第533話 女神たちの温泉騒動
ミクトランは、眼鏡をクイッと上げ――けれど、一向に話す素振りなく、魔法スキルでティーセットを出すなり、勝手に茶を淹れはじめていた。
そんな生活スキルがあるのかよ、知らなかったぞ。
俺もちょっと習得したいな、それ。
「いかがですか、サトル殿」
「あ、ああ……って、なんだこの独特な香り」
「これはルイボスティーです。我が花の都フリージア製ですよ」
おそるおそる一口飲んでみると、薬っぽい味わいだった。フリージアの人たちは変わった飲み物を飲むんだな。
そや、ポーションも似たような苦みと香りだった気がする。
「へえ、回復ポーションっぽいな」
「ええ、これはエリクサー相当ですから」
「なんだとぉ!?」
エリクサーって、かなり高価な回復ポーションじゃないか。それこそ、体力と魔力が全回復するレベル!
一本、10万セルとかじゃないっけ……忘れたけど。
「普段、メサイアを守ってくださっているお礼ですよ」
「そ、そか。じゃあ、ありがたく」
しかし、この香りつーか、味には慣れないけどな。
【体力と魔力が全回復しました】
本当に効果ありの飲み物だったか。
おかげで、しばらくなら戦闘に支障はないな。
って、くつろいでいる場合ではない。俺は視線をミクトランに向ける。すると気づいたのか咳払いをして話を続けた。
「――本題でしたね」
「そうだ。なにか分かったんだろ?」
「ええ。魔人について少し」
「……本当か!」
「少しですけどね」
「話してくれ。なにが分かったんだ?」
「モンスターの魔獣化です。サトル殿はすでに敵対しているかもしれませんが」
「……!」
昼頃にこの島にも出現したあのモンスターか! なぜかレイドボスではなくて魔獣化していたんだ。
あの強さはレイドボスに匹敵するといっても過言ではない。
つか、この島は護られているはずなのに、どうして魔獣なんて現れるんだ。それがまず違和感だ。
「僅かですが【死の呪い】の残滓レベルの兆候が見られます」
「ちょ……それって死神だとか世界終焉だとかマズい要素なんだろ!?」
「ええ、まあ。ですが、今のところは支障がありません」
「対処しなくていいのか? 例えば浄化するとか」
しかし、ミクトランは首を横に振った。
「残念ながら【死の呪い】は常に我々と共にある。完全に消し去るなど不可能なのです。ほら、最近も欠片ほどでメサイアが死神になったでしょう」
――確かに。たったの粒でもメサイアは死神に戻ってしまった。それほど強力ってことなんだな。
そんなモンをこの世から抹消するとか無理なんだな。
「……クソッ」
「仕方ないのです。あらゆる生物に死は平等に訪れるのですから――」
それが“理”であると、ミクトランは珍しく神様らしい表情を浮かべる。そうか、だから消せないんだ。
それは同時に呪いを生み出す場合がある。だから、少なからず世界どのどこかで蓄積していくわけだ。
「でも、なんで魔人なんてモンが現れたんだ?」
質問を投げるとミクトランはカップに一口つけ、気持ちを落ち着かせていた。そんなに緊張することか。
「それは――」
「それは……?」
ミクトランが言いかけたその時だった。
『きゃあああああああああ…………!!』
風呂場の方から悲鳴が上がった。……って、この声はメサイア!
俺は直ぐに立ち上がり、風呂場へ向かった。
まさか魔人の襲来じゃないだろうな!!
向かうと【男】【女】の暖簾があった。メサイアのヤツ、いつの間に銭湯風に仕上げていたんだ。和風になっていたことに驚きつつも、俺は女湯へ突撃。
広い脱衣所もあってビビった。ロッカーとかしっかり作ってあるな。スゲェな、建築スキル!
デザインにこだわりすぎだろう……!
カゴにはメサイアたちの服や下着が丁寧に……って、イカン。そっちはスルーだ! フォルじゃあるまいし、さすがに俺がヘンタイになっちまう!
それよりもこの先へ!
俺は引き戸を開けた。
すると――。
「え…………」
俺は思わず声を漏らす。目の前の光景に石化するしかなかった。
「…………サ、サトル!?」
「そ、そのメサイアの声が悲鳴が聞こえたから……助けに」
てっきり魔人か魔獣に襲われたのかと思ったが、予想外なことが起きていた。なんと、オルクスが背後からメサイアを襲っていた。
女同士――いや、女神同士でなにやってんだヨ。
「やあ、サトル。覗きかい?」
「ち、ちげーって。まぎらわしい悲鳴のせいだ!」
つか、この状況ヤバくね……俺。
固まっているとフォルが叫ぶ。
「あ、兄様! 覗きだなんてヘンタイっ!」
「お前に言われたくねえーよ!?」
ヘンタイにヘンタイと言われてしまった! いや、言い訳できんレベルで俺も同等になってしまったけどな。ボコボコにされても仕方ない。土下座するしかないか。
俺はその場に膝をつけ、地面に額をこすりつけるレベルで平謝りした。
「みんな、すまん……!」
「顔をあげてください、サトルさん」
「リース!」
「だいじょうぶですよっ。あたしは、き、気にしてないです!」
その割には顔が噴火しそうなレベルで真っ赤だぞ……!? 目もグルグルしまくっているし、いつ卒倒してもおかしくない。
ちなみに、ベルはまったく気にしていない様子。瞼を閉じて温泉を楽しんでいた。
プルートとモルスも不思議なくらい無関心だった。……寛容すぎて女神! 女神だけど!
「もー、兄様。見たいのなら言ってくださいまし。わたくしの全身を好きなだけ、嘗め回すように……」
「そこらへんで黙っとけヘンタイ聖女」
などとやっとると、メサイアが俺の前に。
いつの間にか黒い水着に着替えており、複雑そうな顔して俺を見下ろしていた。
「……サトル。あんた……覗き魔だったの?」
「一応弁明させてくれ。誤解だ! お前の悲鳴が聞こえたから……助けたかったんだ。本心だぞ」
「……っ! そ、そう。ならいいわ」
「いいのかよ! 普通、処刑相当のイベントが起きてもおかしくないのに」
「そんなことするわけないでしょ。全人類が敵に回っても、私だけはあんたの味方よ」
妙にカッコイイこといって――嬉しいじゃねえか! 泣いた!
「……メサイア、すまん」
「気にしなくていいわ。――って、うわっ!」
メサイアは急に表情を変え、建築スキルを展開。屋根を作っていたが、それは突然の落雷によって粉々に破壊されていた。……なんだ!?
「――チィ、外したか」
こ、この声はまさか!
 




