その7 時をかけた後の悪役令嬢
前半に、世界観やあらすじの簡単な説明が書いてあります。気が向いたら読んでくださると、より理解が深まって楽しめると思います。
時戻りモノって深く考えると「これどうなんだろう?」っていうのがいっぱいあるよね、って話です。
時戻りの能力を持つ乙女ゲームの悪役令嬢系主人公(?)が、婚約者による断罪の直後に時戻りすると、パラレルワールドが発生。
元々その世界の主人公だった、時戻り先の存在が、時戻りする前の主人公の体の中に。
パラレル世界の主人公にとって、そこは数年後の世界。
しかも、どうやら今回の時戻りは時戻り初回ではなかった。
ちょうど、ひたすら逃げ回ろうとしたタイミングに当たり、引きこもりを演じて情報を集め、学園に通う婚約者の周りをうろつく女子生徒に暗殺者を差し向ける陰険なヤンデレ扱いを受ける。
しかし、実態は陰険さの無い普通に明るめの少女であるため、記憶喪失して陰険さが消えたのかと周囲は混乱。
周りの反応に主人公も目を白黒させていると、家族が庇うように色々と手を回し始める。
それから、紆余曲折の後に初恋を思い出した、仲違い中だった婚約者によってガッツリ捕まる。
本編
正直、人生に一度きりの青春を浪費された事に多少の怒りは残っている。でも、それ以上に、別の時間軸へと逃げた私が哀れだと思った。
逃げられることを知ってから、彼女はきっと最後まで粘る事をしなくなった。こうして私が幸せになれているから、きちんと無実を証明したなら、この幸せは彼女のものになっただろうに。
逃げたから、彼女はこの幸福を取り落としてしまった。
1番最初の彼女は、確かに、逃げなかったから死んでしまった。
でも、2回目に1回目と違う行動をしたなら、逃げなくても死ななかった可能性は十分にあった。
3回目も、4回目も。
何も知らなかった私が、こうして無事に生きているように。
自ら幸せになる可能性から逃げて、波乱の道に迷い込んでしまった彼女が、可哀想だと思った。
「きっと、こうして入れ替わった後に幸福を見出したのは、私が最初じゃないわ」
横で眠る彼の寝顔に囁く。
吐息がくすぐったかったのか、軽く眉を顰める姿もどこか可愛く感じてしまう。
「ふふっ」
口元にかかった彼の髪をそっと指で避けて、私のせいで傷が残ってしまった額に唇を寄せる。
「大好きよ。生きていてくれて、本当にありがとう」
「……そういうのは、起きている時に言って欲しいな」
イタズラが成功した少年のような笑みで、薄らと目を開けた彼が言った。
「あら、起こしちゃったかしら。ごめんなさいね」
驚きを隠すように言い、今度こそ枕元のロウソクを吹き消す。
「全然驚いてくれないね。なんだか、僕だけが必死みたいでちょっと寂しいな」
「そんな事ないわ。貴方に愛想を尽かされないように、私だっていつも必死なのよ。あなたのことが大好き過ぎて、そうなったらきっと生きていけないもの。……重いでしょう?」
彼の顔を見なくて済むように、彼に抱きつく。
違う時間軸では、世界線では、彼は私から離れてしまった。別の女に心惹かれて、私を捨てた。
私の日記には、そうなった未来が書かれていた。
文字を目で追うだけであれほど辛かったのに、実際に我が身に降りかかったなら、私は狂ってしまうかもしれない。
……狂ってしまったから、周りが見えずに、見たものが信じられずに、延々と繰り返し続けているのかもしれない。
「……うん、重いね」
返された彼の言葉に、体が固まった。
捨てないで、とみっともなく縋りたくなって、そうしたら余計に鬱陶しがられてしまうかも、と思うと怖くて動けなくなった。
「でも、その重みすら心地良いから、僕だってとっくに手遅れなんだよ。君がいないと、僕はダメになってしまう。だからどうか、ずっと僕を好きな君でいて」
「……別の世界線では、あの子とお楽しみだったのに?」
喜びを素直に表に出せないで、こんな試すような事を言ってしまったのを、早々に後悔する。愛の重い私は好きでも、自分が本当にした訳でも無いことをネチネチ言う私は、さすがに嫌いかもしれない。
今口に出したのが最後にするという約束もきっとできない。
……彼が、『こんなの知らない!なんで、どうして私が居るはずの場所にアンタが居るのよ!?』と叫び、私に攻撃してきたあの子を見放した瞬間を、あの子の凶刃から私を守って傷痕が残った瞬間を見ているのに。
私の行動ひとつであの子と私の立場が逆転していたと、私の日記で知ったから。その程度で変化する愛だと思ってしまった事があるから。
どうしようもなく不安になってしまう。
「意地悪だなぁ……」
眉間に寄せられた皺が苦しげで、私の不安を押し殺してでも純粋な笑顔が見たいと思った。
「ごめんなさい、冗談のつもりだったの」そう言いさえすればきっと、私はこの愛しい旦那様の腕の中で眠りにつける。
「じゃあいっそ、僕と一緒にこの部屋の中で一生引きこもろうか」
口を開こうとしたその時、思わぬ言葉が耳に入って硬直する。
「独りならともかく、君と一緒なら僕はどんな環境でも幸せでいられるつもりだよ。それなら浮気なんて絶対にできないし、君も安心できるんじゃないかな」
「で、でも……」
流石にダメだ。それは良くない。
甘美すぎる提案なのは事実だけど、そんな事をしたら領地で何かあった時に領民が困ってしまう。
それから、社交をしないでいるのもまずい。
家の存続が危ぶまれる事態になってもおかしくないんだから、それをしてはいけない。
しどろもどろながらに、頑張ってその旨を彼に伝える。
「ふふっ、うん、そうだね。……でも寂しいなあ。僕よりこの家の方が大事なの?」
「そっ、そんなわけないわ! でも、でも……」
涙目になった私を見た彼は、「あーかわいい!」と私を強く抱きしめる。
「なんで君はこんなに可愛いの。反則だ、こんなの」
抱きしめられた耳元で、「さっきは困らせるようなこと言ってごめんね」と謝罪される。
……ああ、彼はずるい人だ。
そしてそのずるさも最高に愛おしい。
きっと彼も、彼の意図を察した私のことを察している。
それでいて私に『可愛い』と言うことをやめない。
『悋気や不満をを溜め込んで爆発されるより、こうして小さな不安も吐き出してくれた方が嬉しい』
過去のその言葉をまだ信用していいのだということが、ひどく心の荒波を落ち着かせる。
願わくば、このまま私の試し行動を『面倒臭い』と思わずにいてくれる日々が、少しでも長く続けられますように。
そのための努力は、惜しまないと誓うから。
「……おやすみ、僕の最愛」
物語におけるエンディング後に当たるような内容なので、糖度高めでお送りしました。
作者の「いつか書きたいなあ」で放置されていた設定を掘り起こしたのがこのお話です。
いつの日かちゃんとプロローグからエピローグまで、キャラクターたちにちゃんと名前も付けて、余す所なく書き上げてやりたいなあ、という思いがまだあるので、この設定を気に入ってくださった方がもしいらっしゃったら、気長にお待ちいただけると幸いです。




