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最強魔王の推し活【裏】覇業  作者: 団田図


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第16話 異論

~定食屋プトルカン~


 カランコロン、と軽やかなドアベルの音が鳴り響く。

 黄昏時の定食屋プトルカン。昼間の喧騒が嘘のように静まり返った店内へ足を踏み入れると、カウンターの奥で椅子を磨いていた女将のパインさんが、俺たちの顔を見るなりハッとして駆け寄ってきた。


「アルちゃんにシュラ君! 大丈夫だったの? 心配したわよ! 急に血相変えたアルちゃんがポームちゃんを呼びに来たもんだからさぁ……何かあったんじゃないかって、気が気じゃなかったんだから」


 パインさんが俺の体をペタペタと触り、怪我がないか確認してくる。その温かい掌の感触に、気がふっと緩んだ。

 俺はほっと息を吐き出す前に、アルミルが明るく答えた。


「心配かけてごめんなさい、パインさん! でも、もうなんてことありませんでした! 森ですっごく強そうな魔人さんが現れてピンチだったんですけど、なんだか急に用事ができたとかで、どこかへ行ってしまったんです」


 アルミルが両手を広げて、事も無げに言う。


「ポームちゃんがとっても力が強いことは知ってましたけど、シュラさんはとんでもない『強運』の持ち主だったんですよ! 魔人さんが去った後、無傷で立っていたんですから!」


 強運、か。

 確かに、アルミルと同じ時代、同じ異世界に転生できたこと自体、俺は天文学的な確率の幸運を使い果たしている自覚がある。

 ただ、今回の件に関して言えば「運」ではない。「魔王の威圧パワハラ」で部下を追い返しただけなのだが……まあ、そういうことにしておこう。


 俺が曖昧に笑って誤魔化そうとした時、後ろから凛とした声が割って入った。


「強運などという言葉で片付けるには、あまりに惜しいぞよ」


 扇子を閉じたアスナさんが、真剣な眼差しで俺を見つめていた。


「魔人と単身で対峙し、五体満足で生き残った民間人など、古今東西聞いたことがない。それに……ワラワとアルミルを先に逃がしてくれた時の、あの背中。シュラ殿は実にかっこよ……コホン! あの、その、と、とにかく! 勇ましく、頼りがいがある素敵な殿方であると、見直したぞ!」


 アスナさんの頬がほんのりと朱に染まっている。

 おいおい、勘弁してくれ。

 吊り橋効果ってやつか? そんなキラキラした目で見ないでほしい。俺の中身は、君が忌み嫌う魔族の王なんだから。罪悪感で胃に穴が開きそうだ。


「おや? そちらさんは……?」


 パインさんが、初めて見るアスナさんに気づいて目を丸くした。

 アルミルがすかさず紹介に入る。


「あっ、ご紹介がまだでしたね! 装備品のお店で偶然お会いした、冒険者のアスナ師匠です! 私が無理を言って、狩場の案内と戦闘の御指南をいただいたんです。師匠は物知りで、魔法も強くて、すっごいんですよ!」


 アルミルが得意げに胸を張る。自分のことのように他人を自慢できる、この屈託のなさがアルミルの美徳だ。


「で、こちらがここ定食屋プトルカンの女将さんのパインさんと、シュラさんの妹さんのポームさんです。今日は祝勝会も兼ねて、パインさんのおいしい定食を是非食べてほしくて連れてきちゃいました!」


 パインさんはエプロンで手を拭きながら、じっとアスナさんの顔を覗き込んだ。


「へぇ、冒険者だって? ……ん? あんた、どこかで見たことがあるような……」


 ギクリ。

 アスナさんの肩が跳ねた。やはりこの人、ただの冒険者じゃない。「顔が割れている」クラスの有名人、おそらく王族関係者だろう。

 アスナさんが扇子で顔を隠し、冷や汗を流しながら後ずさる。


「き、気のせいであろう! ワラワはしがない魔法使いだ! よくある顔だ!」


「そうかい? うーん……まぁいいや。アタイの勘違いだね」


 パインさんはあっさりと笑い飛ばした。


「よろしくね、アスナちゃん。アルちゃんのお友達なら大歓迎だよ。たんと食べておくれ。今日は新鮮な魚が入ったからね、とびきりのを作って来るから座って待ってな」


 女将さんは豪快に笑うと、鼻歌交じりに厨房の奥へと入っていった。

 よかった。パインさんの大雑把な性格に救われたようだ。


 俺とアルミル、ポーム、そしてアスナさんの四人は、テーブル席に腰を下ろした。


 トントントン、トントントン……。

 厨房から、まな板を叩く包丁の音が響いてくる。

 小刻みで心地よいリズム。それは平和の象徴のような音色だった。ナメロウを作っている音だ。味噌と薬味と魚が混ざり合う、あの至高の瞬間が近づいている。


 そんな穏やかな空気の中、向かいに座ったアスナさんが、ふと真面目な顔で俺に問いかけてきた。


「……ずっと気になっていたのだが、一つ聞いてもよいか?」


「なんでしょう?」


「シュラ殿と、アルミルの関係性についてだ」


 アスナさんの視線が鋭くなる。


「装備屋で初めて会った時、ワラワはてっきり、小金持ちの行商人が酒場の踊り子に入れ込んでいるだけだと思った。よくある話だ。だが……森での命懸けの行動を見ていると、どうもそれだけではないようでな」


 やはり、そこが気になるか。

 無理もない。出会って間もない、しかも見ず知らずの少女に、家一軒買えるほどの高価な装備(35万ゴールド)を即決で買い与え、あまつさえ命まで懸けて守ろうとする。

 客観的に見れば、狂気の沙汰だ。下心があるか、何かの洗脳を受けていると疑われても仕方がない。


 だが、俺にやましい気持ちなど微塵もない。

 あるのは純粋な「推しへの愛」のみ。

 ここは誤解を解くためにも、真正面から説明すべきだろう。俺の「推し道」を。


 俺は居住まいを正し、深く息を吸い込んだ。


「アスナさん。一言で表すと……アルミルさんは『幸せの象徴』なのです」


「しあわせの……しょうちょう?」


「ええ。それも、俺一人だけでなく、みんなの、世界の『幸せの象徴』なんだ」


 俺の熱弁スイッチが入る。


「アスナさんも先ほど、アルミルの歌を聴いたからわかると思います。彼女のパフォーマンスは、理屈じゃない。体感する人すべての『幸せセンサー』をビンビンに加速させていく力があるんです! 枯れた大地に雨を願う農夫も、戦いに疲れた冒険者も、彼女の歌声を聴けば明日への活力が湧いてくる!」


 俺は拳を握りしめた。


「聴く人が増えれば増えるほど、応援する熱が上がれば上がるほど、世界全体の幸せバロメーターが吹っ切れて、涙ちょちょ切れるわけですよ!

 つまり、俺がアルミルを全力で応援(推)して、彼女から元気をもらう。そしてアルミルはファンからの応援を燃料にして、さらに高みを目指すという、完全なる循環サイクル!」


 俺はテーブルの上で両手を組み合わせ、恍惚の表情で天を仰いだ。


「これぞ『幸せのイノベーション』! みんながハッピーちゃん! みんながラッキーチャチャチャウーなわけですよ!!」


 シーン……。


 店内に静寂が流れた。

 アスナさんがポカンと口を開けている。

 しまった。ついテンションが上がって、前世のオタ活用語と謎の擬音を混ぜすぎてしまったか。「ラッキーチャチャチャウー」は流石に伝わらないか。


「……あ、そ、そうか」


 アスナさんが引きつった笑みを浮かべた。


「すごい熱量で、後半は何を言っているのか半分以上わからなかったが……大体伝わった。つまり、恋心というよりは、神への信仰に近い感情なのだな? 崇拝、とでも言うべきか」


「まあ、当たらずとも遠からずです」


 理解が早くて助かる。

 すると、今まで黙って聞いていたアルミルが、俯いたまま口を開いた。


「シュ、シュラさん……」


 まずい。今の熱弁、アルミルにとってはプレッシャーになってしまっただろうか? 「重い」と引かれてしまったか?

 俺が弁解しようとした矢先、アルミルが顔を上げた。

 その瞳は、一点の曇りもなく輝いていた。


「その通りです、シュラさん! 私はこの生き方を続けることが使命であり、毎日を楽しく生きていく真髄であると信じています!」


 おお……!

 引くどころか、完全に共鳴している!


「私が歌うことで誰かが笑顔になって、その笑顔を見て私も幸せになる。シュラさんが言ってくれた『幸せのイノベーション』、まさにその通りだと思います!

 だから私……いずれは魔族さんとも心を通じ合える関係になり、この世界が愛と希望と音楽で満ちあふれる『楽園』となれるよう、活動を続けていくことをここに宣言します!」


 アルミルが高らかに宣言した。

 さすがアルミル。一切の気負いなく、自分の信じる道を突き進んでいる。

 「魔族とも心を通じ合わせる」。

 その言葉が、俺(大魔王)の胸にどれほど深く刺さったか、彼女は知らないだろう。

 ああ、推せる。一生推せる。


 だが――その空気を切り裂くように、冷ややかな声が響いた。


「魔族と心を通じあう、とな? ……笑止」


 アスナさんだった。

 先ほどまでの和やかな表情は消え失せ、そこには氷のような冷徹な瞳があった。


「あのように醜悪でおぞましい者どもと、高い倫理観を持った我ら人種族とが理解しあって共存することなど……未来永劫、ありえぬことだ」


「えっ……?」


 あまりの剣幕に、アルミルが言葉を失う。

 アスナさんは吐き捨てるように続けた。


「先ほども見たであろう? 言葉を話すことのできる高位の魔人であっても、考えていることは人種族をいたぶることのみ。話し合いの余地などない。本能で襲い掛かり、略奪し、殺戮を楽しむ……そんな下等で下劣な集団なのだ! そんな害獣と『心を通わせる』など、反吐が出る!」


 空気が凍りついた。

 アスナさんの手は震え、扇子がミシミシと音を立てている。

 ただの嫌悪感じゃない。これは、骨の髄まで染み込んだ「憎悪」だ。

 俺は冷や汗をかいた。目の前に、その「下等で下劣な集団」の親玉(俺)と、幹部の孫娘ポームがいるんですが。


 その時。

 ダンッ!

 テーブルを叩く音が響いた。

 ポームだ。

 これまで「兄上の妹」という設定を守り、黙って話を聞いていた彼女が、憤怒の形相で立ち上がっていた。


「聞き捨てなりませんね」


 ポームの瞳が、真紅に燃え上がっている。

 まずい。魔族の誇りを傷つけられ、彼女の導火線に火がついた。


「さっきから黙って聞いておりましたが、あなたに魔族の何がわかるというのでしょうか? 一方的な偏見で語らないでいただきたい」


「なんだと……?」


 アスナさんが睨み返す。

 ポームは一歩も引かず、冷徹な口調でまくし立てた。


「歴史を紐解けばわかるはずです。元々、魔族と人種族との間にはお互いに干渉しないようグレーゾーンを設けて住み分けをしていた。にも関わらず、資源や領土を求めて先に協定を破り、侵略したのは人種族の方ではありませんか!」


 ポームの声に力がこもる。


「それを棚に上げ、自分たちこそが正義、被害者であるかのように振る舞うその傲慢さ……いかがなものでしょうか!」


 あーっ! だーめーだー!

 正論だけど! 正論すぎて、完全に「魔族側のスポークスマン」になってるよポーム!

 ただの町娘が知ってる歴史認識のレベルじゃないよそれ!


 俺は慌てて二人の間に割って入った。


「あーっ! あの、その! す、すみませんアスナさん! 妹のポームはあれなんです! ディベート! そう、ディベート部だったんです!」


「でぃべ……?」


「『賛成』と『反対』に分かれて、あえて極端な立場で議論をするのが趣味なんです! 今のも本心じゃなくて、そういう『思考実験』というか、議論の練習みたいなものでして! あはは! だから真に受けないでください!」


 苦しい! 我ながら言い訳が苦しすぎる!

 俺はポームの肩を掴んで揺さぶった。


「なっ、ポーム? そういう遊びだよな? はいっ! この話はここで終わり! ノーサイド! あー、女将さんの定食まだかなー。あははっ。楽しみだねー。あははっ」


 必死に話題を逸らそうとする俺を無視して、ポームは俺の手を振り払った。


「まだ終わっておりません、兄上!」


 ポームの視線は、アスナさんから外れない。


「私は、アルの考える『魔族と人種族が手を取ること』には、正直懐疑的です。甘い夢だとも思います。ですが……」


 彼女はギリっと奥歯を噛み締めた。


「一方的な思い込みだけで相手を『絶対悪』と決めつけ、理解しようとすらしないあなたの考え方は間違っております! ここ数百年、大規模な衝突も無かったというのに、なぜそこまで魔族を憎むのですか? 過去に……なにかあったのですか?」


 その問いかけは、核心を突いていた。

 単純な差別感情ではない。もっと個人的で、深い闇。

 ポームの真っ直ぐな問いに、アスナさんはハッと息を呑んだ。


「それは……」


 反論しようと開いた口が、パクパクと震える。

 アスナさんの瞳が揺れ、急に力が抜けたように視線を逸らした。

 うつむいた彼女の横顔に、深い悲しみの色が差す。

 そこには、気丈な冒険者でも、高慢な貴族でもなく、ただ傷ついた一人の女性の姿があった。


 重苦しい沈黙が流れる。

 厨房からの包丁の音だけが、やけに明るく響いていた。


 やがて、アスナさんは何かを振り払うように顔を上げ、静かに席を立った。


「……アルミル、シュラ殿。今日はお疲れ様。命を救ってもらった礼もできず、すまぬ」


「えっ? アスナ師匠?」


「ワラワは……急用を思い出したので、ここらで去るとする。機会があればまた会おうぞ」


 声が震えている。

 彼女は逃げようとしている。過去の傷跡に触れられることから。


「ま、待ってください! ご飯、まだ食べてないじゃないですか!」


 アルミルがとっさに呼び止めたが、アスナさんは足を止めなかった。


「……失礼する」


 どことなく悲しげな背中を見せ、アスナさんは逃げるように店を出て行ってしまった。

 カランコロン、というドアベルの音が、先ほどよりも寂しく響いた。


「アスナ師匠……」


 アルミルが悲しそうに扉を見つめる。

 ポームも、言い過ぎたと思ったのか、バツが悪そうに唇を噛んでうつむいた。


 その時。


「はーい、お待たせ! プトルカン特製、ナメロウ定食4丁あがりだよー!」


 元気な声と共に、パインさんがお盆を持って厨房から出てきた。

 湯気の立つ味噌汁、ツヤツヤの白米、そして山盛りのナメロウ。

 最高の食事が運ばれてきたというのに、テーブルには一つ、空席ができてしまっていた。


 俺は心の中でため息をついた。

 魔人と人間の共存。アルミルの掲げる夢は、俺が思っていたよりもずっと険しく、根深い問題を孕んでいるのかもしれない。

 冷めていく定食の湯気が、俺たちの間の重い空気を物語っているようだった。

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