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第7話 殺戮の宴

「敵はいつ来るだろうか」


 ノヤギの亜人である龍英雄ロン インシオンは村の入り口に仁王立ちしていた。すでに雪は踝まで積もっている。気温は冷蔵庫以上に下がり続けており、手袋をしても指先が冷えてゆく。自分の感覚がこの世から剥離していく気分になった。

 時刻は正午なのだが墨のように黒くて分厚い雲のおかげで、真っ暗だ。

 夜ほどではないが、見えにくい。昼夜の認識が危うくなり、不安が積もる。雪も降っているからなおさらだ。


「本当に来るのかな。僕は来ないことを祈るよ」


 後ろから声をかけられた。振り向くとパンダの亜人がいた。英雄の弟で虎鳳フーフォンだ。彼はずっしりとした体格だが性格は臆病であった。動物園にいる赤ちゃんパンダの方が好奇心満々で元気いっぱいに見える。


「気弱なことを言うな。孫子の兵法書にもこうあるぞ。敵がこないことを願うより、敵に対して備えるのが大事だとな。相手は狂人だ、まっとうな意見が通じるとは思えない。敵は一気に殲滅せねばならないのだ」


 英雄はそう心に誓った。彼はこの村の頭なのだ。村人の未来を守るのが彼の仕事であり、使命なのである。亡くなった父親も同じ気持ちかもしれないと、心の中で思った。

 士官学校では重火器の訓練をしたが、人を殺したことはない。精々家畜の豚を撃ち殺したくらいである。それでも豚を殺して泣き出す人もいたが。

 心臓の鼓動が早くなる。英雄とて人を殺したいわけではない。偉大なる皇帝陛下は無謀な大陸統一に興味を抱かなかった。何よりもほどほどがよいと思っているのだ。

 だからこそ異常なまでに勝利に固執した日本帝国を蛇蝎のごとく嫌っていた。今はビジネスなどで交流しているが、日本人を忌み嫌う中国人は多い。英雄は当時と現代では思想が違うので、毛嫌いにしていない。それを言えば上官に殴られ、同僚からはいじめられるので口にしないだけだ。


「この国は皇帝陛下の物だ。俺もいつかは皇帝陛下の元で働き、命を捨てたい。だが今は敵を片づけるのが先だな」


 すると遠くから馬のいななきの様な自動車の音が聞こえてきた。大型のトラックに四輪駆動車などが数台やってきたのだ。まるで三国志の英雄が乗りそうな馬のように見える。

 英雄は虎鳳に命じて、みんなを呼ぶように指示した。心臓の鼓動が早まる。

 数分後に英雄の前に黒い四輪駆動車が止まった。


 車から降りたのは黒い防寒着を着た男だった。顔は白粉で真っ白だが、目と口の周りは赤い塗料を塗っていた。鋭い目に裂けた口を意識しているのだろう。まるで日本の歌舞伎みたいであった。

 英雄には中国に伝わるキョンシーのように見える。あれは他国の映画で流行ったものだ。一度死んでいるから銃弾を喰らっても死ぬことがない。

 目の前の男もキョンシーに似ていると英雄は思った。


 両手には猟銃が握られており、辺りを警戒している。他にも毛皮を着た男たちが次々と降りてきた。ただし動きが鈍い。先に降りた男も含め、素人と見ていいだろう。


「初めまして。私は龍英雄と申します。この村の長でございます。それであなたたちは何者ですか?」


 英雄は数歩前に歩み寄り、慇懃無礼な態度で質問した。相手は気に留めることなく答えた。化粧で表情は読めないが、内心は英雄たちを薄気味悪く思っているかもしれない。


「俺の名前は毬林満村まりばやし みつむらだ。日本人だよ。偵察から聞いたが山羊人間を初めて見たな」


「日本人だと? その割には中国語がうまいな」


 あまりにも自然に話すので英雄は驚いた。それに日本人には偏見もあり、中国語を滑らかに話すとは夢にも思っていなかった。

 毬林は目の前の山羊人間は見た目と違い、経験の浅い若者と見抜いたようだ。


「俺は商社マンでね。特に中国を中心に活動しているんだ。だから日本語と英語、中国語を話せるんだよ」


「その商社マンがなぜ我々を殺そうとするのだ」


 すると毬林は遠い目になった。彼は略奪者であり殺戮者の主導者だが、知的な雰囲気がある。なんとなくだが彼の周りに青白い雷が光っているように見えた。実際には電気が走っているわけではないが、雰囲気でそう思えたのだ。


「……、もう世界は終わりだ。生き残ったところでどうしようもない。なら早く生きる苦しみから解放してやるのが人情というものだ」


「勝手に人の人生を終わらせるなんて勝手じゃないか。この日本鬼子リーベングゥイズめ」


 日本鬼子は日本人を侮蔑する言葉だ。士官学校で習ったが、英雄が初めて口にしたのは毬林が初めてだった。


「否定はしないよ。断っておくが、俺以外に日本人はいない。そういえばお前さんたちは死んだ人間を解体してないか? 途中立ち寄った村ではそんな死体を見つけたよ」


「ああ、解体したよ。塩漬けにして保存している」


 英雄の言葉を聞いて、毬林は眉をひそめた。背後にいた男たちも動揺している。人を殺しても人を解体するなど想像の範囲内なのだろう。中国には人肉を食べた歴史はあるが、拷問の一種として行われるだけで、積極的に食べることはない。サソリや犬に猫を食べても、人だけは食べないのが彼らの矜持なのだ。


「お前たちは見た目だけではなく心も獣になったのか。なんと恐ろしいことだろう。なおさらお前たちは皆殺しにしなくてはならないな」


 毬林は右手を上げた。皆殺しにしろという合図だろう。男たちも英雄に銃口を向けた。殺戮へのラッパが鳴り響く。


「俺たちは死なない。死ぬのはお前らだ!!」


 英雄も右手を上げる。そして一斉に雀の大群が飛び立つように矢が放たれた。毬林は右の方へ駆けだし、矢が放たれた方向へ猟銃を撃った。

 それがきっかけとなり、男たちは村へ押し寄せて銃を撃ちまくった。

 子供達も矢を撃ったりして応戦している。


 英雄はいつの間にか姿を消していた。積もった雪に足跡が残っており、居場所はすぐに特定できる。しかし毬林は指示を飛ばした。


「いいか、あいつらは一方的に狩られる獲物じゃない。俺たちと同じ狩人だと思え。銃は相手を確実に殺す道具だ。あいつらを確実に殺し、獣としての生から解放してやるんだ!!」


 毬林の激に男たちも応じた。英雄は遠くでその様子を見ていた。毬林はただの殺戮者ではなくカリスマのある厄介な存在だと思った。


 銃声が鳴り響く。遠くで子供たちの悲鳴が聞こえた。頭部に銃弾が当たって血の華を咲かせたのだろう。

 その一方で男たちの身体には矢が突き刺さっていた。ハリネズミになったがまだ死んでいない。もう彼らは現実の世界の住人ではなかった。幽界に紛れ込んだ鬼であり、正気を失っていた。


 男たちが子供を一人撃ち殺すと、大勢の子供たちが木の棒に包丁を括りつけた槍で突き殺すのだ。

 男は咆哮を上げた後、口から血を吐きだして死んだ。その表情は安堵に満ちていた。

 子供たちは次々と殺されていく。

 そして反対に集団で男たちを矢で居ぬき、槍で突き殺した。


 子供も大人も興奮していた。矢が刺さっても死なないし、槍を腹部に刺されても生きている。

 脳内麻薬が分泌されているので、痛みを感じないのだ。子供ですら大人並みの力を発揮する。それでも銃弾の力には敵わない。頭を撃たれたら即死してしまうのは当然だ。


「ガキどもぉ! 黙って殺されろよ!! もう世界は終ったんだ、こんなクソみたいな世の中で長生きしても無意味なんだ。だから死ねよ!!」


 ひげもじゃの男がAKを撃ちまくっている。木の板を張った家に向かって、銃痕が増えた。

 時折カンカンと玉の弾く音がする。板の間に鉄板が挟まっているのだろう。

 それでも数発は貫通してしまい、中にいる子供が悲鳴を上げていた。


「黙れ! 誰が黙って殺されるか!! 世界はまだ終わっていない、俺たちはまだ生きているんだ!! お前たちに俺たちの人生を終わらせる権利などないんだ!!」


 キンシコウの亜人である胖虎パンフが屋根の上に立った。そして奪った猟銃で男たちを撃ち殺す。

 頭を撃ち、顔半分が吹き飛んでも男は死なない。ますます銃を乱射する。

 胖虎は何発も男に銃弾をぶち込み、ようやく死んだのだ。


「俺たちの未来を奪うなんて許せねぇ!!」


 胖虎は子供たちに命じて、男の所持していた武器を奪わせたのだった。


 ☆


「なかなかやるね」


 英雄は毬林を追い詰めた。彼は毬林に追跡させたのだ。そして仲間たちとはぐれさせ、村の外れにある小屋におびき寄せる。近くには死の谷と呼ばれる崖が広がっていた。

 仲間はいない。毬林にも同行者はいなかった。雪の量は増える一方で走るのに苦労した。


「あんたもな。例え重火器を所持していようが俺たちは負けない。あんたの幼稚な蛮行もこれで終わるというものだ」


「そうかもな」


 毬林はナイフを取り出した。英雄に向けてナイフを振るう。英雄もナイフお取り出し応戦した。

 カキンカキンと刃がぶつかり合う音が響く。


「黙って殺された方が幸福だぞ。俺たちが全滅しても核の冬は確実だ。飢えと寒さで殺し合いが起こるだろう」


「俺たちなら起こさないよ。だって俺たちは獣になったのだからね」


「自分だけはという発想が危険だな。お前たちは人間の身体を解体し、保存食にするケダモノだ。例え生き延びたとしてもお前たちの子孫は先祖の行為を恥じて、歴史の記憶から抹消するだろう。その時にお前たちは後悔するのだ。死んだほうがましだと」


 毬林の身体が刻まれる。左肩から血しぶきが上がった。血が出てよろけてしまう。

 英雄はすかさず毬林の腹にナイフを突き刺した。

 毬林の口から血が吐き出る。


「未来の話なんか知らないね。俺たちは今を生きるんだ。そういう点ではアンタたちと同じだよ。でも自分の不安を他者に押し付ける真似はしないだけさ」


 英雄は毬林の行為を非難した。死にたければ自分たちが自殺すればいいだけの話だ。それなのに毬林は自殺を強要し、応じなければ殺すという短絡的な行為を行っていた。


「……。ひとりじゃ死なないよ」


 毬林がにやりと笑うと、小屋は大爆発を起こした。

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― 新着の感想 ―
[一言] 毬林に共感してしまいました。 でも歴史の流れに彼は埋もれていくのですね。
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