第0話 真実と嘘が入り混じる街 その3
※
イルニスが鉄扉を開ける。奔っているうちに日は暮れて、辺りは真っ暗だった。冷たい風が吹きすさぶ。刀を構えた少女が一歩一歩踏みしめて進み敵がないか、辺りを見た。
「!」
定かではない方角から、光弾が飛び察知すると巡を守る体制をとり刀で跳ね返す。撃ってきた方向へ全く同じ軌道を描いて飛んでいった。跳ね返した場合、リフレクト効果でダメージがそのまま相手に入るのだが、そうはいかない。自分の攻撃でダメージを負うような相手ではなかった。廊下で戦った時と同じ、ほぼ完全に運に依存する攻撃。見切っているかのように避けると、イルニスの前に着地する。
「遅かったな」
目の前にいたのは時田と同じ声だが時田ではなかった。オオカミの姿を模した獣人。体のところどころに鎧を思わせるようなパーツが備わっている。これが彼らアルカナマグナ真の姿。人の姿はかりそめの物。
「てっきり死んだかと思ったぜ」
「あんな程度でイルニスはあきらめない」
「言っとくが、お前ひとりで後ろの奴を守りながらオレたち二人を相手にするつもりか」
「二人?」
怪訝そうな様子を見せたイルニスの背後から、何かが飛ぶ。察知し回避するのだがいた場所にはとげが突き刺さっていた。よく見れば刺さった場所が腐敗して溶けている。白い煙のようなものが出ているところを見ると強力な酸だろう。いわば毒だ。普通の人間なら即死、イルニスでも浴びればタダじゃすまない。
「ゴルゴ―ニア!」
扉の上にあるコンクリート上に蛇を模したアルカナマグナが立っていた。
「威勢がいいのはいいけれど。あなた一人でどこまでやれるのかしら」
声からして、学校前で遭遇した女性。ミライが追いかけていったはずだがどうしたのだろう。
「お前はミライにぃが追っていたはず」
「あなたのお仲間ね、遅すぎるわよ」
地上から追いかけていたとして、空中へ逃げられたら勝負にならない。現に壁の上に最初は現れていた。ミライには最初から分が悪かったかもしれない。身体能力がそれなりに高いとはいえ、それは地上に限った話だった。
「で、まだ手間取ってるの? ヴェンラット」
「なに、すぐ終わるだろうよ。残るはこのガキだけだ」
「黒月斬ヴェンラット、深淵毒蛇ゴルゴ―ニア……」
通り名のようなものでイルニスはつぶやく。攻撃方法や戦闘スタイルからついているものであるが別にそんなもので弱点が把握できるほど、ぬるい存在ではなかった。
「ここでなら気兼ねなくやってやるぜっ!はっ!」
牽制や駆け引きなんてものはなく勝負はいきなり始まった。本来なら静寂に包まれた夜を剣戟の音が突き破る。人外たちによる饗宴。その様を見ているのは巡ともう一人。天上の主たる月が笑う。不気味に何かを暗示するかのように。二対一というのはイルニスに分が悪すぎた。攻撃を仕掛けて、走るももう一方から攻撃が来るとそれを避けて軌道を修正せざるを得ない。
「張り合いがねえな」
鋭くとがった爪を、床に突き立て放電する。放たれた電撃が波となりイルニスのもとへと襲い掛かってきた。逃げることなく少女は自分は突撃し、そして飛ぶ。体が浮き上がり落下するスピードを生かしてそのまま、ヴェンラットのもとへ高速で突っ込んだ。
「いっけえええええええ!!!!!!!」
彼女の得意攻撃、バスターキック。突っ込んでくるイルニス目掛けて蛇が突っ込んできた。ゴルゴ―ニアが扱う分身のようなもの。牙をむき、噛みつこうとするがそんなものでイルニスはひるまない。瞬時に刀を抜きだし、切り裂いた。そのままヴェンラットのいる場所へと飛び込む。着地点が爆風を巻き起こし床にひびが入るほどの破壊力。
「……やってない、か」
「油断してたな、あぶねえ」
衝撃波でダメージは与えたようだが着弾は避けたようで決定打にはなりえない。破壊力が大きい代わりに狙いがつけづらいのだ、
「やはり二対一っていうのはいくらあなたでも厳しいかしら」
「時間がたてばお前が不利になるだけだぜ」
「ごちゃごちゃうるせえんだよ!」
イルニスが吼える。言葉遣いは荒々しさが混じる。普段の可憐な少女としての姿以外の物を見せていた。本性。ではない。両方ともイルニスが持ち合わせている性格なのでどちらが本当で、どちらがニセモノ。なんてことはないのだ。サファイア色の美しい瞳はきらめき以外の物に支配されていた。鋭さを増し少女の姿をした凶獣。繰りだされる斬撃は妖精のささやき というより 怨霊の咆哮。一発一発の攻撃が重く響く。戦い方もだんだん荒々しさを増してきていた。ヴェンラットの光弾を弾きながらゴルゴ―ニアの毒攻撃をかわす。どちらか一方だけに専念できればまた話も違う。せめてミライがいればいいのだが、いないものを言っても仕方ない。
「はぁ……っ!」
疲労は確実に蓄積している。常人なら既に限界を迎えているわけでイルニスだからこそ戦えているのだ。体を無理やりたたき起こし、追撃をかわす。ゴルゴ―ニアの毒針攻撃は速い。速さで行けばヴェンラットの光弾を超える。しかし、弱点があり変則的な軌道は撃てない。二つの攻撃を見切って超える。
全身の感覚を研ぎ澄ませ。サファイア色の瞳に一秒以下の動きを映す。視覚で足りないのなら聴覚、相手の音から動きを見切るのだ。二つの感覚を総動員してゴルゴ―ニアの放ってきた毒針の軌道外へと逃げる。続けてくるのは、電撃刃と光弾。こっちは走って逃げることなく突っ込んでいくのだ。迫りくる攻撃を刀で切り裂く。加速した勢いもあって今のイルニスはさながら彗星。このままヴェンラットを倒せると思った。
その時。
「そこまでよ」
「っ!」
加速した状態のイルニスの動きが急に止められる。ヴェンラットに剣を突き付けた状態で動けなくなった。あと少しというところだったのに。
「この子のこと忘れたわけじゃないわよね」
イルニスの眼前へと、同じ状態にされた巡が引きずり出される。屋上の入り口付近に隠しておいたはずなのに。
「ご、ごめん」
巡が謝るが彼に非なんてない。守り切れなかった自分が悪い。イルニスが悔しさで唇をかみしめる。
「っ!」
第二波が届き、イルニスの右手に構えていた刀を吹き飛ばす。持ち主を失ったそれは宙を舞うと屋上の床に突き刺さった。
「降参しなさい。あなたの負けよ」
「……」
黙りこくって此処までかと思った時。
―瞬間、空間を切り裂く音が鳴り響く。遅れて青い閃光がきらめきイルニスたちを拘束していた蛇が切り裂かれた。
「誰かしら」
巡の前に青色に輝く鎧をまとった人間が立っている。銀色に輝く体調より長い槍を携えていた。獅子を模した兜はバイザーによって表情をうかがい知ることができない。全身が固い骨格におおわれている。
「てめえは青騎士……!」
「知っているなんてね、わざわざ名乗る手間が省けたよ」
余裕そうな態度をとる。それは強者ゆえの余裕というものか。槍を構えなおすと黒いマントを翻しゴルゴ―ニアへと交戦する。毒針で応戦し左右両方から蛇がとびかかってくるのだが、飛び越えていった。
「そっちの相手は任せたよ」
ヴェンラットと戦うのはイルニスの役割。刀を失ったとはいえ、別に戦力がなくなったわけではない。拾えばいいのだが距離がありすぎる。その間に被弾する可能性だってある。
「まだ勝負は一回の表!」
腕を十時に組んでからこぶしを握ると戦闘態勢をとる。その瞳にターゲットの姿を映し出して距離を目測。息を吸い込んでから地面をけって飛ぶのだ。懐目掛けてイルニスがヴェンラットに立ち向かう。オオカミの刃を手袋で覆われた左手で受け止めそのままつばぜり合いを演じてみせる。一進一退のように見えるが、この手の耐久勝負になるとイルニスにとっては不利なのだ。小柄で体重が軽いため少しでも均衡が崩れると圧倒されて、劣勢に追いやられる。だがこんなところで挫けるようでは。
「その腕、普通じゃねえな。そうかお前は」
何かを知ったようで笑う。
「だから何って話だよっ!」
少女が咆哮する。空いている右手を握ると、ヴェンラットの胸部へ向かって思いっきり振りかぶる。拳は直撃しそれはまるで竜が叫んだような音だった。地の底から天の果てまで届ていくような。少女の体に憑依しているようだ。凶暴で激しい力を秘めた竜が。その攻撃をオオカミの体が吹き飛んだ。どうみても華奢なイルニスの出せるパワーではない。
「ごはっ!」
吹き飛んだといってもすぐに反撃姿勢をとられる恐れがある。後方へと飛び去るとトカレフを構えて横撃ちに構えるとトリガーを引き続けた。当たらなくていいのだ攪乱だから。刀を拾ったところでヴェンラットも立ち上がる。なかなかどうしてしぶといのだが確実にダメージを与えているのは分かった。あとすこし。
「さあ。辞世の句を読ませてやる!」
「調子に乗るんじゃねえぞっ!」
ヴェンラットの声に呼応するように、突き立てられた爪先から電撃が放たれる。今までの比ではない大威力。前から横から―四方八方から紫電が迫りくる。目がくらむかと思うほどの閃光が同時にきらめいた。結果夜だというのに昼かと見まごうほどの光量が屋上を支配する。しかしイルニスは屈しない。
「終わりだああああああああああっっっ!」
イルニスも刀を構え再び走り出す。加速した状態で飛び上がり紫電の間をかいくぐって少女がこの瞬間まで出さなかった技。落下するスピードを使うのは同じ。しかし今回決定的に違うのは敵の目に留まらぬ技を繰り出すということ。
一つ、相手を縦に切り裂き、動きを止める。二つ、横へなぎ一つ目と組み合わせることで十字に衝撃波を繰り出す。そしてとどめの三つ。振りかぶった状態で相手を貫く。形は違えど、再び少女の体は勢いを増し彗星とかした。そのまま突っ込んだ関係で電撃の真正面に突っ込んでいくことになったが刀でもろとも切り裂いていく。
「――――!」
断末魔すら声にならない。勢いをそのままに彗星はヴェンラットの背後へと着地する。勢いは収まらず、滑りながら止めなくてはいけない。スピードが出ている状態ブーツのかかとを突き立てることで無理やり減速させていく。これも念頭に置いて靴も用意しているのでさしたる問題にはならない。
「銀鱗刀に切れないものはない」
刀を一回転させて鞘に納める。ヴェンラットがこと切れる様子も見ることなくまるで自分の勝利を確信しているかのように。重心を失ったヴェンラットは砂のような粒子状となりその体を失っていった。
※
青騎士が槍を構える。ゴルゴ―ニアが先手を打った。毒針を放射状に打ち込み逃げ場をなくしてしまい袋小路に抑えるつもりなのだ。右、左、斜め、前。あらゆる方向四方八方から迫りくる。人の指くらいの太さはあるであろう。もし当たればアーマーがまとわれているとはいえ無傷で済むまい。イルニスであればここは突っ込んで避けきろうとするところだ。彼女の中には後退という文字はないのか、とにかく前に進んでいく。そして攻撃をはねのけていくのだ。そしてこの青い騎士はどう戦うのか。答えはこうだ、一歩もも動かない。彼は背後にいる巡をかばうように羽織っていたマントを広げて攻撃を防ぐ。周囲に雨あられのごとく降り注ぐが微動だにしない。漆黒の布は一瞬にして二倍くらいの面積になっていたが毒針がやむと元通りになった。
「噂通りやるみたいね」
伸びている蛇が戦闘態勢をとって青騎士に対峙する。弾きイルニスのほうや巡の方に飛んでなかったのはいいのだがその外側は悲惨だった。コンクリートが溶けてしまい地形が相当悪い。
「あ、ありがとうございます」
自然と巡がお礼を言ってしまう。騎士は一瞬彼を見たがすぐにゴルゴ―ニアへと視線を戻し一言
「そこから一歩も動かない方がいい」
「は、はい」
返事をするとその直後、。何かを投げてきた。よく見ればそれはカードのようなもので奇妙な模様が描かれている。花だがこんなものは見たことがない。触らない方がいいかと思ってみていると急に光りだし、巡の頭上へと移動してきた。そのまま彼の周囲に檻を展開し守る砦として機能する。
「その壁は保険のようなものだ」
「簡単に突き破ってあげるわ」
ゴルゴ―ニアが余裕そうな態度として答えてきた。
「お前には壊せないよ」
「じゃあ試してみる?」
風鳴音が聞こえたかと思えば再び毒針が吹き荒れる。そのうち一本は巡を狙ったものだった。反射的に身構える隙も与えず向かってきたが、直前と空虚な音を残して散らばってい言った。ガラスにぶつかったかのように勢いを失う。
「これで分かっただろう。今のお前の力じゃ壊せない。ゆえに彼も奪わせない。無論彼が持っているであろう物だって」
「だったらアンタを殺すだけよ!」
激高したゴルゴ―ニアが肩から背中にかけて伸びている二匹の蛇を、青騎士にけしかけてきた。今度はマントを広げたりはせず槍をを駆使していなしていく。その動きには無駄というものが存在しなかった。この青い鎧をまとっている人間は戦いなれている。決して武器の性能やら鎧の性能に頼り切ってはいない。あくまで自分自身の持ちうる戦闘能力を最大限に引き出して戦いに臨んでいるのだ。携える槍は攻撃力を高めるため、鎧は防御力を上乗せさせるためのものだった。
「……!」
無言で戦いの行く末を巡は見守る。イルニスと青い騎士の戦いは正反対だった。躍動感にあふれ動き回る彼女の攻撃スタイルは動。対する目の前にいる人物。彼の戦いはいわば静だ。さっきからほとんど動かないで攻撃を防ぐ。
「むかつく奴ね」
「勝負はもう、つくよ」
それまでの静というスタイルを変えて動き出す。背後を取ろうとか回り込んで攻撃を仕掛けようなんて言うことではなく真正面から突っ込んでいった。
「見くびりやがって」
蛇の瞳から真っ赤なレーザーが討ち放たれる。ほぼ無差別に撃っているようでうち一発がコンクリートに当たり瞬時に破壊されてしまった。巡の結界にも直撃するがなんとか耐えて防がれる。騎士を狙ったものもある。避けることなく直撃してしまった。これまでかと思ったがそうではない。槍の先で受け止めるとその場で立ち止まる。攻撃して消滅させるつもりかと思ったが消える気配はない。が、一進一退の攻防はすぐに終わり制したのは青騎士の方だった。切先の部分から赤い光を吸収して自分自身の武器へと変えてしまった。姿を変えたそれは鋭い刃。槍が巨大なツルギへとなる。
「YAAAAAAAAAAA!!!!!!!!!!!!]
「っ!」
ゴルゴ―ニアが逃げようとするが遅かった。巨大な剣は逃げ場を封じる。空を、空間を、次元を切り裂いた。一振りしただけで勝負はついた。
「そんな、バカな……」
真っ二つに切り裂かれた蛇はその場に倒れた。そしてヴェンラットと同じように粒子状になってその場から消える。槍は赤い光の刃を失い元通りの大きさになっていた。
「す、すごい」
感嘆している巡のまえで彼を守っていたバリアが消滅した。ゴルゴ―ニアもヴェンラットも倒されたことで役割を終えたと判断されたのだ。キラキラ月光を浴びて反射していた光がなくなったことで、自由に移動できる。
「もう安心」
巡のもとへイルニスが駆け寄ってきた。その瞳には彼女が本来持っていた輝きが戻っている。一瞬感じたあの独特の威圧感はもう残っていない。
青騎士がどうなったかというと、銀色の光を鎧から放つ。光がこぼれると同時に鎧がなくなっていき着用していた人間の姿が現れたわけで。そこに現れた人間は。
「ミライにぃ、ケガしてない?」
「平気だよ」
ゴルゴ―ニアを追っていったはずのミライだった。すると撒かれたというのは彼なりの策略だったのだろうか。いや、それよりもあの青騎士の正体が彼だったとは。巡もうわさだけは聞いたことがあった。EPTOとともに不可思議な現象に立ち向かっている存在がいると。それは青く輝く鎧をまとっているらしいと。思考回路が追い付かない。混乱していると。
「これでもう君を狙う人はいません。石は持っていても平気です。」
「本当に渡さなくて大丈夫ですか?」
現実に思考回路が戻される。巡には気がかりだった。そもそも自分の手には不釣り合いな代物なのだから。
「はい。これはあくまで8つ揃わないと意味をなさないんです。あいつらが集めていた代物はこっちで保管しますから」
ミライがヴェンラットの足元に落ちていた石を拾い集める。
「ところでめぐはどうしてあそこにいたの?遊び場って言ってもそれは前の話だと思う」
イルニスの疑問。そもそもの発端となった事象だった。巡があそこを通らなければこの事件は解明されていなかったかもしれない。なぜあんなところをとおっていたのか。
「あのビルはおばあちゃんの家があったところなんだ。でも結局死んでから手放してしまったんで。忘れることができなくてたまに立ち寄ってたから」
「だからめぐにとって思い出の場所だったんだ」
「はい。この石もおばあちゃんからお母さんに受け継がれて。それでオレが受け取ったんです」
加法として代々受け継がれてきた不思議な石。多分もっと昔なら別の使い方もあったんだろうとは思う。けれど時を経るにつれてそうしたことは忘れて行った。
「大事にしてくださいね」
「はい」
巡は答えた。その顔には曇りなんてなかった。晴れ晴れとした笑顔。
「ありがとうございました」
「また困ったら来てください。EPTOは絶対問題を解決してみせますから」
「めぐの頼みだったら何回でも聞いてあげる」
2人の少年少女。神秘的な力を有する少年。海老名ミライ。そして彼の相棒として破格の戦闘能力を有した転生の美少女、イルニス。
彼らの戦いと調査という使命はまだまだ続く。