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第三十六話 肌壁

「で、俺たちはどうすればいいんだ?」


 龍羅漢ロン ラカンはウンディーネを抱きかかえながら目の前の男たちを見た。すでにビリーとバオバブはロキを追っている。

 全員革の鎧を着て、槍を手にしている。全員羅漢たちをにらみつけていた。今にも爆発しそうな雰囲気であった。

 その背後にオモタルが立っている。線が細く風が吹けば飛んでしまいそうな体つきだ。しかし顔は引き締まっている。内心は複雑な気持ちを抱いているようだ。


「私たちの勝利は、ロキとエスタトゥアを殺すことです。彼等を殺してはいけません。大事なのはあそこにいるオモタルさんの心証をよくすることです」


 ウンディーネが言った。かなり真剣な顔である。


「オモタルさんは力づくで押さえつけるのが嫌いです。まあ痛めつけるくらいなら大丈夫ですが、殺すのだけはだめです」


「なるほど。サルティエラの町はオモタルさんに任せたいのですね。だから少しでも機嫌をよくしたいと。そういうわけですね」


 傍にいたルイが言った。彼女はロキとオモタルの会話を聞いて、二人の関係を理解した。

 この町を陰で支配しているのはロキだ。表を仕切っているのはオモタルである。

 オモタル自身も差別は嫌いだがどうにもならなかった。ロキのやり方は強引だが、差別が根絶されたことは嬉しかったのかもしれない。

 そして自分たちがどういう考えを持っているのかわからない。なので今後ビリーたちフエゴ教団と協力してもらうには、人を殺さないようにしてオモタルに取り入る必要がある。


「まったく面倒なことをするものだ。すべてを吹き飛ばせばいいじゃないか」


「その面倒なことを解決するのはあなたの仕事です。今のあなたはそれができますよ。背中の力を使えばね」


 ウンディーネが羅漢を見る。その目は真剣だ。


「お前は何でも知っているのか。千里眼の持ち主かよ」


「それは仲間の力です。ガリバーという方ですよ。今のあなたは私を抱きかかえています。両腕が使えない状況ゆえに背中の筋肉が緊張するのです。その力は絶大のはずですよ」


 彼女はなんでも知っているようであった。ガリバーはウンディーネと同じ人造人間メタニカル アニマルだ。スイカの様に巨大なネズミの頭みたいな形をしている。

羅漢はやれやれとため息をついた。彼女はなぜか自分を信頼している。ならば自分も気持ちに応えなくてはならない。


 羅漢は兵士たちに背を向ける。オモタルは兵士たちに号令をかけた。


「あの黒ヤギの亜人を殺せ!!」


 兵士たちは槍の切っ先を向けると、駆け出した。その表情は獲物を甚振る猫の様に笑っていた。彼等はストレスを溜めており、うっ憤を晴らす機会をうかがっていたのだ。


そして背中に力を入れた。ぴんと背中の筋肉、広背筋が張られていく。その瞬間背中から湯気が出てきた。そして陽炎が生まれる。


肌壁ジービィ!!」


 それは筋肉の風で生まれた壁であった。見えない壁は兵士たちの行く手を遮った。

 ルイはそれを見てたまげていた。


「すごいですね。羅漢さんは出来る人と思ってましたが、ここまでやるとは思いませんでした」


「本来はバオバブさんの力を使えば、簡単です。ですがあの人の能力は人間の知恵を使えば可能なものです。羅漢さんのような理不尽で不条理な能力だからこそ説得力が出るのですよ」


「散々な言い方だな。だが俺自身も同じ気持ちだがね」


 羅漢はウンディーネを抱きかかえながら、広背筋に力を入れている。兵士たちは何度も羅漢を突き刺そうとしたが、その度に筋肉の風で出来た防壁によって吹き飛ばされた。

 筋肉の風は攻撃にも使えるが、こうやって防御にも転換できるのだ。

 かつては囚人を集めた採掘場では、この力で崩れ落ちる岩から囚人たちを守っていた実績がある。


 オモタルの方は複雑な心境だ。敵を倒せないもどかしさもあるが、羅漢の圧倒的な力を町民たちが目撃していることで、彼等に畏怖するようになった。


「あとはビリーさんがロキとエスタトゥアを殺すことですね。私たちはここで待っていましょう」


 ウンディーネがそういうと、羅漢の背後に一人の男が現れた。それは異様な男であった。

 刀の様にほっそりとした体形で、全身鋭い刃のようであった。黒い着物をはだけており、胸元は包帯を巻いている。

 顔は目の部分に包帯を巻いており、黒く長い髪を柳の様になびかせていた。まるで地獄の底から這い出てきた幽鬼のようであった。とてもこの世の人間とは思えない。


 男は刀を手にしている。両手で構えると、羅漢の背中をバッサリと切った。ぱっくりと傷が開くと、血が噴き出る。肌壁は解除された。


「ほう、俺の背中を斬るとはなかなかやるね」


 羅漢は斬られても慌てることなく、余裕の笑みを浮かべている。ウンディーネはさすがに表情を曇らせた。


「あの男、見たことがありませんね。ガリバーさんでも見たことがないです」


「……わんがなめーやイクサ。くぬ世とー隔離さったるしけーっし過ぐちちゃるいきがやん。オモタルぬ命令っしいったーくるすん」


「……どうも沖縄弁のようですね。あの人はイクサという名前で、この世から隔離された世界から来たそうです。そしてオモタルさんの命令で私たちを殺すつもりのようですね」


 イクサの意味不明な言葉をウンディーネが翻訳してくれた。どうもあの男は目が見えていないようだ。オモタルの命令を聞くということは、彼と縁のある男なのだろう。


 周囲の兵士たちは腰を抜かしている。肌壁を解除しても襲い掛かる気配はない。羅漢を恐れているのだ。

 この男をどうするか。やはり殺さずに取り押さえるのが一番だ。しかし油断はならない、剣の腕はかなり高いだろう。どうも生きているのかよくわからない。まるで柳の枝の様にふらふらしていた。


「ここは私が相手をしますね」


 ルイが前に出た。手には警棒を持っている。


「……いなぐぬかじゃぬすん。死にたくなきりばふぃんぎれー。わんねーうーらん」


「女の臭いがする。死にたくなければ逃げろ。俺は追わないと言っていますよ」


 ウンディーネが説明してくれた。だがルイは逃げない。


「ビリーが戦っているのに、私が逃げるわけには行けません」


 ルイはイクサの前で警棒を構えた。どこかへっぴり腰であった。


 ☆


 ビリーたちはロキたちを追いかけた。石造りの町を駆けだしている。住民はロキたちを見ると腰を抜かし、道の端へ逃げた。ビリーたちを襲うこともしない。

 ビリーはバオバブに抱きついていた。彼は丸太のように太い両腕を使って走っている。

 両足がないので、両腕が発達したのだろう。自分で歩くよりかなり早かった。


「おっさん、すごいな!! これも人造人間の力かい!!」


「それもあるがね。わしは生まれつき足がないんだよ。昔はそれで家族に捨てられたが、その家族は戦争の時に生きたまま焼け死んだ。生き延びたわしは子供をみんな戦死しちまった医者の夫婦の養子になったのさ」


「複雑な家庭環境だったんだな」


「まぁな。だがわしの人生は満足しておるよ。歳をとって結婚した妻は病死したが、娘は生まれておる。今は天照アマテラス王国で元気にやっとるよ」


 バオバブは息切れひとつ起こさず、走っている。どうも娘は今も生きているようだ。彼女も人造人間に改造されたのだろうか。


 さてロキたちはとある広場にたどり着いた。周囲は岩山に囲まれており、木造建ての建物が目立つ。さらに地面には線路が敷かれてあり、トロッコが置いてあった。

 ここはサルティエラの生命線で、ここから涙鉱石ティアミネラルを採掘しているのだ。

 周りには一人もいない。今日は休みのようである。


「とうとう追い詰めたぞ!! てめぇらをまとめて殺してやる!!」


「どっちが悪役かわからんね」


 ビリーの啖呵に、バオバブは呆れていた。


「追い詰めただって? 私がわざとここへおびき寄せたことを理解していないようだね」


 ロキはけらけら笑っていた。エスタトゥアは相変わらず無表情である。


「一応周りには人はいない。被害が出ないようにこの場所を選んだのかな」


 バオバブは周りを見回した。先ほどの性格の悪さから、ロキは他者が巻き込まれても平然としている人間だと思っていたからだ。


「私自身は町民がどうなろうと知ったことではないさ。でもオモタルが嫌な顔をするのでね。被害が少ない場所を選ばせてもらったよ」


「は? オモタルはあんたの命令を聞く人形だろう? わざわざ気を利かせる意味が分からない」


「いやいや、私はこれでもオモタルを尊敬しているのだよ。彼は有能な人だ、糞みたいな家族の元でなければこの町をさらに発展していただろう。それは今からでも遅くはない。私は彼をこの町の王に、いや世界の王にしたいと思っている。チャールズ・モンローよりもはるかに有名人になってもらいたいね」


「モンローなんか過去の人間だろう。それに関係のないお前がなんでこだわるんだよ」


 確かにロキはモンローと関係ない。世界を滅ぼしたのはモンローだが、もう百年も昔の話だ。今を生きるロキとは接点がない。


「正確には私の中にいる人だね。そいつは今だにモンローを憎んでいるのさ。そしてモンローの功績をこの世から一つ残さず消し去ろうとしている。しかし私は利用できるものは利用するべきだと思っているよ」


「けっ、電波でも受信しているのかよ。だがてめぇらを殺せば万事解決なんだ。死ね!!」


 三下の悪役みたいなセリフを吐いて、ビリーは拳を振るう。

 しかし彼女の拳は軽く弾かれた。やったのはエスタトゥアだ。


 彼女はだぶだぶの服に着替えていた。ビリーの拳を弾いたのも彼女の右袖の布のせいである。


「エスタトゥアはね、私より強いのさ。さらに彼女は反射神経が常人より鋭い。敵の悪意をいち早く感知し、運動神経を特化させた生体電流を布にまとっているのさ。だからこそサルティエラの町を支配する下地ができたというものさ」


 ロキはべらべらとしゃべる。多分知られても平気なのだろう。ビリーはエスタトゥアを見て、背筋に冷や汗を垂らした。

 ロキよりもエスタトゥアを戦わせるほうが面白いと思いました。


 イクサはヨモツイクサがモデルです。伊邪那岐が伊邪那美を迎えに行くときに、伊邪那岐を襲い掛かるのがヨモツイクサとヨモツシコメなのです。

 当初はバオバブが兵士たちを無力化する案でしたが、それだとありきたりなので今回の形となりました。

 やはり執筆を制限するとよいアイディアが生まれますね。

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