第503話 馬鹿弟子
気づけば――夜。
完全に日が落ちて、花の都ネオフリージアは明かりを灯して、尚もお祭り騒ぎだった。
この都が閑散としている姿なんて想像できないな。
ずっとこのままなら天国のように楽しいだろう。
治安悪化の抑制にもなるだろうし。
【アーカム邸】
グレンとアグニの好意で、しばらくはアーカム家を使っていいことになった。
まさか、アグニの家を拠点にする日が来ようとは。
「うわぁ、アグニちゃんと一緒に過ごせるだなんて嬉しいです!」
嬉しそうに微笑むリースは、少し照れるアグニの手を握っていた。
「そ、そうだな。あたしも嬉しいよ、リース」
二人はソファで楽しそうに談笑している。……さて、俺たちはっと。
振り向くと、そこにはベルの姿があった。
「理くん。あたしはお風呂へ行ってくる」
「おう。場所は分かるか?」
「うん。さっきメイドさんに聞いたよ。理くんも来るかい?」
「なッ!」
動揺していると、フォルが飛びついてきて「では、わたくしも!」と目をキラキラ輝かせていた。変態聖女めっ!
一方のメサイアは難しそうに何か考えていた。
「ん~…」
「どうした、メサイア。風呂、行かないのか?」
「なんだか嫌な予感がするのよね」
「嫌な予感だって? おいおい、フラグを立てるのは止めてくれよな」
「警戒はしておいた方がいいわ」
そうだなと俺は納得した。
いくら、花の都ネオフリージアがミクトランの結界ミレニアムで守護されているとはいえ――あの魔人サリエリは諦めないだろう。
今後もなにかしらの方法を使って攻めてくるはず。
とはいえ、どんな状況が起きようとも俺が守るさ。
それを伝えると、メサイアたちは風呂へ向かった。
俺はグレンに用だ。
いつの間にか上がり込んでいたシベリウスと話し合っていた。
「グレン、この馬鹿弟子がああああああああ!!」
「ぐぼべぇ!!」
いきなりグーで殴られるグレン。顔が変形してブサメンになっていた。
つか、唐突だな、オイ!
「なぜ、グレンを殴った……シベリウス」
「修行が足りんからだ」
むちゃくちゃな理由だな。せっかく数十年ぶりに再会したんだから、少しは話し合えよなっ。
リースとアグニを見習ってほしいものだね。二人とも、姉妹のように仲がいいぞ。
「…………う、く」
「大丈夫か、グレン。わ、右顔が腫れてるぞ」
「これくらいツバをつければ平気だ」
明らかに痩せ我慢なのだが……痛そうだし。
「グレン、貴様を破門とする!!」
「とっくに破門だろうが! 今さらなんだよ、クソ師匠……」
「まだ私を師匠と言ってくれるか、グレン」
なんなのコイツ等。
グレン達の相手は疲れそうだ。放っておこう。
◆
貴族のディナーにありつけた。
あんな豪華な飯はいつ振りだろうか。
おかげでお腹いっぱいだ。
大食堂には、みんな集まり――みんな満腹で動けずにいた。
今日は客人が多いからとグレンがシェフに注文しまくったせいだが。
「ふぅ~…もう食べれないわ」
メサイアは、食後の紅茶を楽しんでいた。
俺はコーヒーを貰った。
う~ん、この花の都製のコーヒーは、かつての世界にあったものと寸分違わない味だ。このほんのりとした苦みと甘さ。たまらんね。
そんなまったりとした中で、アーカム家の偉そうな人が現れた。ワインレッドの髪色が少し日々の苦労を伺えた。
「食事を楽しんだようだな、諸君」
誰よりも貴族らしい格好をしている男性。多分、グレンとアグニの父親だろうな。
「グレンの御父上ですか?」
「そうだ、サトル。我が名はプロメテウス」
「俺をご存じで……」
「うむ。君はミクトラン王に認められし、聖者。その活躍は今でも耳にする」
そういうことね。王様、貴族たちに俺の存在を知らせていたわけね。
「お世話になっています。美味しい食事まで感謝です」
「いや、構わん。特にアグニを可愛がってもらっているからな」
爽やかに笑うプロメテウス。
いい人っぽいな。
てか、アーカム家の人は寛容だな。
ここまで良くしてくれるとはな。
「その、魔人についてご存じで?」
「魔人サリエリかね」
「そうです。なにか情報があれば教えて欲しいです」
「いや、貴族の中でも情報は錯綜していてな。それに、サリエリに関してはもともと女神と死神の話であったそうだな」
と、プロメテウスはメサイアの方へ視線を移す。
視線が集中して慌てるメサイア。
「な、なによっ……」
「メサイア様。あなたの噂は聞いているが、いったい魔人と何が――」
「……そ、それは」
そういえば、以前に少し話していたな。あの時、なんと言っていたか。改めて話してもらおうか。




