8章 強欲
8章 強欲
「こちらシーカー、東京奥多摩廃神社にて未確認霊障発生。
500年物と推定。破壊行動有り。人造霊障、強欲と命名。ハンター交戦開始」
夜の帳が下り切り、神社の外で戦闘が始まった。
闇に紛れながら黒い球体に手足が生えたような生き物がハンターを襲う。
見た目よりもかなり素早く、巨大な口がハンターを狙う。
突進を避けると球体が外壁にぶつかり、黒い体液をぶちまける。
まっすぐ突っ込んでいった所を見ると視覚は無いか、かなり弱いようだ。
となると感覚は嗅覚か聴覚か。
動きを止めたハンターに向かって正確に球体の腕が振り下ろされた。
ハンターは横に避け背後に回り斬りつける。
ぶよぶよとした表面が刃を弾いた。
弾力性の強い表皮だ。
薙ぎ払いでなく、正確な位置への振り下ろしならば、
コウモリやイルカのような超音波器官を備えていると見るべきか。
霊障が前に向かって走り、よろめきながら大きく旋回し方向転換を行う。
動きは素早いが、制御が効いていない。
壁にぶつかったのも手足の踏ん張りが効いていない所為か。
一太刀浴びせた後、距離を取りながらハンターはコンダクターを見る。
要のコンダクターは屋根の上からハンターを見下ろす。
霊障を霊障足らしめているのは彼の信心だ。
神、組織に対する絶対的な忠誠心。
正義と、良心と、未来の為に。
その為だと信じて疑わない、否、疑う事すら考えない。
「お気の済むまで。いつか気付くのです。ならばあなた方を救いの手から漏らす理由も無い」
この霊障の勝利と恩恵を信じている。
「これが神か?」
「天使が異形なのですから神ですら」
「成程」
流石にこの程度の理論武装はしているようだ。
コンダクターの顔に揺らぎは無い。
●
東京のホテル、最上階。
スイートルームの一室。
車椅子の男――閣下――が客人と話をしていた。
やせ細った枯れ木のような男だ。
この男も組織の一員だ。
伴を1人連れている。
「先日は顔も出さずに失礼を」
「いや、君も忙しいだろう」
栄養バーの工場について話し合った時の事だろう。
男は別の仕事が入っていた為、会議に出席出来なかった。
「それで」
男が自分を見た。
その感情は読み取れない。
「彼が次の?」
「ああ、漸く仕上がった」
閣下が自分をちらりと見る。
「あとは記憶を入れるだけだ」
「フォックスがコンダクターと対処課を引き合わせたと聞きましたが」
女心はこの年になっても判らん、と閣下は肩を竦めた。
テーブルの上に広げられた資料には霊障対処課の職員の写真がある。
男が記憶を辿るように顔を上げる。
コンダクターの一族は組織の大きな実験を任されていた。
「閣下を霊障として作り上げられないか、でしたっけ」
「ああ。然るべき教育をした人間を揃えて電子に干渉出来ないかと試みた。
破棄個体で思考の統一も簡単だったのだが、……どうも失敗が続いてな」
霊障の現れるプロセスを考えると、閣下を霊障で作り上げるにはかなり不安がある。
そういう結論になったそうだ。
まだ電子による記憶の保存とクローン技術の組み合わせ方が正確だ、と閣下は締めくくる。
確か、と男が切り出した。
「コンダクター自身も教育を受けていましたな」
「ああ。破棄個体だけでは限界があると彼の両親が志願してきた……、
と言うよりその為に産んだのだろうなアレは」
霊障を保持する為だけに生まれた子。
ここを切り抜ければ、仕事を任せたいな。
そう言いながら閣下が職員の写真を指先でなぞる。
1番若い、20代後半の男だ。
「正義と、良心と、未来の為に、私の不老不死は何としても達成されなければならない」
「……は」
閣下の言葉に男が頭を下げた。
自分は2人の話を黙って聞く。
●
「見よ、人は我々の1人の様になり、善悪を知るものとなった。
彼は手を伸べ、命の木からも取って食べ、永久に生きるかも知れない」
「……創世記?」
コンダクターが不思議そうに呟いた。
結局の所、感情の問題なのだ。
信仰を崩す言葉などハンターには無い。
ハンターは霊障の真正面に立つ。
シーカーの分析は終わり、ブッチャーも配置に付いた。
庭が急に明るくなる。
スポットライトがハンターの背中越しに霊障を照らす。
真っ黒な霊障が真っ白な中に浮かび上がる。
シールドに新たな分析結果が表示される。
「……仔細無し。胸座って進む也」
霊障が大口を開けてハンターに向かって来る。
ハンターは前に向かって駆け出し、口の中に飛び込んだ。
歯を飛び越え、舌の上に着地し、直刀を口内に突き立てる。
痛みで霊障が暴れ始める。
吐き出されないように直刀を握りながら目的の物を探す。
霊障を神たらしめる物、思考を誘導する為に御神体として信仰された物。
「うお!」
霊障が地面をのたうち回り始めたようだ。
ぐるぐると口内が回り、直刀が抜けそうになる。
舌や上顎に何度か突き刺し直し、歯で切断されないように体勢を整える。
動きが止まり口の中に手が入ってきた。
ハンターを捕まえるか、吐き気を促して追い出すつもりだろう。
暴れる舌を手ごと無理矢理縫い止め、更に奥に進む。
外から入り込んだ光を反射した物に向かって直刀を突き刺す。
パキン、割れたと音がする。
鏡だ。
血振りのように直刀を振り、鏡を歯に叩き付けた。
●
「昨夜はお楽しみでしたね!」
「うるせぇ!」
朝一番、連絡を受けて駆けつけた職員からかけられた言葉にブッチャーは怒鳴る。
厄介な霊障は現れるし、戦闘後にフォックスは勝手に帰るしでお楽しみも糞も無い。
だからああいう女は警戒せにゃならんのだ、とブツブツ呟くブッチャーを横に情報交換が始まる。
「ハンターは?」
「まだ寝てるよ」
そう言ってシーカーが部屋の入口を指す。
ハンターはコンダクターと同じ部屋で寝ている。
事情聴取は起きてからになるだろう。
「……」
霊障の体が崩れ、ハンターが中から出てきた後、コンダクターは取り乱しハンターに縋り付いた。
捨て身の特攻に見える対処に動揺したのだ。
正義と、良心と、未来の為に人が死ぬ事を許容しないのは甘えでも何でも無いだろう。
「あー……、有給取りてぇ」
「この前の報告書まだ上がってねぇぞ」
「神も仏もありゃしねぇ」
ブッチャーは煙草に火を付ける。
朝日に紫煙が重なった。




