◆外伝③ - 笑うものたち
記憶はいつだって曖昧だった。
けれど、今回のは明らかに何かおかしい……そんな何気ない違和感が心をザワつかせた。
アレは何だったのだろう。
氷が全て溶けてしまったかのような朧気な残像が脳裏には残留している。ただ、それだけだ。それだけで、何があったかまではまるで思い出せない。
それは俺だけでなく、一緒にいた女神であるメサイアも同じだった。
「都で何かあったような気はしたんだが……」
「そうね、何かはあったと思う」
行きかう人々を眺めながら、メサイアはつぶやく。
唇を噛んでいるところ、相当に苛立っているな。
だがまあ、コイツはともかく……。
あの最強の魔法使いであるスイカすらも何も覚えてないという。
「スイカ。俺の記憶が確かなら……お前、なにかに追われてなかったか」
「……ええ。確かにそんな気がしていました。ですが、記憶はスッポリ抜け落ちています。恐らく何者かの仕業かと」
そうだろうな。
じゃなきゃ、この気持ち悪い違和感に納得がいかん。
ア~、どうしたらこのワケ分からん気分を払拭できる!?
「サトル、ともかく家に戻りましょ。もう日も落ちるし、みんなが心配するわ」
「そう……だな」
気分は晴れないが仕方ない。
腹も減った、帰ろう。
――とまあ、一歩踏み出したところで俺は思い出したんだ。
「おい、メサイア。お前、本物だろうな?」
「……は? いきなり何よ突然。仲間を……よりによって、私を疑うっていうの!?」
「ああ、疑うね。違和感の正体がや~~~っと分かったんだ。お前、ニセモノだろ」
メサイア(偽物?)は、白い眼差しを俺に向けた。
あー…あの表情はちょっとメサイアっぽい。
「あんたね~…。さすがの私も引くわよ。ていうか、そんなに疑うなら触って確かめたらいいわ。ほら、好きなところどこでも触りなさいよ! さあ!」
ヤケクソなのかメサイア(偽物?)は脱ぎ始めた。
……よし、そのまま続けろ!
と、いきたい所だが、例えニセモノでもそいうワケにもいかん。
「あのな、メサイア(偽物)よ。お前ちょっと胸がデカすぎんだよ。そのサイズじゃ違和感あるってーの」
「はぁ!? そこ!? そこが根拠なの!? ふざけないでよ!」
メサイア(偽物)は憤慨し、今にも俺に猛烈なビンタを飛ばしてきそうだったが、隣で静かに俺たちの状況を見守っていたスイカがついに口を開いた。
「ただいま記憶の修復を完了しました。……サトルさんのおっしゃる通り、メサイアさんは偽物です。なぜなら、女神のもつネックレスがないから」
!!
そうだ、ネックレス!
「そいや、メサイア(偽物)には女神のネックレスが……ない! なんて分かりやすい部分を見落としていたんだ、俺は!」
「だから言ったでしょう。胸ではないって! って……ネックレス……?」
俺は頭を掻いた。
さて、どうするべきか。この偽物野郎を。
答えはこうだ。
「俺の仲間に化けてんじゃねーぞ、このクソニセモノ野郎!!」
すると、メサイア(偽物)は……
「フフフ……。そうか、ネックレスが無かったとはな。まあいい、お前たちの情報は十分に収集できたのだからな」
なっ……!?
声がまるで音声加工されているかのような、そんな機械声だった。
そして、そいつは本当の姿を現した。
「モ……モザイク!?」
人の形をしているが、モザイクだ。
分からん……ヤツの正体がわからない!!
だが……
俺は……
「憎しみのニトロフィストォォォォォォオオオオ!!!!!」
「うわ、バカまて! まだ名乗ってもいないだろうが!!」
即スキルを発動させ、モザイク人間をぶっ飛ばした。
「うああああああああああああああああああああああああ!!!!」
爆炎が舞い、人型は遠方へ飛ばされていった。我ながら見事である。ホームラン。
「あのモザイク人間は一体なんだったんだ……」
「アレがあたしを追っていた怪物です。名は分かりませんが、アレの組織は分かります」
「組織?」
「ええ、組織の名は――」
「お~い、サトル! スイカ~!」
この声……まさか!
「メサイア、メサイアじゃないか! 本物だろうな! 確認させろ!」
俺は駆け足でやってきたメサイアに接近するなり、確認してみた。
「きゃぁぁあ!? ななななな、なにすんのよサトル! どこ触ってんのよ!?」
「ああ、この感触は間違いないわ。ふむふむ」
「ふむふむじゃないわよ。そんなところじゃなくて、どうせなら……って、あれ、そういえば私たちって何しにココに来たんだっけ?」
ポカンとメサイアは首を傾げた。
どうやら、コイツは本物だ。
◆
帰り道でメサイアに事情を話した。
偽物に化けられたことに一瞬は激高していたが、すぐに冷静になっていた。
「うーん、分からないわね。そいつ、私たちの情報収集をしに来たってことなのかな。本当にそれだけ? スイカを狙っていたっていうのは」
「それは表向きで、本当は情報収集だったのでしょう。ヤツが本気だったのなら、もっと戦闘が長引いていたはずです。……そう、あのモザイクの怪物は、まるで本気ではなかった。まるで戯れにやって来たかのような……そんな感じに見て取れました」
そう重い口調で話すスイカ。
コイツがこんな表情をするってことは、あのモザイク野郎はレイドボス並かそれ以上の力を持っていた――ってことなのだろうか。
まあ、俺の相手ではないがな。
「そいや、組織がどうとか。スイカ。その組織って何なんだ?」
「それは……」
一瞬、口ごもるスイカ。
そんな躊躇うほどの事なのか。
「分かりました。言いましょう。組織の名は――」
「兄様~~~~~~~~!」
「サトルさ~~~~~~~ん!」
この声は……ま・さ・か!
夕焼けの向こうからやってくる美しい聖女とふわふわエルフは間違いない。
「フォルにリース。迎えに来てくれたのか」
「ええ、帰りが遅いので心配したのですよ、兄様~♡」
そうフォルは密着してくる。
まったく、けしからん部分が当たっとるが許す。
「都で何かあったと聞きましたが……」
「ああ、心配はいらないよ、リース。事情は風呂でゆっくり話すよ」
「お、お風呂……ですか。で、では今晩はご一緒ということでいいんですね!?」
リースは興奮気味に顔を赤らめた。
「あ~ん♡ 兄様、わたくしもご一緒しますよ~♡ ほら、この前の聖剣のお話まだでしたよね。ゆっくり耳元でお話して差し上げますよ~♡」
既に耳元でそう囁いているが……う~む、フォルの耳打ちは癖になるな。むっは~。この状態で語られたい。
「理くん。わたしもいるんだけどな」
「うわっ! ベルお前、いつの間に背後に! てか、なんでメイド姿……」
「バイト終わったとこ。みんなの姿が見えたから」
「バイトってお前……いつの間にやってたんだか」
「自分の食い扶持くらい稼がなきゃね。あと欲しい物もあるし」
「欲しい物?」
「ナイショ」
……ナイショねえ。
気になるところだが、もう夕暮れ。
いや、もう沈むな。
「よ~し、みんな帰るぞ! 帰って焼肉パーティだ!」
「「「「「おおおおおおお~~~~!!!!」」」」」
みんなワイワイとテンションを上げ、笑いながら家へ向かった。
◆
【 聖地・パロミデス - 某所 】
ある男は声高らかに笑った。
ついに自身が神になる日が近いと確信したからだ。
その日はもう間もなくだ。
もう間もなくやってくる。
始まりはいつだって風のように突然であり、その運命も同じように流れてくる。きっと、これは、とあるギリギリ中年に対する、神からの最後通告なのかもしれない。
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