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マリンミラーフォース  作者: 海北水澪
マリンミラーフォース
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第2話 1日だけの友達 その2

「あーしゃんがそんなことをねー」

 食事も終わり風呂から上がってきたミライが切ったリンゴを差し出す。帰る途中商店街の八百屋に押し付けられたものだった。大量にあるので数日は困らない。グレーテルに抱きかかえられる状態でイルニスがリンゴをつま楊枝で突き刺す。

「食べる?」

「うん。手がふさがってるから降りて」

「代わりにイルニスが食べさせてあげる」

 降りるという選択肢は彼女にはない。刺したリンゴをグレーテルの口へ突っ込み上手いことかみ砕いて飲み込む。今の彼女は、イルニスに影響されたのか、長い銀色の髪をツーテールにしてそれを帯を巻く形でまとめていた。余っている先端部分はリボンにして結んである。

「美味しいけど」

 コートはそのまま、服は通販でほしいものを仕入れた。最初はミライのものを貸していたがいつまでもそうしているわけにもいかない。美人でスタイルがいいのだから何を着ても似合う。ロングコートの下に来ているのは、どこかで見つけたジャージの短パンだけども。

「ミライにぃはなんで、遅れたの?」

「電車がね、運転見合わせになったんだよ。線路の途中に人影が見えたんだってさ。普通に考えればあり得ない話なんだよね」

「どうして?」

「だって地下鉄の駅だよ。線路内に入ることはできないから」

 踏切から入り込んだとかならともかく、トンネルが続く地下鉄で子どもが駅と駅の間にいるなんてことはあり得ない。駅から降りたにしても誰か見ているはず。考えられるとすれば地上の坑道から入り込んだとか。直接聞いたわけではないがたまたま、職員のそばにいたミライは一部始終を聞いていた。結局、子どもの姿は確認できず人はいないので、安全確認が終わり運転は再開したがここに来るまで約1時間。

「じゃあ。幽霊?」

「どうかなあ。断定はできないけど」

「幽霊、か」

「グレーテルの星にもあるの。幽霊伝説」

「似たような話ならあるよ。ある場所に行くことができれば死者の魂と相まみえることができるっていう。大変な場所だから実際に行った人は聞いたことないけどね」

 グレーテルの故郷は、ここからはるか離れた銀河系にあるらしい。彼女の星の技術であれば、簡単に往来できるが、地球にそんなことはできない。月や火星に進出して人が住むだけでも大変なのに冥王星の外と自由に交信するなんて夢のまた夢だ。ミライの知らない不思議で溢れているのだこの世界は。

「……」 

 不思議に満ち溢れているグレーテルと出会ってからまだ効けてなかったことがある。力を貸してくれた核心に迫る事実。速く聞けばここまで身構えることもなかったのだろうがここ数日はあわただしく過ぎてしまったから。

「それで。グレーテルに聞いたみたいんだけど」

「ん?話してなかったこともあったね。いいよ答えてあげる。君に力を託した理由とかも」

 リンゴをしゃくしゃく食べ続けのんびりとしている異星人。どうやらこの果物が気に入ったらしい。

「この星に来たのは偶然?それとも何か明確な目的があるの」

 爪楊枝をリンゴに刺したミライが本題を切り出した。力を貸してもらい一緒に暮らすようになってから早数日が過ぎた。明確な目的についての話を一度は把握して起きた。

「目的ならある。あるならず者の集団を追っていてさ。どうもこの星にいるみたいで。持っている情報で言うと現地で私兵を雇ってるってね」

「私兵ってアルカナマグナのこと?」

「うん。どういうつながりなのか分からないけどね」

 しゃくしゃくとイルニスが差しだしてきたリンゴを、グレーテルが口の中に放り込む。つまるところミライが知らないところ、空の向こう側でまた別の関係性が存在していたわけで。それに地球がかかわっていたのだ。

「もう一つ。君を助けた理由は、ならず者と手を組んでいる私兵と戦うためにこの星の住人と関係を結ぶ必要性があると思っているのもあるけど。諦めずに戦おうとしていたから、かな」

「それだけで?」

 ミライはいささか拍子抜けした様子。あまり予想していなかった方向性だったからで。。

「本当は、最初に出会った時から信じても大丈夫とは思ってたけど。あそこまで一人で何とか戦い抜こうとする強い意志があるなら力を託せるって確信したのさ」

 グレーテルが教えてくれた理由。ミライの生き方とか戦術に関わることを彼女は評価してくれたことになる。けれどミライからすればたわいないことだと思っていた。それが彼自身無自覚で当たり前だと思っていることではある。できることをやる。戦うのであれば最後まで自分自身が納得するまで、時には撤退することも必要だがあれくらいであれば、それには及ばず。

「でもグレーテルはオレのこと信じてくれたんだよね」

 食べ終わると、ミシンの前に座り今作っている服の検分を行う。イルニスがこれが着てみたいと希望が出たので政策に着手したのだ。元々は彼が趣味で始めたことである。それが時を経て何着も縫うようになったのである。

「ありがと」

 それだけ言うと向き直ってミシンを動かし始めた。今のペースで作り続ければあと数日。

「それは才能だと思うから自信を持っていいと思うよ」

「なあに?」

 ミライには届かないが近くにいたイルニスの耳には入っていた。けれどリンゴを食べることに夢中になっていたのか言葉の真意は分かっていないようである。今説明するほどでもないことだし、彼女ならそのうち分かる気がした。グレーテルはイルニスの頭をなでる。こうして夜は更けていく。

 ※

 次の日。平日だからミライとイルニスはEPTO東京本部に出勤しなくてはならない。目が覚めたので着替えるため、布団から出ようとするが。

「……」

「すぅ……」

 体が重いのでよく見るとイルニスがしがみついていた。この年頃の少女にしては発育のいいほうで胸のふくらみが彼にあたる。そもそもイルニスはスタイルがいい。平均より大きいという事実を実感してても考えないふり意識をそらすのだ。柔らかい感触が彼の考えを乱すから危険。恐らく寝てる間に入り込んだと見える。たまに冷え込むと寒いからと言って、彼の布団の中へと入りこんで抱き着くのだ。彼自身もこれには困っているので、やってはいけないと説明している。そもそも昼寝で一緒に寝るのとはわけが違うという認識だが、彼の説明も確信を避けている。それもあってうまく伝わらない。

「もうこれだから」

 邪険にはできないし、腕をゆっくり引き離して彼女を布団の中へと戻した。起きることなく寝息を立てている。いつも通りもう少しだけ寝かせてあげているのだ。

 着替えて先に起きたミライが朝食の用意をする。眠い目をこすりながら、リビングに出てきた。そこにはすでにグレーテルが着替えて座っている。片手には新聞。テレビはニュースを報じていた。離婚がどうのこうのとか言っているところを見ると芸能関係か。

「早いね」

「僕たちは睡眠時間を分割することができるから」

 随分と便利な能力だな、とミライは思った。人間はそういうことには向いていない。連続して寝るか短時間で終るかの違いだ。

「お茶ならあるけど飲む? 」

「いる」

 マグカップに注がれた紅茶を受け取り、キッチンに立つ。これから朝食を作るわけだが毎日同じものしか作っていない。仕方がない。朝は時間がないのだから。フライパンをコンロの上に置くと、慣れた手つきで卵を割る。今までは二人分だったがグレーテルが来てからは少しばかり量が増えた。

『では、次のニュース。昨晩若い女性が殺害されるという事件が発生しました。現場周辺からは凶器などは発見しておらず、警察は今までに起きた事件との関連を調べています」

 いつの間にやらコーナーが変わっていた。最近、手口の明らかになっていない連続殺人事件が続いておりそれを報じたものだった。連日この話題でどこの番組も持ちきりだった。朝の情報番組も昼のワイドショーも夜の報道番組もすべて。

「んー、ミライにぃ」

 目をこすりながらイルニスが起きてきた。いつもならばもっと遅い。ごはんができてからのはずなのだが。

「どうしたの」

「だって」

 イルニスが、リモコンを手に取りチャンネルを変えていく。そしてどこかで見たことあるような、アニメが流れているところで止める。イルニスの目当てはおそらくこれだろう。

「クラックスの特集やるから。それで起きた」

 半目になっている状態で椅子に座る。グレーテルからマグカップを受け取るとこくこくと喉に流し込み始めた。そしてテレビを凝視する。見たところアニメとかゲーム関係の情報を紹介する番組のようだった。司会の女性はイルニスの読んでいるアニメ雑誌で、主演西友としてインタビューに答えていたのを見たことがある。

 高篠えるな。新進気鋭のアイドル声優として人気を博す。逸れでありながらコントの脚本を書いたり大喜利で見事な回答を披露する、マニアックなモノマネの疲労などであらゆる装から人気を誇る。

「それ見終わってからでいいから着替えるんだよ」

「んー」

 椅子の上で縮こまりながらお茶を飲む。コーナーが終わるとクローゼットのほうへとひょこひょこ歩いて行った。中身はミライが今まで作り上げた洋服が全て詰まっている。それらはすべて彼女のために作られた一点もの。

「どれにする?」

「うーんと、これ」

 青を基調にして金色の飾り帯が取り付けられたゴスロリ服を選ぶ。ミライが作った中では最一番最初の作品。そしてイルニスお気に入りの一着だ。無論どの服も大切なものであるが。ッ自分のために服を用意してくれたのが嬉しかった。その時の感情をも今も覚えているのである。

「じゃあ紙結んであげるね。いつもと一緒でいい?」

 こくこくと頷き着替える。服を着こんだところで、グレーテルが髪を整えた。これらすべてミライが担当していたが、転がり込んだ日から銀色の異星人少女の仕事になっている。イルニスが最初は一人でやっていた、しかし難しいということで彼が手伝うことにしたのだがそうなると朝ごはんまで手が回らなくなる。そこで仕事の分割が行われこの家には毎朝、食事が用意されることになったのである。

「どうかな」

「完璧」

「やった」

 手鏡を見て自分の髪型をセットしてもらった、イルニスがほめる。長い小豆色の髪は基本ツーサイドアップにまとめることが多い。それ以外であれば三つ編みにしていたりツーテールにしたりとたまに気分が違う時は、そういう要望を出すこともある。

 準備がすべて終わったところでミライの声が聞こえる。

「できたよ」

 ベーコンと目玉焼き、焼いた食パンをさらに載せる。シンプルな朝食だが忙しい時間はこれが一番楽なのだ。コーナーが終わったのかイルニスが立ち上がり料理の盛られた皿を、机に卸していく。

「じゃあ食べようか」

「おいしそうだね」

  フォークを手に取り目玉焼きをグレーテルが切り分ける。イルニスのほうはといえばベーコンを口に運ぶ。やる気がもう少しあればサラダなどもう一品出す気にもなるのだが糖分は改善されまい。別にイルニスに手伝わせるとか何もしないからどうとかいう気持ちは特にない。わがままを言われたところで許す。理由は美少女だからとかちゃんと仕事を全うしているとかいくらでも理由はつけられるのだ。究極のところは一緒に居たいからなのかもしれない。

朝の悩みどころはどれだけ効率化を図ったところで時間に限界が生じるところ。これはどの人も抱える永久の悩みなのかもしれない。

 ホームにて電車が来るのを待つ。急行電車に乗れば早く着くが長距離を走るため未来たちの最寄り駅に到着する頃には座れる余裕どころか乗るスペースがあるのかも怪しい。だとしたらゆったり座っていきたい。地下鉄に直通しているのでどこかで乗り換える必要もないのだから快適である。

ドアが開くと乗り継ぎで降りる客が数人出てきた。入れ違いで乗り込むと車内に見慣れた顔を発見する。いつも同じ電車に乗っているのでここで会って通勤するのだ。

「今日も遅刻せずに来たわね」

「帆霞」

 ドア近くの座席に腰かけている少女、八幡帆霞が話しかけてきた。その隣にイルニスが座る。

彼女はミライとイルニスが住んでいる街より4つくらい隣の駅を利用しているのだ。各駅停車しか止まらない小さな駅に祖父母と暮らしている。両親は仕事の都合で海外に行っているゆえの処置らしい。

「今日も何事もないといいね」

「どうかしらね、そろそろなにかありそうだけど」

 二人の所属は調査班。街に何か異常や通報が入った段階で調査に赴く。しかし依頼がなければ普通に施設内から出ないのだ。何事もない場合、各々がそれぞれの作業場で職務に取り組むようになる。

「そういえばおもしろい話を教えてあげようか」

「何さ」

 帆霞がいつも考えていることを、朝になると発表するのだ。というか夜寝る前にそういうことを考えているらしい。小話でも作るのが趣味らしいがその源泉は彼女の読書家ぶりにあった。一カ月に10冊以上は読むというのだから驚きである。

「矛盾っていう、単語があるでしょ」

「縦と矛がどっちも最強とか言ってたやつ?」

 誰でも知っている故事成語だ。別に意味の解説なんてぬるいことを帆霞はしない。彼女はいつもあらゆる物事を正反対の角度からえぐりこむ。

「あれってつじつまが合わないことの由来みたいな話だけど、もっと別の見方がるって私は思うの」

 手すりに寄りかかった帆霞が切り出す。電車は地下鉄線内に入ったらしく外は真っ暗だった。ターミナルよりも都心側にに向かうゆえに乗った時より人が増えていくわけで。イルニスはミライの隣で、漫画を読んでいる。大体の場合会話をしないだけでイルニスも話は聞いていた。

「あれはね、トークセンスのない人を表しているのよ」

「どういう意味さ」

 釈然としないようすでミライが訪ねる。それを見て得意そうになる帆霞。

「あそこでは両方を立てるような言い方をすればよかったのよ。子の盾を破ることができるのはこの矛だけだって。ね。盾は矛以外すべての攻撃を防ぐから両方あれば天下をとれるみたいなことを言えばいいの」

 帆霞の小話が終わったところで電車が最寄り駅についた。ドアが開きミライたちも下車をして地上を目指す。ホームには同じように下りた人間が多い。この人間のほとんどがEPTOの職員であり、今から出勤するのだ。

「まーた大名行列だ」

「この時間だからしょうがないって」

 誰が言い出したかは知らないが、この出勤風景のことをこのように形容したのだ。駅の警察口から地上に出ていき本部ビルへと入っていく。そしてゲートをくぐったら低層階向けエレベーターに乗り込むと7階で降りた。

「おはよー、ございます」

 いつの間にやら先頭を歩いていた。イルニスが気の抜けたアイサツをする。会議室の中には男女が数名既にいた。服装もバラバラで年齢も統一感がない。数にして5人。

「やっはろー。イルニスちゃんは今日も元気だね」

 調査班の中ではめずらしく制服をちゃんと着た女性が手を振る。代田葵だ。服装が自由なので珍しい。

「……おはよう」 

 スカーフをマスク代わりにしているジャージ姿の大男がゆっくりと挨拶をした。一瞬だけ開かれた目は鋭く、一昔前のような映画スター^を思わせるような顔つきをしており彼の名は唐木田博文。その外見からイルニスはウルフと呼んでいる。それが知らない間に広がっており他部署でもとおるのだからおどろきだ。

 それ以外にも部屋にいる人間が、各々挨拶を返してくれるのだが一人だけ例外がいる。イスの背もたれを倒して爆睡している人物。参宮蓮だ。

「……」

「蓮また寝てる」

 雑誌の表紙を飾るようなモデルにも似た顔つき。ウルフとは正反対のさわやかさを前面に押し出したような美青年だ。

「蓮さんはいつも寝てますね」

 部屋の正面で、スクリーンの準備をしているのが詩織。葵同様、制服を着こなしているのだが彼女の物はまた違う。上官を表すものでエリート街道まっしぐらスピード出世、EPTO機体の星とは彼女のことである。誰が言っているのかは知らないが巷ではほぼ自称ではないかと思われているようだ。ただイルニスだけは純粋なので本当に信じている。事実、彼女の向上を聞いたとき拍手をしていた。

「いつも一番乗りだから蓮」

「どれだけ急いでも私より早いんです」

 負けず嫌いの詩織はどうにかして勝とうとする。妙なところにエリート根性を出している。

「さて、みんなそろったことだし少し早いけど連絡会を始めようか」

 スクリーン前に座っていた黒いコートを着た男性ーチーフでもある厚木が会議を始めた。調査班が行っている連絡会のようなものだった。EPTOにはこのような組織がいくつかあるのだが大体どこも朝はこんな具合である。会議室に集まったメンツは多種多様。イルニスは脚を揺らしているが、ミライの方はノートに要点をまとめる。

「まずは新しい仕事が下りた。知ってる人もいるかもしれないけど、幽霊騒ぎというか幻覚被害の話」

 イルニスの髪が少し動く。中には初めて聞いたという顔をしている者もいる。疑問を口にしたいという思いもないわけではないが、ここはまだその時ではない。

「事故が起きた、という事実も不可解ではあるんだけどもう一点。この現場の近くで殺人事件が起きているんだ」

「殺人事件なら警察が捜査捜査するんじゃないんですか」

 黙っていた詩織が口火を切った。彼女は警察とEPTOが担当する事件の、線引きに少しばかり厳しい。警察で処理できるものはそちらで処理を極力行うべきというのが彼女の持論であった。といっても実際はそう簡単に仕切れるものではないのである。

「普通の殺人事件ならね。だけど今回のは違う。被害者の殺された方が全く同じなんだ。傷の位置も切られた箇所も」

 自分の指で首を切る仕草をする。それだけでどういう殺され方なのかが分かるが、あまり持ちたくはない共通認識。。ここまで話してから、前方のプロジェクターに資料を移す。

「あとで送りはするけど、調査してもらうのはこの二つの事案。殺人事件に関するチームと幽霊騒ぎに関する調査をするチーム」

「ミライはどう思う。幽霊とか」

 隣に座っていた帆霞が突っつく。彼女はこの手の話が得意だった。民俗学とか都市伝説とかホラーに関する話の収集に余念がない。

「いない。って言いきりたいけど。何が起きてもおかしくないから」

「私はいると思うな。っていうかいたほうがおもしろいでしょ」

 フフフと帆霞が笑う。彼女の中では面白いかそうじゃないかの願望が判断基準になっているらしい。

「幽霊か、そうじゃなくても妙な力は確実だろうねえ」

 葵のほうはどうやら懐疑的だった。まだ断定はしていない他の可能性も探るべきらしい。機械工学に詳しいらしく、超常現象を分析して乗り込もうとする人間なのである意味、理論的だった。

「んじゃ帆霞君とミライくんたちには幽霊騒ぎの現場を見に行ってきてもらおうかな。博文と蓮はA地区の殺人事件現場を、詩織君と葵君にはB地区の調査だ。じゃあ解散だ」

 割り振られて、仕事の内容を確認すると、外に出ることにした。厚木は重役会議があるということで既に別の回想へと移動する準備を始めちた。残されているメンバーも各々任されている仕事の対応に移動することとなる。ばらばらと散っていく。そしてミライとイルニスは帆霞とともに任務におもむくのであった。

 博文と蓮の見解も聞いてみたかったところだが、すぐに出て行ってしまった。

 事故が起きた場所というのは、都道の一角であった。交通量の多い道路でイルニスたちが通ってきた道路の少し期先にある位置。検問を受けた場所からテープが張られており厳重に立ち入りが制限されているらしい。

「イルニス昨日ここきた」

「何か覚えてる?」

「全然分からない。車の中から見ただけだから」

 そもそもイルニスがここを通ったのは夜だった。車で一瞬だったこともあり判断は難しい。そうなるともう一人の目撃者たるあざかの証言も聞きたいところだが、そちらは厚木が会いに行っているため情報は後程共有される。

「行ってみましょとりあえず」

 テープのそばで見張り番をしている警官に挨拶をしてから現場を見せてもらう。しかし妙ではある。交通事故が起きたとはいえ死者は通報されていない。もう何時間も経っているのだが、ここだけは封鎖しており誰も入れないという強い意志を感じる。

「お待ちしておりました。警視庁の三輪です」

 事故現場の近くには今でも大勢の警察官たちが現地調査をしている。3人を出迎えてくれたのは三輪という若い刑事だった。真っ黒のスーツを着て銀色のメガネをしている真面目そうな人物である。

「海老名と八幡です。こっちが」

「イルニス」

 青い瞳をした少女がまっすぐと見据える。雰囲気こそぼんやりとしてはいるが、いつしかその目ははっきりと知ら光を宿らせていた。やる気を見せているときの彼女の特徴。青い瞳は現実を受け入れ、認識する証。

「タダの交通事故として処理するには不可解な点が多すぎる事件でして。それでEPTO側にも調査を今朝がた依頼させていただいたんです」

 実際に車がぶつかったと思われる場所を三輪刑事がミライと帆霞に説明をする。イルニスの方はといえば、事故の痕跡を観察していた。持参の懐中電灯を照らしてわずかな証拠がないかを探している。

「不可解な点って言うと、幽霊疑惑というか幻覚騒動の話ですか」

 帆霞が切り出す。あくまで仕事であるのでトーンは抑えめに。ここで前に出すぎると相手に警戒させてしまうしこちらにも不利になる。

「実はそこなんです。運転手の証言を取り調べていたんですけれど急に子供が飛び出してきて道路の真ん中で遊んでいたっていうんです」

 イルニスが昨日聞いていた通りだった。そもそもここは国道。横断歩道ですらないのに、子供が飛び出してくるというの妙である。ボールで遊んでいてそれが飛び出して追いかけてきたというわけでもない。

「それで、避けようとして激突して事故を起こしたと」 

 車線を分ける中央に車が激突してできたと思われる傷が残っている。周囲には車の破損した部品が飛び散っていた。巻き添えをして対向車にぶつかったらしい。

「一応、運転手の証言についても記録はとっております」

 幽霊が出たというのはともかく、子供がどういう顔をしているかがわかれば身元の紹介もできる。しかし、暗かったところで瞬時に子供を避けようとすれば判断をそちらに集中しすぎたせいで、記憶にも残っていないかもしれない。

「ありがとうございました」

 3人ともお礼を言って、その場を後にした。そもそも事故現場そのものには、アルカナマグナが手を引いたという痕跡はなかった。粉であるとかなにか探し物をしているとか。。

「幽霊とか幻覚の正体がわかればねえ」

 一旦戻るしかないと思っていた時、通信が入った。通信相手は厚木である。

「二人とも、緊急の通報だ。すぐにこのそばへ移動してもらえないか」

「何があったんです」

「殺人事件。さっき警視庁から入電があって遺体の特徴が今までの、物と同じだったらしいんだ。君たちが一番近いはずなんだ。詳しい場所はこの後に送る」

「分かりました。対応します」

 通信機の電源を切ると、地図が表示された。ミライがそれを見ると怪訝そうな表情をする。イルニスと帆霞はそれを見逃すことはない。

「どうしたの」

「見てこれ、公園みたいなんだけど」

 地図に示されていた遺体発見現場は公園だった。それは近いといわれていた通りだったが、幽霊が消えたといわれる方向にある場所だった。後では同じような情報が入っていたのか警察があわただしく動き始めた。

 公園の周囲にロープが張れており、パトカーが集結している。早速野次馬が集まり始めていた。これではもはや時間の問題である。

「こっちです、こっち」

 事前に連絡が入っていたらしく、案内してもらった。まさしく実況見分の真っ最中だったらしい。警視庁の鑑識はもちろんEPTOの職員と思わしき、姿も見える。

「厚木さんから話は聞いております。そちらも別任務があったらしいんですがどうもすいませんでした」

「どういう状態なんですか」

「首を切断されているようで、即死です。死後数時間は経過しているかと」

 植込みの茂みになっているあたりが遺体発見現場で、見つからなかったため発見が遅れたらしい。今までの事件と同様の手口だ。

「これで犠牲者が3人」

 写真はないが手口がまとめてある書類を見せてもらう。遺体はすべて運び出されて警察病院へと運ばれたという。

「で、死亡した人間なんですが免許証によると江口マサルという会社員のようです。今こちらでも調べています。ただ財布がそのままなので物取り関係ではないかと」 

 これだけでは何で殺されたのか分からない。金が欲しくて殺したわけでもなく通り魔にしては共通項がない。帆霞は情報を集めながら、整理していく。情報収集と分析は、彼女の得意分野だ。赤いフレームのメガネを取り出し、今までのデータをノートに書きこんでいく。というか現状はこれしかヒントというか手掛かりはない。アルカナマグナが起こす犯罪といっても共通点や、手口を分析しながら相手の正体に踏み込んでいくしかないのだ。武装兵器や対抗手段についてはEPTOが圧倒的に勝っているわけだが。

 ただそういった状況を打破するためのもう一つのカードが存在する。それがイルニスの持ちうる知識と観測だった。そもそも彼女は人間ではない。人ならざるもの。その力をもってして人間たちに与しているわけで。アルカナマグナの手口や遺留物から突破口を切り開く役割を担っていた。しかし彼女の見識にも限界があったから現在は、打ち止め状態ではある。そのイルニスはといえば、先ほどと同じように、現場を再度確認していた。

「ミライにぃ」

 とおもったらミライの隣に来ていた。

「どうしたのさ。何か分かったの」

「敵の正体は分からないけど……。さっきと同じ気配を感じる」

「気配?」

「強い憎しみというか、怨念というか。何かに対する強い感情を感じた」

 恨み、憎しみ、恩ねん。それだけの強い感情の持ち主がこの事件に関わっている。被害者側ではなく、加害者側によるものだとしたら今まで遭遇したアルカナマグナとは異なってくる。

「うーん……」 

 分からない。幽霊と殺人事件。何かがつながっているはずなのだ。さっきと同じ気配をここでも感じるということは、幽霊が持っているものなのかもしれない。

「他に何か感じなかったかな」

「多分だけど。一人だけの感情じゃない。複数のもの」

 イルニスが言葉を選びながら証言する。そもそも感じたといってもサイコメトリーのようにはっきり見えるわけではない。いわゆるオーラが見えるといったようにうっすら感じるようなものなのだ。

 僅かながらで感覚的なものではあるが、事件のとっかかりのようなものを少しばかり津tかんだような気がする。

 殺人事件の検査を終えて、本部に戻ってきた。他のチームも大体揃っている。情報報告会である。ここで大まかなことを確認する。ミライたちが報告する件数は幽霊騒ぎのこと、第3の殺人事件についてのこと。博文と葵たちが調査してきた情報の報告がお壊れる。

「みんなそろったようですがチーフがまだ戻られないとのことなので、作戦立案や方針の対応についての指揮は私が担当いたします」

 詩織が壇上に立ちあがって、作戦解説の取りまとめを行い始めた。まず被害者の個人情報が明らかにされる。片方の連たちが行った方は30代のサラリーマンだった。勤務態度はまじめであるが、過程ではあまりいい素行とは言えなかったようである。こどもがひとりいたようではあるが、離婚で引き名はされていたのだった。

 もう一人。こちらは女性である。一人暮らしなようで結婚歴も離婚歴も存在しない。が、前科もちだった。半月前にスリをやって捕まっている。現在釈放中だが殺されたようである。そして三人目、ミライたちが急遽担当することになったあの男だった。

 帆霞が詩織に報告し、共有された内容を彼女が説明してくれる。

「3番目の犠牲者、江口マサルですね。この男は他二人と同じように首を斬られて死亡したようです。で、容疑者については絞り込まれていない、ということで大丈夫ですね。帆霞ちゃん」

「ええ、その通りで」

 赤いフレームのメガネをかけたままの帆霞が返答をする。急遽持ち帰ってきた情報だったため手持ちの書類と、帆霞の情報とを共有しながら会議を進めていく。今のところ共通項らしいものは見えてこない。

「ちょっといいか」

「はい、なんでしょう」

 唐木田博文ーウルフが挙手をして発言を求めた。短い言葉だが迫力がある。

「実は、二つの殺人事件で共通しているかは分からないんだが。このあたりで見慣れない子供が歩いているのを見たっていう証言があってな。一応目撃者の証言を参考にして、警察側に似顔絵を描いてもらってきた」

 彼の手によって似顔絵が提出される。濃い鉛筆で描かれる目鼻立ちのはっきりした輪郭であった。原始的ではあるが情報は少ないよりも多いほうだった。

「見慣れない顔ですね」

 二つとも小学校高学年くらい。あくまで推定であるが、

「警察のほうでも過去の事件で関連がないかは今調べてはもらっている」

 EPTOは都道府県の警察組織、防衛省、公安調査庁とそれぞれ協力関係にある。特殊戦略捜査班と一番接点があるのは警視庁なわけで情報照合はそちらで行われ結果が知らされるのだ。それはそれとして、イルニスが展開された顔写真を見つめる。

「何か気づいたの?」

「分からない、知らない顔だった」

 いくらイルニスでも、知っていることには限度がある。この線で彼女の情報や知識を足りるのは難しい。あくまでアルカナマグナ本体に関すること、そして彼女が直接触れ合った存在に限られる。その辺は普通の人間とはある意味変わりない。結局情報をまとめて胸中しただけでいったん散会となった。厚木が次の指令を恐らく考える。そしたらまた招集されるだろう。

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