出会い
森の奥に、一面の銀世界が広がっていた。
その日、俺は雪山で道に迷っていた。旅の商人を目指して初めての交易路に挑戦していたが、あいにくの吹雪に進路を阻まれ、馬車も荷も捨てて、命からがら逃げ延びた先だった。
雪が視界を白く染め、足元の感覚が薄れていく。寒さに身体は痺れ、意識は薄れていった。
――その時だった。
「……人間?」
風に紛れて、誰かの声がした。
ふと見上げた先に、銀の髪が揺れていた。細く長い髪が光を反射し、雪の中でもまばゆく浮かび上がっていた。透き通るような白い肌、淡い緑色の瞳。その姿は、この世のものとは思えなかった。
「大丈夫?……ひどい熱ね、早く治療をしないと」
彼女は俺の腕を取り、信じられないほど軽々と持ち上げた。まるで羽のように。
そのまま意識が途切れた。
*
目を覚ましたとき、俺は見知らぬ小屋の中にいた。
毛皮の敷かれたベッドに寝かされ、焚き火の温もりが全身を包んでいた。窓の外には深い森と、舞い落ちる雪が見える。
「目が覚めたのね。よかった」
声の主が、再び現れた。あの雪の中で見た少女。いや、少女ではない。どこか神秘的な――人ではない何かを感じさせる存在だった。
「……君は、誰……?」
「私はリュシア。この森の番人よ。あなたが倒れていたのを見つけたの」
「助けてくれて……ありがとう」
俺の声は掠れていたが、彼女は微笑んだ。
「お礼はいいわ。あなたが無事なら、それでいい」
彼女の手が俺の額に触れる。その指先は冷たいはずなのに、不思議と温かかった。
「リュシア……君は、人じゃないのか?」
その問いに、彼女はふっと笑った。
「私は、エルフよ。この森に生まれ、森に生きる種族。人の世とは、少し違うところで暮らしているの」
「……エルフ……本当に、いるんだな」
「ええ。けれど、今では人間と接することも少なくなったわ。あなたが、この森で初めて出会った人間よ」
彼女の笑顔はどこか寂しげだった。
「この森にはね、古くから“境界”があるの。森の外の者は、本来ここには入れない。けれど……時々、迷い込む者もいる。あなたのように」
「偶然、か……?」
「偶然だけど、必然でもあるのかもしれないわね。あなたが来なければ、私もあなたに会えなかった」
リュシアはそう言って、薪に火をくべた。ぱちぱちと弾ける音が、心を静かに包み込む。
この森に、一体何が待っているのか。その時の俺はまだ、何も知らなかった。