第三十八話 シュザンヌの最後っ屁
シュザンヌ・ウェバー。フランスの女優であった。1999年にはフランスの新人女優に与えられる・ジュニ―・ジャンヌ賞を受賞したという。
日本では女リュパンという映画が有名になったそうだ。派手なアクションはないが、科学的な変装術と話術で、警察をきりきり舞いさせ、悪徳貴族から金品を奪い去る姿は日本人に受けた。
脚本家のルネ・アストールと結婚し、子供が生まれて順風満帆だそうな。同年の8月には家族でスペイン旅行に行ったという。
もちろんビリーは本人に会ったことはない。箱舟にある図書館で映画を観た程度だ。そもそも彼女はあまり英雄に興味がなく、傍にいたバオバブの言葉で思い出した。
シュザンヌは金髪のフランス人で23歳だった。笑顔が眩しい女優だが、大空に移る彼女の笑顔は禍々しい物であった。
目は吊り上がり、口は魔女のような笑みを浮かべていた。
『ひゅーははははは!! 私はシュザンヌ・ウェバー!! 百年前にキノコ戦争で殺された哀れな亡者ですわ!!』
やたらと甲高く、呪詛を吐き出すような声であった。ビリーは耳にするだけで悪寒が走る。バオバブも同じ気分の様だ。バオバブ自身、女優は興味がなかったが、娘が話題に出していたので覚えていたそうだ。
ちなみにエスタトゥアは息絶えている。白目を剥いて、涎を垂らしていた。
『なんで私が生きているのかって? 決まっておりますわ、私の夫と子供を殺したチャールズ・ヒュー・モンローに復讐するためですのよ!!』
その声はコミエンソにいる人間たちにも届いていた。イベリア半島全体に彼女の声が響いていることにビリーたちは気づいていない。
『私はロキ、エスタトゥア、アトレビド、ホビアル、フエルテを乗っ取りました。頭が空っぽな人間を操るなどわけありません。ですが私が本気になれば世界中の人間を自由に思い通りに動かせますわよ!!』
さらに高笑いをした。右手を口に当てている。ふと見ると左肩がない。欠損しているようだ。
「もしかしてホビアルに憑りついていた奴だな。あんなむかつくしゃべり方は聞き覚えがあるぜ」
「そうなのかね。わしはシュザンヌの声は知らないが、こんなに胸糞悪いしゃべり方をするとは思わなかった」
ビリーとバオバブは上を見ながらつぶやいた。
『ひゅーほっほっほ!! 私は死にませんわ!! お前たちの誰かに憑りついておりますのよ!! そう誰が寝首を掻くかわからなくなるのですわ!!』
シュザンヌはゲラゲラ笑っていた。目は血走っており、狂気を宿している。
『さぁて私を殺したのは箱舟の子孫たちです。彼等は私が憑りついた人間を殺しました。そう、彼等が余計なことをしなければ私を解放されることはなかったのです。すべて箱舟の子孫たちが悪いんです!!』
責任転嫁にもほどがある。
『私の声を聴いた人はこれを参考によそ者たちを嫌いなさい!! いつ殺しに来るかわかりませんよ!! あなたたちは永遠に余所者を受け入れてはいけません!! 特に箱舟の子孫たちは危険です。皆さんの安全を脅かす敵なのですから!! ひゅーほっほっほ!!』
そう笑い声を上げると、シュザンヌの映像は消えた。
戦いは終わった。しかし空を見上げるサルティエラの人間たちは不安な表情になった。
シュザンヌ・ウェバー。悪霊の女がこれからも自分たちを監視する。そして誰かに憑りつき、いつでも裏切る準備をしている。そのきっかけを作ったのは箱舟の子孫たち。
あいつらのせいで、あいつらのせいで俺たちの生活は脅かされてしまったんだ。正義の味方と思い込み、無計画に力を振りまいた存在。
憎い、憎い、あいつらが憎い……。箱舟の子孫を許すな、女子供問わず皆殺しにしろ、俺たちの生活を守るため、他人は幾ら犠牲にしてもいいんだ。だって俺たちは偉いんだから、この世でもっとも尊い存在なのだから……。
スペイン全土の村々ではシュザンヌの言葉を聞いていた。もうよそ者を絶対に受け入れない。よそ者を行け入れるやつはすぐ痛めつけてやる。そしてロキ、エスタトゥア、ホビアル、アトレビド、フエルテという名前を子供に付けてはならない。
そう人々は思った。
☆
「あれはあの女のやけくそですわね」
その夜、ビリーたちはオモタルの家にいた。石造りの家で、なかなか広い。迎えたのはほっそりとした影の薄い女性だ。白い肌の赤ん坊を抱きかかえている。
オモタルの妻で、赤ん坊はオモタルの子供だ。名前はイザナミというらしい。
居間では家主のオモタルとビリー、ルイに龍羅漢、ラタ三世とウンディーネにバオバブがテーブルを囲んでいた。
オモタルの表情は太陽の様に明るくなっていた。町を支配するロキとエスタトゥアが死んだのだ。あとは自分がなんとかすればいい。
ルイはシュザンヌの言葉は呪詛であると説明した。
「なぜ、そう言えるのですか? あなたたちはシュザンヌの何を知っているというのですか?」
オモタルが反論した。
「簡単です。あの女が人を操ることができるなら、なぜ今やらないのですか?」
もっともな話である。ビリーたちはホビアルたちを始めとした怪人と戦ってきた。シュザンヌが人を自在に操れるのなら、なぜサルティエラの町は平然としているのか。さらに自分たちを操ればいいのにそれをやらない。もったい付けているにしても不自然だ。
「彼女の身体は神応石で出来ていました。恐らくは百年前に死亡した人たちの神応石で生まれたのでしょう。彼女の個人的な怨恨ではなく、何百万人の怨念が彼女を生み出したのでしょうね」
なぜ彼女はフランスではなく、スペインに現れたのか。それは百年前にスペイン旅行に行っていたからだ。当時は女優の彼女が来て大騒ぎだったという。地元のテレビでもその特集をしていたそうだ。これはウンディーネが教えてくれた。当時は中華帝国にあるホテルのテレビで見ていたという。
「そういえばあの人は左腕がなかったのれす。最初からそうだったのれすかね?」
ラタ三世が疑問を呈した。
「たぶんあの女は自分の身体を分割させたのでしょう。左腕がないのはホビアルのせいですね。かつてエビルヘッドさんにホビアルが食べられたとき、左手を食べるなと断末魔の叫びを上げてましたから」
「確かに言っていたな」
ルイの言葉にビリーが反応する。かつてビリーはビエドラグリス村を支配したホビアルという異能力者を倒した。その際にエビルヘッドはホビアルを食い殺したのだが、ルイが説明した断末魔の叫びを上げていたのだ。
「で、結局あの女はどうなっているんだ? 神応石でできていたのなら、かなり散らばっているはずだ。あの女の言葉がはったりと証明できるのかよ」
羅漢の疑問はもっともだ。あくまでルイの楽観論でしかない。そこにウンディーネが口を挟んだ。
「その心配はないですね。仲間のシンドバードさんとガリバーさんが調査しましたが、人を憑依するような力はないそうです」
「あんたらわかるのかよ」
「はい。私たちは五十年近く神応石の研究をしていましたからね」
ウンディーネは胸をとんと叩いた。どうやら専門家の太鼓判を押せるようだ。
「ですが、そんなことはどうでもいいことです。シュザンヌ・ウェバーはとんでもない置き土産を残したのですから」
ルイはため息をついた。ため息で部屋の空気がどんよりと重くなる。
「ところでウンディーネさん。あの女の演説はどこまで広まっていましたか?」
「……そうですか。ガリバーさんたちの話ではスペイン全域だそうですよ。ヒコ王国、今のポルトガルですがそこまでは届いてないそうです」
ウンディーネも沈痛な面持ちである。宝くじで特賞が当たったと思ったら、一桁違いでゴミクズになったような感じだ。
「あの女は箱舟の子孫を敵視しろと言い捨てました。彼女を象っていた神応石は霧散しており、それらがスペイン全土に広がっています。これからの人々はシュザンヌの言う通り、箱舟の子孫を憎むでしょう。そしてよそ者をこれ以上ないくらい嫌いだします。それはもう広範囲にね」
ルイはうんざりしていた。もちろん最初からうまくいくとは思っていない。シュザンヌは何百万人の神応石で映し出された存在だ。まだ見ぬ村落ではシュザンヌの影響力が強くなるだろう。
元々人間たちはよそ者を排除する傾向がある。亜人の村も少し厳しくなった。ラタ三世の祖父であるラタが指導しているが、彼が死んだらどうなるかわからない。
フエゴ教団の前途は暗いと言えよう。
「関係ないね」
ビリーがきっぱりと言い切った。
「言うことを聞かなければ誰か目立つ奴を殺せばいい。そして逆らえばぶん殴ればいいんだ。簡単だろう?」
なんとも言えない気分になる。あまりにも乱暴な言い分であった。とても文化を広げる人間の発言とは思えない。
「文化人なら無血で済ませるなんてありえないだろうが。宗教も教えを広げるために戦争を繰り広げていたし、開拓地でも原住民と血みどろの死闘の毎日だったと歴史は証明しているぜ。俺たちは上品な人間じゃないんだ。キノコ戦争で文明が崩壊しても人間の本質は変わらないんだ」
ビリーの言うことはもっともであった。自分たちは百年以上外の世界に触れなかった。自分たちは特別な人間だと思い込んでいた。
だが自分たちも所詮は同じ地球に住む人間だ。何千年もの間、戦争に明け暮れ屍の山を築き上げた。
今更きれいごとを言える立場ではない。ならもっと汚れてやろう。
「まずは近くにある村を傘下に収めるんだ。そして同じ村同士の結婚を禁じる。次に兵士たちを増やしてどんどん広げるんだ。コミエンソでは亜人と人間の子供を住まわせるんだ」
ビリーは提案する。ルイ達も賛成していた。
「むぅ、ビリーしゃんは結構頼りになるれすね」
「まったくだな。女の方が度胸はあるというわけか」
「ですね」
ラタ三世と羅漢、ルイも同意する。
これからの問題を話し合うのであった。
ジュニ―・ジャンヌはシュザンヌ・ビアンケッティ賞を最初に受賞したジュニ―・アストールがモデルです。
ルネ・アストールのルネはシュザンヌの夫、ルネ・ジャンヌがモデルです




