第383話 深淵の女
階段は続く。
どこまでもどこまでも果てしなく続き、天辺が見えない。闇の向こうに果たして、天帝がいるのだろうか。いや、居てくれなきゃココまで苦労した意味がない。頼むからドンと構えていてくれよ。
今頃、アーサー達、円卓の騎士が各国を奪還中のはず。少し心配だが、俺は目の前の事だけに集中する。
「この階段、どこまで続いているのよ……」
面倒臭そうにボヤくメサイアは、俺を睨む。俺を睨むなよ。この塔を作ったのは天帝だ。悪いのは俺ではない。
「おんぶしてやろうか? 俺の筋力ならメサイアくらいの体重なら余裕だし」
「それ良いわね。――って、アンタ、私の感触を楽しみたいだけじゃ!? いいけどさ、サトルなら」
「いいのかよ。でもすまんな、メサイア。リースがもっと辛そうでな」
あれから一時間以上は登り続けている。パーティの中でもリースは辛そうだった。か弱いリースをこれ以上、無理させられなかった。
「リース、俺がおんぶしてやるよ。フォルが嫉妬しそうだけどな」
「え、ええ。ありがとうございます、サトルさん」
腰を下ろし、リースをおんぶする。
と同時に、フォルが不満を漏らすかと思えばそうでもな無かった。寧ろ、ニコニコして尊敬の眼差しを俺に向けていた。
「さすが兄様です。素晴らしいお気遣いですよ」
「なんだ、褒めてくれるのか」
「ええ、わたくしは聖女ですから寛容なんですよ。だから、兄様がわたくしにした事も許します」
「ん? お前にした事?」
「ええ、この塔に入る前に兄様は、わたくしのすっごい所に触れたんですよ!? もう御嫁にいけません。責任取って下さいまし」
「ああ、それは構わんが」
「え…………はい」
フォルは返事をすると、大人しくなった。小さく縮こまって赤面し、俺の服を引っ張った。予想外の返答に驚いたらしい。
◆
ようやく『百層』に辿り着く。
「サトル、見て……この先に街がある」
「ああ、間違いないな。こんな巨大塔の中に街があるとはな。一定の階層毎にあるようだが、ここまでの規模とは、さすが要塞国と名乗っているだけある」
階段を上がりきり、百層の少し離れた所に大きな扉があった。そこへ向かうと、その先に街があったんだ。空間的にありえないんだが、多分、天帝の何かしらの魔法スキルだろう。でなければ、こんなのありえない。
「一応、街を軽く見ておくか」
「うん、私も賛成。天帝ってヤツの情報を知る手掛かりになるかもしれないし、それに、万が一かもしれないけど、弱点とか分かるかもよ」
メサイアは適格な事を言う。
なるほど、それは思いつかなかった。
弱点か、それは是非欲しい情報だな。
周囲に警戒しつつ、俺たちは街へ。
「……普通の街ですね」
俺の背中に掴まっているリースがぼそっとつぶやく。そうだな、随分と普通だ。もっと禍々しいモノかとイメージしていたが、どこにでもある街だった。
「どうなってんだ。家もお店もある。あれはギルドか……? 名前が書いてある……えっと」
「デイブレイク」
建物の前で立ち尽くすメサイアは、何か心当たりがあるかのようにその名を口にする。このギルドの名前だよな。
「んー、まあ特に変わった所はないよな」
「そうかもね」
なんだ? メサイアのヤツ、ちょっとおかしいかも。――それにしても、人の気配を感じない。誰も居ないのか、この街は。
仕方ない、立ち去ろうとした――その時だった。
『ようこそ、パラドックスへ』
「え……」
噴水の向こうに人影があった。それは足音も立てず静かにやって来た。あの小さな感じ……女性、か?
「この塔に登られて、ここまでやって来るとは。あの方もお遊びが過ぎましたね……でもいいんです。彼は全てが許される存在」
「アンタは?」
姿を現す影。やっぱり女か。
しかもブラウス姿で、なんだか軽装。メガネも掛けて先生のような格好をしていた。……どういう人だ?
「わたしはイドーラ。天帝の師匠ですよ」
「――なっ!? あんたが、天帝の師匠? 美人すぎてそうは見えないけどな……てか、どうしてこんな場所にいるんだ」
「……わたしは所詮、幻です。だから警告に来たのですよ」
「警告だァ?」
「ええ、今直ぐに帰りなさい。そうすれば、何事もなく平和に過ごせます。痛いのは嫌でしょう?」
その割に口元が笑っているがな。
コイツは初めから殺る気だ
殺気がヒシヒシと俺の頬を撫でていた。
「そうか――なら、あんたは美人だろうが敵だ。フォル、今直ぐにグロリアスサンクチュアリを展開しろ!! アイツはやべぇぞ!」
「了解です……! グロリアスサンクチュアリ!」
ぶわぁんと俺たちの方に聖域が展開される。俺はそこから抜け、イドーラと相対する。……喩え相手が女であろうとも、それが敵なら俺は容赦しない。
「フフ。理は喧嘩っ早いのですね……いいですよ、そういう子にはお仕置きをしなければなりません」
俺の方に手を向けてくる。
こ、この感じ……以前、天帝の影と戦った時も似たような構えだった。まさか、本当にヤツの師匠だっていうのかよ。
だが、こっちは【オートスキル】だ。
「――それと、聖槍だ!!」
ロンゴミアドを構え、俺は駆けだしていく。
先制攻撃あるのみだ!!
「おバカさんですね……分かりました。苦痛を味わいなさい……」
「そんなモノォ!!」
かなり接近した所で、俺は槍を突こうと思ったが――イドーラは、ニヤリと笑い、それを放った。
『――――――ボースハイト!!』
「……なッ!!」
ゴォォォっと深淵が俺を襲う。
なんだ、この黒い……!
「ぐあああああああああああああああああああああああああああああああああああ…………!!!」
体が闇に持ってかれ、俺は噴水に激突。更に民家を三軒ほど貫通した。……くそっ、なんてダメージだよ。ふざけてる。
しかも、オートスキルも発動しやがらない。これは、アレだ……あの深淵が何か妨げていやがるな。ならば、任意発動しかない。
「おやおや、そこで寝ているつもりですか!!」
もう目の前にイドーラが。なんてスピードだ……けれど、それでも俺は!!
「ヒドゥンクレバス!!!」
「くっ!? 氷結魔法か……面倒な」
ヤツの体が徐々に凍っていく。魔法耐性があるようで無いらしい。よし、これなら……いけるぞ。
「あんた、魔法使いのクセに魔法が効きやすいのかよ」
「……言ったでしょう。これは幻だと! 本来のわたしであれば……貴方など……うっ」
カチンと凍った。そして、しゅわっとイドーラの存在が消えた。――なるほど、幻というのは本当らしい。まあ、とにかく幻で良かったな。あのイドーラは強かった……久々にピンチだったぜ。
俺はそれから、メサイア達と合流を果たす。
「……よう、戻ったよ」
「サトル! あの女は!?」
「幻だったらしい……詳しい事は分からんが、もしかしたら、天帝の嫌がらせだったのかもな。それとも……」
「ん?」
「いや、先を急ごう。この街にもう用はないよ」
螺旋階段へ戻った。
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