11章 サイバーパンク・デモクラシー
11章 サイバーパンク・デモクラシー
雨が降っている。
部屋の中はしん、と静まり返っている。
目の前の引き取った子供が壱之口を見ている。
憎悪と疑念。
何故、両親が死ぬ前に手を打てなかったのか。
政策と法律の不備、現場の人手不足。
警察では対処出来ず、霊障対処課は間に合わなかった。
だが被害者にとって納得出来るものでは無い。
家族が死んだ、それだけだ。
5歳程の子供が壱之口を見ている。
政治家にとって仕方が無い、は敗北だ。
事件、事故、災害でさえ対処し切れない事は許されない。
だが不可能だ。
ならば善後策を講じるしか無い。
正義と、良心と、未来の為に。
法案の整備と、組織の計画――日本総大賢化――を進める為に。
「であれば」
壱之口は子供の目を見る。
時が来たら私を殺せ。
それだけでこの国は一方に傾く。
●
第12条。
この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない。
又、国民は、これを濫用してはならないのであつて、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ。
●
旧官庁街、上層街ゲート。
長い筒、上の入り口が無いエレベーターが空に向かって伸びている。
上層外へ繋がるエレベーターだ。
決まった時刻に上部が上層街側の入り口と繋がるようになっている。
旧官庁街で乗る、降りる人間は極一部で、まだ上層街は来ていない。
ブッチャーや課の人間が念の為、周囲の閉鎖を行っている。
ハンターは帯刀を見る。
帯刀の体を黒いヘルメットとスーツが覆う。
ハンターと同じような、霊障対処課のスーツ。
武器は銃だ。
銃声の前。
銃口の中が光ると同時に動く。
少し遅れて地面が銃弾によって爆ぜた。
何度も銃声が響く。
ハンターは銃身に向かって直刀を振り下ろす。
切り落とされた銃身が地面に落ちた。
銃身の長さが短すぎれば必要な回転数に届かず飛距離が落ちる。
後は壱之口を現場から離せばいい、本人にその気は無いようだが。
銃身が短くなった銃を捨て、新たな銃が帯刀の手に現れる。
銃口から目を離さずハンターは走るのを止めない。
壱之口の側にはシーカーが立っている。
「霊障の法案を通したい政治家が霊障によって殺される。引き取った子供が霊障に変化して。
通るでしょうね。世論が一気に傾く」
「不服か」
「それはテロでしょう」
法も悪法も国会と国民によって審議され可決し施行される。
暴力やその他の手段を用いて国民の思考を誘導し、統一するのはどのような法であってもテロだ。
銃口に切っ先を突っ込み、潰し、切り捨てる。
帯刀の拳が飛んできた。
受け流し、投げ飛ばす。
追撃に近付くと先程よりも小さな銃がハンターを狙った。
音と同時に弾がヘルメットを掠める。
弾数が少ないのか銃を投げ捨て、立ち上がり再び銃を作り出す。
膠着状態が続いたその時だ。
全身に走る寒気と警戒。
日差しではない強い光が降り注ぐ。
ハンターは、その場に居た全員は天を仰いだ。
エレベーターの頂上、筒の上。
それは確かな質量で天から現れた。
光に包まれた人間のように見える何か。
跪かせ、名前を呼び讃えさせる生き物。
正しきの焼印を頭に焼き付ける生き物。
「……閣下?」
「年代推定不能霊障発生――!」
壱之口が呟き、シーカーが叫ぶ。
ブッチャーや課の人間が封鎖をこちら側に切り替えた。
中に入れない為ではなく外に出さない為の封鎖だ。
帯刀の動きが止まった。
呆けて霊障を見上げている。
シーカーに見張りを頼みハンターは霊障に向かって走る。
地面の小石が割れた。
ハンターは壱之口に向かって飛ばされた透明な刃を叩き落とす。
ぐるりと回転し、降り注ぐ刃を弾きながら走る。
金属同士がぶつかり合い、直刀の破片が飛び散り、甲高い音が響く。
霊障が地面に降りた。
壱之口に向かって飛んで行くのをハンターが止める。
おぼろげな光のように見えた物は硬い鎧だ。
腕で剣を受け止め、霊性がハンターを弾き飛ばす。
「……っ!」
シーカーにぶつからないように着地し、体勢を立て直す。
帯刀の意識が戻ったのか、足取り確かにこちらに走ってくるのが見えた。
2体同時の戦闘か。
シーカーが自身の装備を展開させようとタブレットを操作する。
帯刀が叫び、壱之口が目を閉じる。
両手で銃を握り。
霊障に向かって銃を向けた。
弾が地面を跳ね、霊障がたじろいだように見えた。
ハンターはすぐさま直刀を振り下ろす。
切っ先が薄い光を切り裂いた。
光の隙間から見えたのは若い男の顔だ。
目が合う。
僅かな驚きの後、好奇の視線。
それだけを見せ、光が消える。
霊障が姿を消した。
「……」
ハンターが振り返ると帯刀の体から黒い靄が霧散する。
スーツが消え、元の姿に戻った帯刀が地面に倒れた。
ブッチャーが封鎖を解き、帯刀の容態を確認する。
問題無いと親指を立てた。
シーカーが課に霊障退避を報告した後、壱之口を見た。
「それでどうします? まさか審議を止めるとは言わないでしょう?」
「……世論の後押しがあれば手抜きが出来たのだがな」
壱之口が長く息を吐いた。
眠る帯刀の顔を見る。
「全く老人をこき使う」
そう言って壱之口が帯刀の頭を撫でた。
●
テレビから国会中継が流れている。
霊障対処課の全員が、画面に目を向けている。
壱之口が映る。
反対派の質問に真っ向から反論していた。
枯れ木の様な雰囲気は影も形も無い。
ハンターはボロボロになった直刀を手入れしている。
直刀を鞘に仕舞う音が静かな部屋に落ちた。




