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あの先生

作者: 燕 柿太郎

 友人のミドリと廊下を歩いていると、白衣の男性が視界を横切った。


 端正な横顔。涼やかな瞳。異質なほど静かな足取りで、影のように廊下の角へ消えていく。


「ねえ、今の……誰?」


 ミドリが男性が曲がっていた角を指さす。


「さあ……」


「うちの生徒じゃないよね?」


「うちは女子高だし、違うでしょ。」


「じゃあ先生? でも、新しい先生が来たなんて聞いてないし……」


 疑問を抱えたまま、私たちは教室に戻った。


 教室にいたナミの姿を見て、ミドリが駆け寄り、先ほど見た男性のことを話している。


 ナミは腕を組み、うさんくさそうにミドリを見た。


「若くてイケメンの先生がいたら、私のアンテナがスルーするわけないっしょ?」


 ナミは真剣な顔で言った。彼女のアンテナの感度は高く、近隣高校の生徒教員問わずイケメンをリストアップしてるとかしてないとか。


「定年間近のヒューイまでリストアップされてんでしょ」


 イケオジ枠もあるという噂だ。私はニヤニヤしながら口を挟んだ。


「だって、ほんとに見たんだよ! ね、カヤ!」


 水を向けられる。確かにわたしも一緒に見た。


「……まあ、見たよ。」


「ほら!」


 ミドリが勢いよく言うと、ナミが少しだけ眉をひそめた。


「カヤも見たならいたのは確かだろうけどさ、ほんとにうちの教師なわけ?」


「白衣着てたから、部外者じゃないと思う」


 と、ミドリ。


「まさか、見ちゃいけない人だったりして?」


 冗談めかして言った私に、ミドリが真顔で返した。


「足はあったよ」


 その時、ナミが妙に重々しく口を開いた。


「もしかして……あの博士じゃない?」


「「博士?」」


 ミドリと私の声が重なる。


「この高校の地下には、旧日本軍の秘密研究所があるって噂、聞いたことない?」


「「ない」」


 またかぶった。ナミは頷いて続けた。


「そこには、今も死者を蘇らせるために人体実験をしてるマッドサイエンティストがいるんだって」


「バイオハザードかよ」


 ミドリが呆れたように言う。


「ゾンビかよ」


 私も追い打ちをかける。


「ちょっとは怖がれっての!」


 ナミがつまらなそうに肩をすくめた。


「――ていうかさ、もしかして、あの先生じゃない?」


 ミドリが思いついたように口を開く。


「うちらが入学する何年か前、化学教師が実験中の事故で亡くなったんだって」


「え?」「マジで?」


 ナミと私。


「劇薬を調合している最中に爆発が起きて、先生が亡くなったんだって。で、その先生、今でも時々学校に現れるって噂があるの」


 ミドリが低いゆっくりした口調で語る。


「で、その先生を見た人は――」


 一旦言葉を止め、私とナミを交互に見てから続けた。


「連れてかれるんだって」


「えーこわーい」「こわいよー」


 ナミと私の棒読みのセリフが重なる。


「ちょっとは怖がってよ。こっちが恥ずかしいじゃん」


 ミドリに怒られた。


「学校の怪談を怖がるのは小学生までだよ」


 ナミはニヤニヤしながら返した。



 ***



 昼休み。


 私たち3人は、あの白衣の男性を探しに、さっき姿を見かけた廊下へ向かった。


 奥へ進むと、文化部の部室が並ぶエリアに出る。写真部、文芸部、放送部、演劇部。


「こんなところ、普段来ないね」


 部活に所属していない私たち3人を代表してミドリが言う。


「うん……静かすぎて、なんか気味悪い」


 と、私。


 部室の前には誰もいない。昼休みのざわめきから切り離された、ひんやりとした空間。


 と、演劇部の部室のドアが、わずかに開いている。


 覗き込むと、白衣を着た人物の後姿が見える。


 ……いた。


 彼は背中を向けて、鏡の前に立っている。ゆっくりとした動作で、手を後頭部に回す。


 その瞬間、長い髪がばさりと落ちた。


「な、なんだ……」と、ミドリ。


「演劇部の扮装か……」ナミ。


「びっくりさせないでよね」私。


 白衣を着た人物は、私たちに気づいて振り返った。長い髪の女性だ。不思議そうな顔をしている。


「なに? 何か探してるの?」


「あ、いえ……なんでもないです!」


 ナミが言い、3人でそそくさとその場を後にする。


「まあ、謎が解けてよかったよね」


 ミドリは安心したように、少し残念そうに笑っていた。


「まったく人騒がせな」


 ナミも苦笑していた。


 談笑する2人の後ろを歩きながら。


 ふと、振り返る。


 ――振り返った先には、白衣の男性が立っていた。


「どうしたの? カヤ」


 ミドリが足を止め、振り返る。


「ううん、何でもない」


 言って、私は急いで2人を追いかけた。



 ***



 あー、びっくりした。


 まさか、あの先生がいるなんて。


 ミドリが言ってた「あの先生」の話。


 実は、半分本当。


 何年か前、化学の実験中に有毒ガスが発生して爆発した。


 その爆発事故で死んだのは、先生じゃなくて、1人の女生徒。


 そして、その授業を担当していた先生は……。


 死んだ女生徒に、呪い殺されたんだよ。


 …………。


 しかし、全然気づかなかった。


 私が呪い殺した先生も、同じ学校に棲みついてたなんて。


 私と違って、実害はなさそうだけど。


 だって、優しくていい先生だったもんね。


 …………。


 さて、


 どっちに取り憑いちゃおうかな。


 あの子たちを呪い殺すのも、ちょっと楽しいかも。


 ああ、どうしようかな。


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