4章 暴食
4章 暴食
薄暗い部屋の中に人が集まっている。
この時代に顔を合わせて会議をするのは珍しい。
「電子ドラッグは捨てる。異論は」
ありません、と一同が纏まる。
これにより、電子ドラッグを利用した教育計画は凍結された。
警察に目を付けられた事。
それ以前に、単純な指示しか送れず使い物にならない事が原因だ。
女が1人、男が自分を含めて5人。
と言っても自分は何もせず見ているだけだ。
車椅子に座った老人が次の議題に会議を移す。
栄養バーを使った身体強化計画。
それに関して女が声を上げた。
「報告します、秘密路線に霊障対処課が立ち入ったと」
「そうか」
女の報告に動じず、老人が1人の男に顔を向けた。
仮面を着けた、霊障対処課のような服装の男だ。
「アレの進捗は?」
「ま、精々300年物程度でしょうな」
別の計画の話をしているようだ。
それが何なのか自分には判らない。
「……」
老人が少し考え、タブレットを寄越すように自分に言った。
手渡すと慣れた手付きで操作する。
太った男がホログラムで空中に表示された。
むしゃむしゃと何かを食べながら、太った男が応答する。
「私だ」
『なんすか?』
「霊障対策課が秘密路線に入った」
『へぇい、なんとかします』
「任せる」
そう言って通信が切れる。
高そうな服を着た男が舌打ちをしながら声を上げる。
「チンピラが……。如何致します」
「状況次第だ。痛手ではあるが、ここで足を止める訳にはいかん」
窓際まで車椅子が動く。
「正義と、良心と、未来の為に」
そう言って会議は終わる。
●
道中の霊障を処理しながら3人は進む。
ここまで特に問題は起きていない。
「おかしいな」
「おかしい」
シーカーが地図を作りながら言う。
ブッチャーが壁や配管の様子を見ながらハンターを見た。
旧官庁街でメインになるのは数十年単位の霊障だ。
そこまで年月が経つと市販品では対応不可になるレベル。
霊障対処課の出番になる。
秘密路線の様子を見るに作られてからそれなりの時間が経っている。
だと言うのに現れる霊障は良くて2年物程度だ。
線路や電線を見ても戦闘の後は見られない。
素人仕事ながらも補修の跡も見えるが、それは老朽化に対する補修だ。
ブッチャーがぶつくさ言いながら補修の甘い所を直している。
ハンターは状況を整理し、2人に確認を取る。
「これは……、大物が居るな」
「何が出るかね」
霊障にも縄張りというものがある。
獣の縄張りと同じだ。
何も居ない地域であれば他所から入り込み主になる。
主がいる地域ならば他所からの侵入者はそこを避けるか、縄張り争いが勃発する。
だが、それならば先程の襲撃者の装備はどういう事か、という話になる。
市販品で主に挑むのは自殺行為だ、かと言って共生しているならばとうの昔に襲われている。
「市ヶ谷まで行ってみたいが……、いざとなれば逃げれそうか?」
「問題ねぇ。逃げ足には自信がある」
「よし」
ブッチャーの答えに頷き、3人は歩を進める。
そうして市ヶ谷の地下まで辿り着いて見た物は。
「……研究所?」
およそ食品製造とは程遠そうな研究所だ。
●
身の丈以上のガラスの筒が何本も並んでいる。
中身は空、つい最近まで使われていた跡があるが電源は切られている。
本来、別の作業が行われていた所を放棄し、別の作業を行っているように見えた。
「で、何やってんのかって話な」
「そりゃあ貧乏人に配る栄養バー作ってんだよ」
物陰から現れたのは太った男だ。
もそもそと栄養バーを食べている。
「試食か?」
「まさか。俺はヤク中なんかになりたかないね」
シーカーの軽口に男が笑う。
太った男が顎をしゃくる。
「で? おめぇらは?」
「霊障狩りに来たんだよ」
「だろうなぁ、出口にサツが張り付いてる。おかげで上がれやしねぇ」
となると、だ。
「どっかを強行突破して死ぬ気で逃げるしか無い訳だ」
「……公務執行妨害は罪が重くなるって知ってるか?」
「正義と、良心と、未来の為にしょうがねぇだろ?」
ブッチャーの言葉に男がそう言ってスマホを操作した。
床が、部屋が発光し、耳障りな大量のラップ音が鼓膜を貫く。
音と光が男の後ろに柱のように収束し、実体を持つ。
やせ細った人間が何人も、何百人も集まった柱だ。
腕をあちらこちらに伸ばし何かを求めているように見える。
男が勝利の笑みを浮かべた時だ。
「あ?」
男の腕に柱の一部が噛み付き、食べていた栄養バーが床に落ちる。
喰い千切られ、血飛沫が上がった。
それに反応し、他の腕も男を捉える。
栄養バー、腕、腹、足が何度も喰われていく。
「ふ、ふざけんじゃねぇえ!」
喰い千切られながら男が叫ぶ。
柱の口から自らの肉片を取り戻そうとして喰われる。
「俺のだぞ! 俺のモンだ! これは俺が食ったんだ!」
床を強く踏みつけ飛び込む。
ハンターは男の服を引っ張り、霊障から引き剥がす。
後ろに投げ飛ばされた男がボールのように弾んだ。
ブッチャーが後方で男の手当てを始め、シーカーが霊障対処課への報告と分析を行う。
「こちらシーカー、東京地下秘密路線代々木にて未確認霊障発生。
300年物と推定。手当り次第に周囲を捕食する凶暴性有り」
シーカーの声と同時にハンターのスマホが光る。
両手に直刀が現れる。
ヘルメットのシールドに周囲の地図と現在地のマークが一瞬だけ表示される。
「人造霊障、暴食と命名! ハンター交戦開始!」
霊障共振。
特殊装備展開を承認、嚮導を開始します。




