第518話 元大神官の男
「……ここに“堕落した神”がいると聞いた。しかし、なんだここは……有象無象の塵しかおらんな」
気だるそうな表情でこちらに向かってくる老魔人。
背が高いせいか、迫力だけはあるな。
「なんです、あれ!」
フォルが強く警戒。リースを庇いながらも拳を構えていた。
いや、そもそも。
「フォル、グロリアスサンクチュアリはどうした!?」
「え……あれ! しまった、魔力切れです……!」
「なにィ!? もう? さっき回復したばかりだろう。いくらなんでも、燃費が悪すぎやしないか……?」
「さっき海を割ったから? そんなはずは……」
確かに、さっき力を使っていたが――アレだけで魔力が底をつくとは思えん。単純な魔力切れにしては……あまりに早すぎる。
フォルは聖女だし、装備によって魔力量も常人の十倍以上はある。
なにこれは異常だ。
「どうした、サトル! ――って、なにあのムキムキのお爺さん! 目つきも怖っ!」
別荘の奥から走ってきたメサイアは、そこにいる魔人にビビっていた。
「メサイア、アイツは恐らく魔人サリエリの仲間だ。あんなヤツがいたのか?」
「し、知らないわ! あんな筋肉オバケ知らない!」
……筋肉オバケって。
凄い筋肉量ではあるけどさ。
となると、ベルなら知っているかもしれないな。
俺の視線に気づいたベルは「……あれは多分、魔人ガスマンだね」と、笑っていた。いや、そこ笑うところではないッ!
「ガスマン?」
「うん。もともとは神王アルクトゥルスに仕えていた大神官だよ。裏切って闇落ちしたんだけどね……。そうか、サリエリに下っていたか」
な、なんだって……そんな話は一度も聞いたことがないぞ。
残念ながら、今日に限って元神王のアルクトゥルス改めミクトランは不在。花の都ネオフリージアに戻っていた。
なんでも“お祭り”があるとかで。
ベルによると今日は『鎮花祭』らしい。
これをしないとレイドボスが世界中に出現するから、儀式として必要なんだとか。とんでもねぇな、それ!
「……くだらん話は済んだか?」
と、魔人ガスマンはゴミでも見るような眼で、俺を一直線に見つめる。
なんて迫力だ。
はっきり言って眼力が強くてビビる。でもそれだけだ。
どうやら、俺に用があるようだから相手をしてやろう。どのみち、仲間を――この島を守らねばならない。
前へ歩いていく途中で――
「――ダイアストロフィズム!」
リースの巨大な魔法陣が空に展開していた。
長方形の巨大な岩が落ちてこようとしていたが……。
「狡猾なエルフめ。その程度で私を倒せると思うなよ」
手を上に向けるガスマンは、そのまま握りつぶすような動作を見せた。すると、リースの魔法を文字通り握りつぶしていた。
ぐしゃりと。
巨大な腕!?
「…………そんな!」
リースも驚いていたが、俺も驚愕した。……おいおい、ありえねえって。リースの大魔法スキルだぞ!
それを謎の腕で紙みたいにクシャリと握りつぶしていた。
これは現実か!?
「……ねえ、サトル。リースの大魔法が効かないってヤバくない?」
さすがのメサイアも青ざめていた。
確かに、あの魔人ガスマンはかなり強いらしい。
もともと大神官ということもあって、それなりの力があるってことか。
「お前たちはそこにいろ。俺が倒す」
別荘から離れ、俺は浜辺へ。
ガスマンの前に立った。
改めて目の前にすると、とんでもない威圧感だ。なんて野郎だ……本当に老人なのか、コイツ。
「堕落した神よ、お前の名は?」
「変な呼び方すんな。俺の名はサトル。一応、アルクトゥルスではあるが、そんなことはどうでもいい。俺たちの生活の邪魔をするなら、お前を排除する」
「やはり、堕落しているようだな。それとも“零落”と言った方がいいか」
零落って、それはもう何もかも失ったヤベェヤツのことだぞ。馬鹿野郎! 俺はそこまで失っていねぇよ! 失礼なヤツだな!
「その言葉、お前にそのまま返してやるよ。お前だって大神官から魔人になっているだろうが」
「……言ってはならんことを」
気にしているんじゃねえか!
多分、こんなヤツだからミクトランが追放か何かしたんだろうな。
「サリエリに伝えろ。お前は最後に倒してやるとな!」
「その前に貴様は死ぬ!」
殺意の波動を感じた。
次の瞬間には、ガスマンは俺に急接近。なんて速さ!
だがしかし、その殺意に反応して【超覚醒オートスキル】が発動した。
「覚醒煉獄――!」
地獄の爆炎がガスマンを飲み込もうとしたが、ヤツが大きな腕を振り上げて俺のスキルを飲み込んでいた。
マジか!
「この程度の力で私を倒す!? 笑止千万!」
なにか魔法スキルを使ってくるのかと思いきや、ガスマンは俺の肩に噛みついてきた。……って、かみつき!?
「ぐっ!? て、てめぇ!!」
「これで貴様は終わりだ。お前という存在は消えてなくなるのだ」
どういう意味だ!?
離れようとするが、ものすごい力だ。
こ、この……!
抵抗している最中、影が現れそれがガスマンをぶっ飛ばしていた。
「アークシールド!」
猫耳のついた妙に可愛らしい巨大盾だった。
こ、これはベルのシールドスキル!
「言ったでしょう、理くん。ステもスキル振りも今度こそ終わったって」
「ナイス!!」
安心していると、俺の体に変化が起きていた。
え、なんだ……なんだか体がおかしい。いったい、なにが……うあぁぁぁぁ!?




