14章 正義と、良心と、未来の為に
14章 正義と、良心と、未来の為に
「シーカー、ブッチャー両名戦闘終了。救助者を引き渡し次第、ハンターと合流する」
「……」
シーカーが課に報告を入れている。
手持ち無沙汰なブッチャーは煙草を吸っている。
屋上から地上に降り、救急車と迎えを待っている最中だ。
カッターは何も言わない。
見た所、怪我は無さそうだ。
コレ幸いにブッチャーは気になっていた事を聞いた。
「お前さん、死ぬ為に霊障に突っ込んだのか」
「……それが?」
何故、と聞く前にカッターが続ける。
「あっちとこっち、どっちが勝っても俺の居場所は無いだろ」
「……」
だから纏めて始末しとけって言ったんだ。
カッターが自嘲気味に言った。
●
西日が眩しい。
スポーツカーは現場へ近付いている。
ハンターは運転するフォックスに話しかける。
「そろそろ、お前さんの目的とか聞きたいんだけどなぁ」
「あら」
ハンドルを握りながらフォックスが軽く笑う。
笑みの下の感情は読めない。
フォックスがハンドルから片手を離し、掌を前に向け眺める。
女の事には明るくないが、綺麗な手だとは思った。
「まぁ、理想の為ですかねぇ」
「理想ねぇ」
「私、ずっと綺麗で居たいんです」
仄暗い何かを感じさせる声でフォックスが語る。
いつもの軽薄な雰囲気が消え失せ、淡々と声が落ちる。
「でも閣下のやり方では意味が無い。誰もが私を崇めたって綺麗になれる訳じゃない」
「……」
「そうでしょう?」
ハンターは何も返さない。
スポーツカーが停まる。
「危ないから離れてろよ」
「……ま、無事くらいは祈りましてよ」
そう言ってスポーツカーが離れていく。
ハンターは現場を見る。
旧官庁街、東京駅前、丸の内駅前広場。
太陽の光だけではない、別の眩しさに広場が包まれている。
広場の真ん中に光が立っている。
周囲には様々な霊障が光を拝み、ひれ伏している。
ハンターが堂々と入っても襲い掛かりもしない。
ひたすらに拝んでいる。
既に広場の閉鎖は終わっている。
ヘルメットで簡易の解析を行う。
シーカー程では無いが、大体の事はハンターも理解出来る。
「判断じゃない。そういう生き物にされたからだ」
霊障は動かない。
ハンターはつらつらと述べる。
「正義と、良心と、未来の為に。だから人格を捨てた。その行動が悪だったから。
正義と、良心と、未来の為に。だから知識だけを残した。自分が使えなかったとしても。
正義と、良心と、未来の為に。あらゆる可能性を模索して――だからお前はそこから動けない」
霊障は何も言わない。
ハンターは直刀を鞘から抜く。
霊障の顔、以前斬り付け剥がした部分から男の笑みが覗いた。
「こちらハンター。旧官庁街、東京駅前、丸の内駅前広場にて年代推定不能霊障と相対。
人造霊障、傲慢と命名。ハンター交戦開始」
霊障降臨。
特殊装備展開を承認、解放を開始します。
●
電子ドラッグ、政治家への働きかけ、貧困支援団体への麻薬バー。
間違いなく閣下の手は教育へも伸ばされていて、伸ばされていないと考える方がおかしくて、
ハンター自身も影響を受けているのだろう。
正義と、良心と、未来の為に。
そう育てられたからこそ、閣下に牙を向けるのだ。
●
飛んでくる透明な刃物を叩き落とす。
甲高い金属音が鼓膜を震わせた。
踏み込んで霊障の胴を削ぐ。
薄く削がれた光の膜が周囲に飛び散る。
降ってくる光の槍を避ける。
背後に回り込み背中を削ぐ。
蹴りが来れば体勢を低くする。
転がりながら足元の膜を削ぐ。
距離を取り息を整える。
休ませまいと放たれる透明な刃物を弾いて再び霊障を削ぐ。
霊障が空を飛び、ハンターに向かって突っ込んで来た。
拝んでいる霊障を盾にして腕を削ぐ。
再度、解析する。
要は中の男だ。
不老不死の霊障に合わせて調整された男。
脳とコンピューターの類似性。
霊障は男の脳波を使って現れ、不老不死を与えている。
「……いや」
脳波霊障は個人の強い思いによって現れる。
目の前の男は不老不死を望んでいない。
そう願う事を捨て去ったのだから。
ならばこいつは不老不死でも何でも無い。
ハンターは直刀を握り直す。
刃に霊障が映る。
霊障を削ぐ。
破片が飛び散り、男の姿が見えてくる。
飛んでくる透明な刃物を叩き落とす。
勢いで回転しながら表面を削ぐ。
踏み込んで霊障の胴を削ぐ。
放たれた拳を直刀で受け削ぐ。
降ってくる光の槍を避ける。
槍の間を縫い、不意打ちのように削ぐ。
足払いを仕掛けられ飛び上がりながら削ぐ。
着地際に足元を削ぐ。
霊障を盾にして水分補給をする。
休ませまいと放たれる透明な刃物を弾いて再び霊障を削ぐ。
避けて、削ぐ。
弾いて、削ぐ。
広場の地面が削がれた破片で埋め尽くされる。
避けて、削ぐ。
弾いて、削ぐ。
再生すれば、削ぐ。
不老不死でないならば、ただの根競べだ。
ただの巨大な、年代推定不能なだけの電子の塊に負ける理由も無い。
避けて、削ぐ。
弾いて、削ぐ。
再生すれば、削ぐ。
形を変えれば、削ぐ。
近道など無く、天賦の才など無く、一子相伝の奥義など無く、延々と確実を積み上げる。
昼も、夜も無く。
霊障が死ぬまで――!
●
「ハンター戦闘終了。負傷者1名。搬送手配済み。関係各所へ引き継ぎを済ませ戻る」
直刀を鞘に納め、課に報告を入れる。
剥がされた霊障が朝日を受けながら消えていく。
倒れている男に膝を貸し、ハンターは救急車を待つ。




