交わる日々
回復までの数日は、まるで夢のようだった。
リュシアの住む小屋は、森の奥にひっそりと建っていた。自然と調和したつくりで、木々に囲まれたその場所は、外の世界とはまるで別の時間が流れているようだった。
朝は鳥のさえずりで目覚め、昼は木漏れ日の中でリュシアと薬草を摘んだ。夜は焚き火を囲んで、彼女の語る森の話に耳を傾けた。
「この森にはね、“精霊”が住んでいるの。目に見えないけど、風の音や木のざわめき、光の揺らぎ……全部、彼らの声なの」
「……人間には聞こえない声か」
「でも、あなたは聞こうとしてる。だから、きっと少しずつ届いてる」
リュシアはそう言って、木の幹にそっと手を当てた。その表情は、まるで親しい友人に触れるような優しさに満ちていた。
不思議なことに、彼女といると、時間の感覚が薄れていった。何日経ったのか、何時間話したのかも分からなくなる。ただ、リュシアの隣にいる。それだけで、心が満たされた。
*
ある夜、焚き火の灯りの中で、俺はふと尋ねた。
「リュシア。どうして、この森から出ないんだ?」
彼女は少し黙ったあと、静かに答えた。
「私たちエルフは、森と契約しているの。この地を守る代わりに、命を与えられた。だから、森を離れることは許されていないの」
「まるで、牢獄みたいだな……」
「いいえ。私はこの森が好き。木々も、風も、精霊たちも……全部、私の家族だから」
彼女の笑顔は澄んでいた。でも、どこか孤独を滲ませていた。
「……それでも、寂しくないか?」
俺の問いに、リュシアは小さく首を振った。
「寂しいなんて、思ったことなかった。……あなたに会うまでは」
その言葉に、俺は息を呑んだ。彼女の頬がわずかに赤く染まっているのが、焚き火の明かりのせいだけではないと、すぐにわかった。
「……リュシア。俺も……」
「言わないで」
そっと、彼女が指を俺の唇に当てた。
「今は、ただ……この静けさを大事にしたいの。あなたと話せることが、うれしいの」
その夜、俺たちは火が消えるまで語り合った。言葉にできない想いが、焚き火のはぜる音にまぎれて空へと消えていった。
*
やがて傷が癒え、俺は森を出る日を迎えた。
リュシアは変わらぬ微笑みで見送ってくれた。だが、俺は振り返り、彼女に言った。
「また来てもいいか?」
リュシアは少し驚いたような顔をして、それから、うれしそうに頷いた。
「雪が降る季節に……また、来て」
それが、俺たちの約束となった。