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マリンミラーフォース  作者: 海北水澪
マリンミラーフォース
13/15

第3話 伊豆半島海中戦 その2

「わあすごーい!」

「海が光ってるね」

 列車の窓からイルニスが海を見て歓声を上げる。閑散期の平日ということもあってか車内にはあまり客がいない。向かっている先がリゾート地ということだからある意味では当然。喜ぶイルニスに対して隣に座っていたミライは対照的に落ち着いていた。どこか遠くを見つめるように。

 そんな二人を乗せた列車は終着駅へと到着した。まばらに降りていく乗客たちに混じり紺色のトランクケースを持って改札口へと向かっていく。

「さてどうしようかな……」

 コンコースにおかれた椅子にイルニスが腰かけた。デイバックからチョコレートを取り出して食べ始める。

「電車の中で駅弁2つ食べたのにまだ食べたりない?」

 朝食として駅の売店で駅弁を購入していたわけだが、彼女はそれを余裕で平らげた。というか彼女からしてみればそれが普通。

「あれは朝ごはん。こっちはおやつ」

「よくもまあそれだけはいるよね……」

 いつものことながら、もう慣れてしまった。夕食が食べれなくなったということも特にはなかった。そもそもイルニスは大食い。ご飯は絶対三杯は食べる。定食を食べに行ったらキャベツもごはんもお代わりが自由なら、ほぼ利用していた。

「ミライにぃもいる?チョコレート」

「そんなにあるんだ」

「いっぱい。ナッツ入り、ミント味とか。でもイルニスはシンプルなミルクチョコレート味が大好き」

 楽しげにイルニスがチョコレートの袋を見せる。書かれている文字を見る限り外国製のもの。

彼女お気に入りの一品。数多くあるチョコレートを食べていく中で、少女のお眼鏡にかなったものは舶来品だったのだ。

「オレは……いいや。そんなにお腹減ってるわけじゃないし」

「欲しくなったらいつでもあげる」

「食べたくなったらもらうから、仕舞っておきな」

「わかった」

 中身をすべて戻して、椅子から立ち上がった。そばにいたミライは駅の中を見まわす。数年前出発した時と何も変わっていない。懐かしいとは思うがそれくらいの期間では、そんなものというべきかもしれなかった。工事をしていたとかこれからそういう予定があるとかというわけでもない。

 それでも久々に見る景色はどこか特別なもののように感じた。ここが行き止まりであることを示すホームとか観光案内地図とか。折り返しで「東京」という行き先を示す電光表示板とか。

「でも、楽しみ」

 イルニスが笑う。朝起きた時から、ずっとこの調子だった。遠出の経験があまりない彼女からしてみれば、新鮮な体験。まだ見ぬ新たな街がどんなものか。浮足立つのも無理はない。誰だって、旅行というのは面白いと感じるものだ。

「何があるの」

「海に関する施設とかかなあ。時間は結構あるし見に行こうか」

 荷物をいったん駅のコインロッカーに預けて街へと繰り出した。彼女の一番の希望は水族館であったが、この街はそれ以外にも多くの観光名所を有する場所だ。いくつかめぐっていくのだが、どこに行ってもイルニスの目は輝いている。楽しいという感情もあるのだろうがそれ以上に見る物が新鮮で彼女の好奇心を刺激した。

一通りめぐってきた頃にはちょうど昼食時になっていた。せっかく海沿いに来たので海鮮料理が食べたいと思い、手ごろな店を見つけて入っていく。料理屋という感じの店ではなくガラス張りの新しい雰囲気の店だ。窓際の席を陣取ると男性が注文を取りに来た。年齢は30頭にタオルを巻き作務衣を着ている。

「決まったかい。お二人さん」

「鉄火丼で。何がいい?イルニス」

「ぶっかけいくら海鮮丼!」

 碧い眼を輝かせてイルニスが注文を頼む。メニュー表の一番最初にでかでかと陣取った派手な写真。誰が見てもこれが一番人気だとわかる品物。

「運がいいね。海鮮丼はお嬢ちゃんの分で最後だよ」

「そんなに人気があるの?」

「いや、単純に用意してある量が少ないんだよ。最近不漁が続いてね」

「そうなんだ」

「結構深刻でねー。魚が取れないのはもちろん、怪奇現象みたいに沖合に怪物が出たとか」

 困ったもんだよなどと悩みを吐露しながら厨房へと入っていく。注文を聞いたらしい料理人の威勢のいい声が聞こえた。

「嬉しそうだねイルニス」

「だって海鮮丼。美味しいのイルニス知ってる。それに東京だとあまり食べたことないから」

「まあEPTOの食堂にも海鮮丼なんかないしね……」

 メニューが少ないというわけではない。というかメニュー数は周辺企業の社員食堂より多い。ただ魚介類など鮮度が命になる生ものを扱っていないので鉄火丼や海鮮丼は存在しないのだ。

うきうきと頼んだ物を待つイルニスとは対照的にミライの方はと言えばやはりどこか浮かない顔をしている。その様子を少女は決して見過ごしてはいなかった。イルニスはその事実を突き止めるべくあることを考えていたのだ。

 海鮮丼を食べイルニスが喜んでいたのだが、ミライの方はと言えばいまいち元気が出ていなかった。それでも残さずに全部食べていた。体調面が悪いわけではない。

 店を出てきてから砂浜にやってきた。雲一つない快晴ということもあって、遠くまで青い海が続いているのが見える。青い海というのも一種の風景だが、曇っていてグレーに染まる海、夕暮れ時に赤くなる時。時と天候によっていくつもの顔を見せてくれるものだ。眼下の砂浜には波が打ち寄せるばかりで人はほとんどいなかった。今は10月。オフシーズンだから。海開きの時期になれば多くの人が押し寄せる。その様子はミライもイルニスもテレビで何度か見ていた。海に遊びに来ているのか人の見物に来ているのか、どちらかもう分からない。

 二人で堤防のブロックの上に腰を下ろして海を眺める。主要な観光スポットも見てしまっていくところがなくなった。グレーテルの様子をイルニスがうかがうとどうも眠っているらしい。長時間活動ができないということからエネルギーを温存しているのと、休めるときに極力休んでおきたい。睡眠を分割することも可能だというから、夜など急に動かないといけなくなった倍にも備えているのかもしれない。

「ねえミライにぃ」

 イルニスがミライに寄りかかって口を開いた。彼の肩に頭をのせて体重を預ける。できるだけ彼のそばに。彼の近くに。問いを投げるなら彼の心に迫らなくては。

「どうしたの?元気ない」

 少女の髪をなぜてミライが笑って見せる。その様子はどこか違和感があった。心の底から笑っていない。やはり何か隠している。

「どうしてそう思う?」

「昨日からずっと。何か煮え切らないし、あれを見たらイルニスでなくても何か思う」

 青い瞳がミライの顔を見つめる。可憐な少女のそれだが、その奥には逃がさないという決意のようなものを感じた。加えてシンプルだがそれで反論する理由のない論拠を述べられごまかしようもなくなる。

 やはり話さなくてはいけない。もうこれ以上彼女に隠すわけにもいかないのだから。いつか話すべきことだったのだし。黙っていて、どうやって話すべきか考えている様子でその状態のまま時間が少し流れた。

「オレ、本当はここに来たくはなかったんだ」

 やがて意を決して、海老名ミライは口を開く。そして言葉を選ぶように慎重に。

「嫌いなの?」

 腑に落ちないというか不思議そうな顔つきでミライのことを見つめる。

「嫌い……ってほどじゃないけど。難しいね、説明するの。もっと早くにいうべきだったんだろうけど……。この街に生まれてずっと住んでたんだよ。15歳位までね」

 海老名ミライという少年は、この伊豆半島の都市で生を受けた。父は他の町、母がここに住んでいたのだが別の場所で二人が出会い結婚しここに戻ってきたというわけだ。

「ミライにぃの故郷だったんだ。でもそれなら……」

 なぜ嫌いになってしまうんだろう。きっと大事なもののはずなのに。自分自身の根底につながるであろうものがイヤなものになってしまうなんて。

「些細なことでいじめられてね。それが原因で人間関係がこじれちゃって学校行くのやめちゃったんだ。学校だけならまだしも不登校になったから親とももめちゃって……」

 些細と言ってみたが。そうなった発端は今でも覚えてる。忘れたいと思っても、そんなことなかったと思えればいいのかもしれないが。そう単純なものではない。

 彼が小学4年生になったある日の出来事。成長しクラスにもなれていたのだが一つの問題が発生していた。とあるクラスメイトがいじめられていたのだ。理由は少し回りと違うとかそういうもの。

「やめなよ、そういうの」

 相手は男も女も入り混じってた気がする。どっちにせよそういうことを見過ごせはしない。黙ってみているのが嫌だったから。はた目から見れば、勇気があるとかそういうことではなくよくないことをただ、止めようと思った。それだけ。

―だが、事態は一変した。

 次の日から、ミライのほうがいじめられるようになったのだ。イヤなことを言われるのは当たり前。反論してケンカになるわで状況は過酷そのもの。

 海老名はいい子ちゃんぶる。

 出しゃばりで嫌いだ。

 空気が読めない。があう

 何を言われるにしてもつらいものであるが。ケンカになって殴られたことよりも一番つらかったのは。

「その助けた子が、いじめをする側になってたことかな」

「……なにそれ」

 黙っていたイルニスが口を開く。その口調にあふれていたのは怒り。あるいは悲しみ。声が震え拳に力が入っていた。戦っているわけでもないのに、イラつく。

「ミライにぃ悪くないじゃん!なんなのそれ!おかしい!」

 少女が青い瞳を見開き吠える。不条理、理不尽。とにかくイルニスには納得しがたい話。ミライは間違ってない。やったことは絶対正しいはずなのに。その彼が糾弾され迫害されてしまうなんて。

「イルニスはそう言ってくれるんだね」

「だって間違ってないもん」

 彼女の頭をなでるが、怒りは収まっていない様子。純粋な部分の強い少女にとってみれば受け入れがたいし、過去の出来事で介入することもできない。そういったもどかしさすら許しがたい。うっすら目に涙が浮かぶ。

「ありがと」

 少女の体を抱き寄せる。嬉しいと思った。ただ正直に。でも、彼女を泣かせてしまった事実はつらい。

「学校、行くの完全に辞めた?」

「休みがちだったけど。一応行くようにはしてた」

 つらいし休みがちになった。学校に行けた理由は一人ではなかったから。いじめに関わらずイルニスと同じようにミライの意見に同意するものがいた。一緒に遊ぶようになり行動も共にし色んな所に行く。市内はもちろん隣町にも。大人からすれば狭い範囲だけど子どもから見ればそれは大冒険だった。

「よかった」

 少しだけ笑顔が戻った。

「学校にも行ってはいたけど。それ以外にも相談する人はいたからね。でもこの街を嫌いになりたくなかったから」

 徐々に外に出たい。一緒にいる相手も巻き込んでいるかもしれない。自分がここにいる限り標的にされてしまう。そんなことはよくない。子供心に漠然と考えてはいた。

「でもそれで来たくなかったんだ。つらい思い出があったから」

 向き直り、黙ってミライがうなずきイルニスが彼のことを見つめる。ミライは海のほうを見ているので両者の視線が交錯することはない。イルニスのほうもやがてミライから目を離していったん閉じる。そして目を開くとミライと同じ正面の方角を見た。そしてまた寄りかかり

「でも平気だよ、イルニスがいるもん。もしミライにぃが嫌がることをする相手はイルニスが許さないし守ってあげる。それに一人じゃなかったみたいだし」

 こうだよ、こう。といいながら ボクサーのような構えをしてパンチを繰り出す。はた目から見ればかわいらしく見えるのだが彼女なりにミライを気遣っている結果なのだ。彼にとってみればそれだけで十分心強いというか安心できるようなものだった。

 そういえば同じように悩んでいるときもこんなことがあった気がする。外に出たい、離れたい。そう思って一人でどうすればいいかわからずにいて。同じように座っていると隣に腰かけてきたのだ。あの時のミライよりもずっと年上だった彼の名前は確かー

「ミライくん?」

 昔のことを思い出そうとしていたら誰かに声をかけられた。一つの考えがミライの心の中に湧き起こる。そこらへんにいるであろう恰好をしているミライと比べて、ゴシックロリータとも形容される豪奢な服。とある意味非日常的な姿の少女がいる状況では声をかけるのはかなり勇気がいるに違いない。或いはよっぽど根拠があったか。

 いずれにせよ無視はできないのでミライがゆっくりと振り向く。

「やっぱりミライくんだ」

 予想が的中してうれしかったのか声が高くなってるような気がする。そこには明るい色調のカーディガンを羽織った女性が立っていた。女性というより少女といった言いほうがいいかもしれない。ミライと年月はそんなに変わらないからだ。黒い髪を肩のあたりで切りそろえミライに対して柔らかく微笑んでいる。その優しげな顔つきにミライはどこか見覚えがあった。

「ゆみちゃん」

「久しぶりだね」

 その少女の顔を見てイルニスがミライのことを不安そうに覗き込む。先ほど彼が昔の話をしたあとだからだ。対人関係がこじれたのであればそれはきっと今も続いている。それならば知っている人間にあってミライが不当な扱いをされたり嫌な思いをするのを防がなければいけない。イルニスの中にはそういう思いがあった。

「誰?あの人」

「高石夕実だよ」

 イルニスの疑問に答えたのはミライではなく近くで立っているゆみ、とよばれた少女のほうだった。先ほど同様笑みを浮かべてイルニスに近づき手を差し出す。

「ミライくんの小学校時代の友達。よろしくね」

「……」

 そのイルニスはといえばやはりまだ警戒をしているのか手を差し出そうとはしない。じっと彼女の腕を見つめるだけだ。人懐っこい性格で誰に対しても物おじせず近づいていくイルニスにしては珍しい。やはりミライの話を聞いてどこか気も抜けないのだろう。

「もしかして警戒してるのかな」

「ミライにぃのこといじめない?」

 目つきがいつもと比べて険しくなっている。そんな状況を見て、イルニスの心中を察したのかミライが優しく頭をなでる。

「大丈夫。イルニスが思ってるほど深刻なことはあの人の場合はないから」

「本当?」

「うん。っていうかむしろ逆。さっき言ったでしょ一緒にいた人がいるって」

 ミライのことを見つめたあとに夕実に目を移した。少年の言葉を信じてかイルニスが腕を伸ばしてゆっくりと彼女の手を握り返す。そうこの人間こそ海老名ミライとともに市内や野山を駆けまわった盟友ともいうべき相手だった。

「ミライにぃのこと、守ってくれた人?」

「守った、っていうと仰々しいけど……。一緒に遊んで、数々の苦難を乗り越えたっていう自負はあるよ」

 イルニスと夕実の視線が交差する。警戒心はもう持たなくても大丈夫。彼に危害を加えることはしないのだから、心の力を少しずつ抜いていった。

「ミライくん、帰ってきたんだね」

 夕実が2人がいる堤防に背を預けた。

「一時的な帰省みたいなもんだから……。すぐに戻るけどね」

「そっか。でもまた会えてよかった。ミライ君が中学3年の後半のほうでさ。東京に行くっていうからびっくりしちゃったよ」

 夕実が当時のことを懐かしそうに語る。ミライは街を去ってからそのあとのことはほとんど知らなかった。知ろうとしなければ逆に彼のもとに話をしようとする者もいなかったのだから。連絡先なんてものはどちらも知らない。完全に両者の間をつなぐものは絶たれていたのだ。

「でもいまもびっくりしてるけどね。なんせ……あの女の子をさ。フフフ」

 言葉を最後まで言わずはぐらかす形でイルニスのほうを見た。確かに驚くだろうとミライは考える。なんせ急に姿を見せたと思ったら、ドールのように精緻な顔つきをした少女を連れてくるのだから。その話題の中心になっていたイルニスはといえばミライの片に寄りかかっていた。最初と同じ姿勢に戻ったのだ。目のあたりがぼんやりとしているが寝ているわけではないと思う。

「ミライくんってさ、今何してるのかな」

「東京で通信制の高校に通ってる。あの子は居候っていうか」

 一瞬本当のことを話そうかどうしようか悩んだ。ただ高校生だというのも間違ってはいない。すべてを話すことができなかった、というほうが正しいかもしれない。EPTOで敵と戦っているとか。

「個性的な人生だね。実は私も東京に行ってるんだよ」

「え?」

 思わず驚いてミライが聞き返す。

「向こうの高校に通ってるってわけ。今日は代休だから私も里帰りしてるの」

「そういうことね」

 そもそも今日は平日。高校生はたいてい学校に通う。けれど休みというのは、学校によって様々だ。

「じゃあ私はそろそろ行くね。最近このあたり行方不明事件が起きてるらしいからさ」

「なにそれ。そんな物騒なこと起きてるの」

 初耳だった。東京にいた時ですらそういった話は入ってきていないしナタリアからも聞いていない。

「海に近づくとさ、人がいなくなっちゃうんだって。場所はここのあたりかな」

 携帯で周辺の地図を見せてくれる。それはこことはまた別の海岸だった。犯罪が起きているのか奇怪なことが起きているのか定かではない。

「私もここの戻ってきてすぐ知ったんだ。気を付けてね」

「うん、その辺はちゃんとしとくよ」

 また逢えたらいいね とだけ言い残すと市街地のほうへと歩いて行った。彼女の姿が見えなくなると

「ミライにぃ、あの人のこと好きなの?」

ぼんやりとしていたイルニスがミライのことを見つめてきた。先ほどまでと打って変わって目がぱっちりと開いている。

「……なんでそう思ったのかな」

「だって、あの人のことはいじめられてないから苦手意識はないから目を見て話せるのかなって思ったの。けどミライにぃ落ち着きがいまいちなかったから」


「そ、そんなことないって。さ、行くよ」

「ほんとー?あと、ミライにぃ」

「な、何さ。まだ何かあるの」

「お母さんに会いにいこ」

「……」

 イルニスに言われてミライが黙る。核心的なもう一つの課題。ある意味彼がこの街に来るのをためらっていた最大の理由。両親と会うということ。厳密には祖父母も同居していたので家族に会うなのだが。

「やっぱりイヤ?もしかしてもっとひどいことされたから?」

「それは違うよ。どっちかっていうとオレのほうがひどいこと言ったかもしれないし」

 例の件以降、色々上手くいかなかったのは事実。学校を休みがちになり心配をかけた。中学を出た後もEPTOに入ったが連絡もほとんど取らなかったりと、会いに生きづらい理由だけが重なっていく。

「怖い?」

「そうかもしれない」

 偽らざる本音。怯えた自分自身の影。

「イルニスとグレーテルが一緒にいるのに怖いなんて」

 少女が、ミライの手を握る。そこへ白い毛並みをした生き物が飛び乗る。エネルギー温存で休んでいたグレーテルだ。

「話は何となく聞いてたよ」

「グレーテル!」

「僕は君の意思を尊重するからね」

 それはつまり口をはさむことはしない。自分で決めろということ。進も引くも自分次第。

「そうだね。会いに行くよ」

 逃げたとしてそれは一つの選択である。だが勇気を出さなかった場合、もっと怖いと思うことになるかもしれない。それに心配させてしまった時点で自分は変わっていなかった。少しでも変わりたいし過去と向き合いたいし。

 ※

 思い切って電話をして母親に伝えた。今里帰りして会いに行きたいと。返答は明日ならいいとのこと。そしてここでは何も聞かないが、家に戻ってきたら色々ちゃんと説明するようにとくぎを刺された。そういったやり取りをしつつおやつの時間になった頃、今日の宿泊地へとやってきた。市街地から外れた高台にEPTO首都圏管理局伊豆半島支部は存在している。行くためにはバスが運行されておりそれに乗るのが一般的だった。まれにタクシーで来る者もいるらしいが。

「結構大きいね」

「うん、居住スペースとか指令室みたいなところ以外にも、保養所とか観測所の機能も兼ねてるみたいだからね」

 職員の案内によって長い廊下を歩いていく。向かって左手側には海が広がっていた。高台に位置しているので海岸から距離自体は結構あるようだが遮蔽物が何もないので、美しい風景は堪能し放題。

「こちらになりますね」

 鍵のかかっている碧い扉を開け中へと通される。中はワンルームマンションに似た構造になっていた。2人部屋なのでそれなりの広さはある。セットされているベッドにいるニスが飛び込んで横になった。喜びそうなものなのだがベッドにそのまま動かなくなった。

「それではごゆっくりと。なにかありましたらお電話をお願いします」

 職員が扉を閉めたのがわかるとイルニスが顔を上げる。そして服の隙間から銀色のリスに似た生き物が飛び出してきた。くるくると一回転するとベッドへと着地した。

「隠れるのもなかなか楽じゃないね」  

 人目を気にしなくていいので仮の姿をしているグレーテルがリラックスしている。ただ環境の適応性ができないのか人としての姿をとることはない。

「ベッドがふかふかしてる」

「ちゃんと2つある部屋を用意してもらったんだからイルニスは1人で寝てね」

「寒いからいや。ミライにぃと一緒」

 起き上がってソファに腰かけるミライに抱きつく。こうなってしまうと彼女は離れない。

「もう1つのベッドはグレーテルが使う」

「僕はこの姿のままでいるから別にソファでも平気だけど……」

「だってさ」

「それでもミライにぃと一緒がいい」

 どういっても聞く気配はない。これ以上続けても先行きが見えないことはわかっていた。ミライもつかれているのでわかりきった結果を求めるほどの力も残っていなかった。というかつかれているのだから一緒に寝たって気にならないような感じもする。明日のこともあるのでこのまま何もしなくていい。そう思ったが気になることがある。行方不明事件が起きているという話。そして、昼食時に聞いた不漁が続いているという話。

「イルニスは、どう思う?行方不明のこととか、不漁のこととか」

 ミライが何気なく投げた疑問に対してイルニスがしばし考え込む。唇に指を当てているだけのしぐさだが人形らしい精緻な顔つきも相まって絵になっていた。

「アルカナマグナが仕掛けてると思う。もしかしたら繋がってるかも」

「だとすると一筋縄ではいかなそうだなぁ」

「調べに行くの、ミライにぃ」

「そうしてもいいけどさ、でもいろいろ問題があるよ」

「なあに」

「まず、捜査権限がないから局からバイクが借りれない、あとわかりやすい捜査とか聞き込みができない。そして立ち入り捜査なんてもってのほか」

通常ミライたちには、捜査権限が上層部から下されある程度なら進めていけるだけの裁量を有している。しかし今の2人は休暇できているだけの身。捜査協力だとか応援で送り込まれているわけではない。彼らとともに、捜査に参加して事件を解明することは不可能だった。しかし、ナタリアは確かに言っていた。何をしようと自分たちでやる分には自由だと。つまり捜査をするのであれば現地の班にかかわるのではなく個別で勧める必要があるのだ。

「あと、帆霞の力も借りられないんだよね」

 結構これは痛い。膨大な情報を把握し収集している帆霞。知りたいことがあるときはもちろん、何のことない会話をすると彼女が推理してくれたりする。そしてそれが割と当たる。

「真相にたどり着くのは、通そう」

 ベッドで寝がえりを打ってイルニスがつぶやく。道が遠かったのでスケールの大きさに少し落胆しているのだろう。そもそも少女なのだから厄介なことというか煩雑な出来事については少し屋になるのも仕方ない。

「じゃあ、やめる?」

「やめない。方法はあるって知ってる。ただそれがいつもより厄介って思っただけ」

 もう一点、付け加えるなら彼女の刀、銀鱗刀イルニスサーベルも今回は持ってきていない。戦闘を行った結果、どうなってるか確認したいという話が永山なごみからあったので一時的に返却していた。

「やってみようか」

 部屋を出て、丘の上に立っている支局の建物から、二人で坂を下ってバス乗り場から市街地を目指す。あまり本数は多くないがちょうど出発するバスに乗り込むことができた。

 ミライとイルニスが最初に向かったのは市場。不漁になっているのだから、魚を取り扱っている場所に行くのが一番と考えたからだ。そして魚屋の前で2人は足を止めて並べられている品に目を向けるのだが。

「高い」

「うん……すごいね」

「ひょっとしてミライにぃがここ最近魚料理を作らなかったのって」

「高かったんだよ。まあここまで深刻化しているとは」

「なあ嬢ちゃんたち、よかったらなんか買って行ってくれねえか」

 発砲スチロールに詰められた魚の隣に貼られた値段をみて2人は驚く。普通であれば手ごろな価格で買える魚なのだが現在の値段ではちょっとした高級魚と変わりない。なので家計に対する負担を減らすため魚を買っていなかった。代わりに野菜が豊作だったからか、安くなったので採食中心メニューになっているのであった。

「最近魚が取れなくてね。高い値段になってくんだ」

「不漁なんですよね」

「うん、まあ普通の不漁とは少し違うんだよなあ。不漁といっても魚自体は取れてるし」

 店主が教えてくれるのだがどうにも歯切れが悪い、何かを隠しているようにも見える。隠している気はなくてもあまり言いたくはないのだろうか。ただ話を聞き出せそうなのでミライは続けて切り込んでみることにした。

「獲れるのに不漁ですか」

「ああ。取れはするんだよ。ただ取れた魚が全部死んでいるんだ。それもどこか食いちぎられたようになっていてな。そして最近じゃ死体すらあんまり揚がらない」

 その答えを聞いてミライとイルニスは顔を見合わせた。そもそも予想すらしていなかった。てっきり本当に魚が取れないとばかり思っていたから。

「後、ゴミが最近混じるようになってきているな。ピアスとかネックレスとか。別に不法投棄が増えているっていう話は聞いたこともないんだけどなあ」

「イルニス」

「なんとなく相手のことがわかってきた」

 情報をくれた魚屋の店主に礼を言って市場をすすんでいく。どこの店に行ってもそうなのだがやはり値段が異常に高い。市場内を一周して外に出てくると。

「多分、向こうに事件を起こそうっていう意志はない」

 近くのベンチに2人が腰を下ろした。そこでイルニスが串に刺した魚の塩焼きを食べながら考察を述べていく。最初に聞いた魚屋で比較的値段が安いものを購入し、近くの料理屋で焼いてもらったものである。

「全く違うことをしていてそれが結果的に事件になっているってこと?」

「うん。こっちが事件だと思ってる。けど相手にしてみればそれはただの食事にしか過ぎないの。魚が食いちぎられているってことはおそらく食べ残し」

 こんな具合に とイルニスが自分で食べていた串焼きを見せる。刺さっていた魚を平らげ残っているのは頭と骨だけになった。前にイルニスが骨も食べようと思えば食べられるといっていた。そのことをミライは覚えていた。

「不漁についてはそれで説明がつくけど。人が行方不明になっているっていうのとアクセサリーが浮いてくるっていうのは……」

 そこまで言ってからミライが何かに気づいたように黙る。あまり知りたくはなかった事柄なのか先ほどと比べて少しだけ顔色がよくない。

「ミライにぃも気づいた?だんだん魚だけじゃ足りなくなってきたの。あれだけの量を長い期間食べているから、向こうもきっと大食い」

「だから人間も食らうようになってきた」

「そういうこと。それで消化できなかったりした金属部分を吐き捨てて最終的に海岸沿いに到達していた、と思う」

 イルニスが証明を終えてゴミ箱に骨を捨てに行く。相手の正体について考えその結果を披露するとき彼女にしては饒舌になった。いつも舌足らずに自分が好きなものを華たる少女の姿ではない。あくまで冷静に。明確に答えを求めようとする。そこにいつもの面影は感じられなかった。少女の説明を聞いたことで事件の全容はわかった。残ってる点は1つ。

この事件を,引き起こしている黒幕をどうやって捕まえに行くかということである。相手は海にいるのだ。そして海中のどのあたりにいるのか。

「ゆみちゃんが言っていたところを探してみようかな」

日没直前になるのを待ってから再び調査へと繰り出した。大体のめどとなっている部分はついている。夕実に教えてもらった人が消えているらしい地点へと2人は向った。

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