第二十七話 あなたがゲイだったらいいのに
「ふぅ、これでおしまいか」
ビリー・アームストロングは額の汗をぬぐう。彼女は今黒髪に麦わら帽子を被っていた。紺色のオーバーオールを着ており、農作業に明け暮れていた。
ここはコミエンソの西側にある農園だ。亜人たちがヤギウシに馬鍬を使って土を耕している。
箱舟の人間も亜人に教わりながら農作業に勤しんでいた。狭い箱舟でも小麦やイモを栽培していたからだ。広い大地に住んだ青空の下で行う作業は格別のようである。
外の世界を忌み嫌う者もいれば、太陽の光を思いっきり浴びたがる者もいる。ビリーは後者だ。
彼女は馬鍬で耕し、肥料を巻いて、ハローという農具で肥料を土になじませていた。
一通りの作業が終わり、木陰の下で一休みしている。馬や牛の亜人たちも冷たい水を飲んで休んでいた。
「制が出るわね、ビリー」
そこにルイ・アイリッシュが現れた。金髪で小柄な彼女も麦わら帽子を被り、白いワンピースを着ている。手にはバスケットを持っていた。
「食事を持ってきたわ。他の皆さんにもおすそ分けするわよ」
バスケットの中身はサンドイッチだった。レタスやトマトを挟んだものや、ハムに卵など色とりどりである。ビリーはひとつを摘んで食べた。亜人たちもルイに感謝の言葉を述べながらサンドイッチを食べていく。
ルイだけでなく、亜人の女性たちもバスケットを持っており、中にはフルーツケーキやお茶を入れた魔法瓶が入っていた。
「ふぅ、畑を作るのは楽しいな。一週間近く作業をしたけど、飽きないね」
「それはあなたくらいよ。うちの人間は重労働に音を上げているわ。でも仕方ないことなのよ」
箱舟では本格的な肉体労働を行う者はいなかった。なぜなら耕運機やフォークリフトなどの機械を使って作業をしていたからだ。箱舟から持ち出したいが、スペアはなく、部品も残り少ない。外の世界に出して故障されたら一大事だ。どうしても欲しいなら一から作るしかない。
「ラタ三世さん曰く、必要な鉱石は集まっているそうよ。あとは機材を持ってきて精製するだけね。でも箱舟のような設備は期待できないわ。耕運機が作れるとしたら百年は待たないといけないわね」
「材料があっても職人が育たないと無理だからな。なんでうちの連中はこの事態を想定しなかったんだか」
「最初はそのつもりだったけど、第三世代になると外の世界に興味を抱かなくなるらしいわ。コンピューターおばあちゃんもそう言っていたし」
コンピューターおばあちゃんとは箱舟を管理するマザーコンピューターだ。初代に三代目、五代目に耳に付ける端末を与えて、指導してきた。現在はビリーとルイは端末を外している。中にはおばあちゃんの助言がないと不安になる人間もいるが、いつ故障するかわからないのだ。
「そういえば羅漢はどうした? あいつは何をしているんだ?」
「あの人は狩りを手伝っているわ。この辺りには巨大化したアライグマにヌートリアが村を襲うらしいの。あの人のおかげで一日一体が十体に増えたと喜んでいるわ」
羅漢は黒ヤギの亜人だ。彼は筋肉ムキムキである。その筋肉をぴくぴく動かすことで衝撃波を生み出す力を持っているのだ。アライグマやヌートリアたちは筋肉の風で上あごと下あごを引き裂かれて死んだらしい。ビリーはそれを聞くとすごいもんだと感心していた。
それとエビルヘッドも羅漢と一緒に活動しているようだ。まだ放射能が残っている地域もあり、そちらを食べて浄化させているという。
「アラナはサビオさんとともに研究に勤しんでいるわ。外の世界はだいぶ変化していて、研究のし甲斐があると喜んでいたわね」
アラナは箱舟の人間だ。ビエドラグリス村の元村長であるサビオと仲良く研究を行っている。アラナは外の世界に興味を抱いているし、サビオは箱舟の子孫が持つ知識に目を輝かせていた。
「カーミラとロサはどうしているんだ?」
「二人とも穏やかに過ごしているわよ。カーミラはアコースティックギターで色々な曲を覚えて、演奏してはみんなを楽しませてくれているわ。ロサは今まで虐げられてきたから、怯えているけどなんとかみんなの輪に入っているみたい」
カーミラは女吸血鬼で、ビエドラグリス村で虐待されてきた。傷をつけても再生し、死ぬことはない。今はビリーが与えたギターに夢中だ。
ロサはカウティベリオという村で奴隷として扱われた薔薇の亜人の少女だ。村から逃げてきて、こちらで働いている。
「アモルは……」
「呼んだか?」
一人の女性がやってきた。毛皮を身に付けた黒髪の女性だ。胸と尻は大きく、腰はくびれている。彼女はアモルと言い、ベスティアと呼ばれる人食い族の娘だ。パポ・レアルという部族の出で、インドクジャクを飼育している。本来人食いはすでにやめていたのだが、アモルだけは人食いを続けていたのだ。
「お前は何処に行っていたんだ?」
「獲物を狩っていた。巨大なホシムクドリが襲い掛かってきたので、追い払った」
アモルは流暢に答えた。最初は片言で聞き取りづらかったが、今は日常生活では問題なく通じている。
「ホシムクドリは解体しておいた。肉や羽根が手に入ったと喜んでいた」
「そいつは何よりだ。そうだ、お前も飯を食えよ」
そう言ってビリーはサンドイッチを差し出す。アモルはそれを受け取るとパクパクと食べた。
「肉がない」
食べたのはレタスとトマトが挟んだものだ。アモルは肉を好んでいた。
「我慢しろ。晩になれば獲ったホシムクドリの肉が食えるだろう?」
「肉はすぐ食べるより、一日待った方がうまくなる。それに狩ったばかりの肉は大事だ。焼いて食べるともったいない」
アモルが反論する。生肉を食べることでビタミンを取っていたのだ。だが加熱することによって栄養は摂取しやすくなるし、寄生虫も殺せる。
魚などは生で食べることはない。みんな過熱してから食べている。冬になれば釣った魚を外で凍らせて、刺身として食べる場合もある。
「肉は焼いて食った方がいい。まだ慣れないだろうが、お前もここの住人になったなら、ここのやり方を習っていけ」
「ご主人様は男らしいな。本当に女なのか?」
アモルがビリーに訊ねた。流石の彼女も自分が女性であることは自覚している。
「生物学的には俺は女だ。だが心の中には男根がにょっきりと生えているし、今もビンビンになっているぜ。大事なのは心だよ。心に睾丸があれば問題はないのさ」
「なるほど」
ビリーの言葉にアモルは感心した。だがルイは呆れている。
「そうだ。キャブは何をしているんだ?」
「あの人は家に閉じこもって事務処理に追われています。主に箱舟の人間だけ交流していますね」
ルイは力なく答えた。キャブ・ブリッジウォーターは肌が黒い青年だ。箱舟の人間で、外の世界に対しては興味がない。自分の祖父は差別主義者でその影響が強かった。ただし箱舟では祖父の声がやたらと甲高く耳に触るので、戻りたいとは思わない。祖父の考えは賛同しても祖父のように差別を叫ぶつもりはなかった。
彼はなるべく亜人と関わりを持たずにコミエンソの運営に力を注いでいる。亜人たちの実力を正当に評価し、適切な配置に回していた。おかげでコミエンソは計画的な都市計画を順調に進めることができている。
「あの男、根が暗そうだ。いつかご主人様に対して牙を剥くのではないか?」
アモルが言った。だがビリーは否定する。
「あいつが裏切ることはないぜ。そんなことをしても無意味だからな」
キャブは感情的には亜人を嫌っている。だからといって亜人を殺したいとか全滅させたいとかも思っていない。
人間と亜人には見えない壁がある。それを取り除けるのは何も知らない子供たちだ。
キャブはコミエンソにライフラインを充実させた後、学校を作る計画を立てていた。六歳ほどの人間と亜人の子供を一緒に教育させる。寄宿舎も作り、暮らさせるつもりだ。
そしてそこから人間と亜人たちを結婚させる。身近にいる人間となら抵抗はない。
それに人間や亜人同士の結婚も推進させる。同じ人間でもよそ者の血を恐れる場合があった。できるなら同じ村同士の結婚を廃止させたい。女は別の村に嫁がせて血を薄くしたいと思っている。
「今は都市作りと軍隊を作るのに力を注ぐらしいぜ。話合いよりも暴力で解決した方がいいそうだ。外の世界はアモルみたいな獣人間が多いっていうからな」
「難しいことはよくわからない。だがご主人様の言うことは間違いない」
ビリーの言葉にアモルはうんうんと頷いた。だがルイは不安になってきた。今の世界は百年前と違う。神応石の影響が強いのだ。さらに大地が何億年と積み重ねた神応石もある。損得勘定抜きで暴走する可能性も高いのだ。
☆
「で、箱舟の連中はどうなのですか?」
一人の男が木造の椅子に座っている。たっぷりと五人並んで座れるが、左に女性を侍らせているだけだ。
男は金髪碧眼で年齢は二十代前半。肌は陶磁器のように白く、ギリシャ彫像のような均整の取れた肉体を晒していた。
女の方も同じく金髪碧眼で、豊満な胸にくびれた腰、ミツバチのような尻に細長い脚を披露している。
周りは木造建ての家が並んでいるが、整っていた。男の前に跪いている男たちの衣装もきちんとしている。
男の名前はロキ。女の名前はエスタトゥアだ。
「彼等はホビアル、アトレビド、フエルテを倒しました。ただしフエルテはアモルというベスティアが倒しております。連中はロキ様たちの討伐も考えているようです」
「ふむ。私たちをホビアルと同等に考えているようですね。困ったものです」
「で、いかがいたしますか?」
「向こうが来るまで放置しましょう。そもそも私の目的は周辺の村を掌握することです。サルティエラの運営はオモタルに任せていますからね。あなたたちは箱舟の連中を監視して逐一報告するように」
そう言って男たちは立ち去った。顔は何処か暗い。
「さてエスタトゥア、彼等はどう動くかな?」
「わかんないわ、そんなこと」
エスタトゥアはぶっきらぼうにつぶやいた。
「何が起きても、あなたなら楽しませてくれるんでしょう?」
そう言ってロキに口づけをした。




