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第二十五話 敵は誰だ?

「ふぁぁ、よく寝たわ」


 朝日が昇った頃、マレーグマの亜人であるアスモデウスは教会の外で、伸びをしていた。敷地内には奇麗な水を吐くフレイヤヘッドがいる。口から吐き出される冷たい水で顔を洗う。他にもシスターや村人たちが顔を洗っていたり、朝の水くみなどをしていた。


「よぉ、おはよう」


 金華豚の亜人であるベルゼブブが挨拶した。アスモデウスも挨拶を返す。


「おはよう。今日もいい天気ね」


「そうだな。もうすぐ飯ができるそうですよ」


「そうなの。ところであいつは帰ってきたかしら?」


「あいつ、ズルタンの事か? まだ帰ってきてないな」


「ふん、あいつの名前を呼ばないでよ。汚らわしいわ!!」


 途端にアスモデウスは不機嫌になった。なぜこんなにも苛立っているのか理解できない。


「きっと面倒だからさぼっているに決まっているわ。戻ってきたら痛めつけてやる!!」


「あなた、頭がおかしいですよ。確かにズルタンは龍京ロンキンにとって含むものがあります。それでも以前のあなたならそんな悪しざまに吐き捨てないでしょう」


 ベルゼブブはそう言わざるを得ない。あまりにも彼女は一方的すぎるのだ。どうも彼女は思い込んだら一直線である。悪く言えば猪突猛進だ。ズルタンに対して露骨に嫌悪を隠さない。そもそもここエビルヘッド教団の首都フィガロには当時の亜人も住んでいる。そんな彼等でもズルタンに対してはいい感情はないが、アスモデウスほどではなかった。


「おかしくないわ。あなたたちの方がおかしいのよ。英雄インシオン神を手に掛けた悪魔ウモなのよあいつは。なんでしれっと私たちと一緒にいるのか理解できないわ。あいつのせいでキノコ戦争が起きたのよ。あいつさえいなければ私たちは人間として幸せに暮らせたに決まっているわ!!」


 アスモデウスの眼が危うくなっている。言動も怪しくなってきた。やはり彼女はどこかおかしい。


「ただいま戻りました」


 突如声がした。人面犬のズルタンだ。ようやく戻ってきたようである。


「おはようございますズルタン。して首尾はいかがですか?」


 ベルゼブブはすぐにズルタンから報告を聞く。アスモデウスが関われば話を脱線させるからだ。


「はい、今ノストラゴメス本人を連れてきましたよ」


「え?」


 一瞬、間抜けな声を上げてしまった。すると空から何かが落ちてきた。ずしんと地響きが起きて砂煙が舞う。視界が晴れると、そこには巨漢の男が一人佇んでいた。


「どうもお初にお目にかかります。フランシス・ノストラゴメスでございます」


 ノストラゴメスは頭を下げて挨拶した。あまりの急展開にベルゼブブは呆気にとられた。

 シスターや村人たちは蜘蛛の子を散らすように逃げていく。代わりに教会からナミチスイコウモリの亜人、マモンが出てきた。


「おい、お前ら!! 今の音は何だ!!」


「我々が求めるノストラゴメス氏が来たのですよ」


「なんだそりゃ?」


 マモンは何を言われたのかわからなかった。敵がここに来るなどありえないからだ。


「事実は小説より奇なりだ。お前らが望むノストラゴメスとはわれだ。それでお前たちは吾をどうしたいのかね?」


 ノストラゴメスは挑発している。ズルタンが連れてきたとはいえ、ベルゼブブたちは覚悟を決めていなかった。普通ならズルタンがこいつの居場所を突き止め、自分たちが奇襲するはずであった。

 それなのにズルタンはいきなり本人を連れてきたのだ。さすがのベルゼブブも開いた口が塞がらない。


「ちょっ、待ってよ!! なんでお前がノストラゴメスを連れてきたのよ、私が失敗したお前を痛めつけられないじゃない!! そうよ、お前なんか死ねばいいのよ、死んで詫びなさいよ、世界が荒廃したのもお前のせいに決まって……」


 アスモデウスの様子がおかしい。目がぐるぐる回っており、呂律が回らなくなってきた。


「ほほう、どうやらそこのお嬢さんはマウスピースに憑りつかれているようだね」


「マウスピース?」


「こいつらのことさ」


 ベルゼブブの疑問にノストラゴメスは右手で左肩に浮かんでいる人の顔をさした。若い女の顔であった。


『あたしは悪くない、悪いのはチャールズ・モンローよ。あいつの関係者はみんな自殺して詫びなさいよ』


「こいつはな、吾に憑りついた女の一人だよ。まあ、こいつだけではなく、数十万人の人間が吾に憑りついて憂さ晴らしをしているのさ」


 ノストラゴメスが言うと、両腕に力を込める。すると人の顔が次々と潰れていく。嫌だ死にたくないと消えていった。

 ノストラゴメスの身体は見る見るうちに萎んでいった。すると周りから紫色の煙が浮かび上がった。それはノストラゴメスの身体に乗り移っていく。再び彼の身体は風船のように膨らんだ。


「吾がこいつらをいくらひねりつぶしても、大地にしみこんだこいつらの怨念は消えないのだよ。吾が復活して百年も経つが、未だこいつらは吾の身体を狙ってくるのだ。まったく迷惑な話だよ」


 ノストラゴメスはやれやれと手を振った。


「そもそもあなたは何者です。ノストラゴメスは何百年も前に死んだのですよ。もしかして自称じゃありませんか?」


「うむ、そなたの言うとおりだな。吾の死後も吾の生まれ変わりだなんだと偽物が出てきたのだよ。自称子孫だとかね。ちなみに吾の身体は名もない老人の身体だよ。いや、ノストラゴメスを自称した詐欺師だったらしいな」


「信じられない話ですが、以前出会ったバーバ・ヤーガも似たようなものでしたね」


「俺も信じるよ。以前俺は自称宮本武蔵と戦ったことがあったな」


 ベルゼブブが疑問視しているとズルタンが口を挟んだ。後世に名を遺す偉人にあこがれるあまり、自分が本人と思い込む。これをクリプトムネジア現象と呼ぶらしい。洗剤記憶といい、過去に自分が読んだ本の内容を忘れても、記憶から消えるわけではない。それを自分の前世の記憶と勘違いするそうだ。

 

「だが今のアスモデウスはどうなっているんだ? あんたの話と何の関係があるんだ?」


「今の彼女はマウスピースに憑りつかれているのさ。吾なら抑え込めるが、彼女は無理っぽいな。早くなんとかしないと吾と同じような怪物になってしまうな」


 ノストラゴメスが暢気そうに言った。どうも彼はベルゼブブたちに敵意を持っているわけではないらしい。力を無理やり抑え込んでいる。

 アスモデウスは先ほどから苦しそうである。何が彼女をここまで追い詰めたのだろうか。


 ベルゼブブとマモンはアスモデウスの前で構えている。彼女はとても苦しそうだ。頭の中で別の人間が喚きたてているのかもしれない。

 彼女とは何万キロもの旅に同行していた。普段の彼女なら例えズルタンがいても悪しざまに罵ることはない。彼女は龍英雄の実弟、龍虎鳳ロン フーフォンの子孫なのだ。実兄を殺した張本人を前にしたのに、英雄の孫である金剛ジンガンはあっさりズルタンを受け入れた。

 

 彼女はそれを許容できなかった。先祖の宿敵が目の前にいるのに、殺すどころか自分たちと同化することが理解できないのだろう。


 今のアスモデウスは無手だ。マレーグマの亜人なので人間より腕力はある。しかし今の彼女は声帯ボイスを生かした力に目覚めている。

 彼女は唸っているが、微妙に周りの物が振動で震えていた。ベルゼブブも気分が悪くなり、ズルタンは顔をしかめている。

 彼女が本気で声を出せば、声で建物が吹き飛ぶ可能性が高い。音の力は侮れない。音響共鳴によってガラスを割ることも可能だ。事実、アスモデウスは声で岩を粉砕することができた。


 彼女が声を出せば村全体に被害が広がるだろう。村にいるビッグヘッドたちは瞬時で発狂し、人に危害を加えるかもしれない。そうなればこのクロケ村での信頼はおじゃんになる。せっかく自分たちエビルヘッド教団に好意的だったのが、元の木阿弥だ。


「彼女に声を出させない。これが絶対条件ですよ」


「声を出させない……。何かあいつの口を塞げばいいのか?」


 無理だろう。例え彼女の口に布か何かを突っ込んでも、彼女は暴れ回るだけだ。余計に声を荒げるだろう。

 ベルゼブブとマモンは小声で相談しているが、なかなかいい案が浮かばない。


「逆に考えるんだ。口を塞がないで、彼女を黙らせるにはどうしたらいいかを、考えるんだよ」


 ズルタンが助言した。さすがは亀の甲より年の劫、自分たちより酸いも甘いも嚙み分ける人生を送ってきたようだ。


「マモン、君は手首から針が出せるんだったな。なら俺が指示するツボを彼女に刺すんだ」


「ツボ……。そういうことですか!!」


 ベルゼブブはすぐに理解した。彼は手首から糸が飛び出た。脂肪で出来た糸は蛇のようにアスモデウスの身体に巻き付いた。手足を封じられ、彼女は地面に倒れてしまう。


 彼女はうつぶせになった。


「今だ! ここと、こと、そしてここに針を刺すんだ!!」


 ズルタンが自分の前足でアスモデウスの経穴を支持した。マモンは言われたとおりに針を刺した。するとアスモデウスはぐっすりと寝てしまう。


「どういうことだ? なんでアスモデウスは寝てしまったんだ?」


「針麻酔ですよ。かつて中華帝国では麻酔薬を使わず、人体にある経穴に針を刺すことで相手を眠らせたと聞きます」


 マモンの疑問にベルゼブブが答えた。


「ほっほっほ、なかなかの腕だね」


 ノストラゴメスは楽しそうに手をぱんぱんと叩いた。


「お前さん方がいれば吾がいくら暴れても安全だろう。よかったよかった」


「ここであなたを見逃すと思いですか? せっかくの機会を逃す馬鹿はいませんよ」


「確かにな。だが吾を殺しても無意味だ。なぜなら吾はこれまで十三回は殺された。なのに何度も人の死体に乗り移って蘇ってきた。生前の記憶を引き継いでな。ここで殺したところで吾は殺せぬ。人は一度目は肉体の死を迎え、二度目はすべての人から忘れ去られることだ。しかし誰も吾を忘れる者はいない。ある意味吾は不死なのだよ」


 ノストラゴメスはそう言った。どこか悲しげである。

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