第三十二話 ヨルムンガンド
「ここが三角湖にあるツナデ村か」
ビリーは辺りを見回しながらつぶやいた。そこは木造建ての建物が並んでいる村だった。
村人は皮膚が水死体のようにぶよぶよしており、妙なぬめりがついていた。ナメクジの亜人である。
他にもカエルや蛇の亜人たちも歩いていた。彼等は麻で作られた着物を着ている。
左官らしいナメクジの亜人は法被にふんどし姿で仕事をしていた。ここは日本共和国でいう、江戸時代のような生活が広がっているようだ。
「はい。ここはナメクジの亜人が多く住む村なのれす。北側はカエルが住むジライア村で、西側は蛇の亜人たちが住むオロチマ村れす。ジライア村は水運を、オロチマ村は漁業を担当しているのれす。こちらは職人たちが多く住んでいるのれす」
ラタ三世が説明してくれた。
ナメクジ以外に住んでいるのは、各村から嫁いできた者が残したというわけだ。人間が村に入ってきたのに、警戒する様子がない。これはどうしたことだろうか。
「すでに斥候が行って僕らの事を報告したのれす。この村はおじいちゃまと連携を取っているし、北のサルティエラと取引をしているのれす。だから人間が来ても驚かないのれす」
なるほどとビリーは思った。
ルイは日本式の家屋に感動している。ここはスペインだ。イベリア半島と呼ばれている。なぜこの村は日本式の生活習慣を持っているのか。それは彼等が日本人だったからだ。
彼等は観光客としてスペインに来ていた。町内会の旅行で数百人は来ていたらしい。同じことを考える人間も多く、割と日本人旅行者は多かったそうだ。
ところが百年前のキノコ戦争で事態は一変した。彼等はカエルに蛇、ナメクジに変化してしまったのだ。
それでも彼等は平然としていた。身体能力が上がり、自分が自分でなくなる感覚が湧いた。
日本人は保守的の全体主義者である。それ故に一度亜人に変化したらそれになじむよう努力したのであろう。
彼等は最初三角湖から離れて生活していた。当初は放射能まみれの水なので近寄らなかった。すると奇妙な生き物を見つけた。巨大な人間の顔に手足がくっついた化け物だ。
そいつらは湖の水を飲み、汚染された木や土を食べていった。
ある程度時間が経つと、木に変化し、実を落とした。それらは新しい怪物へ生まれ変わったのだ。
それがビッグヘッドであった。
「被爆湖という奴だな。キノコの冬が終わったときに大量にできたという話を聞いたことがある。エビルヘッド曰く、大抵のビッグヘッドはそちらを優先して浄化するそうだ」
羅漢が説明してくれた。
「それで退治はしなかったのか?」
ビリーが訊ねるとラタ三世は首を横に振った。
「するわけないのれす。キノコの胞子に汚染された土や石を食べてくれるのれす。村人は当初遠巻きにしていたのれすが、五年も経つと三角湖の周辺は森が広がったのれす。ビッグヘッドの中には木の実が成るのれす。それに涙鉱石には涙白肉や涙赤肉がとれたそうなのれす。それを使って涙のスープを作るのが日課だったそうなのれす」
それは龍羅漢の故郷である鳳凰大国でもよく食べられる料理だ。涙鉱石の幕は百年近く保ち、中身を保護する。だが膜を粉々に砕けば涙塩という塩が出来上がるのだ。それで味付けして食べる。少ない食料源であった。
「なるほど。箱舟の外ではそのようなことが起きていたのですね。私たちはのんびり天候に左右されず暮らしていたわけですか」
ルイが言った。彼女は外の世界の人間に同情しているようだ。それと同時に彼等に豊かな生活を提供するという使命感に燃えていた。
「さてこの村ではあらかじめ情報を得ているのれす。なんでもサルティエラの人間の態度が変わったそうなのれす。前は偉そうで亜人を差別する発言を繰り返していたそうなのれすが、ここ四年間はまったくおとなしくなったそうなのれす」
でも顔は険しくなったそうだ。サルティエラでは大量の涙鉱石を保有している。それを三角湖やヒコ王国へ輸出しているそうだ。だが人間の集まりなので亜人たちを見下すことが多いという。もちろんそれらは少数派であり、交渉する人間は差別より利益を優先する人間なのでこじれることはなかったという。
「あまりにもおとなしいので不気味がっているのれす。そもそも五年前にロキという人が支配してから変わったそうなのれす。亜人たちと普通に交易しに来てるそうなのれす」
ロキ。そしてエスタトゥアという女がサルティエラを支配しているそうだ。だが実質、人を動かしているのはオモタルという青年で、町長の息子だそうだ。
一体どんな人間か楽しみである。
☆
「ひゃはははは!! わっきゃヨルムンガンドだ。おめんどば殺すに来だんだ!!」
突然、地面が盛り上がるとそこから一人の人間が飛び出した。いや、黒い鱗を持つ蛇男であった。毛は一本も生えておらず、目は閉じずにぎょろぎょろと動いている。
ねじを回すように身体を回転させてきたのだ。
「ヘル、フェンリルと来たら、次はヨルムンガンドというわけね。北欧神話のロキの子供たちと同じだわ。次はアングルボダが来るのかしら?」
ルイは皮肉を言ったが、ヨルムンガンドは無視した。
「ひゃはははは!! わっきゃロキの子でねぞ。すたばって人にごぎ使らぃだわーば拾ってくれだ恩人なんだ。ロキのだめなら戦う覚悟があるんだ!!」
どうやら彼はヨルムンガンドに恩があるようだ。この男はどんな能力を持っているのだろうか。
するとヨルムンガンドは力みだした。全身の鱗が逆立っていく。すると身体から青白い火花が飛び散った。これは電気のようである。
「おいの鱗プルプル動げば、電気生まぃるんだ。ロキは頭がいはんで、なもかもおべでらんだ。」
「いや、その理屈はおかしい」
ルイが突っ込んだ。実は蛇の亜人や魚人の身体にある鱗は、本物の鱗ではない。体毛が硬質化したものなのだ。
ヨルムンガンドの場合は静電気を溜めているようである。全身の鱗をすべて振動させることで電気を発生させているのだ。
あんまりなとんでも科学だが、ヨルムンガンドにとって関係ない。だってロキが教えてくれたんだから嘘じゃないのだ。神応石の力の源は信じる心である。それさえあればあとはどうにでもなるのだ。
「なりがみパーンツ!!」
ヨルムンガンドが右手で殴ってきた。羅漢が胸板で受け止めたが、次の瞬間全身に文字通りの電撃が走った。
羅漢の身体は吹き飛んでしまう。地面に倒れこむ羅漢だが意識はあった。
「まずいな……。こいつのパンチはかなり強力だ。生身の人間が喰らえばひとたまりもないぞ」
さらに家の影から猿が現れる。カニクイザルたちだ。三十匹はいる。
カニクイザルとはオナガザル科のサルである。体長40~65センチ、尾は体長と同じくらいで、ニホンザルと近縁だ。かつて東南アジアに分布しており、マングローブ林などにすみ、カニ類・昆虫・果実などを食べていた。キノコ戦争が起きる前だとペットや実験動物として日本共和国に輸入されていたという。おながざるやクラブイーティングモンキーとも呼ばれていたそうだ。
こいつらがモノオンブレとなり、ビリーたちに襲い掛かってくる。
ヨルムンガンドに触れてしまえば、そいつの電撃で終わってしまう。なら羅漢の力があれば触れずに相手を倒すことができる。
しかしモノオンブレがそれを邪魔するだろうし、ヨルムンガンドは執拗に羅漢に近づいている。彼の力を知っているからだろう。
村人たちは自分たちを恐れて家に閉じこもってしまった。助けてくれないけど、邪魔もしないので良しとしよう。それにビリーたちのせいでモノオンブレが来たのだから、自分たちで解決せねばならない。
触れずにヨルムンガンドを近づけさせず、羅漢の力を発動させる。これは難しいことだ。
ビリーは基本的に脳筋だが本能で危険を察知することはできる。我慢してヨルムンガンドに抱きつき、無力化しようとも思っていた。
しかしそれをルイが止める。羅漢の技の巻き添えになるからだ。
「ここは私の出番でございますね」
ルイが立ちふさがった。モノオンブレたちは打製石器の斧と槍を持っている。ルイのようなか細い人間は格好の獲物だ。モノオンブレは雄たけびを上げながら、ルイを殺しにかかった。
ルイは身体を傾けると、斧をぎりぎりで避けた。
すると斧は後ろにいたモノオンブレの頭をカチ割ったのだ。驚きとまどうと今度はルイの背中に槍を刺そうと突進してくる。
ルイは紙一重で避けると、斧を持つモノオンブレの腹部をぶすりと刺した。槍が刺さって口から血を吐き出す。
それを見たモノオンブレたちは興奮し始めた。ルイの異常さに気づいたのだ。
「こりゃ!! おめら少すは静がにすろ!!」
ヨルムンガンドが叫んでも、モノオンブレの混乱は収まらない。ルイを執拗に殺そうとしても、ルイはことごとく避けてしまう。その凶刃は仲間に当たるのだ。これは悪夢以外の何物でもない。
モノオンブレが邪魔をしてヨルムンガンドは思うように動けなくなった。
「肌肉阵风!!」
羅漢の技が発動した。ヨルムンガンドは腰から切断されて吹き飛ばされた。
「ひやぁぁぁぁぁぁぁ!!」
上半身だけになったヨルムンガンドは虫の息であった。モノオンブレたちは逃げ出した。
「やっぱり、猿だぢはまいねな。あのふとの期待さ沿えず、残念だ……。すたばって、おめんどは後悔するだ。ロキ敵さ回すたごど悔やむがい。」
そう言ってヨルムンガンドは息絶えた。ビリーたちは勝利したが何とも言えない気分になった。
本当はヨルムンガンドは尻尾で穴を掘って戦う予定でした。ラードアルケミストに出ていたロキヘッドを意識していたのです。
それではつまらないのでとんでも科学として今の形にしました。
ヨルムンガンドは津軽弁でしゃべっています。




