その4 自己犠牲
世界観はよくある中世ヨーロッパ風の異世界です。
ざっくり概要を申し上げますと人が死にますので、残酷描写・出血表現にご注意ください。
前半に、ざっくりとしたキャラ設定が書いてあります。今回は微塵も背景を詰めていないのでストーリーの詳細はありませんが、キャラ設定だけでも気が向いたら読んでくださると、より理解が深まって楽しめると思います。
ヒーロー
生まれが恵まれておらず、愛がよく分からない。
類稀な才能に溢れている、『掃き溜めに鶴』を具現化したみたいな人。その才能に嫉妬する者の策略と周囲からの期待により、全国行脚で人助けをしている。
スラム育ちのため言葉遣いはやや荒く、表情も乏しい。
寂しがっている自分に気づいてすらいなかったのに、ヒロインのせいで気づいてしまった上に、手厚く癒されて心の防壁を全て剥がれてしまった事が、結果として最大の悲劇に繋がった。
ヒロイン
親の関心を得られずに育ち、愛し方が不器用。
人攫いからヒーローに助けられる形で出会い、帰る場所が無いことを訴えて旅の仲間にしてもらった。
旅の過程でヒーローの孤独に触れ、多種多様な愛を教え捧げてその孤独を癒すことが恩返しになると思っている。
優しさに飢えていたのはこちらも同様で、ヒーローに対してはどこまでも盲目でいられる。
時系列的なものは、全国行脚がひと段落して出発点である王都に戻ってきたところ。
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「かはっ……けほ、ゲホ」
口から空気の塊が押し出されて、予期していなかった気道の広がりに咽せる。水っぽい音はしなかった。自分の血で溺死、なんて事には案外ならないものなのか。
もしかしたらこれからなのか、気道や肺が無傷なら平気ってだけなのか、そこら辺はよく分からない。熱くてそれどころじゃない。
ちょっと包丁で指の表皮を切っちゃった時には大袈裟なくらい泣いたのに、私の場合、痛みが閾値を超えたら涙腺は逆に引き締まるらしい。
最期に彼の顔がこんなにはっきり見られるんだから、ありがたい発見だ。
「ぁ、……ぁぁ」
彼がか細く、息とも声ともつかないものを零す。
右手はこちらに向けられていて、しかし指先は触れる直前で止められ、視線も絶妙に合わない。
まるで、今の私に触れたり現状を正しく認識したりしたら、全てが煙のように消えてしまうとでも思っているかのようだった。
英雄らしく全てを守ってきた彼が、初めて守られてしまったのだということを必死に否定しようとしているようにも見えた。
道端の花売りの少女から一輪の花を金貨で買うような感覚で施していた、彼からすれば献身にも満たない当然の行為。それが多くの才を持って生まれた彼にとっての『誰かを守る』ということ。恵まれない環境でも恵まれた才で芽を出した英雄様だから。
きっと、物心つく前を除いたなら、私が初めて彼の代わりに矢面に立った人間だ。彼が誰かから守られるような危機的状況に置かれたのは、これがおそらく初めてだった。
血色の良かったはずの肌は青ざめ、唇は小刻みに震え、瞳はひどく潤んでいる。細く開いてしまっている口からはヒュゥヒュゥと短い呼吸音が聞こえてくる。
「ぃ……っぁ、……」
飲み込めない何かに小さく喉を震わせた彼は、致命傷を負った私なんかより、もっとずっと痛そうだった。
「……ね、ぇ、おぼえてる……?」
「っ……」
「何を」とも聞き返さずに彼は首を横に振る。
喋るな、と引き結んだ口元で私に訴えて、もう感覚も無い傷口を震える手で止血しようと押さえている。
「愛を、っあいを教えて、あげるって……」
約束した。
初めて出会ってからまだ間もなかった頃に。
酷く空虚な瞳で、休む間もなく弱者に手を差し出し続けていた彼に。
彼が纏ったものも周囲が貼ったレッテルも、何もかもを掻き分けて、最奥の彼だけを見つめると。
私が誓った。
「っいい! もう、もういい…………。
これが愛なら、もう要らない。もう欲しがったりしない。だから、だから、……」
水面をたたえたマリンブルーが光を受けて輝くのを見て、大昔に聞いた使い古された文句を脈絡もなく思い出した。
愛とは相手を尊重する気持ちであり、相手に押し付けるのであれば、それは愛ではなく恋なのだと。
塩辛い悲しみの涙を流させるのは愛じゃない。
全てを委ね捧げるのは盲信で、自己犠牲は愛の証明にはならない。
『無償の愛』ほど、抱えるのに重いものはない。
「わたしね、たぶん……あいしてなかったみたい、なの」
吐息が多い上に、酷く掠れたこの声は、彼に届いただろうか。
「あいじゃないの、こんなの」
「……嘘だ」
「……うん、……そう、だね」
正午を知らせる鐘が鳴る。
逆光で、表情が上手く見えなくなった。
「2人とももっと器用だったら、素直だったら、違ってたと思うか?」
「ううん。……いまのわたしたち、だから、あえたの」
「だよな。俺も、そう思う。相変わらず気が合うな。
けど、……けど、1個だけ」
水晶によく似た雫が降ってくる。
天気雨なら縁起がいい。旅立ちを祝福してもらっている気持ちになれる。晴れ上がって虹が出た空を眺める時が、何気なく上を向いた瞬間の中で1番好きだ。
「お前は、俺のこと愛してたよ。絶対」
でも、あなたが求めた形じゃないでしょう。
庇護者として慕われるのに疲れていて、物理的な意味合いに限らない被保護者の存在を求めていた。
そうでなくとも、せめて対等に。そういう存在を欲していた。
なのに私は今までずっと守られてばかり。それどころか、関心を向けられることを何よりの喜びにしてしまった。
だから、この愛はあなたに渡すに値しないの。
「ふせいかい、だよ。ほしくない、もの、でしょ?」
「お前が決めることじゃない。俺でさえ、それは2人で決めることだってわかってる。世間がなんと言おうと、俺が『いい』って言うんだからいいんだ」
「……そう」
酷い人だ。
私が友愛の箱に入れられなかった感情を、拾って勝手に仕舞い込むなんて。
見せられた出来じゃないって言ってるのに。
もっと見栄えのいいものが他からたくさん差し出されているのに。
嬉しくなってしまっている、私が1番酷いんだろうけど。
静かな広場の血溜まりで、小さな小さな集中豪雨は、随分と長い間、私の頬だけに降り注いでいた。
私の真上を覆う黒い影は雷鳴のような慟哭を轟かせ、冷え込みゆく静寂を甚振った。
晴れ上がっても虹は出なかったそうだ。
これから先、何年も。ただの1度も。
見上げ微笑む人が、何処にも居なくなったから。
綿飴みたいな輪郭のままのお話を書くの、なんだかんだ好きなんですよね。読者様の想像力に丸投げするようで、あんまりいい事じゃ無いとは思うんですけど、止められない止まらない(略)。兎にも角にも、比喩表現いっぱい出せるのが楽しいんです。
「なお、後の黒歴史である」
は、絶対に禁句でお願いします。
書き上げた時は、
「うっは、こんなん詩人なれちゃうじゃん」
くらいの気分でいるんです。幻想から醒さないでやってください。




