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マリンミラーフォース  作者: 海北水澪
マリンミラーフォース
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第1話 青き星へ来た者 その1

「ミライくん」

 誰かが名前を呼んでいる。ふわふわした空間の中ではっきりと聞こええた。応じるのがきっと正しい選択。

「……」

 目を開けた少年の視界には緑の庭が広がっていた。その目の周り伸びる長いまつげは彼の少女っぽさを強調している。周りはどこかの公園のようにも思えるがここは東京の中心あたりにある駿河台に建てられた高層ビル。その中間くらいの高さに設けられた庭園だ。

「んー……」

 目をこすって、起き上がると自分の周りを確認した。もう一方の手は傍らで寝ていた少女の手を握りしめている。つないだまま眠っていたわけだ。こちらも目覚めたらしく、ゆっくりと体を起こす。

「やっぱりここだったね」

 さっきまで眠っていた少年―ミライの前に一人の男が立っている。 

「チーフ」

 ミライの隣に座っていた少女―イルニスが別の呼び名で男のことを呼ぶ。彼はミライとイルニスに一番近い関係の上司だ。名は厚木元哉。年は20代後半くらいだったか、少しだけ色の抜いた髪を肩の辺りまで伸ばしている。背丈は平均的な男性以上、黒の裾が長いロングコートがとても似合っていた。その落ち着きからくる優雅さと冷静さをもちあわせた外見と言動から若い女性からのファンがとても多い。軽薄そうな表情を浮かべているのだが、嫌味に感じないのは彼の優雅さゆえの物だろう。

「二人とも目覚めたかい、それなら仕事の話をしようと思うんだけど」

「はい、手間を取らせてすいません。大丈夫です」

 普通仕事の話と言う時には真面目な表情になるのだが、厚木に関しては笑ったままで表情は変わらない。何があっても表面上は笑みを絶やさない。それがこの男なのだ。ミライが話を聞くために厚木が、腰を下ろしたのと同じテーブルの向かいに座る。イルニスが黒髪の少年に歩み寄った。

「座っていい?ミライにぃ」

「いいよ、おいで」

 自身の膝の上にイルニスを座らせる。最初の頃は少しだけ重いとも感じたがもう慣れてきた。不快感も何もない。先ほどからそれらのやりとりを怒りもせず一言も挟まなかった厚木が見計らって口を開く。

「準備はいいかな?」

「お願いします」

「じゃあこれ見てね」

 クリアファイルには数枚の紙が挟まっており、紙片にミライの足の上に座っているエプロンドレスの少女が手を伸ばす。イルニスの隣から内容をうかがうと

「火事?」

「そう。最近頻発してるらしくてね」

カバンから写真と紙束を、今度はミライに手渡す。紙束の方が被害者の身元が枯れている物らしい。

大山真 32歳

坂下俊夫 29歳

仲木戸恵美 27歳

寺井沙由香 31歳

三橋健太郎 28歳

 年齢も性別もバラバラ。共通項は自宅か職場が東京東部から千葉県にかけて存在しているということ。これだけ見るとただ連続放火魔が出現した、あるいはたまたま火事が続いたとして片付けられるかもしれない。しかし何か物言いたげな少年の挙動を厚木は察していた。

「ん、どうかした?」

「うちが担当するってことはただの事件じゃないだろうなって思って」

「察しがいいね」

「もう慣れましたし」

 飽き飽きしたという感じでミライが少々投げやりに応える。 

「君の言うとおりだよ。どうも連中の仕業じゃないかって」

「連中って、アルカナマグナ?」

「恐らく」

 ……いつから言われ出したかはわからない。

 少なくとも五年ほど前にはあったらしい。らしいと推測なのはミライが知ったのがそれくらいの時期だからだ。アルカナマグナと呼ばれる存在たちが奇妙な犯罪を起こしている。それらは普通の人間では手が負えない。彼らに対抗するのが海老名ミライと彼の連れの少女イルニスが属す組織 ユーラシア環太平洋条約機構 通称EPTOである。

「それで、どこへ行けっていうんですか?」

「うん、君たちに行ってもらうのは新しい犠牲者が発見された地点だよ」

 ミライの問いかけに厚木は地図とメモの切れ端を彼に渡す。住所から推察すると今までの事件同様東京と千葉の県境付近。本部からさほど距離はない。

「気を付けてね。最近はそれ以外にもいろいろ起きてるから」

「昨日のことですかね」

「そうだね、EPTOでも話題になっているくらいだし。隕石騒動」

 ミライも知っていた。夜中に隕石が降ってきたという話が話題になっているのだ。詳しいことは分からないが、はっきりとした光を持つ流れ星が空を駆けたという証言が多く寄せられているらしい。

 といっても現状では、まだ何もわからないのだが。机上の紙束を全てまとめ仕舞うとガラス戸へ向かって歩き始めた。取っ手に手をかけたミライに対して茶髪の青年が呼び止め、コートの内ポケットに手を突っ込む。そして、中のものを出した。

「忘れものだよ。また改造したの?」

 ミライが振り向きざまに片手でそれを受け取った。遠距離方面の調査をする際用いるバイクのカギだ。本来であれば彼が持っていてしかるべきものなのだが整備の際や彼のように何らかの改造を施す際は一旦組織側に明け渡す。

「なんか加速が悪いんで」

「あとでなごみちゃんにお礼を言っておくんだよ」

 少年が頷いて、ガラス戸へ向かっていく様子を厚木は見ていたのだが。その顔にはやはり笑みが浮かんでいた。なごみというのは技術系部署に属している永山なごみのこと。ミライの要望に応えてくれる存在でもあるので、余裕ができたらいつかお礼に行かないといけないとは考えていた。

「多分、あっちの方角」

 信号待ちで止まった時に地図を見ながらイルニスが指を差した。バイクの後ろに彼女を乗せて公道をひたすら飛ばす。

 イルニスは黙っていればかなりの美少女といえる。フランス人形のような精緻な顔つき、小豆色の混じった色素の薄いブラウンヘアー、サファイア色をした水晶のような形の瞳。ただ残念な点を上げるとすれば突拍子もない発言をして回りを翻弄させることが多々見られるということだろう。ミライも出会ったばかりのころはよくわからず振り回されていた。しかしそ打いった部分を中には魅力の一つと捉えるものもいるらしい。その人気ゆえにファンクラブがあるとか、分からないだけで実際はそれ以上に隠れファンも数多くいるとかいないとか。そんな噂が出回っていた。確か数週間前に彼女にチョコレートを手渡している少女を見かけているので噂の半分くらいは本当とみていいかもしれない。今も歩道から何人か振り向いたり立ち止まったりしているのだから。

 他の車が進みだしたのを見計らって、大通りを左折し二車線に減った道路を五分程度走ると木々が見え始めた。鉄筋コンクリートやら人工物が多い風景の中にこういった自然があると新鮮な風景に感じる。

「ここじゃないかな」 

「公園?」

 入口の看板を見た限り市立公園なので広い。併記してある地図によればサイクリングコースやアスレチックなども奥に行けばあるようだ。数年前に奇妙な形の建造物を作ったことで、名を馳せたこともあった。しかしが最近は忘れ去られてしまったようであまり話題に上ることはない。

「面白そうなことやっているみたい」

「少しだけなら見てきてもいいけど、オレがどのあたりにいるか分かってるの?」

「大丈夫」

 なだらかな坂を下り人だかりのもとへと駆け出して行ってしまった。一度決めると彼女は行動が早い。

 入口の近くから左手の奥の方へと歩みを進めていくと雑木林が生えている一角が今回の目的地だ。ごくまれに近道で通る人もいないわけではないが夜は暗いのであまり使いたいとは思わないだろう。木々が生い茂り光もほとんど射さない。どこか不気味な印象をくる人物に与える。白いテープが張られ内側には焦げた跡が見て取れた。絵に描いたように分かりやすい火災の現場だ。

 そんな場所でミライの目を引く人物がいた。膝下くらいまでの長さがある紺色のコートという出で立ちで手袋とブーツのあたりがそれより更に暗い色だった。数少ない露出部位の首から上の顔あたりだけがそれらと相反するように白い。髪は独特な光沢を放つ銀色で思わす触れてみたくなる。外人モデルか何かだろうか。見たところ少年と背丈は同じくらいだ。見入ってしまうが別に可憐さによるものではないだろうと思う。容姿の優れているというならイルニスだって年齢は違うだろうが同じだ。しかし目の前の人物には今まで抱いてきた印象とは別の何かを感じる。

「あの……何か探してるの?」

 思い切って話しかけてみる。

「んー。ここで何があったのかなって」

 少女……という言葉が似合う年齢なのかは分からない。しかし女というのは年齢と外見が比例しないことだってよくある。ミライはそのことをよく理解していた。

「火事、らしいけど詳しいことはあまり話せないよ」

「なるほどね。君はこのことを調べてるのか。僕と一緒だ」

 瑠璃色の双眸にミライの姿を映す。まつ毛が長く瞳が大きい。

「そうだ、あそこのあたりに何かあったよ」

「え?」

「ヒントはあげたし、じゃあ頑張ってね」

 聞きたいことがあるのでミライは振り返って呼び止めようとする。しかしそこには銀色の髪をした少女はもういなかった。さっきまでそこにいたのにまるで消えうせてしまったようだ。

「何だったんだろ……」

不思議に思いながらも、言われたとおり植え込みの草の中に手を突っ込む。大して時間がたってないのかさほど奥にはなっておらず手を少し伸ばしただけでつかめた。色は緑と銀の二色。中央には二首の竜が描かれなんだかわからない英語の文字が配置されている。中身は品質表示を見る限りエナジードリンクか何かの類だろう。普通ゴミは持っていかれてしまうところだがこれだけゴミ箱に入ってなかった。大方歩きながら投げたのだろうが、入らずここに落ちたのだろう。

「見つけた」

 入れ違いになる形でイルニスが落ち葉を踏みしめてやってきた。丸められた紙がエプロンとドレスの間の隙間に突っ込まれている

「イルニス、途中で銀髪の人見なかった?」

「知らない、そんな人」

「でもイルニスの方角に歩いて行ったんだけど」

「見てない」

「え……」

「ところで現場ってこれ?」

 ふに落ちないという様子のミライをよそにイルニスがテープの内側に入り込む。少年にわからないことでも彼女ならば何か分かるかもしれない。片膝をついて煤を払い焦げ跡を指でなぞり始めた。

「何かあったの?」

「いいから来て」

 イルニスが、手招きしてミライを呼ぶ。ロープを飛び越えると彼女と同じように片膝をついた。少女が人差し指を同じ目線にそろえたミライへと差し出す。指先には鮮やかな緑色の粉末が付着していた。足元にはなぞった付近以外には似たようなものは確認できない。

「これ、なんだと思う?」

「孔雀石とか翡翠かと思ったけどそんな穏便なものじゃなさそうだね。持って帰って科捜局に回そう」

 指に付着した分を振るい試験管にいれ立ち上がる。これ以上は何か得られるわけでもないしデータ照合をしたほうがいいという判断からだ。

「せめてもう少し能力が分かればどういうアルカナマグナか分かるんだけど……」

「大丈夫だよ、これもあるし。本局に戻ってデータを照合すれば敵の素性も少しわかるって」

「ミライにぃこれどうしたの?」

「拾ったんだよ。さっきイルニスに見たか聞いた人」

「その人ってもしかして……」

 一瞬心当たりがあったのか黙って考えていた。がすぐに違うと感じたらしい。スカートの裾についた砂を払うと立ち上がりロープを飛び越えた。出口を目指して歩き始めたイルニスを遠目で見ていたミライは一応だが何か取りこぼしがないか、周囲を調べていた。しかし何も見つからないので彼もロープをくぐってイルニスの後を追うことにした。

 その時だった。

「ミライにぃ危ない!」

 イルニスが突如振り返って叫んだ。ミライの背後で何かが動き攻撃を仕掛けてきた。それに気づき回避しようとする。

「っ!」

 ミライはよけた。しかし、何者かの動きで枝がはねたことにより右手の甲を切った。血が飛ぶが痛みは耐えられる。それを見てイルニスが大地を蹴って飛び掛かると、逃げようとした刺客に追いつく。殴り飛ばして地面にたたき落とすが、次の瞬間には砂になっていた。瞬間的な出来事だが、イルニスは敵の正体をはっきりと認識した。ローブを着ていた人型。

 起きたことが分からないまま少年は立ち尽くす。

「どうなってんの、これ……」

「見せて、ミライにぃ」

 少女が彼のもとへ駆け寄り傷口あたりをハンカチで縛る。その手は流れ出した血で赤く染まっていた。

「これで大丈夫。ちゃんとあとで医務室行かないと」

「……何なのかな今のって。本気で殺そうとしてるんなら戦いに持ち込もうとするのにどうして逃亡したのか分からないよ」

 ミライの疑問に少女は唇に指を当てしばし逡巡する。アルカナマグナについて言えばその経歴ゆれ彼女のほうが詳しい。やがて何か思い当たる節があるのか口を開き

「多分刺客だと思う。ミライにぃが調べるのを妨害するために。殺せればそれでよし、死ななくても警告としての意味合いもたせられるから。多分砂になったのは証拠隠滅」

「強引だな」

「でも……今ので敵の目星もなんとなくついた」

「ふうん、俺を打とうとして手の内を結果としてさらすなんて皮肉だろうな」

 死にかけたとは思えないくらい呑気な調子で言葉を返すが、実際一人だったらここまで気を保っていることもできない。半狂乱になるなんてことはないが物事を分析できるだけの冷静さを取り戻すのに今以上の時間がかかるのは確かだ。

「行こうか」

 ミライが歩き出すとイルニスが隣に寄り添ってその手を握る。彼を守るようにして、周囲に気を配る。何かあった時ミライを守れる力を持っているのは自分だけだ。ミライも周囲を見ているが、少女のほうは死角になっている背後に目をやる。異常は見られない、が気も抜けない。風が吹き抜けていくが、心なしかイルニスにはどこか人が泣いているような声にも聞こえた。

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