10章 統一思想
10章 統一思想
「暗殺者なんか俺らどうしようもねぇぞ。警察行け」
車の中でブッチャーが素っ気無く言った。
4人は壱之口の邸宅へ向かっている最中だ。
「それが、本人にその気がなくて」
「えぇ……?」
フォックスが困ったような表情を浮かべている。
否、これは本当に困っているのだ。
「流石政治家。先生のお考えは私にも判らないんですよぉ」
「心当たりも無い?」
「うーん……、仕事柄どうも……」
「政治家だしなぁ」
壱之口 采薪。
政界の重鎮。
買った恨みは数え切れない程だろう。
「霊障被害の法案を作りたいというのは本当ですし。そこは受けてくれますでしょ?」
「それは仕事だから良いが」
壱之口が霊障関係に口を出すのは初めてではないだろうか。
党内や国会の外で議論をする事はあるだろうが、表に出るのは初めてだ。
シーカーがそう言うとフォックスが目を丸くした。
「あら、そうなんです? 20年程前から熱心に活動なさってましたよ? 私も何度かお手伝いしましたし」
「お前幾つだよ」
「オホホホ!」
ブッチャーの言葉にフォックスは笑って誤魔化した。
●
壱之口の邸宅は小綺麗なデザイナーズ物件という風であった。
インターフォンを押すと、応答したのは若い男だ。
聞けば、壱之口の付き人をしているらしい。
「帯刀と申します」
「あ、御丁寧にどうも」
20代半ば程だろうか。
帯刀が家内へと4人を招き入れる。
応接室に通され、暫く待つように言われる。
シーカーが資料を取り出した。
ハンターはこっそりと部屋をスキャンする。
特に何の変哲も無い応接室だ。
霊障対処課の物より調度品が高価だが異常は無い。
ブッチャーが眉を顰めてハンターを見る。
「お前なぁ」
「暗殺者なんて聞かされりゃ慎重にもなるだろ」
「正解だ」
突如、割入った声にハンターは飛び上がる。
ドアの方を見ると枯れ木のような老人が帯刀を伴って立っている。
壱之口 采薪だ。
「慎重なのは良い……」
ハンターを見ながら壱之口がうっすらと笑う。
前のソファーに座ると同時に、手慣れた様子でシーカーが動く。
「まず、こちらの資料を」
「ああ」
シーカーが壱之口に資料を渡す。
パラパラと捲りながら時折、シーカーに質問をする。
「被害者と加害者として見るべきでは無いと言うが……」
「薬物なら薬物、テロならテロ。しかし思想は規制されるべきでは無いと言う見解で……」
「人造霊障は?」
「要経過観察、過程において法を犯していれば該当する法にて対処するべきと」
ふむ、と壱之口が顎に手を当てて考える。
「となると、警察や自衛隊に対処できる装備が必要になるが」
「是非ともやって頂きたいと言うのが本音です。数十年物位は対処出来るようになって欲しい」
「そうか」
県単位で課はあるが警察や自衛隊程、巨大な組織では無い。
複数箇所に霊障が発生すると幾つかは討ち漏らすのだ。
交番の警官が最低限の対処が出来るだけでもかなり違う。
特に災害時は霊障が発生しやすく、この国は災害大国だ。
「そうなると……」
「そちらは……」
2人の会話が次に進み、帯刀がそれをじっと見ている。
●
「帯刀君は政治家志望?」
「えっ」
打ち合わせが終わり、昼飯を食べていけと出前が用意されていた。
鰻重を食べながらハンターは帯刀に話しかける。
水を向けられた帯刀は口の中の物を飲み込み、答える。
「いえ、そういう訳では」
「じゃあ霊障対処課?」
「えっ」
帯刀が思い切り首を振る。
先程、会議を熱心に見てたから、と言うとフォックスが口を挟んできた。
「帯刀君は霊障事故で御家族を失ってますのよ」
「はい」
20年程前の事らしい。
事故の後、壱之口に引き取られて育ったと語った。
「なのでまぁ気になるというか」
「そっか」
ハンターは特に何も言わない。
よくある、と言えばよくある事だ。
モブおじさんの様に比較的、比較的無害な霊障ばかりでは無い。
「フォックス君と出会ったのもそれ位だったなぁ」
「ちょっと先生?」
「あの頃と全く変わらんなぁ。確か君、今年でよん」
「先生!?」
それ以上はいけません、とフォックスが壱之口を制する。
ブッチャーが呆れながら肝吸いを口に含む。
「法案、通ると良いな」
「はい」
ハンターの言葉に帯刀が力強く頷く。
シーカーが新香を齧りながら何処か遠くを見た。
「法案が通るまでがまた長いんだけどな」
「あぁ、それは問題無い」
何とも無い様に壱之口が言った。
反対意見もかなり出るだろう、という事は予想できるのだが、そんな素振りをおくびにも見せない。
「法案は絶対通る。今までに無く早く、な」
壱之口が断言する。
●
数日後、ニュースで法案に関するニュースが流れた。
党内で意見を取り纏めた後、国会に提出予定、との事だ。
反対意見がけたたましく流れる。
基本的人権、思想の自由、言論の自由、表現の自由、それらの侵害。
正鵠を射た意見から的外れな意見、慎重から賛成まで、あらゆる意見が流れる。
ハンター達はテレビを消し、旧官庁街と上層街を繋ぐゲートに向かう。
「こちらシーカー。旧官庁街、上層街ゲートにて脳波霊障発生。
300年物と推定。自然発生霊障、怠惰と命名。ハンター交戦開始」
霊障変生。
特殊装備展開を承認、論駁を開始します。
霊障の要、暗殺者は帯刀だ。




