第零章:記憶の中のあの足
この物語は「記憶」にまつわる不思議な出会いから始まります。
幼い頃の記憶、そして忘れられない足跡——
ぜひ、読んでいただけたら嬉しいです。
登場人物紹介(※順番を逆にするのはダメだよ〜)
白川 玉緒
現存する唯一の狐の妖怪(妖狐)。実年齢は不明だが、記録に残る限り少なくとも千年以上生きている。かつて伝説の妖狐・玉藻前の直弟子として帝を誘惑し、陰陽師と軍隊に追われたが、妖力で彼らを惑わせ逃亡。その後は人間社会に身を隠すようになり、耳と尾を隠して生活する。感情が大きく揺れたときなど、無意識に妖の特徴が露出してしまうことも。
時代の変化と共に、人間社会に適応し、かつてのように「誘惑」を本能とはしなくなったが、人間に対する警戒心は今なお強く持っている。
妹(藤原 咲/ふじわら さき)
大学生。成績優秀で、まっすぐな性格。鋭い洞察力と正義感を持ち、ハッキングなどのネット技術にも長けている。表面上は冷静だが、家族――特に兄に対しては深い情と絆を抱いている。
僕(藤原 陽翔/ふじわら はると)
本作の語り手。穏やかで繊細(……本当に?)。文化財や歴史建築の修復を仕事にしており、過去と向き合うことに慣れているが、心の奥にはまだ拭えない「記憶」が残っている。
第零章:記憶の中のあの足
(ある人の顔も、声も、思い出せなくなることがある。)
(けれど、あの人が泥の上を歩いて残した足跡だけは、なぜか、ずっと覚えているんだ。)
僕が子どもの頃、田舎に住んでいて、妹とふたりで暮らしていた。両親はいつも遠くの町で働いていて、ほとんど記憶にない。僕たちは祖父母に育てられた。
ある日、僕は妹の忠告を無視して、ひとりで山の林に入って遊んでいた。秋の始まり、空気が冷たく、地面には濡れた落ち葉がたくさん積もっていた。雨が降りそうな気配があった。
足を滑らせて転んだとき、膝を石で打って血がにじんだ。泣きたいけど泣けなかった。ただ、歯を食いしばって動かずにいた。周りには風の音と、揺れる枝のざわめきしかなかった。
そのとき――風のように、やさしい声が耳元に届いた。
「坊や……迷子になったの?」
振り向くと、白いワンピースを着たお姉さんが、林の小道に裸足で立っていた。足には泥と枯れ葉がついていた。
彼女の足の甲は細くて長く、つま先はまるで予知能力でもあるかのように小石を避け、まるで鳥が舞い降りてすぐまた飛び立つかのように、軽やかで美しかった。足跡を残さないように見えて、確かにそこには細く長い足跡があった。
やがて、ぽつりと雨が降り始め、その足跡は少しずつ溶けて消えていった。まるで彼女が最初から存在しなかったかのように。
彼女は僕の傷を見て、そっとしゃがみ込み、その細い手のひらを僕の膝に当てた。手のひらは不思議なほどあたたかく、やさしく、じきに傷は癒えていた。かさぶたも、痛みも、もうなかった。
「もう大丈夫ね。元気になってくれて、お姉さんも安心したわ。」
そう言って彼女は僕を立たせ、手を引いて山道を下りてくれた。いつの間にか雨はやみ、雲の間から太陽が顔をのぞかせた。光が彼女の肌に差し込み、白く透き通るその肌は、金色に輝いていた。
別れの言葉を交わして、僕はひとりで帰路についた。途中で振り返ってもう一度彼女を見ようとしたが、彼女の姿はもう霧の中に溶けていた。
大人になった今でも、あのときのことを思い出す。
彼女の顔は思い出せない。声も、だんだんとぼやけてきた。
でも、あの足……泥と枯葉にまみれた、けれど不思議な美しさをもったあの足だけは、今も心の奥に残っている。
子ども時代から青春まで、ずっと忘れられなかった。
なぜ僕は顔ではなく、足を覚えているのだろうと、ずっと不思議に思っていた。
でも、ある日ふと気づいた。
それは美しさへの憧れではなかった。
それは「依存」だったんだ。
――孤独な少年が、「家へと導いてくれる存在」として、足に託した依存。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
「足」って、実は人の印象に深く残るものなんですよね。
次回は、妹・咲と再会した"あの存在"が、現実に現れます。
よろしければ、次章もお付き合いください!