第42話 幸運聖女 - マイホーム・オブ・ザ・デッド -
心音が聞こえる。
誰かのリズミカルで、全てを包み込むような優しい鼓動。
「心臓の音……」
朦朧とする意識の中で、俺は瞼を開けた。
んぁ……?
うーん……頭がボーっとする。
どうしてこうなっていたっけ。
――ああ、そうか。
俺は大量の鼻血を噴き出して、それで。
いやそれよりだ。俺は誰かに抱きしめられているらしい。
頭が腕で固定されていて、動かない。
いったい誰が。
「……ん、この柑橘系のサッパリしたイイ匂い。それに、俺のシャツを着たほっそり体型は……フォルぅ!?」
俺は抱きしめられていた。
頭がフォルの谷間に挟まれているようだ。
そりゃ、心音が聞こえる距離になるわなー…。
――ってぇ!
離れよう。これは、また鼻血案件だぞ!!
「あ……。兄様、起きられたのですね」
「あ、ああ……離してもらっていいか」
「はい」
「それで、なんでフォルが俺を……」
「兄様、大量の鼻血を噴いて死にそうでしたから、わたくしの『グロリアスヒール』で癒していたのですよ。あと念のために『フォーチュン』で」
「そ、そか。そりゃ助かったよ」
外はすっかり真っ暗。深夜か。
それに、メサイアたちは寝ている。
「あの、良かったら夜食を作りますけれど」
「そうだな、腹が減ったし頼むよ」
血も大量に減ったし、なにか口にしたいところだ。
「……あれ。サトル、起きたの」
「メサイア。起こしちまったか」
「いいわ。それより、平気?」
「ああ、大丈夫だ。腹は減ったけどな。なあ、メサイア」
「ん?」
「今の『山小屋』のレベルはいくつなんだ?」
「あー、えっと、今はね、この前のボス戦の報酬もあって『山小屋 Lv.8』よ」
「まじか。いつの間に『Lv.8』まで上昇していたんだ?」
「あれからずっと【建築スキル】を発動しっぱなしよ~。
でも、もうすぐ『家』が見えてきたわね。それこそ『ヴァルハラ』第40層のボスを倒せば『家』に生まれ変わるのも時間の問題かもね」
そうだ、俺はまだ『聖者の試練』をクリアしていない。
この前やっと、第20層のバフォメットのような姿をした、チェーンソーモンスターを倒したところだ。少し苦戦したが、次回もあんなバケモノが出てくると思うと、ゾっとはするが。
「でも、そろそろ、第40層も挑まなきゃな。ボスはあと3体もいるんだし」
「そうね。あんまりノンビリもしていられないかもしれないわね。レイドボスだって、いつ攻撃してくるか分からないし」
そうだった。
『レイドボス』なんてヤツ等もいたんだっけ。
既に、死女神『アルラトゥ』に至っては、一度【奇襲】を受けている。
油断はならんな。
それに、そもそもレイドボスをぶっ倒すために『聖者』への道を決めたはず。だが、今は方向性が分からなくなりつつある。
『神王を信用するな』そんな言葉が、俺の頭の片隅で囁かれているような――気がした。
「はい、兄様。夜食ができました」
「おお。フォル、なんだかいつも以上に気合が入ってるな」
なんと、目の前には『カレー』があった。
俺が前に口頭で教えただけなんだが……
恐るべし【料理スキル】(カンスト)。
「ただのカレーなのにすげぇ美味そうだ。いただきま――」
カレーを食べようとした途端、
【オートスキル】が発動し、小屋の外が『爆発』した!!
「マジか! 敵襲みたいだな」
俺の【オートスキル】が発動したということは、モンスターが小屋に突っ込んできたようだ。こんな時間帯にエンカウントするとはな。
「ベルとリースは寝かせておくか。メサイア、フォルは俺と一緒に小屋を守るんだ」
「そうね。そうしましょう」
「わたくしたちで解決ですね。ちょっとドキドキします!」
こういう時は、まずは『千里眼』だ。
「ふむふむ……。
外には、モンスターが『300体』だな。うわっ……『ゾンビ』だらけじゃねーか!!」
「ただのゾンビなの?」
「いや……。アレは『チオールゾンビ』で【Lv.666】だな。そんなに強くはないモンスターだけど」
「なんだ、余裕そうね」
「姉様の言う通りです。なんといっても相手は『ゾンビ』ですから、聖職者のわたくしがいれば余裕です!」
「よし、作戦を変更する。
メサイアは家を守ってくれ。俺とフォルはゾンビを一掃する。オーケー?」
ふたりとも頷いた。
「よし、扉を開けるから、一気に【オートスキル】で片づけるぞ。フォルは後方から頼むぞ」
「はいですよ~」
俺は、扉を少しだけ開けた。
開ければ、なんだか様子がおかしかった。
「あれ……。
なんか……くっせええええええええええ!!!!!」
なんだこの、腐敗したような刺激臭!
あのゾンビ、むちゃくちゃ臭い。腐ってやがる!! 一週間以上、履きつぶしたおっさんの靴下の臭いよりヒドイ。これはヒドイ悪臭だ……!!
は、鼻が曲がるぅ!!
「おえぇっぇ……!!」
力を振り絞り、俺は扉をなんとか閉めた。
その直後、俺は床でのた打ち回った。
「うおぉぉええええええええええええ」
くせえ!! 鼻についた臭いが取れんぞ!!
「あ……兄様……臭いです」
ドン引きしまくっているフォル。
シャツで鼻を押さえ、顔を顰めていた。
「お、俺じゃないって……! あのゾンビ共の悪臭だ」
「そうですけれど……。うっ、気分が優れません。横になります……」
フォルは一瞬でダウン。
ウソだろ、おい……。
【Lv.2641】の聖職者が【Lv.666】のゾンビにやられちまったよ。
にしても……。
む。そうか……!
『チオール』といえば、スカンクの放つ悪臭そのもの。あれはまさに『スカンクゾンビ』といったところだろうか! なんてモンスターだ!
「おい、メサイア……って、気絶しちまったか……」
扉の隙間から入ってきた臭いでやられたのだろう、目を回し、ノックダウンしていた。ありゃダメだ……。
「チクショウ、あの悪臭ゾンビ共……。こうなったら家の中から【オートスキル】を発動していくしかないな」
元からそういう風に自衛は可能なのだが、火力が半減するので直接出た方が処理が速い。しかし、あんな悪臭を放つゾンビ相手は、キツすぎる。
素直に安全圏から、敵を滅ぼそう。
まだ臭いが取れない俺は……
涙を大量に流しながら、恨みと憎しみを込めて……
「……消え失せろクソゾンビッ!! 『ニトロ』だぁぁぁ!!」
【超爆発スキル】の『ニトロ』を外へぶっ放し、ゾンビ共を駆逐した。
爆発で次々に吹っ飛んでいくゾンビ。
数が多いから、時間は掛かるだろうな……はぁ。
それにしても、扉を全部開けていたら、あの悪臭でメサイアのように気絶して、全滅だったな……。危なかった。
これも、フォルの『フォーチュン』のおかげかもな。
幸運すぎる聖女に感謝、だな。
「兄様、臭い……です……」
「おい……。だから、俺じゃねーって……風呂でも入ってスッキリしよっと」
「……はい。一緒に」
鼻を押さえながら、ついてくるフォル。
一緒には入らんぞ……多分。
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