しかけて来ておきながら、会えなかったからってヘソを曲げるなよ。子供か。

 俺は大魔王だぞ? 最強の存在だぞ?

 なんで部下の顔色を窺わなきゃいけないんだ。


「魔人プロピ様は、プライドが高く、少々『かまってちゃん』な気質がございまして……。このまま放置しますと、拗ねて謀反を起こしかねません」


 面倒くせぇー!

 なんだそのメンヘラみたいな魔人は! 中間管理職の辛さを異世界で味わうとは思わなかった。


「ここはひとつ、魔人プロピ様が受け持つ地区へ『サプライズ視察』に行かれて、労をねぎらってはいかがでしょうか? 大魔王様直々の訪問となれば、彼女も感激して機嫌を直すことでしょう」


 ビニルが提案してくる。

 サプライズ視察。聞こえはいいが、要はご機嫌取りだ。

 だが、ここで内乱を起こされるのも困る。明日はアルミルとの大事な「おつかい」があるんだ。憂いは断っておきたい。

 ……仕方ない。サクッと行って、適当に褒めて、サクッと帰ってくるか。


「わかった。行くとしよう。……スケジュールを調整して、後日予定を組んで…」


「御意。……では早速、私の転移魔法で」


「え?」


 ビニルが杖を振った。


「ほぃっ!」


 軽い! 掛け声が軽いよ!

 俺の返事も聞かずに!?


 視界が歪む。

 玉座の間が遠ざかり、俺の意識は強制的に空間を超えた。


 ーーー


~大陸西南西西地区~


 ヒュンッ。


 冷たい風が頬を撫でた。

 気がつくと、俺は見知らぬ森の中に立っていた。


「……えっ? 今?」


 俺は呆然と呟いた。

 さっきまで城にいたはずなのに。心の準備ってもんがあるでしょうが。

 パジャマに着替えて寝ようと思ってたのに、いきなり現地集合?


「ん? ビニルは? ……いない?」


 周囲を見渡すが、側近の姿はない。

 おいおい、まさか俺一人で放り出されたのか?

 「ほぃっ!」じゃねーよ! 自分も来いよ!

 相手の顔も知らないのに、いきなり「やあ、大魔王だよ☆」って訪問するの? ハードル高すぎない?


 そもそもだ。

 大魔王に対して「気分を損ねる」ってどういう神経してるんだ、そのプロピって奴は。

 俺の威厳、ちゃんと伝わってる?

 不安になってきた。


 俺はため息をつきながら、闇夜に目を凝らして辺りを見渡した。

 鬱蒼とした森だ。城の周りとは植生が違う。空気が湿っていて、カビと腐葉土の匂いがする。


 おやっ?

 木々の隙間から、ぼんやりとした明かりが見えた。

 あそこの洞窟の中が、何やら怪しげな光で照らされている。


「……あそこか」


 あそこに、その面倒くさい魔人プロピがいるのだろう。

 気が重いが、来てしまったものは仕方がない。

 俺は「大魔王モード」のスイッチを入れ直し、威厳たっぷりの足取りで、その洞窟へと向かった。


 さっさと終わらせて、帰って寝よう。

 明日はアルミルのために、最高の「おつかい」をしなきゃいけないんだから。

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