別れと再会
春が来ても、リュシアは森へ戻らなかった。
彼女は静かに人の村にとどまり、俺の墓のそばに、ひとつの小屋を建てた。
人々は最初こそ異形を恐れたが、彼女の穏やかさと不思議な力に触れるうち、いつしか“森の聖女”と呼ぶようになった。
それでも彼女は、笑わなかった。
あの冬から、彼女の時間は止まったままだった。
*
――それから、長い長い年月が流れた。
村は町になり、町は国になり、時代が移り変わっても、リュシアは変わらなかった。
そしてある年、森の奥に雪が降った。
季節外れの雪。
それは、彼女の寿命が尽きる“徴”だった。
「やっと……行けるのね」
千年という時を越えてなお、彼女の心は、あの冬に留まり続けていた。
最後の朝、リュシアは白い服を身にまとい、ひとり森を歩いた。
あの雪の日と同じように。
静かに、倒木の前に腰を下ろし、空を見上げる。
雪が舞っていた。まるで、誰かが迎えに来るように。
「……あなたに会いたい」
その声と共に、リュシアの身体が光に包まれる。
精霊たちの囁きが聞こえた。
――「ありがとう」
――「よく、待ったね」
――「さあ、行きなさい。愛のもとへ」
そのとき、彼女の視界に、一人の男の姿が浮かんだ。
白い髪、しわのない顔。けれど、その瞳は間違いなく、あの冬の男――
「……君、なの?」
「おかえり。長かったな、リュシア」
彼は笑っていた。やさしく、あたたかく、何もかも包み込むような笑顔で。
「これからは、時間なんていらない。君と、ずっと一緒にいられる」
リュシアは、ただ静かに頷いた。
ふたりの手が触れた瞬間、雪が陽光に溶け、まばゆい光が森を包み込む。
それは、千年越しの恋が結ばれた瞬間だった。
*
数百年後――
森に迷い込んだひとりの旅人が、語った。
「銀髪の男女が、雪の中で手を取り合っていた。まるで、恋人たちが永遠のダンスを踊っているみたいだった」
その伝説は、今でも“雪の精霊たちの物語”として語り継がれている。