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最強魔王の推し活【裏】覇業  作者: 団田図


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第15話 切り替え

 魔人カボネの襲来、そして俺の大魔王パワー全開放による撃退(という名の恫喝)。

 さらにダメ押しの結界による自爆ダメージ。

 怒涛の展開が過ぎ去った王都ファクトリオスの城門前には、何とも言えない微妙な空気が漂っていた。


「……そ、そうか。魔人は去ったか。何やら急用を思い出したとかで……」


 アスナさんが連れてきた兵士隊の隊長が、困惑したように槍を収めた。

 俺の苦しすぎる言い訳を、彼らは半信半疑ながらも受け入れたようだ。いや、受け入れたというよりは、「魔人がいなくなったのなら、それでよし」という事なかれ主義が働いたのかもしれない。

 兵士たちは安堵の息を漏らし、周囲を警戒しつつも、三々五々、持ち場へと戻っていく。


 残されたのは俺たち4人だけだ。


「……」


 アスナさんは、まだ少し震えていた。

 無理もない。彼女は(自称)ただの冒険者だが、その身のこなしや知識から察するに、それなりの修羅場を潜ってきたはずだ。だからこそ、魔人カボネが放っていた圧倒的な「死の気配」を肌で感じ取ってしまったのだろう。

 扇子を持つ指先が白くなっている。彼女のプライドを傷つけないよう、俺は見て見ぬふりをした。


 だが、見て見ぬふりができない視線が一つ。

 ポームだ。

 彼女は腕組みをし、俺の赤くただれた腕をジトっと睨みつけている。

 その視線は雄弁に語っていた。

 『兄上。魔人ごときに後れを取るはずがございませんね? どうせまた、正体がバレるようなドジを踏んで、結界に焼かれたのでしょう? 私が護衛についていれば、このようなことには……』

 無言のプレッシャーが痛い! やめて、そんな目で見ないで!

 俺は冷や汗を拭うふりをして、そっぽを向いた。


 そして、もう一人。アルミルだ。

 彼女は深刻な顔でうつむき、眉間にしわを寄せていた。

 当たり前だ。異世界に来て数日。右も左もわからない状態で、あんな化け物に遭遇したのだ。

 平和な日本でアイドルをしていた彼女にとって、それはトラウマ級の恐怖だったに違いない。

 俺はかける言葉を探した。

 「大丈夫?」いや、軽すぎる。「守るから」いや、重いか。

 なんと声をかければ、彼女の心を癒やせるだろうか。


 その時、アルミルがおもむろに顔を上げた。

 その瞳には、並々ならぬ決意の光が宿っている。

 ゴクリ。俺とポーム、そしてアスナさんが息を呑む。

 彼女の口から紡がれる言葉は、恐怖の吐露か、それとも帰郷への渇望か。


「あの……いっぱい動いたら、お腹がすいてきちゃいましたね」


 へ?


 アルミルは真剣な眼差しで、俺の手をギュッと握った。


「お店に戻ったら、女将さんに『賄飯まかないめしの前借り』をお願いできるでしょうか……? 晩御飯まで、持ちそうになくて」


 ――ガクッ。


 俺たちは一斉にズッコケそうになった。

 賄飯の前借り!? 今、このタイミングで!?

 命の危機から脱した直後に、胃袋の心配かよ!


 だが、次の瞬間、俺の胸に熱いものが込み上げてきた。

 ……これだ。これなんだよ。

 どんな危機的状況に陥っても、決して心折れることなく、すぐに気持ちを切り替えて前を向く。

 この図太さとも言えるポジティブなメンタル。

 常に前を見て、失敗や恐怖を引きずらずに突き進むその姿に、俺はいつだって勇気をもらってきたんだ。


 脳裏に、懐かしい記憶が蘇る。

 そう、あれは前世での出来事。『メータルンバ』結成1周年の時のことだった。


 ーーー


 当時、まだ無名だった彼女たち。

 1周年という記念すべき節目に、大きな会場で盛大に単独ライブを行いたいという夢はあった。だが現実は厳しく、実力もファン層もそこまで育っていなかったため、やむなく路上ライブを敢行することになったのだ。


 場所は、音楽の街・浜松駅前広場。

 当時のマネージャー、留波とめなみさんが使用許可を取ったまではよかった。

 だが、あろうことかこの男、当日になって日付を1日間違えて申請していたことに気づいたのだ。


 ポンコツにも程がある。

 だが、すでに数少ない俺たちファン(熱処理班)には告知済みだ。急に日程を変更しても、仕事や学校の都合で集まれない者もいるだろう。

 そう判断した留波マネージャーとメンバーは――なんと、無許可でのライブ強行を決断した。


 駅前の寒空の下、円陣を組むメンバーたち。

 そこへ、サングラスをかけた留波マネージャーが、どこか芝居がかった口調で告げた。


「いいかみんな。責任は全て《《マネージャー》》であるこの僕が取る! 君たちは結成1周年記念《《ライブ》》に集中して、全力で最高の《《パフォーマンス》》をするんだ!」


 海外への留学経験がある(らしい)彼は、英語の部分だけ無駄にネイティブな発音になるのが特徴だった。


「君たちが《《ビッグアーチスト》》になるためには、多少の《《リスク》》は仕方ない。僕は塀の中からでも君たちを応援するよ。さぁ行ってこい!! 《《グッドラック》》!!」


 かっこいいことを言っているようで、元をただせば全部自分のミスである。

 塀の中から応援されても困るのだ。


 そんな裏事情など露知らず、俺たちファンは開始1時間前から現場に集結していた。

 入念なストレッチ、サイリウムの点灯確認、コール(掛け声)の最終調整。オタ芸の予行練習で体は十分に温まっている。

 といっても、観客として集まったのは――俺を含めてたったの3人だったが。


 メンバー5人に対して、観客3人。

 圧倒的な供給過多。

 平日の昼間に開催する運営もどうかしているが、有給をねじ込んでまで集まる俺たちも大概どうかしている。

 そんな奇妙な逆転現象の中、路上ライブの幕は切って落とされた。


 ♪~


 彼女たちのパフォーマンスは、いつだって全力だ。

 誰もいない広場に向けて、汗を散らし、笑顔を振りまく。

 その熱量に惹かれ、通行人が物珍しさにポツポツと足を止めるが、曲が終わるころには「なんだ、地下アイドルか」といった顔ですぐに去っていく。

 それでも彼女たちは歌い続けた。目の前の俺たち3人のために。


 だが、ライブが終盤にさしかかり、バラード曲でしっとりと盛り上がっていたその時。

 とうとう恐れていたことが起こってしまった。


 キキーッ。


 自転車のブレーキ音が響く。

 現れたのは、制服に身を包んだ警察官だった。

 パトロール中に偶然通りかかったらしい鋭い眼光が、無許可のステージを捉える。


 ビクゥッ!

 メンバーに緊張が走る。歌詞が飛びそうになるのを必死でこらえているのがわかる。

 事情を知らない俺たちファンも、その異様な空気を感じ取り、即座に警戒態勢(サイリウムを背中に隠して直立不動)をとった。


 終わった。1周年ライブはここで強制終了か。

 誰もがそう覚悟した。

 だが、警察官は自転車を漕ぐ足を緩めたものの、そのまま通り過ぎようとした。

 おや? スルーか? 見逃してくれるのか?


 その時だった。

 テンパったアルミルが、とっさにマイクを握りしめ、警察官に向かって叫んでしまったのだ。


「お巡りさん、すみません! 道路の使用許可取りましたが、間違えて明日だったんです! お縄をっ! 頂戴しまっすっ!」


 ええーっ!?

 自白したー!

 聞かれてもいないのに、自分から罪を告白して頭を下げた! 正直者すぎるだろ!


 アルミルの予期せぬ行動に、他のメンバーも慌てて「すみませんでした!」と頭を下げる。

 それにつられ、何も悪いことをしていないはずの俺たちファン3人も、条件反射で警察官に正対し、90度の最敬礼をしてしまった。

 はたから見れば、集団謝罪会見のような異様な光景だ。


 自転車を止めた警察官は、キョトンとして俺たちを見回した。

 そして、苦笑交じりに言った。


「ん? ああ……まあ、通行を妨げるほどの混乱も無いようですし、音もそこまで大きくない。大丈夫でしょう。気をつけてやってくださいね。では」


 警察官は優しく言い残すと、再び自転車を漕いで去っていった。

 あっさりとした空気。

 お咎めなし。さすが『音楽の街・浜松』、警察官まで音楽に対して寛容だ。


 俺たちは安堵の息を漏らした。

 だが――この警察官の言葉は、アルミルにとって別の意味でショックだったようだ。


 ライブの最後の挨拶で、アルミルは涙目で俺たちファンにこう言い残した。


「みんな、今日は1周年記念ライブに駆けつけてくれてありがとう。私たちは全力で最高のパフォーマンスを披露したよ。でも……全部聞いてくれたのはイツメンの3人だけ」


 アルミルが悔しそうに唇を噛む。


「お巡りさんも、『通行を妨げるほどの混乱もない』って……つまり、全然人が集まってないから無害だ、ってことだよね。私たち、捕まえてももらえるほどの存在感じゃなかったんだ……」


 核心を突く悲しい事実。

 だが、次の瞬間、彼女は顔を上げてニカっと笑った。


「だから私、決めた! いずれは、無許可ゲリラライブで即座にお巡りさんが飛んできて、捕まえてもらえるくらい影響力のあるビッグなアイドルになれるよう、頑張るね!」


 目標の方向性がおかしい!

 でも、その前向きな気持ちの切り替えこそが、アルミルだ。

 俺はその時、彼女の強さに心を打たれ、一生推し続けることを再度誓ったのだった。


 なお、この一連の出来事は、後にファンの間で『留波未逮捕無念南無事件』として、笑い話と共に語り継がれるようになった。


 ーーー


 回想から戻り、俺は目の前のアルミルを見た。

 あの時と同じだ。

 彼女は今、異世界での「死の恐怖」を、「空腹」という生への欲求に切り替えて乗り越えようとしている。


 俺は優しく微笑んで、彼女に声をかけた。


「大丈夫ですよ、アルミルさん。もし女将さんから賄飯をもらえなくても、俺がいくらでも買ってあげますから」


「えっ、本当ですか!?」


 アルミルの顔がパァッと輝く。


「ありがとうございますシュラさん! シュラさんって、ランプの魔人さんみたいに頼りになりますね!」


 ランプの魔人……? 大魔王である俺の方が格上だと思うが、褒め言葉として受け取っておこう。

 俺は調子に乗って提案した。


「そうだ! せっかくですから、アスナ師匠もご一緒にどうですか? すっごくおいしい定食屋さんがあるんです。装備品や戦闘を教えていただいたお礼もしたいですし」


 俺が水を向けると、アスナさんは少し驚いたように目を丸くした。


「わ、ワラワもか? ……むぅ。しかし、見ず知らずの殿方に馳走になるわけには……」


 迷っている。

 だが、その喉がゴクリと鳴ったのを俺は見逃さなかった。

 貴族(仮)とはいえ、あんな激しい戦闘の後だ。腹が減っていないわけがない。


「遠慮なさらないでください! アルミルさんに戦闘を教えてい頂いた俺もかねて。それに、あそこの『ナメロウ丼』は絶品なんです。新鮮な魚を味噌と薬味で叩いて、熱々のご飯に乗っけて……」


 俺が食欲をそそるプレゼンを始めると、アスナさんの瞳が揺らぎ始めた。


「ナメロウ……? 聞いたことがない料理だ。王宮の……ゴホン、実家のシェフも作ったことがない」


 彼女は扇子で口元を隠し、興味深そうに身を乗り出した。


「なんともはや、命の危機があったばかりだというのに食事の話とは、ソチらは本当に不思議なオナゴとオトコよのう。……だが、まあよい。ワラワは、以前から庶民の味に興味があったのだ。いい機会だ、ぜひ食させてくれ」


「庶民?」


 アルミルが首を傾げる。

 普通の冒険者は、定食屋を「庶民の味」とは言わない。

 アスナさん、ボロが出まくってますよ。


「あっ、いや、なんでもない! 言葉のアヤだ! ……ゴホン。案内するがよい。ついていくぞよ」


 アスナさんが慌てて取り繕い、先を促す。


「はい! 行きましょう、アスナ師匠! ポームちゃんも行こう!」


 アルミルがポームの手を引く。

 ポームはまだ不満げな顔をしていたが、アルミルの笑顔に毒気を抜かれたのか、小さくため息をついて歩き出した。


「……仕方ありませんね。兄上の財布が心配ですが」


「大丈夫だポーム。俺の財布(大魔王の資金)は底なしだ」


 こうして俺たち4人は、夕暮れの王都を歩き、定食屋プトルカンへと向かった。

 危機を乗り越え、共に食卓を囲む。

 これぞ「パーティ」の結束を固める第一歩だ。

 ……まあ、そのパーティメンバーが、大魔王と、魔王の側近と、異世界アイドルと、お忍び中のお偉いさん(推定)という、カオスすぎる構成なのだが。


 平和だ。

 とりあえず今夜は、美味い飯を食って、アルミルの笑顔を見て、全てを忘れることにしよう。

 結界のヤケドの痛みも、推しの「いただきます」を聞けば、きっと癒えるはずだから。

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