第187話 彼岸花
時は少し遡り――。
◆
死にかけたのか、それともただ無の中にいたのか。
今まで、何もかもを失っていた気がする。
果てしない虚無から目を覚ますと、花に囲まれていた。
――これは白い彼岸花。
ここは、虹の空中庭園。
見覚えのある光景だ。
「…………あれ、なんで」
思い出せない。
なにがどうしてこうなったのか。俺はどこで何をしていた?
「えっと……」
手足に若干の痺れはあるものの、なんとか動ける。
ただ、意識が朦朧として、視界もボヤけていた。……なんだ、立ち上がろうとすると、酷い立ち眩みが――。
「……うっ」
頭を押さえ、一歩ずつ先へ進んでいく。
前へ、前へ……とにかく、前へ。
見えてくる螺旋階段。到着地点が見えないほどの長い階段があった。上は雲に覆われて、なにがあるか分からない。
俺は不思議と、そこを登っていかなければならない気がして……。
こんな死にそうな体調ではあったけれど、無理を押し通してでも行かねばと思った。……きっとあの上には……大切な何かがあるはずなんだ。
◆
死に物狂いで階段を上がると、やっと頂上付近。
さっきまでいた虹の空中庭園が米粒みたいになっている。こっちはこっちで、宇宙に近い場所になってやがるし……。
なんてこった、成層圏が一望できてしまっている。
そんな広大な世界を目に焼き付け、俺はついに頂へ。
「…………」
黒色のワンピースを着た少女の背中が見えた。
あの馴染み深い服装は間違いない――。
「――――」
間違いないはずなのに、名前が出てこない。
喉まで出かかっているのに、どうしてだ。なぜ、彼女の名を思い出せない。あと名前を呼べば、こちらに振り向いて貰えるはずなのに。
でも、出てこなかった。
それじゃダメなんだ!!
このままでは俺は、きっと、一生彼女を忘れてしまう。
ああ、もどかしい!!
そうだ、別に名前を呼ぶ必要はない。もしお互いを知っているなら、顔を合わせたら分かるはずだ。それを信じて、俺は。
「お、おい……あんた!」
「………………サトル」
信じられないという顔をして、彼女は俺を見た。
そして、赤い彼岸花を地面に落とし、飛びついてきた。
「うわっ……!!」
「サトル…………サトル、本当に帰ってきたのね!?」
少女はボロボロ泣いていた。
どうして、俺なんかのために。
「キミは……」
「私よ、メサイアよ。あなただけの女神」
「……女神……」
「そう、ずっとずっと一緒だった。旅を共にしてきたじゃない」
「俺は誰なんだ……今までなにをしていた」
「大丈夫よ、サトル。この特別な『黄色い彼岸花』であなたの心と記憶を蘇らせる」
「俺の心と記憶……」
少女は俺から少し離れ、黄色い彼岸花を俺の胸に押し当ててきた。
それは、金色の光を輝かせ、俺の中へ――――。
バラバラになっていた記憶が返ってくる。
最後のピースがはまり――心はやっとひとつとなった。
「あ…………。そうか、やっと思い出した」
俺は、地面に落ちている赤い彼岸花を拾った。
別名『曼珠沙華』――花言葉は『情熱』とか『再会』とか『悲しい思い出』など深い意味が込められている。
そや……『また会う日を楽しみに』なんて意味もあったりする。
彼女はずっと、この日を待っていたんだろう。
俺もだ。
彼女の傍に向かって、その彼岸花を手渡した。
「ありがとう、メサイア」
「………………うん。……うん」
メサイアはまた飛びついてきて、今度は泣き叫んだ。
「心配をかけちまったな。すまなかった……」
「ううん……いいの。……いつものサトルが傍にいてくれるだけで嬉しい。いつまでも私を抱いていて」
「いや、それだけじゃ足りない」
メサイアの肩に手を置き、俺は唇を奪った。
「――――――」
◆
時間なんて忘れて、ただお互いを求めあった。
しかし、忘れてはいけないことがある。
まだ『星の都』には仲間たちがいるということを。
「メサイア、俺たちは……確か、星の都に行って、バトルロイヤルに参加して――そうだ、ドゥーベに心を破壊されたんだよな俺」
「そうよ。サトルは急に倒れて、呼びかけてもフォルのグロリアスヒールをしても元に戻らなかった……。でも、サトルと私はいきなりここへ飛ばされて」
俺としたことが……完全に油断していた。
というか――心を破壊するヤツがいるだなんて、想像もつかなかった。
そんな恐ろしいスキルを使ってくるなんて、常識外れにも程がある。
「――て、まて。ここに飛ばされた? 誰が飛ばした?」
「神王・アルクトゥルスよ」
「神王様が……。なるほどな」
俺は理解した。
星の都にやってくる前、しつこいくらい神への勧誘があったからだ。きっと、これを想定しての発言だったのだろう。神王には分かっていたのかもしれないな。
だけど、俺は断った。
別に、そんなものには興味ないし。
けれども、それは今までだった。
「――俺、神に近づきつつあるんだな」
「え、分かるの?」
「ああ、力が前とはまるで違う。この次から次へと湧き出るようなパワー。たぶん、次はもう心も破壊されない。というか……うん、なんか分かる。メサイア、女神スキル1001個目取ってみろ」
「1001個目って……無理よ。だって、もう女神スキルはコンプリートして――あれ、ある。一覧になぜか出現してる」
驚くメサイア。そうだろうな。
「さっきキスしたろ。神パワーがメサイアに流れたっぽい」
「えぇ!? そんなのアリなの」
「アリなんだからいいんだよ。そのスキル、ドゥーベの心破壊を無効化できるぞ。これで、俺たちは勝てる……!」
「そうね、勝ちましょう。そのためにも、今からバトルロイヤルへ戻らなきゃ……あ、でもどうやって戻るの?」
困惑するメサイアだったが、俺にはもうどうするべきか分かっていた。
「俺のまだ『未熟な神の力』と『女神の力』を合わせれば、きっと上手くいく。テレポートを頼む」
「そうね、私とサトルの力ならきっと上手くいく! じゃあ、さっそく行きましょう」
そう、はりきって手を広げる。
けど……まだ早い。
「メサイア、ちょっと寄り道したいところがある」
「寄り道?」
「ああ、そうだ。だから――」
提案をしようとした時だった。階段の方から気配がした。
「その話、ちょっとまった!!」
こ、この懐かしい声はまさか!!
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