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第三十三話 オモタル

「ロキ様はどこだ?」


 ここはサルティエラの町で町長のオモタルは、ロキを探していた。

 石造りの家が並んでおり、屋根の傾斜も大きい。これはサルティエラが北部にあるので年中降水が多いためだ。

 そのため石造りの道に上下水道も完備されている。他の村では全く見られない光景が広がっていた。


 オモタルは二十代後半の青年で、背は百七十ほどで松の木のようにひょろっとした体格であった。倖薄そうな表情で柳のように肩まで伸びた黒髪はまるで幽霊のようであった。

 革の鎧と赤いマントを身に付けており、革の手袋と革の靴を履いていた。

 彼はロキの家に来ていた。一回り大きな家で、家の周りは赤レンガで作られた花壇があった。豊富な花が咲き乱れている。

 オモタルは家の中に入るとメイドが一人掃除をしていた。青白い顔で黒髪を短く切り揃えている。


「ロキ様はエスタトゥア様と共に新しい住人を迎える儀式をしに、広場へ向かわれました」


 か細い声でメイドは答えた。オモタルはそれを聞くとありがとうと断って、ロキの家を出る。

 街の中は人が出て賑やかだ。かつては名もない山にサルティエラ山と名付けた。そこには空飛ぶビッグヘッドが世界各国から飛んできて涙鉱石ティアミネラルを落としていくのだ。

 涙鉱石からは様々な金属から、涙白肉に涙糞ティアトラッシュなどが採れる。それに涙鉱石を覆う膜を精製すれば塩になるのだ。

 おかげでサルティエラは周辺地域では一番の富を持っていた。しかし富のおかげで欲望が膨れ上がり、周辺の村を強引に支配していったのである。


 オモタルは町長の息子だった。四人兄弟の末っ子で、父親と兄たちの奴隷だった。毎日こき使われ、犬のような扱いを受けてきたのだ。

 彼の先祖は日本人らしい。南に川を下ると三角湖トライアングル レイクがあるが、それより北方へ観光に来ていた日本人が人間として生き残ったという。

 サルティエラの名前は日本の神、塩土をスペイン読みにしたものだそうだ。


 さてオモタルは広場へ向かった。広場には町長を称える石像が立ち並んでいた。各村の美少女を強引に連れてきては、自分の嫁にしていたのだ。一度塩を覚えた人間は、塩の味を忘れることができない。味噌や醤油がなくても人間は生きていける。しかし塩がなければ生きていけないのだ。

 ここの兵士たちは全員町長の言いなりだ。町長にこびへつらえば甘い汁が吸えるからだ。逆らう奴は痛めつけて見せしめにすればいい。さらに亜人たちの住む村を襲撃して、彼等を奴隷にする計画も立てていた。日本人特有の全体主義が悪い方向へ向かい、自分たちの楽園を築くのに何の躊躇もないというありさまである。


 さて広場には三百人ほどの人間が胡坐をかいていた。恐らく新しい住人であろう。サルティエラでは労働力を得るために、小さな村を襲撃しては奴隷として連れてくることが多かった。

 三角湖の亜人たちを襲撃しないのは、彼等は日本人の子孫だからだ。もっともいつかは騙し討ちをして滅ぼす計画を立てていた。


 その中で金髪碧眼の青年が一人の中年男に声をかけていた。青年は右手を中年男の額に突き出している。

その後ろでは金髪碧眼の美少女がベンチで座りながら、赤いゼリーを食べている。

 青年がロキで、美少女はエスタトゥアだ。


「お前は一生いじめを行ってはならない。悪口や陰口、愚痴もこぼしてはならない。困っている人を見たらすぐ助けないといけない。言われた仕事をきちんとこなさなくてはならない。そして……」


 ロキは後ろを振り向いた。オモタルと目が合う。


「そこの彼、オモタルの命令を聞かなくてはならない。以上だ」


 中年男は目を血走らせる。額には血管が浮き出ており、歯ぎしりしていた。余程不本意な契約なのだろう。

 ロキはそれを一人ずつ語り掛ける。女子供関係なくだ。中にはほっとした表情をした人もおり、全員が憎しみを抱いているわけではなさそうである。

 一時間ほど経つと、ロキはオモタルに声をかけた。


「さあ、オモタル町長。彼等に命令をしてくれ」


「……あなたたちは指定された家に住んでもらいます。そこには衣服も揃っていますし、家具もあります。仕事は各自割り当てますが、苦手だと感じたらすぐに各チーフに教えてください。別の仕事を割り当てます。それから―――」


 オモタルは人を呼んで新しい住人たちに説明した。彼等は住む家に連れていかれたが、何も言わずに立ち去った。だが鬼のような形相でロキたちを睨んでいることは分かった。


「あはははは。オモタル君、見給えよ彼らの表情を。そんなに弱い者いじめができないことに腹を立てるものかねぇ」


 思いっきり嫌味を言っていた。げらげらと人の不幸が面白くてたまらない感じであった。

 オモタルはそれを聞くと、表情が暗くなる。


「彼等は何処の村の人間だ?」


「ここから北部にある村だよ。排他的で余所者を一切受け入れない村さ。俺が一度あいつらに力を聞かせてやったら、一発で終わったよ。そしてここに連れてきて、新しい住人として迎え入れたのさ」


 まるで全行をしたと言わんばかりに、自慢げに語っている。この辺りはよそ者を嫌う人間が多い。百年前のキノコ戦争において、キノコの冬が訪れた。食べるものがない中、人間と亜人は死んだ人間の肉を喰らって生き延びた。亜人たちは割り切っているが、人間は自分たちの浅ましい行動を他者に知られることを恐れている。それ故に余所者を排除し、近親相姦を繰り返していたのだ。


「私が来なかったらどうするつもりだった?」


「いいや、君は来たじゃないか。君は真面目な人間だ。物事をよく観察し的確な指示を出せる。この町に相応しい人間だよ。悲しいかな前の君は人見知りで無口なのが玉に瑕だったがね」


 ロキの言う通りであった。オモタルは父親と兄たちに虐げられ、自分の意見を言えない家畜にされていたのだ。ロキのおかげで思ったことを口に出せるようになった。

 自分がロキに意見するのは、ロキは意見如きで目くじらを立てない性格だと理解しているためだ。


「父親は会計管理をしているんだったね。一番上の兄が水道や道路を管理し、二番目が教育を管理して、三番目が農業の管理をしてるんだよね」


 ロキが訊ねた。オモタルはロキに命じられ、父親たちに役職を与えたのだ。彼等は最初顔を真っ赤にして怒っていた。偉い自分たちがなんで面倒なことをしなくてはならないのか。しかも一番末っ子の家畜であるオモタルに命じられることに屈辱を感じていたのだ。

 だが彼等は不満を口に出せない。ロキがそういう風にしてしまったからだ。

 現在の父親は会計管理の仕事をしている。学のない人間に丁寧に教えるよう指示した。自分一人の方が早いと思っている父親にとって、人に教えることは死んでもやりたくない事なのだ。他の兄たちも同様である。


「俺の声には力がある。俺の声を聴いたものは俺の命令を無条件で聞いてしまうのさ。ただし、言われて相手が理解してないといけない。それに丸一日過ぎれば効果は失う。永遠に命令を刻むには俺が直接右手を当て、額の近くにある神応石スピリットストーンに語り掛けないといけないのさ」


 ロキが自分の力を説明した。例え秘密を知られてもオモタルはロキを殺せない。今の状況が幸福とは言えないが、ロキを殺してまで壊したいとは思わないからだ。


「エスタトゥアには相手の神応石と共鳴させて、そいつの眼で見た景色を見ることができる。俺が各地に人を出しているのはそのためさ。カウティベリオ村のロサとエスタトゥアは同調している。おかげでそこにいたアトレビドの事も知ることが出来たのさ」


 そうエスタトゥアは神経を特化させた力を持っている。所謂人間テレビ局だ。人間カメラたちが遠くに赴くだけで、彼女は様々な映像を見ることができる。


「それを、他所の誰かにしゃべられたら、どうなると思いますか?」


「しゃべっても問題はないよ。というか君を信頼しているから、漏らしても構わないのさ」


 ロキがそう言うと、オモタルは黙り込んだ。そもそもエスタトゥアの秘密を人に話したところで何ができるわけでもない。遠くの人間が見ている光景を、今の彼女が見ているなど対処の仕様がないし、脅威と思わない人間がほとんどだ。


「そうそう、この間君はお父さんになったんだよね。女の子の赤ちゃんだ。俺がイザナミという名前を付けてやったんだよな」


 イザナミとは日本神話に伝わる女神だ。だが一度死んで黄泉の世界に堕ちた。夫が連れ戻そうとしたがすでに死人なので身体が腐っていた。その身に喰い姿を見て驚いた夫に憎しみを抱き、毎日千人の人間を殺す呪いをかけたのだ。逆に夫は毎日千五百人が生まれるよう呪いを返したのである。

 女神の名前だがあまり縁起がいいとは言えない。オモタルの母親は無理やり子供を四人産まされた。オモタルを産んで息絶えたという。

 自分も身体が弱いので、生まれた子供は精々二十代後半まで生きられないと思った。


「なぜ、こんなことをするのですか?」


 オモタルが訊ねた。確かに以前のサルティエラでは殺伐とした空気が流れていた。強者が弱者を踏みつけにし、ひまつぶしにいじめを楽しんで相手がいつ自殺するか賭けをするくらいだ。

 それが無くなって幸せになれたかというと、オモタルはそう思えない。

 街の人間は怒りの表情を浮かべている。自分のしたいこと、言いたいことが言えない生活は想像以上に苦痛なのだ。年寄りの中では他所から嫁いだ嫁と同居した後、脳溢血で死亡した件が増えた。よそ者の女をいびれない姑が目を剥いて泡を吹き、倒れてしまうのだ。


 ロキはそれを聞くと、にやりと笑った。


「楽しいからに決まっているだろ」


 目を見開き、歯を剥き出しにして嗤っている。悪魔のような嫌悪感が湧いた。


「お前の父親は人に罵声を浴びせるのが大好きだったな。それを封じてやったあいつの顔は傑作だぜ。まるで真っ赤なマスクメロンだ。あれを見ていると腹の底から笑い声を出したくなるね」


 ロキはげらげら笑っていた。エスタトゥアは我関せずお菓子ばかり食べている。

 オモタルは気分が重くなった。聞くんじゃなかったと後悔していた。


「そうそう、三角湖から箱舟の子孫たちがやってくるぞ。そいつらの始末はモノオンブレたちに任せればいい」


 ロキはそういうのだった。

オモタルは日本神話に登場する淤母陀琉神おもだるのかみ阿夜訶志古泥神あやかしこねのかみがモデルです。

 神代七代では伊邪那岐・伊邪那美の前の神ですが、別に親子ではないです。


 イザナミはトゥースペドラーに登場するサルティエラの町長です。

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