第13話 手本
~黒影の森~
農夫と別れた俺たち3人は、目的地である初心者向けの狩場へ到着した。
王都から少し離れただけなのに、そこは別世界のように静まり返っていた。
昼間だというのに、鬱蒼と茂る背の高い木々が陽の光を遮り、辺り一面が薄暗い。湿った土の匂いと、どこからか聞こえる不気味な獣の鳴き声。
アスナさんがスッと目を細めた。
優雅に扇子を懐にしまうと、代わりに腰に提げていた豪奢な魔法の杖を手に取る。
腰を低く落として構えるその姿には、一切の隙がない。
「今日までは魔物の数は減る一方であったが、なぜか『昨日』から急に数が増え、活発になっているという不穏な情報がある」
アスナさんの視線が、暗い森の奥を射抜く。
「ここは初心者向けと言われているが、今は何が起きるかわからん。決して油断するでないぞ」
……はい、すみません。
その魔物が増えた原因、十割がた俺のせいです。指先一つで5万体増やしちゃいました。テヘペロ。
「まずは、ワラワがお手本として魔物を倒して見せる。魔法使いの戦い方、とくと見よ。……おや? 早速お出ましのようだ。来たぞ!」
その時、前方の茂みがガサガサと揺れ、3体の魔物が飛び出してきた!
バッタのような見た目だが、サイズは人間と同じくらいある。黄色と黒の毒々しいマダラ模様に、ギザギザの鋭い牙。
下級魔物『キバッタン』だ。
キチチチッ、と歯ぎしりのような不快な音を立てて威嚇してくる。
次の瞬間、強靭な後ろ足がバネのように伸縮したかと思うと、3体同時に高くジャンプした!
頭上からの襲撃!
「慌てるな。こやつらは発達した後ろ足で大きくジャンプをして攻撃してくるが、動きは単純だ。放物線を描く落下地点を予測すれば……ここだ!」
アスナさんが冷静に杖を振るう。
先端の宝石が赤く輝いた。
「焦熱の渦よ、敵を薙ぎ払え! ファイアントローム!!」
ドォォォォォンッ!!
杖の先から紅蓮の炎が奔流となってほとばしる。
後ろで見ていた俺の頬が熱くなるほどの火力だ。
炎の渦は正確に空中のキバッタン3体を飲み込み、そのまま地面へと叩きつけた。
断末魔の叫びと共に、魔物たちは黒い炭となって崩れ落ちた。
一撃必殺。しかも3体同時。
強い。初めてアスナさんの戦闘を目にしたが、その魔力コントロールと威力は、ただの冒険者レベルではない。おそらく相当な手練れだ。
「ふぅ。まっ、こんなものだ」
アスナさんが杖についた煤を払うように振る。
「できるか? アルミル」
「す、すごいです……! 魔法ってあんなにカッコいいんですね! はい、やってみます!」
アルミルの瞳がキラキラと輝いている。
恐怖よりも好奇心と向上心が勝っているようだ。
なんにでもチャレンジするその姿勢。伸びしろしかない。
推しが成長する尊い瞬間を、最前列(アリーナ席)で見られるなんて、俺は前世でどんな徳を積んだのだろうか。
アルミルが腰の短剣『シャンフー』を抜き、両手でぎこちなく構えた。
華奢な体が、緊張でわずかに震えているのがわかる。
だが、その眼差しは真剣そのもの。
幕が開く直前の、静まり返ったライブステージ袖。あの張り詰めた緊張感が漂っている。
ライブとは、その名の通り「生(Live)」の戦場だ。
やり直しがきかない一発勝負。観客の反応がダイレクトに返ってくる過酷な舞台。
アイドルとして、まさに生きるか死ぬかの修羅場を何度も潜り抜けてきたアルミルにとって、初級魔物の1匹や2匹、恐るるに足らないはずだ!
ガサッ。
左手の茂みが揺れた!
現れたのは、さっきと同じ『キバッタン』だ。しかも1匹だけで、サイズも少し小ぶり。
よし! 絶好の練習台だ!
いける! がんばれアルミル!
だが――。
「やぁーーっ!!」
マズイ!
敵が攻撃態勢に入るよりも先に、アルミルが突っ込んだ!
しかも、目をギュッと固く閉じたまま、短剣を突き出しての猪突猛進だ!
ああっ! あれはまるで、時代劇によくある「仇討ちシーン」だ!
か弱き町娘が、親の仇である剣豪に向かって「おのれぇぇ!」と無謀に突っ込む、あの危なっかしいやつだ!
アルミルは、直進しかできないゼンマイ仕掛けのおもちゃのように突進していく。
キバッタンがそれをあざ笑うかのように、ヒョイッと高くジャンプした。
空振るアルミル。
無防備な背中へ、キバッタンが落下攻撃を仕掛ける!
危ないッ!
「ファイアントローム!」
ズドンッ!!
横から飛んできた炎の弾丸が、空中のキバッタンを撃ち落とした。
アスナさんだ。素晴らしい反応速度!
大きな爆発音に驚き、アルミルがキキーッと急ブレーキをかけて振り返る。
キョトンとした顔で、まだ何が起きたのかわかっていない様子だ。
「……言ったであろう? 『相手の動きをよく見て』と」
アスナさんがやれやれとため息をつく。
「目を閉じて突っ込むモノがおるか。だが……まあ、初めてにしては、臆することなく敵に向かっていく勇気だけは大したものだ」
「あ……。ご、ごめんなさい! 怖くてつい目を閉じちゃって……。次はちゃんと見ます! よく見て、かわして、バーンですね!」
アルミルがペロリと舌を出す。
危ないところだった。しかし、アスナさんは教え方がうまい。アルミルのやる気を削がない程度に注意して、最後には褒めて伸ばす。いい師匠に巡り会えたね。
さて、ここで俺の出番だ。
普通の魔物相手では、アルミルのレベル上げには時間がかかりすぎる。
昨日ビニルに教えてもらった「裏技」を使う時が来た。
俺は二人に気づかれないよう、そっと背後に手を回し、人差し指を立てた。
木陰へ向けて魔力を練り上げる。
イメージするのは、高経験値・低ステータスのあいつ。
さらに、生成される瞬間に『超鈍足の呪い(スロウ・マキシマム)』を付与して……えいっ!
ボフンッ。
アルミルの背後の木陰から、一匹の白いウサギが現れた。
ただし、目は赤く光り、額には小さな角がある。
高レベル魔物、『DDラビット』だ!
アスナさんがギョッとして振り返る。
「な、何ッ!? 馬鹿な、どうしてこんな初心者エリアに高レベルのレア魔物が!?」
「えっ? つ、強い敵なのですか? 私で倒せるかな……?」
アルミルがおろおろする。
「大丈夫だ! そいつは基本、攻撃してこない。放っておいても逃げていくはずだ。それに、こいつは異常にすばしっこい。高レベルのワラワでも魔法を当てるのは困難だ」
アスナさんが杖を構えるが、DDラビットは動かない。
俺の『鈍足の呪い』がバッチリ効いているからだ。見た目は普通だが、中身はスローモーションの世界にいる状態だ。
「逃げない……? チャンスかもです!」
アルミルが短剣を握り直す。
「敵に慣れるため、一応、攻撃してみます! やぁーーっ!」
今度は目をパッチリと見開き、相手の動きを凝視しながら突進する。
DDラビットは逃げようと足を動かすが、まるで水あめの中を泳ぐように遅い。
アルミルの突き出した短剣『シャンフー』の刃先が、吸い込まれるようにウサギの喉元へ突き刺さった。
プスッ。
DDラビットは光の粒子となって消滅した。
一撃だ。
「えっ、あっ、おっ、たっ、倒しただと?!!!」
アスナさんが声を裏返して驚愕している。
普段の貴族っぽい口調が崩壊するほどの衝撃らしい。
「わ、わわわっ! なんかすごいです! 体の中に暖かい力が流れ込んでくる……! これ、レベルアップしていますぅ!」
アルミルが自分の体を見下ろして歓声を上げる。
経験値がガッポリ入った証拠だ。
「す、凄いではないかアルミル! まぐれとはいえ、あのDDラビットを……初討伐が高レベルのレア魔物とは、たいしたものだ」
「えへへ。アスナ師匠のご指導のおかげです。ありがとうございます!」
うんうん。謙虚なアルミルも素敵だ。
アスナさんは興奮冷めやらぬ様子だったが、ふと真剣な表情に戻り、周囲を見回した。
「しかし……魔物が増えたという噂といい、この地に生息しないはずの高レベル魔物が出現したことといい、何かがおかしい。生態系が乱れている」
鋭い。さすがは手練れだ。
「ワラワは少し、この辺りを偵察してまいる。もうアルミルなら、初級の魔物相手は大丈夫だろう。すぐ戻るから、ここでもう少しレベルアップするといい」
「はい! お気をつけて、アスナ師匠!」
アスナさんは頷くと、疾風のように森の奥へと姿を消した。
チャンスだ。
目の上のたんこぶ(失礼、頼れる師匠)がいなくなった今のうちに、俺のパワーレベリングでアルミルのレベルを一気に上げてしまおう。
俺は再び、木陰へ魔力を放つ。
『DDラビット』生成、鈍足付与。えいっ。
のそっ。
「あー! 見てくださいシュラさん! またまた経験値の多そうなレアモンスターを見つけちゃいました!」
「おっ、すごい運ですねぇ!(棒読み)」
「私ってホントラッキー! えいっ!」
アルミルは、完全に動きの止まったウサギに駆け寄り、短剣を突き刺す。
「やったー! またまたまたレベルアップしちゃいました! すごく弱いのに、たくさんの経験値をくれるなんて、異世界って案外楽勝かもです! えへへ」
アルミルがぴょんぴょん跳ねて喜ぶ。
かわいい。
俺は「すごいじゃないか」という表情で拍手を送りつつ、裏では次々とDDラビットを量産し続けた。
この作業を何度か繰り返し、アルミルが順調に強くなっていた、その時だった。
ゴゴゴゴォォォーーー……。
空気が重く震えた。
風を切る轟音と共に、上空から巨大な黒い影が高速で落下してくる。
バサァァァーッ!!
強烈な突風が巻き起こり、木の葉が舞い散る。
俺とアルミルは腕で顔を覆い、風圧に耐えた。
風が収まり、目を開けると――。
そこに立っていたのは、漆黒の翼を生やした人型の怪物。
カラス天狗のような風貌。
間違いない。昨日、魔王城で俺に謁見しに来た『魔人カボネ』だ!
(げっ……!? なんでこいつがここに?!)
カボネはゆっくりと翼をたたみ、鋭い眼光で俺たちを見下ろした。
俺(大魔王)の命令で偵察に来ていたのか? それとも、勝手な行動か?
どちらにせよマズイ。こいつは人間を襲ってレベルアップするような外道だ。
だが、そんな事情を知らないアルミルは、目の前の強敵を見て、目をキラリと輝かせた。
「おっ! 新しい魔物さんですね! 見た目は怖そうですけど、きっと『DDラビット』さんみたいに、見かけ倒しで経験値たっぷりなんですよね?」
違う、アルミル! そいつはガチでヤバいやつだ!
アルミルは短剣『シャンフー』を構え、不敵な笑みを浮かべた。
「ふっふっふっ。さっきまでの私とは違いますよ? レベルアップして強くなった私を見ててください、アスナ師匠! ……あ、いなかった」
アルミルは気を取り直し、魔人カボネに向かってビシッと指を突きつけた。
「さぁ! かかってきなさい!!」
やめろぉぉぉ!
そいつはボスキャラだ! 今のレベルで挑んでいい相手じゃない!




