第三十四話 ヒュミルの一味
「船旅は初めてだぜ」
木造船の中でビリーは茣蓙の上に寝っ転がりながらつぶやいた。ビリーとルイ、羅漢とラタ三世が狭い部屋の中で縮まっている。ジライア村の船だ。荷物を積んでおり、カエルの亜人である人足たちが所狭しと忙しそうである。
この船はサルティエラへ向かっている。船は巨大なカエルが六匹ほどで引っ張っていた。巨大なカエルは三角湖に棲んでおり、漁業などでも使われているらしい。
河の広さは大型の船が余裕で躱せるほどだ。昔はこのような河はなかったらしい。すべてはキノコ戦争によって引き起こされた地殻変動と、キノコの冬が明けた時に出来た被爆湖のせいだという。
ビリーは箱舟の中で生まれて育った。それ故に外の世界は全く知らない。箱舟にある図書館で本や映像を見る程度だった。ところがビリーの見るものは本とは違う世界だった。これはこれで大満足である。
「私もそうよ。まあ、箱舟から出ていくときに船に乗っているけど、こんなのんびりした船旅は生まれて初めてだわ」
ルイも心なしか浮かれていた。例え狭くて汗臭くても自身が初めて味わう体験に、心を躍らせていたのだ。
「俺は割と船に乗ったことがある。子供の頃には海賊王国の大頭船にな。そこから天照皇国へ行ったことがあるな。あそこは鳳凰大国よりも異形の人間が多い。人馬に人間鳥、蛇女に蜘蛛女が当たり前のようにいるんだ」
「へぇ、そうなのか。面白そうだな俺も一度行ってみたいぜ」
「あそこは大君大頭が治めているのさ。大頭城というビッグヘッドで出来た城に住んでいる。花主人が尻を管理しているそうだ」
「大頭城……。エビルヘッドが関わっているのかしら?」
ルイが疑問を口にすると、羅漢は首を横に振った。
「エビルヘッドは関係ないらしい。五十年前は数多くいるビッグヘッドの一頭だったらしいが、がんばって城並みに成長したそうだ」
「がんばってどうかなるの?」
ルイが呆れていると、ラタ三世は膝を抱えて座っている。
「これから行くサルティエラは敵の本拠地なのれす。三角湖の人たちには危害は加えない話れすけど、それ以上に住民の顔が険しくなっているそうなのれす。言いたいことを言えずに顔を赤くしているそうなのれす。みんな不気味すぎて怖いと言っているそうなのれす」
くしくしと顔を掻くラタ三世を見ていると、ハムスターのような愛らしさをルイは感じた。彼は独楽鼠だが関係ない。
「そこは元日本人の子孫たちが町作りに関わっているそうなのれす。石造りの家に石畳の道、上下水道を完備させたそうなのれす。最初は各村の人間を招いたそうなのれすが、だんだん傲慢になっていったそうなのれす。日本人の常識を押し付け、いうことを聞かない人間は容赦なく拷問にかけ、見世物にして楽しんでいたそうなのれす」
「日本人は最悪だな」
「でも三角湖の人々は日本人らしくないそうなのれす。むしろ中華帝国の人間に似ていると言っているのれす。他のアジアの人も混じっているとの話も聞いたのれす」
恐らくそいつらは日本人ではないが、日本人に似ているので成りすましているのだろう。世界が狭くなり、自分の本性をさらけ出したのかもしれない。人を支配する快感はどんな美酒よりも酔うという。いずれは荒廃したスペインを支配してもおかしくないかもしれない。
「以前のサルティエラでは戦争の準備をしていたそうなのれす。三角湖だけでなく、下流にあるポルトガル、今はヒコ王国というのれすけど、それらを武力で踏みにじり、世界征服を狙っている噂があったのれす」
「世界征服って、そいつは漫画の読みすぎじゃないか?」
「世界征服なら武力制圧は悪手だ。まずは経済に協力し、こちらに依存させるのが重要だ。龍京はすでにそれをやっているぞ」
ビリーが突っ込むと、羅漢は真面目に返した。龍京とフィガロを繋ぐ鉄道はかつて中国が行ったシルクロードの再現だ。ただの交易路ではなく、道中の村を支配下に置き、インフラやライフラインを整えさせる。そうすることで龍京に対して依存させる計画なのだ。
「ところで鳳凰大国で一番偉いのは龍京なのか?」
ビリーが訊ねると、羅漢は否定した。
「違う。帝京の皇帝大頭が一番偉い。昔エビルヘッドがキノコ戦争で死んだ皇帝をビッグヘッドとしてよみがえらせたそうだ。そもそも龍一族にとって皇帝は絶対であり、侵してはならない領域だ。龍京で大臣が一番偉いのも、皇帝大頭の代理に過ぎないらしい」
ビリーたちは話を聞いて何とも言えない気分になった。死んだ権力者を蘇らせて、生きている者たちが崇拝する。権威とは相手が死んでも損なわないものだと思った。
☆
突如、船が揺らいだ。まるで巨大な魚に衝突させたような感じである。
一体何が起きたのかと、ビリーたちは外に出た。
すると川の上流からは巨大な鯉に乗ったモノオンブレたちの姿が見えた。
「ヒャッハー! ヒャッハー!! ヒャッハッハー!!」
アカゲザルにタイワンザル、カニクイザルのモノオンブレたちが打製石器の斧や槍を手にして叫んでいる。
「おっといけねぇや。あいつらはヒュミルの一味だ! 巨大鯉を飼いならしたモノオンブレだ!!」
ちなみにヒュミルはサルティエラの人間が名付けた名前で、モノオンブレたちは名乗ったわけではない。彼等は河を中心に荒らす海賊だという。もちろん河を渡る船だけでなく、河の近くにいる集落を襲うことが多いそうだ。
「ヒャッハー!!」
モノオンブレたちは鯉から飛び出した。カエルの亜人たちは慣れたもので木の棒を振り回して応戦する。だがモノオンブレの中には弓を構えている者がいる。安定しない鯉の上で弓を平然と構えられるのは、相当な腕を持っているようだ。
ひゅんひゅんと矢を放つと、カエルの人足の胸に当たり、そのまま絶命して河へ落ちていった。
もちろんカエルたちもただではおかない。モノオンブレの頭をかち割って殺していく。
さらにこちらもカエルたちが弓を構えていた。モノオンブレたちの頭を射抜くと、河へどぼんと落ちていった。
ビリーたちの出番はないかと思ったが、上流に巨大な鯉が現れた。その上から異質のモノオンブレが乗っている。
それはアライグマの頭蓋骨を仮面のように被っていた。さらに骨で作られた胸当てと肩当を身に付けている。
そいつは船に飛び乗ると、カエルたちを手に持った骨の棍棒で殴り殺していった。
さすがにビリーも放っておけないので、殴り掛かる。
だがそいつはビリーの拳を柳の枝のように躱していった。その隙にビリーの脇腹に棍棒を叩きつける。
木の壁に叩き付けられ、げふっと吐き出した。だが彼女の心は折れない。
恐らくこいつらはただの海賊だ。この船にある荷物を奪いたいだけなのだ。もちろん邪魔されることは予測している。そのために犠牲者が出ても構わない。だって自分たちの命はいくらでもいるのだから。
モノオンブレは人間や亜人を殺すことに躊躇はしない。彼等にとってモノオンブレ以外の種族は獲物でしかないのだ。さらにカエルの亜人たちもモノオンブレは巨大な猿としか思っていない。
どちらも相手が全滅しなければ終わらないのだ。仲間が死んでも敵を殺すことを優先しているようだ。
どちらも戦い慣れている。降参などありえない。リーダーを殺しても止まることはないだろう。
ならばモノオンブレたちを全滅させるしかない。ビリーはまず手ごわい仮面の猿、カラペラと呼ぼう。そいつは後回しにして、雑魚たちを殺していく。
ビリーは高く飛ぶと次々とモノオンブレの顔を吹き飛ばした。首が回ったり、顔を潰されて絶命する者もいた。
カラペラは仲間が死んでも無視している。ルイとラタ三世を見かけるとすぐに殺しにかかった。弱い相手とは思わない。こいつにとってこの船に乗る人間はすべて敵であり、殺すべき命であった。
石器の槍をルイの腹目掛けて刺そうとした。真剣に力を込めている。
だがルイはそれを避けた。そして足を引っかけると、カラペラを顔面から床に叩き付ける。
そして後頭部に踵を落とした。女の細足でも踵だけは強いのだ。
ぐしぐしと頭を踏みつけていく。すると床一面に血の海が広がった。
ようやく絶命したようである。念のためにナイフを取り出すと、カラペラの心臓を突き刺した。
ビリーたちはすべてのモノオンブレを殺した。こちらの被害も甚大だが、あまり気にしない。人の運命は神望み知るだ。事故で死んでも寿命だからと割り切っている。
カエルたちはモノオンブレの死骸を河に捨てた。魚や虫が遺体を喰らうことで命を還しているのだ。カエルたちも覚悟を決めており、同僚が死んでもけろりとしている。
「なんか薄情ね。私には理解できないわ」
ルイは宗教が違うためか、カエルたちの考えが理解できなかった。
「そうか? 俺はさっぱりして好きだぞ。人は死んだらそれでおしまいだからな」
ビリーは逆に気に入っていた。羅漢やラタ三世も同じ気分である。
乗ってきた鯉はカエルたちが回収した。乗りなれた鯉は乗馬のように湖を駆ける足となる。カエルたちはほくほく顔であった。転んでもただは起きぬようである。
一方でカラペラの死骸は河の上に浮かんでいた。
一頭のモノオンブレがそれを回収する。頭蓋骨の仮面は赤く染まっていた。
そのモノオンブレはのちに族長となった。その際に仮面を被って人間たちを血祭りにあげるのが風習となったのだ。
赤い頭蓋骨の仮面は以降、赤い髑髏と呼ばれるようになるのは、後百年待たねばならない。
ビリーが川を見ていると、何か見えてきた。するとそいつはぴょんと自ら飛び出た。
青白い肌に青い魚のしっぽの人魚が飛び出したのだ。それは船の上に乗った。
よく見ると緑色のウェーブがかかった髪に、金の髪飾りに金の首輪、そして金の腕輪に薄緑色のパレオを巻いていた。
耳はひれの様に伸びており、白いビキニを身に付けている。童話に出てくる人魚であった。
「人魚……? ヒコ王国の人魚とは違うれすね」
ラタ三世が彼女を見て、そう言った。
「そうですよ。私の名前はウンディーネ。スプーキー・キッズの一人ですよ。さらに言えばズルタンこと毬林満村の妻、毬林魅羅でございます」
ウンディーネの爆弾発言に、ビリーたちは驚いた。
ヒュミルは北欧神話に出てくる海の巨人です。
ロホカラペラはマッスルアベンジャーに登場してます。




